けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

イノセント9

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 薄目で、辺りを見回した。
 私はどうやらいつの間にか寝ていたようだ。
 最初は壁に背中を預けて座り、寝ている澪の様子を眺めていた記憶がある。
 でもそのまままどろみに沈むように記憶がポッカリとなくなっていた。
 多分、眠くなって寝たのだろう。
 そしてなぜか、体育座りの私に布団が掛かっている。
 おかげで暖かいけれど、確かこの布団は澪に……――。
 澪?
 私は布団から視線を上げて、正面を見た。
 寝ている澪を眺めるに最適な位置を選んで壁際に座っていた私。
 だから正面には澪がいた。
 だけど、寝てはいなくて。
 少しだけ崩れた格好で座ったまま何かを見ている。
(……雑誌、見てるのか?)
 ぼんやりとする頭と視界。まだ眠気は収まらないし、状況を頭で考えるほど回転してはいなかった。
 指先にも感覚はない。
 わずかに開いている瞼だけが、今私が得られる情報を思考に与えていた。
 澪は、雑誌を読んでいた。
 ……あの雑誌は、ギグス、か? バンドスコアや楽器の奏法が載った雑誌……バンドなんか組んでないくせに調子付いて買った雑誌だ。
 いやもちろんバンドだけじゃなくて、各楽器の情報もあるからドラムをやる参考にもなったのだけど……。
 この位置からじゃ、よく見えない。
 澪の顔も、垂れ下がった黒髪で見えない。
 ……待てよ、ページが見えるぞ。

 私は目を凝らして、驚いた。




 ベース?




 でも、この位置から見えるのは……確かに、ベースの写真が載ってるページだ。
 ギターの見間違えかもしれないけど、でも明らかにネックが長い。
 ということは、澪は今、ベースのページを見てるのか?
 なんで?
 音楽にさほど興味もなさげだし、個人差はあってもライブDVDを途中で寝ちゃうような澪のはずなのに。
 それなのにどうして、今音楽雑誌のギグス……しかもベースのページを見てるんだ?
 ぺらぺら捲っている途中にたまたまベースのページを見つけたから読んでるってことだろうか。
 いや違う。もう私が目覚めて一分ほどだ。
 もし興味がなかったり流し読みの途中ならさっさとページを飛ばしている。
 でも澪はそんなことせずに、じっとベースのページを見つめ続けていたのだ。
 私は、壁掛け時計を見た。
 六時半だった。
 ……まだ寝れる――る? 六時半?
 え? さっき八時半だったよな。
 つまり、え? もう一夜明かしちゃったってことか? 
 だとしたらえーと、どういうこと?
 あと数時間で、講義が始ま……え?
 ということは――。


