けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

イノセント4

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 大学のロビーは、昔行った事ある病院のロビーに似ていた。
 『大学のロビー』という言い方は正しいのか? 
 でも、正面玄関から入ってすぐの場所はそれなりに広い空間になっていて、言うなればロビーという感じだからそう形容しても差し支えないだろう。
 そこにある自動販売機の前に私はいた。
 気分は晴れてるわけでも曇っているわけでもなかった。いつも通りである。
 それでも中途半端ながら喉が乾いたので何か飲もうと自動販売機までやってきたのだ。
 紅茶にするか……でも、コーラも……あ、でもコーラは砂糖がなあ。
 無難にオレンジジュースを選んだ。
 バスケをやっていた高校時代は必ず運動をするので太るとか痩せるとか全然考えることはなかったけど、最近はサークルも入っていないから運動不足感が否めない。
 そうそう太るタイプじゃないとは思うけど、毎日数十分歩いているだけで運動になるのかね。
 缶のタブを押し開けたと同時に、自動ドアの玄関から誰かが入ってきた。
「あ、澪ちゃん」
「……お、おはようございます」
「おはよ」
 ぎこちない敬語はまだ変わっていない。別に無理に変えなくてもいいと思う。
 しかし、同級生から敬語というのはやっぱりどこか違和感があるな。
 だけど性格上仕方ないことだと思うし、押し付けも良くないだろう。
 私は澪ちゃんに近寄ると、そのまま並んで歩き出した。
 このロビーを一直線に抜けた廊下。
 その突き当たりの階段を上がってすぐが私たちの講義室だった。
 私と澪ちゃんの学科は文科系で、あまり教室移動が無い。いくつかあるコマの内、三時間はその講義室だった。
 だから今日もまずその講義室に向かう。こんなのもう慣れたものだった。
「澪ちゃんは課題やってる?」
 数日前に出された課題の話題。
 実は言うと私はほとんどやってなかった。
 手書きかワープロでレポートを作成し来週の水曜日提出とのことだけど、なんというかやる気にならねえんだよなあ。
 機械苦手だから、パソコンもDVD見ること以外よくわからないし。
 第一課題の要項だけ読んでもいまいち理解しにくい。
「まあ、それなりに……」
 廊下に二人分の足音が響く。
「やっぱり計画とか立てたりしてるんだ?」
 澪ちゃんがびくっと反応した。
 ん、何か気になること言ったかな?
「あ、えっと……その……」
 どぎまぎしたような表情と声。
 一瞬だけ鞄に手を入れようとする素振りを見せたけど、それもやめて結局黙ってしまった。
 よくわからないけど、なんかしちゃったのかなあ。そうだとしたら申し訳ない。
 私は場を繋ぐように声を出した。
「大変だよなー。私パソコンがあってさ、それでやろうかな思ってるんだけどなかなか上手く行かないんだよね」
 チラッと澪ちゃんを見たら、顔を真っ赤にさせて泣きそうにしていた。
 唇を噛み締めて、目を細めて。
 どういう感情なのか読み取れないくらい、切なそうな顔をしていた。
 わ、私やっぱり何かしたんじゃ――?
「えーと、で、パソコン結構使うの難しくって……」
 無言は辛かったので、とにかく喋った。
 そんな表情の澪ちゃんに何も言えなかった自分が悔しい。
 でも、ただ喋るしかできなかった。
 さっきまで続けていた話題をさらに続行させることしかできなかったのだ。
 さっきの澪ちゃんの表情はやっぱり普通とは違う。
 別に具合が悪くなってるような様子はなかったけれど。でも、でも。
 なんか、モヤモヤした気分になるなあ。

 その日も普通に終わった。
 他愛も無い話をしたり、高校時代の話をしたり。
 結局澪ちゃんもいつも通り、あんまり喋ってくれなかったけど。
 でも、それでもよかった。
 胸は痛むけど、それと同じくらい一緒にいると嬉しいから。








