目に入ったのは、天井。
最近は気付けばベッドに寝ている。
最近は気付けばベッドに寝ている。
八月二十日か。
もう四日も、部活も夏期講習にも行っていない。
携帯電話を一度開けば、そこにあるのは私に対する叱咤激励。
そして心配の疑問符。
どうしたの?
そして私の名前。
何かあったの?
そして私の名前。
先輩。
梓ちゃん……。
梓……――。
携帯電話を一度開けば、そこにあるのは私に対する叱咤激励。
そして心配の疑問符。
どうしたの?
そして私の名前。
何かあったの?
そして私の名前。
先輩。
梓ちゃん……。
梓……――。
もう放っておいてよ!
私なんか、皆と一緒にいる権利もない子なんだ。
今の私じゃ、皆と演奏したって楽しめやしない。部活は楽しい。皆と一緒に演奏するのは楽しいよ。
ずっとそう思って今までやってきたはずだった。
でも『はず』で、『つもり』だった。私の心は、いつもそこになかった。
今は、部活に行ったって楽しくない。
誰にも会いたくない。
私の名前を呼ばないで。
ただこの四日間。寝て起きて、ご飯食べて寝るだけの日々。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
澪先輩の笑顔とか。
律先輩の笑顔とか。
皆で過ごした思い出が、いつも私を責めるんだ。
なんてことしてくれたんだって。
お前が何も言わなければ、田井中律と秋山澪は別れなかった。
軽音部はまた、以前のように笑い合えたはずなんだって。
だけどもう一人の私も言うんだ。
これが望んでた結果なんだって。
大好きな澪先輩を、邪魔な律先輩から引き剥がせてよかったじゃんって。
今の私じゃ、皆と演奏したって楽しめやしない。部活は楽しい。皆と一緒に演奏するのは楽しいよ。
ずっとそう思って今までやってきたはずだった。
でも『はず』で、『つもり』だった。私の心は、いつもそこになかった。
今は、部活に行ったって楽しくない。
誰にも会いたくない。
私の名前を呼ばないで。
ただこの四日間。寝て起きて、ご飯食べて寝るだけの日々。
頭の中はぐちゃぐちゃだ。
澪先輩の笑顔とか。
律先輩の笑顔とか。
皆で過ごした思い出が、いつも私を責めるんだ。
なんてことしてくれたんだって。
お前が何も言わなければ、田井中律と秋山澪は別れなかった。
軽音部はまた、以前のように笑い合えたはずなんだって。
だけどもう一人の私も言うんだ。
これが望んでた結果なんだって。
大好きな澪先輩を、邪魔な律先輩から引き剥がせてよかったじゃんって。
うるさいんだ。
引き剥がせてよかった。
確かに昔からそうなればいいと思ってたかもしれない。
澪先輩が、律先輩に奪われてしまうのが嫌だった。
でも今はどうなんだろう。
澪先輩が、律先輩に奪われる事はなくなった。
だけど嬉しくなんかない。
確かに昔からそうなればいいと思ってたかもしれない。
澪先輩が、律先輩に奪われてしまうのが嫌だった。
でも今はどうなんだろう。
澪先輩が、律先輩に奪われる事はなくなった。
だけど嬉しくなんかない。
だって――。
だってあの二人はまだ、好き合ってるんだ。
片方が片方を嫌いになったわけでも、想いが冷めたわけでもない。
相手を振ったわけでもない。
まだあの二人は。
澪先輩は律先輩が、律先輩は澪先輩が大好きなままなんだ。
片方が片方を嫌いになったわけでも、想いが冷めたわけでもない。
相手を振ったわけでもない。
まだあの二人は。
澪先輩は律先輩が、律先輩は澪先輩が大好きなままなんだ。
私はそれを望んでたの?
あの二人がお互いを好きなままでも、別れてほしいと望んでいたの?
私が望んでいたのは。
私が望んでいたのは、こんなのじゃない。
あの二人がお互いを好きなままでも、別れてほしいと望んでいたの?