「澪……」
「あ、おはよう……律」
 私が微妙に渇いた喉を震わせて名前を呼ぶと、澪はこちらに振り返った。
「……まさか、泊まったの?」
 恐る恐る問う。
 だって、朝の六時半に澪が家にいるんだぜ。
「……ごめん。起きたら、朝の五時だったんだ」
「……そっか。澪、よく寝てたもんな」
 澪は雑誌を閉じて、それを元あった棚に戻した。
 部屋の電気はつけっぱなしで、どうやら昨日からつけたままだったようだ。
 そりゃ当然だ。私は全然寝るつもりはなかったのだから。
 だけど澪も私も、お互い無意識のまま眠っちゃってたんだ。
 だから電気がついたままで……。
 澪は、私の家に泊まったんだ。
 意識的には覚えていないけど。
 でも確かに、澪は私のすぐ傍で……。
 なんてことのないことだけど、それは私の胸を締め付けた。
 それは痛いとか辛いとかじゃなくて、その事実というか結果が、どうしようもなく胸を震わせたのだ。
 嬉しいのかどうなのかは判断がつかないけど。
 一晩、一緒にいた。
 一緒にいたんだ。
 なんか、すごい。
「寝ちゃって、ごめんなさい……」
「ああ、いいよいいよ。起こさなかった私も悪いんだから」
「……本当に、ごめん」
 澪は自分を責めているように悲しそうに目を伏せた。
 澪は、私が澪を一晩泊めたことが迷惑なことだと思ってるんだろうか。
 そんなことまったくないのに。むしろ泊まって欲しかったぐらいで……だからこそ、私は起こさなかったんだ。
 起こせるのに起こさなかったんだよ。
「いいよ。それよりさ、朝御飯作るから!」
 私は自分も澪も奮い立たせるように、思いっきり元気な声を張り上げて立ち上がった。
 あと二時間ほどで講義は始まってしまう。
 それまでに朝食を……今日は二人分作らなきゃいけないけど、基本的に簡単だから手間も掛からないだろう。
「あ、手伝う……」
「いいよ澪は。すぐできるし」
「で、でも……いろいろ迷惑掛けたし……できること、したいなって」
 いい加減私をドキドキさせるのやめてくれないかな。
 そんな声で頼まれたら。そんな視線で物言われたら、断れるわけないだろ……。
 私は呆れて返した。
「……わかったよ。じゃあ一緒に何か作ろう」
「あ、ありがと……頑張る」
 私たちは立ち上がって、キッチンに向かった。
 普段通りに食パンや目玉焼き、ウインナーを作ったら二人でやる意味などない。
 二人で協力して作れるようなものじゃないとな。となると、何が作れるんだろうか。
「澪は、得意な料理とかあるの?」
「料理自体得意じゃないから……」
「じゃあ作れるものを作ってよ。澪の料理食べてみたいって言ってただろ?」
「たまご料理しか、まともなものは作れないよ」
「いいよそれで! むしろ朝食にピッタリじゃん」
「そうかな?」
「じゃあ澪は何か作れるたまご料理を作ってて。私は……澪は、朝は和食と洋食どっちがいい?」
 私は普段洋食……つまりさっきも言ったようにパンとウインナーとたまご料理一品という感じだ。
 もちろん和食に比べると栄養価も低いしお腹はあまり膨れないからお昼にとてもお腹は空くのだけど……。
 でも時間やコスト的な意味ではパンとそれらはとても便利だった。
 澪は胸の前で手を組み、迷ったような素振りを見せた。
 私はとりあえずもう一度答えやすいように言葉を促す。
「普段は朝食、どっちなの澪は?」
「パン……だけど」
「じゃあパンでいい?」
「うん」
「じゃあ私はパン焼くわ……あと、お風呂入る?」
 私は何気なく質問した。
 が、澪はものすごく驚いて仰け反った。実際に体が仰け反ったわけじゃないのだけど、見慣れない表情になった。
 ピクッと眉をあげて目を丸くしたのだ。
「お、お風呂?」
 なぜか顔を赤くしている。
「うん。だって私たち昨日寝ちゃってお風呂入ってないじゃん。だから今から沸かそうと思うんだけど」
 普段澪がいつ頃お風呂に入っているかは知らない。
 でも私はといえば普段は夜の十時頃に入っていた。
 ユニットバスだから二人はかなり使い辛いのだけど……ユニットバスはシャワーと浴槽が別々じゃないから。
「え、でも……迷惑じゃない?」
 澪は昨日から迷惑迷惑言っている気がする。
 当然だと思う。
 澪は……私にオススメの本を買ってくれた時、約束を破って私に嫌われたくなかったと言っていた。
 私はその言葉を聞いて、嬉しかったような寂しいような微妙な気持ちになってしまったのだ。
 私は澪を嫌うことなんてないのに。
 だけど、もしかすれば嫌われるかもという気持ちが澪にあるんだって。
「迷惑じゃないよ。むしろ楽しいぐらいだよ」
 それは純粋な気持ちだった。
 私は、澪と少しでも長く一緒にいたいという気持ちで澪を起こさなかった。
 お風呂に入れるぐらい、なんてことない。
「そ、そう……?」
「うん。じゃあ、澪は料理に集中してて」
「わかった」
 澪は置いてあったボールにたまごを割って、菜箸で溶かし始めた。
 見たところ卵焼きのようだけど、別の誰かの卵焼きなんて新鮮で楽しみだ。
 自分のとは隠し味も調味料の量も違うだろう。他の誰かに料理を作ってもらうなんて母さん以来かもしれなかった。
 私はパンを二枚袋から取り出しオーブンレンジに入れた。『トースト』のボタンを一回押すだけできちんと焼ける。
 便利な世の中になったもんだなあ。私が小さい頃は、あの焼きあがったら跳ね上がるオーブンだった気がする。
 オーブンレンジの扉を閉めてスイッチを押し、その場を離れた。
 お風呂の部屋に入って、シャワーカーテンを開く。浴槽は一日使っていないので完璧に乾いていた。
 私は一度シャワーで浴槽を洗い、蛇口を捻ってお風呂を溜め始める。溜まるのは十五分後くらいかな。
 シャワーカーテンを閉めてそこから出た。
 澪は、まだ作っている。だけど油の跳ねるような綺麗な高温や、たまごのいい匂いがし始めていた。
 本当に料理が苦手なのだろうかと思うほど、違和感のない佇まいをしている。
  私はそろっと横を通り抜け、冷蔵庫まで近寄った。
 ヨーグルトと、バター、チーズを取り出しておく。
 澪の横顔は一生懸命だった。