 4月25日 晴れ

 私の馬鹿。
 なんで田井中さんが予定の話をした時、手帳を見せなかったんだろ。
 これに予定が書いてあるんだよって言えばよかったのに。
 パソコンの話も、私もだよって言えばよかったのに。
 私も同じようにパソコンに困ってるって、言えば。
 もっともっと会話が続いて、田井中さんも笑ってくれたのになあ。
 私、絶対馬鹿だ。なんであんなにビクビクして。
 田井中さんにも嫌な思いさせて。

 もっと話したいのに。全然対応できない。
 緊張して、恥ずかしくて、ついすぐに会話を終わらせてしまう。
 その度にちょっと田井中さんが寂しそうにするの、もう見たくないのに。

 晩御飯は、また手抜きした。おいしくない。
 課題はパソコンでやった。やっぱり全然使いにくいままだ。
 田井中さんも、こんな風に頑張ってるのかな。

 最近田井中さんのことばっかりだ。
 どうしたんだろう私。
 あそこまで積極的な人、初めてだからかな。






 澪ちゃんは読書が好きなようだ。
 私が講義室に行くと澪ちゃんはやっぱり先についていて、いつもの一番前の席で一人座って読書している。
 文庫本を細くて長い指で支えて、麗しい横顔と瞳でそれを読んでいる。
 私はそれに見惚れるしかない。
「おはよ、澪ちゃん」
「あっ……お、おはようございます」
 挨拶すると、澪ちゃんは顔を上げてぎこちない笑みを作ってくれる。
 愛想笑いなのか、それとも本当に笑ってくれてるのかわからないけれど。
 できれば後者であってほしかったし、少しでもいいから私に心を開いてくれてるといいなって思った。
 澪ちゃんの隣に座って、頬杖を突く。
「ねえ、何読んでるの?」
「えっ……あ、いや……その」
 当然の反応だ。
 あんまり期待してなかった。今までも質問してもすぐに会話が途切れちゃうから。
 だから今度も同じように、ただちょっと焦っちゃう澪ちゃんの姿を見てみようかな、というぐらいな軽い気持ちだったのだ。
 が。
 バッと私の目の前に、澪ちゃんは読んでいた本を突きつけてきた。
 澪ちゃんは顔を真っ赤にして目を閉じている。
 えーと、テレビで良く見るバレンタインチョコを渡す時の『受け取ってください!』みたいな図だった。
 う、受け取っていいのかな。
「あ、えーと。ありがとう」
 私は澪ちゃんのいつもと違う大胆な反応に驚きつつも喜んだ。
 澪ちゃんの不器用な差出しに応じる。
 突きつけてきた本を受け取って、パラパラと最初の数ページをめくってみた。
 タイトルと目次。どこかで聞いたことがあるようなタイトルと作者だ。
 読書自体そんなにしないから覚えているわけがないけど、でも私にでもタイトルがわかる作品ってことはそれなりに有名な本なのかな。
「澪ちゃん、何かオススメの本とかない?」
「えっ……あ、えっと」
 読書が好きなら、何か教えてもらいたかった。
 もしオススメの本があったとしたら、それを貸してもらったりして共通の話題が増えたりするし。
 澪ちゃんも好きなことなら語りやすいんじゃないかなと思ったのだ。
 予想外の質問だったのか、澪ちゃんはやっぱり不安そうにそわそわして目を逸らす。
 私は唐突過ぎたことに少し反省して、ちょっと言葉を付け加えてみた。
「私あんまり読書が得意じゃなくてさ。初心者にもオススメの本とかないかな? できれば澪ちゃんが好きな奴で」
「……『――』、です」
 澪ちゃんは、恥ずかしそうに本のタイトルを口にした。
 見事に知らなかった。
 でも、教えてくれたということは私を喜ばすのに十分な理由だった。
「面白そう! 明日……は、土曜日だった。じゃあ、月曜日持って来てよ! 読んでみたいな」
 読書が好きじゃなくても、澪ちゃんが好きなら読んでみたい。
 それで一緒に、物語の話をしてみたい。
 一緒の物が増えていくって、きっと楽しいんだろうなあ。
「じゃ、じゃあ……持って、きます」
「うん、よろしく!」
 ちょっとだけ澪ちゃんの顔が綻んだのを、見逃さなかった。