私が望んでいたのは。
私が望んでいたのは、こんなのじゃない。
私が望んでいたのは。
私が欲しかったのは――。
私が欲しかったのは――。
――私が欲しかったのは、澪先輩の想いだ。
ただ律先輩に取られるのが嫌だっただけじゃない。
澪先輩と両想いになりたかった。
澪先輩と両想いになりたかった。
澪先輩が私の事を好きにならないのを、思い知った。
澪先輩はいつだって、律先輩の事が大好きだ。
だから、澪先輩は私の事を好きになんてならない。
澪先輩はいつだって、律先輩の事が大好きだ。
だから、澪先輩は私の事を好きになんてならない。
澪先輩の気持ちを私に向かわせられない。
澪先輩に、私を好きになってもらえることはできない。
だからこんなにも悔しくて、胸が縛られるんだ。
澪先輩に、私を好きになってもらえることはできない。
だからこんなにも悔しくて、胸が縛られるんだ。
そんなの前から知ってたのに。
澪先輩が私を好きになるはずがないって。
澪先輩が私を好きになるはずがないって。
でも、ムギ先輩が澪先輩に言った言葉。
別れて。
そう言われた澪先輩は、駆けだしてしまった。
そして、泣いていたのを唯先輩が見た。
別れて。
そう言われた澪先輩は、駆けだしてしまった。
そして、泣いていたのを唯先輩が見た。
泣くほどまでに、澪先輩の心を律先輩が占めている。
今までは望みがあるかもって、思ってた。
でもはっきりした。
でもはっきりした。
澪先輩の気持ちは――心は揺らがない。
律先輩だって――。
あの二人の気持ちは崩れない。
ずっと相手を好きなままでいる。
ずっと相手を好きなままでいる。
だから、それを引き裂いてしまった私は最低な子だ。
わかってたんなら……澪先輩が私を好きになるはずがないって知ってたのなら。
わかってたんなら……澪先輩が私を好きになるはずがないって知ってたのなら。
知ってたのに。
どうしてあんな事を言っちゃったんだ私。
言わなきゃ、よかった。
言わなきゃ、よかった。
あんな事、言わなきゃよかった。
私はもう澪先輩と一緒にはなれない。
だったら……だったら。
だったら……だったら。
やっぱり澪先輩は、律先輩と一緒にいてよ。
別れてなんてもう言わないから。
苦しめないでなんて、言わないから。
私のわがままなんて、どうでもいいから。
別れてなんてもう言わないから。
苦しめないでなんて、言わないから。
私のわがままなんて、どうでもいいから。
澪先輩は律先輩といて苦しい。
そして澪先輩を奪いたい。
そう思って『別れて』と私は律先輩に言った。
そして澪先輩を奪いたい。
そう思って『別れて』と私は律先輩に言った。
でも違うんだ。
澪先輩は、律先輩が好きだからこそ苦しいんだ。
そして澪先輩はもう奪えないんだ。
だから。
澪先輩は、律先輩が好きだからこそ苦しいんだ。
そして澪先輩はもう奪えないんだ。
だから。
だから、別れる必要なんてないんだ。
一緒にいなきゃ、駄目なんだ。
澪先輩と律先輩は。
一緒にいなきゃ、駄目なんだ。
澪先輩と律先輩は。
気付くの遅いよ中野梓。
もう別れちゃったよ……。
泣き出しそうな心を押さえて、携帯電話を掴んだ。
別れてしまった。
でも、言わなきゃ。
澪先輩に、気持ちだけは伝えなきゃいけない。
別れてしまった。
でも、言わなきゃ。
澪先輩に、気持ちだけは伝えなきゃいけない。
澪先輩は、律先輩ともう一度――って。
■
聡は明後日まで遠征で家には帰ってこない。
だから、家には私一人だけだった。
一人でご飯を食べながら、テレビを見ていた。
ワイドショーとか、ニュースとか。チャンネルをとにかく変えてばかりいたけれど、どこも面白そうなものはやっていない。
もし普段――いや、以前の私ならば楽しめるものもあっただろう。
だけど今は、何か面白いものがあったって全然面白いとは感じない。
私は茫然とテレビを見つめる。
八月二十日か……。
今日も予備校に休みの連絡を入れた。
さすがに四日も休みを入れると先生も理由を問い質してくるのだけど、私は風邪とだけ言っている。
四日も風邪が続くことなんてほとんどないのに。
でも、正直風邪をひいている時よりも辛い。
その時先生に澪の事を聞くと、澪は私より先に休みの連絡を入れていた。
どうやら澪も風邪という連絡を入れていて、いつも一緒にいる二人がまったく同じように休み始めた事に先生は怪しさを感じているようだった。
澪の奴……本当に風邪なんだろうか。
だっておかしい。私が梓に別れろって言われてショックを受けた。
で、次の日から私はあまり行きたくないから予備校に休みを入れた。
でも、そんな私とまったく同じように、四日間澪も休み続けている。
私だけじゃなくて、澪も。
なんでだろう。
私に対して怒っている。そう思ってる。だったらなんで私を放っておいて予備校に行かないんだ。
風邪だと嘘なんかついて出て行かないのだろう。
私の知らない澪の事情がある気がして、気が気でなかった。
いつもなら電話なりメールなり、それか直接あって話していただろう。
でも今はそれもできない。私はもう澪と会わない方がいい。
向こうから電話もメールもしてこないんだ。つまり澪も私と話すことなんてないと思ってるんだ。
だったら無理に私から話すこともない。それでいいんだ。
適当な昼食を作ったけど、食欲もない。
私はテレビを消して、食べきれない昼食を片づけた。普段ならもったいないと思う大好きな白いご飯も、今日だけは残飯だ。
食べ切れないのなら最初からこんなに作る必要もないのに。
でも、以前の私ならこんなの食べ切っていた。そこが以前の私と今の私の違いでもある。
前の私に戻る必要も、特にない。
今はただの惰性で生活してる。
澪と一緒にいられないのなら、私は勉強をする意味も、何かに頑張る理由もないんだから。
澪と一緒じゃないんなら、私が笑顔を取り戻す理由もないんだ。
それでいいのかって自問自答がないわけじゃない。
このままでいいのか。
私――。
だから、家には私一人だけだった。
一人でご飯を食べながら、テレビを見ていた。
ワイドショーとか、ニュースとか。チャンネルをとにかく変えてばかりいたけれど、どこも面白そうなものはやっていない。
もし普段――いや、以前の私ならば楽しめるものもあっただろう。
だけど今は、何か面白いものがあったって全然面白いとは感じない。
私は茫然とテレビを見つめる。
八月二十日か……。
今日も予備校に休みの連絡を入れた。
さすがに四日も休みを入れると先生も理由を問い質してくるのだけど、私は風邪とだけ言っている。
四日も風邪が続くことなんてほとんどないのに。
でも、正直風邪をひいている時よりも辛い。
その時先生に澪の事を聞くと、澪は私より先に休みの連絡を入れていた。
どうやら澪も風邪という連絡を入れていて、いつも一緒にいる二人がまったく同じように休み始めた事に先生は怪しさを感じているようだった。
澪の奴……本当に風邪なんだろうか。
だっておかしい。私が梓に別れろって言われてショックを受けた。
で、次の日から私はあまり行きたくないから予備校に休みを入れた。
でも、そんな私とまったく同じように、四日間澪も休み続けている。
私だけじゃなくて、澪も。
なんでだろう。
私に対して怒っている。そう思ってる。だったらなんで私を放っておいて予備校に行かないんだ。
風邪だと嘘なんかついて出て行かないのだろう。
私の知らない澪の事情がある気がして、気が気でなかった。
いつもなら電話なりメールなり、それか直接あって話していただろう。
でも今はそれもできない。私はもう澪と会わない方がいい。
向こうから電話もメールもしてこないんだ。つまり澪も私と話すことなんてないと思ってるんだ。
だったら無理に私から話すこともない。それでいいんだ。
適当な昼食を作ったけど、食欲もない。
私はテレビを消して、食べきれない昼食を片づけた。普段ならもったいないと思う大好きな白いご飯も、今日だけは残飯だ。
食べ切れないのなら最初からこんなに作る必要もないのに。