 少しは。
 少しはさ。
 距離、縮まってるのかな。








 4月25日 晴れ


 やってしまった。変な子だと思われたかな。
 恥ずかしくて無理に強引に本を突き出してしまった。
 そこは失敗だった。

 でも、好きな本を貸す約束をした。
 嬉しかった。そんなの初めてだったから。

 ――








「やっべー。晩御飯の材料がないや」
 私は冷蔵庫の中を覗いて、開口一番そう言った。
 あーくそ、昨日の時点で気付いとくべきだったなあ。
 まさか野菜がちょっとしかないなんて。
 これじゃ野菜炒めですらまともに作れないぞ。
 炊いたご飯だけでなんとかするしかないのかも。
「明日は土曜日か……」
 冷蔵庫を閉めて、壁に掛かっている時計を見た。
 時刻は六時手前。澪ちゃんと別れてからもう一時間ぐらいかな。
 講義が終わって、少しだけ澪ちゃんと話して。
 それで帰って、少しだけ昼寝したんだっけ。
 私はあんまりはっきりしない記憶とぼやっとする頭を回転させる。
 息を吐いて、後頭部をかいた。
 細かいことはいいか。近くのコンビニに行って適当に弁当でも買って食べる事にしよう。
 明日はちょうど土曜日だから、駅前のデパートにでも行って食材やらなんやらを買い込まなきゃなあ。
 投げ捨ててあった鞄を手にとって、歩きながら中を確認する。
 財布はちゃんと入ってる。小銭もちょっとぐらいは入ってるだろう。
 弁当代ぐらいは常に入ってるようにしてるし。
 外に出た。
 微妙に寒かった。
 私は下宿である二階建てのアパートの二階に住んでいるので、一番端っこの階段から降りる必要がある。
 実家は当然一戸建てなわけだから、この動作にすら最初は慣れなかったもんだ。
 今ではもう軽々しいけれど。
 階段を下りて、歩き出す。
 閑静な住宅街と言えばいいけれど、実際住宅街ばかりじゃない。
 まあ結構田舎っぽい風景だった。
 もちろん駅前まで行けばかなり都会の風景に様変わりする。
 でもこの下宿の辺りは少しばかり閑散としていた。
 大学までは徒歩で二十分ほど。目指しているコンビニは徒歩十分だ。
 大学とは逆方向なので学生がコンビニに溢れているということもあまりない。
 下宿の近くにコンビニがあるのはかなり助かった。
 歩いていると、否応なしにいろいろと考える。
 澪ちゃん今頃何してるんだろうなあ、とか。
 最近は隙間さえあれば澪ちゃんのことばっかり考えてる気がする。
 まあ友達になったばかりで、どうすればもっと仲良くなれるのかなあなんていろいろ考えてみたりするのが要因かもしれないけど。
 でも、それだけじゃなくて。
 なんか仲良くするしないは関係なくて……もっと、なんか言いようのない高揚っていうか。
(……なんだろうなあ、この気持ち)
 ふわふわっとしてんだよなあ。
 でもズキズキするし。痛みもするし。だけど嫌な痛みってわけでもない。
 別れ際が寂しかったりもすれば、夜中に急に澪ちゃんに会いたいなって思ったりもする。
 それがどういう感情なのかも理解できないけど、でも確実に澪ちゃんのことばかり考えているのは確かだった。
 よくわからない。
 いろいろと経験したことのないことが多すぎる。
 ……コンビニが見えた。
 澪ちゃんのことを考えるとなんか胸が痛いので、とりあえずさっさと弁当を買ってきた方がよさそうだな。
 減ったお腹もいい加減限界だ。
 私は暗い中、一際輝くコンビニに向かって走り出した。






 ――嬉しかった。そんなの初めてだったから。


 だけど私はまた馬鹿だ。
 その好きな本を実家に置いてきてしまったみたいだ。
 せっかく田井中さんと約束したのに。

 明日は土曜日だから、駅前のデパートに買い出しに行く。
 その時ついでに書店でその本を買ってこよう。
 約束破りたくない。

 晩御飯は――
 最近書くスペースがない。田井中さんのことを書きすぎかな。
 でも、書きたいんだから仕方ない。


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