でも、以前の私ならこんなの食べ切っていた。そこが以前の私と今の私の違いでもある。
前の私に戻る必要も、特にない。
今はただの惰性で生活してる。
澪と一緒にいられないのなら、私は勉強をする意味も、何かに頑張る理由もないんだから。
澪と一緒じゃないんなら、私が笑顔を取り戻す理由もないんだ。
それでいいのかって自問自答がないわけじゃない。
このままでいいのか。
私――。
部屋に戻って昼寝をしようとベッドに倒れた時、携帯電話が鳴り始めた。
相手は、ムギだった。
(……なんで、ムギが私なんかに)
純粋な疑問だった。
私が卒業式以降、軽音部でまったく会話をしなかったのは唯とムギだけだった。
梓とは書店で挨拶を交わしたことと、数日前に言われた時の会話がある。澪とはずっと一緒だった。
だから、ムギが私に電話をする理由が見当たらなかった。
なんなんだろう。
怒られるかな。軽音部で十六日に会おうって最初に言い出したの、ムギだから。
それを梓の一言で――厳密に言えば私の所為で台無しにしちゃったんだから。
当然ムギも、いや軽音部皆怒ってるはずだ。その事で、どうせ何か私に文句を言うんだろう。
『どうせ』なんて使う私もどうかと思う。
だってあんなに笑い合ってたメンバーなんだ。
些細な事で私に文句を言ったり、怒ったり、嫌いになったりしないと信じていたかった。
だけど、梓は私の事をどう考えても嫌ってた。
だったら、皆、私の事嫌ってる。なんとなくそう思う。そんなの、思っちゃう私も駄目だけど。
だからムギも私の事、どうせ嫌ってるんじゃないかって怖い。
でも、出ないのも悪かった。
私はゆっくりと携帯を耳にあてた。
「……もしもし」
『あ、りっちゃん……久しぶりね』
私を嫌っているような素振りもない、私の記憶にあるムギそのままの声だった。
私の事をりっちゃんと呼ぶのも変わっていないし、独特のぽわっとした声色もそのままだ。
だけどそれも、昔の記憶を想起させて苦しくさせる要因にもなってしまう。
「……何か用なのか」
『うん……実はね、今りっちゃんのドラムセット運んでるの。斎藤の軽トラックで』
そこから経緯を話すムギ。
どうやら部室に置きっぱなしだった私のドラムをそのままにしておくのを見兼ねてか、
持っていく時にしたように斎藤さんの軽トラックで私の家まで運んでいる最中らしい。
結局あの時、私はキャスター付きの荷台を澪の元へ持っていかなかった。誰が部室に運んだのだろう。
もし澪が一人でやったのなら、申し訳ない。
あの時は、ただ家に帰りたくて。一人になりたくて、ドラムの事なんか忘れていたんだ。
それに今もドラムを叩きたいなんて思ってない。
皆との――澪との思い出が詰まってるあのドラムを見ると、嫌というほどあの時の楽しさや幸せが甦ってしまう。
ドラムは嫌いじゃない。大好きだ。でも、当てつけみたいに今の自分への恨めしさも湧きあがってくる。
こんなに大好きなドラムも、今はあまり見たいとは思わない。
でも折角持ってきてくれている途中なのに、受け取らないというのも悪い。
ただムギにはあまり会いたくない。どうしよう。
「わかったけど……その、玄関に置いておいてくれないかな……?」
『……どうして?』
「う、上手く言えないけど、ごめん。そうしてくれ」
『――』
そりゃそうだよな。遠まわしに会いたくないって言ってんだ。
『私……りっちゃんに話したいことがあるの』
ムギは少しの沈黙を破って、言い放った。
その言葉に感じる微妙な自信。
また不安にさせてくる。
何か怒られるんじゃないかって、内心ビクビクしていた。
「……なんだよ。今言って」
『直接会って話したいのよ』
なんで直接なんだ。
私は誰とも会いたくないのに。
「……直接じゃないと、駄目なのかよ」
『直接じゃなきゃ、伝わらない気がする』
伝えるってなんなんだよ。
今、皆が私に伝えたいことって。
怒りか、悲しみか、励ましかだろ。
そんなの要らないんだよ。
卒業してから――いや、受験に失敗してから、そんなのばっかりだ。
そうだよ、私が悪いんだ。
だから当然だと思う。
でももううんざりだ。
もう誰とも話したくないのに。
「……ごめん。それでも、私は、今誰にも会えないんだ」
ムギが息つく音が聞こえて、また少しだけ静かになった。
それから、ムギが何かボソボソと言う。
それは、私に対してじゃなくて、まるで他の誰かに――いや、恐らく運転手の斎藤さんだろう。
その斎藤さんに何かを言ったんだ。
それを悟った時、家の外にエンジン音が聞こえた。
まさか。
私はベッドから跳ね起きて、ぴったりと閉まったカーテンをそっと開いて外を見た。
「……もう着いたのか」
軽トラックが玄関に辿り着いていた。
ムギはすでに降りていて、斎藤さんと協力してドラムセットの入った箱を荷台から降ろす段取りの会話をしているように見える。
紛れもない私のドラムだ。
私はカーテンを握り締めた。
置いていって。そこに……後で取りに行くから。
そう願ったけれど、ムギはお構いなしだった。
チャイムが鳴る。
ピンポーン――。
右手に持ったままの携帯から声が漏れる。
『……ごめんなさい。でも、本当に伝えたいの。だから――』
電話越しから伝わる声色は、細かった。
顔は会わせたくないけど、そんなに深刻なら話も聞いてやりたい。
私は携帯電話を持ったまま部屋を出て、ゆっくりと階段を降りた。
玄関のドアの前に立って、電話の向こうのムギに告げる。たったドア一枚隔てているだけだ。
「……悪いけど、本当に顔を見せるのが嫌でさ……」
『……うん』
「だから、今玄関の前……これで許してくれ」
『ありがとう。本当は、直接会いたかったけど……』
今は、澪以外に顔なんて見せたくなかった。
私が甘えたいのは――こんな酷い顔見せれるの、澪だけだったから。
相手は、ムギだった。
(……なんで、ムギが私なんかに)
純粋な疑問だった。
私が卒業式以降、軽音部でまったく会話をしなかったのは唯とムギだけだった。
梓とは書店で挨拶を交わしたことと、数日前に言われた時の会話がある。澪とはずっと一緒だった。
だから、ムギが私に電話をする理由が見当たらなかった。
なんなんだろう。
怒られるかな。軽音部で十六日に会おうって最初に言い出したの、ムギだから。
それを梓の一言で――厳密に言えば私の所為で台無しにしちゃったんだから。
当然ムギも、いや軽音部皆怒ってるはずだ。その事で、どうせ何か私に文句を言うんだろう。
『どうせ』なんて使う私もどうかと思う。
だってあんなに笑い合ってたメンバーなんだ。
些細な事で私に文句を言ったり、怒ったり、嫌いになったりしないと信じていたかった。
だけど、梓は私の事をどう考えても嫌ってた。
だったら、皆、私の事嫌ってる。なんとなくそう思う。そんなの、思っちゃう私も駄目だけど。
だからムギも私の事、どうせ嫌ってるんじゃないかって怖い。
でも、出ないのも悪かった。
私はゆっくりと携帯を耳にあてた。
「……もしもし」
『あ、りっちゃん……久しぶりね』
私を嫌っているような素振りもない、私の記憶にあるムギそのままの声だった。
私の事をりっちゃんと呼ぶのも変わっていないし、独特のぽわっとした声色もそのままだ。
だけどそれも、昔の記憶を想起させて苦しくさせる要因にもなってしまう。
「……何か用なのか」
『うん……実はね、今りっちゃんのドラムセット運んでるの。斎藤の軽トラックで』
そこから経緯を話すムギ。
どうやら部室に置きっぱなしだった私のドラムをそのままにしておくのを見兼ねてか、
持っていく時にしたように斎藤さんの軽トラックで私の家まで運んでいる最中らしい。
結局あの時、私はキャスター付きの荷台を澪の元へ持っていかなかった。誰が部室に運んだのだろう。
もし澪が一人でやったのなら、申し訳ない。
あの時は、ただ家に帰りたくて。一人になりたくて、ドラムの事なんか忘れていたんだ。
それに今もドラムを叩きたいなんて思ってない。
皆との――澪との思い出が詰まってるあのドラムを見ると、嫌というほどあの時の楽しさや幸せが甦ってしまう。
ドラムは嫌いじゃない。大好きだ。でも、当てつけみたいに今の自分への恨めしさも湧きあがってくる。
こんなに大好きなドラムも、今はあまり見たいとは思わない。
でも折角持ってきてくれている途中なのに、受け取らないというのも悪い。
ただムギにはあまり会いたくない。どうしよう。
「わかったけど……その、玄関に置いておいてくれないかな……?」
『……どうして?』
「う、上手く言えないけど、ごめん。そうしてくれ」
『――』
そりゃそうだよな。遠まわしに会いたくないって言ってんだ。
『私……りっちゃんに話したいことがあるの』
ムギは少しの沈黙を破って、言い放った。
その言葉に感じる微妙な自信。
また不安にさせてくる。
何か怒られるんじゃないかって、内心ビクビクしていた。
「……なんだよ。今言って」
『直接会って話したいのよ』
なんで直接なんだ。
私は誰とも会いたくないのに。
「……直接じゃないと、駄目なのかよ」
『直接じゃなきゃ、伝わらない気がする』
伝えるってなんなんだよ。
今、皆が私に伝えたいことって。
怒りか、悲しみか、励ましかだろ。
そんなの要らないんだよ。
卒業してから――いや、受験に失敗してから、そんなのばっかりだ。
そうだよ、私が悪いんだ。
だから当然だと思う。
でももううんざりだ。
もう誰とも話したくないのに。
「……ごめん。それでも、私は、今誰にも会えないんだ」
ムギが息つく音が聞こえて、また少しだけ静かになった。
それから、ムギが何かボソボソと言う。
それは、私に対してじゃなくて、まるで他の誰かに――いや、恐らく運転手の斎藤さんだろう。
その斎藤さんに何かを言ったんだ。
それを悟った時、家の外にエンジン音が聞こえた。
まさか。
私はベッドから跳ね起きて、ぴったりと閉まったカーテンをそっと開いて外を見た。
「……もう着いたのか」
軽トラックが玄関に辿り着いていた。
ムギはすでに降りていて、斎藤さんと協力してドラムセットの入った箱を荷台から降ろす段取りの会話をしているように見える。
紛れもない私のドラムだ。
私はカーテンを握り締めた。
置いていって。そこに……後で取りに行くから。
そう願ったけれど、ムギはお構いなしだった。
チャイムが鳴る。
ピンポーン――。
右手に持ったままの携帯から声が漏れる。
『……ごめんなさい。でも、本当に伝えたいの。だから――』
電話越しから伝わる声色は、細かった。
顔は会わせたくないけど、そんなに深刻なら話も聞いてやりたい。
私は携帯電話を持ったまま部屋を出て、ゆっくりと階段を降りた。
玄関のドアの前に立って、電話の向こうのムギに告げる。たったドア一枚隔てているだけだ。
「……悪いけど、本当に顔を見せるのが嫌でさ……」
『……うん』
「だから、今玄関の前……これで許してくれ」
『ありがとう。本当は、直接会いたかったけど……』
今は、澪以外に顔なんて見せたくなかった。
私が甘えたいのは――こんな酷い顔見せれるの、澪だけだったから。
電話越しで、ムギが息を吸った。
そして。
そして。
『私、ずっとりっちゃんの事が好きでした。付き合ってください』
そう言った。
「……は?」
『……』
ムギはそれきり黙ってしまった。
好きだった?
私の事が?
私の事が?
頭の中が、ぐるぐると目まぐるしく泥みたいになった。
一年生の頃とか、部活している時のムギの顔が浮かんだ。
ムギが――私を――。
一年生の頃とか、部活している時のムギの顔が浮かんだ。
ムギが――私を――。
でも、なんだよこの違和感。
私は――私は、澪と付き合ってたし、それでいいと思ってた。
なんでこのタイミングなんだよ。
どうして今、ムギがこんなこと言うんだ。
私は――私は、澪と付き合ってたし、それでいいと思ってた。
なんでこのタイミングなんだよ。
どうして今、ムギがこんなこと言うんだ。
「……ムギ」
『私、絶対りっちゃんを苦しめたりしないし……その、りっちゃんと』
……。
苦しめたりしないってなんだよ。
例え誰かの恋人になったら、相手を苦しめないのは当然だろ?
なんでそんな事をムギは約束するんだ。
例え誰かの恋人になったら、相手を苦しめないのは当然だろ?
なんでそんな事をムギは約束するんだ。
電話を持つ手が震える。
額から汗が垂れた。
唇を舐める。
額から汗が垂れた。
唇を舐める。
「なんだよ……それじゃあさ、まるで澪が私を苦しめてたみたいじゃん」
『……実際、澪ちゃんはりっちゃんを苦しめてたと思う』
「……おいムギ。まさか、澪に何か言ったのかよ」
『……実際、澪ちゃんはりっちゃんを苦しめてたと思う』
「……おいムギ。まさか、澪に何か言ったのかよ」
『……ごめんなさい。でも――』
「何を言ったんだよ」
「何を言ったんだよ」
私は多分怒っていた。
『……りっちゃんと別れてって、言った』
脳裏に梓が浮かんだ。
――『もう、澪先輩と別れてください!』……。
梓はそう、必死に訴えたんだ。
梓は澪が大好きで、私みたいな奴が澪を奪うから怒ったんだろう。
大好きな人が、あんな奴に取られちゃうのは嫌だって思ったんだろう。
だからあんなにも覇気のある声で訴えたんだ。
梓は澪が大好きで、私みたいな奴が澪を奪うから怒ったんだろう。
大好きな人が、あんな奴に取られちゃうのは嫌だって思ったんだろう。
だからあんなにも覇気のある声で訴えたんだ。
『りっちゃんと澪ちゃんが一緒にいたら、多分どっちも苦しいと思う……だから、私は別れた方がいいって言ったの。
そうすれば、りっちゃんもちょっとは楽に――』
そうすれば、りっちゃんもちょっとは楽に――』
私は。
私は。
澪といて、苦しかった。
澪といて、苦しかった。
嫌だ。
そんなの言うな。
聞きたくない。
澪を否定しないでくれよ。
もうやめてくれよ。
私を苦しませるのをやめてくれよ。
もういらないんだよ。
私、私は――!
もうやめてくれよ。
私を苦しませるのをやめてくれよ。
もういらないんだよ。
私、私は――!
「うるさい!」
なんなんだよどいつもこいつも。
苦しいだの苦しくないだの。ちょっとは楽になるだのなんだの。
一緒にいたら苦しくなるだって?
ああそうだよ。苦しかったかもしれないよ。
私は澪のために、以前の私に戻りたかった。
でも皆に嫌われてるかもって思って踏み切れなくて、でも澪が望んでるからって。
そんな葛藤と自己嫌悪で、もう毎日辛かった。
澪が以前のような――笑ってるお調子者の私の事大好きなの知ってるのに、そんな自分に戻れない自分が大嫌いだったよ!
そんな毎日が、辛かった。息苦しかった。
だから……。
一緒にいたら苦しくなるだって?
ああそうだよ。苦しかったかもしれないよ。
私は澪のために、以前の私に戻りたかった。
でも皆に嫌われてるかもって思って踏み切れなくて、でも澪が望んでるからって。
そんな葛藤と自己嫌悪で、もう毎日辛かった。
澪が以前のような――笑ってるお調子者の私の事大好きなの知ってるのに、そんな自分に戻れない自分が大嫌いだったよ!
そんな毎日が、辛かった。息苦しかった。
だから……。
だからなんだよ。
皆そんなに、私と澪を突き離したいのかよ。
私だって澪と離れたいってここ最近思ったよ!
一緒にいちゃいけないんだって。
そうしたら澪を苦しめるだけだって。
一緒にいちゃいけないんだって。
そうしたら澪を苦しめるだけだって。
だけど。
だけど澪は私を苦しめてなんかなかったんだ!
私を苦しめていたのは私なんだ。澪がいるから苦しかったわけじゃないんだ!
私を苦しめていたのは私なんだ。澪がいるから苦しかったわけじゃないんだ!
だって――だってだって。
だってまだ苦しい。
澪がいて苦しかったなら、澪がいない今は苦しくないはずだろ。
でも違うじゃん。
まだ苦しいよ。
泣きたいぐらいに胸が縛られてるよ。
でも違うじゃん。
まだ苦しいよ。
泣きたいぐらいに胸が縛られてるよ。
その理由を問いただしてみるといつも。
いつも澪が頭に浮かぶ。
初めて会った澪、泣いてる澪、笑ってる澪。
全部――全部大好きで。
初めて会った澪、泣いてる澪、笑ってる澪。
全部――全部大好きで。
やっぱり、澪が大好きなままなんだ。
私が澪を苦しめていても、澪は私を苦しめてなんかいなかった。
澪が私を苦しめていたとして、それを手放してやったよ。
そらみたことか。
澪がいなくなったって、苦しみなんか無くならないじゃないか。
痛いまんまじゃん。
辛いまんまじゃん。
それどころか、もっと痛くなってるじゃん。
澪が私を苦しめていたとして、それを手放してやったよ。
そらみたことか。
澪がいなくなったって、苦しみなんか無くならないじゃないか。
痛いまんまじゃん。
辛いまんまじゃん。
それどころか、もっと痛くなってるじゃん。
「……ムギ、帰ってくれ」
『でも――』
「ごめん……ムギの気持ちには応えられない」
ムギの事は、好きだよ。
でもそれは――それは、ただの友達までの感情でしかない。
ただの軽音部の、バンドメンバーとしての好きでしかないんだ。
ムギの私に対する気持ちに、応えることなんてできやしない。
でもそれは――それは、ただの友達までの感情でしかない。
ただの軽音部の、バンドメンバーとしての好きでしかないんだ。
ムギの私に対する気持ちに、応えることなんてできやしない。
応えようなんて、思えないんだ。
誰かが私を好きだと言ってくれたって。告白されたって。
私は、澪じゃなきゃ。
澪じゃなきゃ嫌なんだ。
私は、澪じゃなきゃ。
澪じゃなきゃ嫌なんだ。
「ドラムそこに置いておいて……ごめん」
『っ……』
ムギは何も言わずに電話を切ってしまった。
ドアを隔てた会話だったので、ムギの顔や姿も見えなかった。
ドアを隔てた会話だったので、ムギの顔や姿も見えなかった。
数秒後に、エンジンを立てて車が去っていく音が耳に入る。
私はそっとドアを開けて、確認した。
私はそっとドアを開けて、確認した。
玄関前に、ドラムセットが入った箱が並べて置いてあった。
誰もいない。
私はゆっくりそれに近づいて、箱の表面を撫でた。
誰もいない。
私はゆっくりそれに近づいて、箱の表面を撫でた。
……この数日間、澪が私に何も言わない理由が分かった。
予備校に行かない理由も。
予備校に行かない理由も。
澪も同じように、ムギに言われたんだ。
私と別れろって……私を苦しめるのをやめろって。
私と別れろって……私を苦しめるのをやめろって。
それが悪いことだとは思わない。
ムギは私の事を好きだと言ってくれて、私のために澪にそう言った。
その気持ちはわからなくもない……だけど。
私はムギに怒りを表さずにはいられない。
例え私のためでも、澪が今塞ぎこんでいるのなら、澪を傷つけたってことだ。
澪が傷つくのは、私自身が傷つくことよりも嫌な事。
ムギは私の事を好きだと言ってくれて、私のために澪にそう言った。
その気持ちはわからなくもない……だけど。
私はムギに怒りを表さずにはいられない。
例え私のためでも、澪が今塞ぎこんでいるのなら、澪を傷つけたってことだ。
澪が傷つくのは、私自身が傷つくことよりも嫌な事。
澪には、笑ってて欲しいんだ。
今澪を苦しめているのは、私だけど。
でもこれだけは言える。
今澪を苦しめているのは、私だけど。
でもこれだけは言える。
澪は、私を苦しめてなんかいなかった。
むしろ楽しませてた。喜ばせてた。
幸せにしてくれたんだ。
むしろ楽しませてた。喜ばせてた。
幸せにしてくれたんだ。
――澪。
私はドラムセットを家の中に運んだ。
いつも一緒に運んでくれてた誰かが隣にいないのが、少しだけ寂しかったかな。
いつも一緒に運んでくれてた誰かが隣にいないのが、少しだけ寂しかったかな。