 なんか、同棲してるみたいだ。
 こんなこと思うの、澪に迷惑かなあ。
 ……って私も澪と同じじゃん。相手の迷惑を気にしてるじゃないか。








 朝起きたら、律はまだ寝ていた。
 私は目が覚めてしまったので、雑誌を読んだ。

 実は、音楽にまったく興味がないわけじゃなかった。
 律はたくさんDVDや音楽雑誌を持っているみたいので、音楽が好きなんだろう。
 特にドラムの雑誌が多いから、ドラムをやってるのかな。

 ということは、律はバンドとか組んでるのかな。
 正直言うと、律が他の人と仲良くやってるのを想像すると胸が痛いよ。
 こんなこと今までなかったのに。
 律がドラムなら、同じリズム隊のベースをやってみたい気もする。


 朝食は、私が作った。
 律に卵焼きを作って――









「いただきます」
「……どうぞ」
 私が手を合わせてそう言うと、澪は正座のまま身構えた。
 私はテーブルの上の卵焼きを見つめる。
 うん、色は悪くないんじゃないのかな。
 私が普段作っているものより少しだけ焦げている気もするけど、まあそこまで酷いわけじゃない。
 澪は口を閉じて、眉を寄せている。
 私はその様子を気にしながら、卵焼きを一口。
 舌触りは、普通。
 味は――。
 ……?
 なんだこれ。
 ちょ、ちょっと待った。待て。えっと、なんだこれ!
「っ……うん、……おいしいよ」
「嘘だ。律、ちょっと変だよ」
「い、いやマジで。まずくは……ない……ただ――」
「ただ――何?」
 詰問のように私を見つめる澪。
 私は勢いに圧倒され、正直に返した。
「……味が」
「えっ?」
「悪いけど、卵焼きの味にしては……」
 慌てながら澪は自分の分を食べた。パクパク食べて、咀嚼しながら首を傾げる。そして少しずつ真っ青になっていって、お茶を飲んだ。
 それから少しだけ咳き込んで、溜め息を吐く。
「……いろいろやりすぎたかなあ」
「何かやったのか? とりあえず卵の味があまりしないんだけど」
「醤油とか、砂糖とか、塩とか……いろいろ混ぜてみたんだけど」
 うん、間違ってないけど。私も母さんに、卵を溶くときに醤油や砂糖、塩を少量混ぜておくとかよいと習っている。実際今でもその作り方だ。
「これ、醤油と砂糖の入れすぎじゃないかな。中途半端に辛いぞ」
「……ごめんなさい」
 ずけずけと正直に言い過ぎたかな……澪はがっくりと肩を落として、シュンとしてしまった。
 落ち込んだように瞼を下げる表情は、本当にショックだったんだなあと思った。
 私はなんだかバツが悪くなって、明るく声を掛けた。
「でも全然食べれるよ! そんなにすっごいおいしくないわけじゃないじゃん」
「律に比べると駄目駄目すぎるよ……本当にごめん」
「そうじゃなくてさ……」
 私はあまりの消極的な態度に言葉が出なくなってしまった。
 取り繕う言葉はたくさん言えるだろう。おいしかったといえば、それは澪の喜びに繋がるのだろうか。
 もうすでに、辛いという感想を言い終えている。
 ここでおいしいと言ったって嘘だと澪は思うに違いない。
 もっと落ち込むだけじゃないのか?
 そんな嘘だとか本当だとか。
 私はそんなこと、どうでもいいのに。
「……でも、嬉しいよ」
「えっ?」
「……澪が一生懸命私に作ってくれたんだから、それだけで十分だよ」
 私は卵焼きを食べ切った。辛さは喉に来るけど、でも慣れるとそうでもない。
 それよりも、澪があんなに真剣な横顔で作ってくれたこれを台無しにしたくなかった。
 気持ちは伝わっていたから、とにかく澪の頑張りを無駄にしたくなかったんだ。
 いや、もっと単純で。
 澪にそんな顔して欲しくなくて。
「――ごちそうさま」
 私は言い放って、箸を置いた。
 なんか恥ずかしかったけど、澪がどんな表情をしているか気になった。
 私はゆっくりと澪を見る。
 澪は。
「……律ぅ……」
 目の端に水滴を溜めていた。
「ん、なんで泣くんだ……!?」
「……ぐす……うぅ……」
 私は澪の目の前まで動いた。
「ご、ごめん……ホントに、なんか……」
「り、律は悪くない……別に、ショックで泣いてるわけじゃ……」
「えっ?」
「……なんか、嬉しくて」
 澪は服の袖で目元を拭いながら、笑った。
「……そっか」
 それがわかったら、私も嬉しいや。

 澪が笑うことが、私の喜びかもしれないんだからさ。
 かもじゃなくて、そうだった。
 まだ会って、一週間のくせにさ。


 もしかして、私。
 私、澪のこと――。









 律に卵焼きを作ってあげたけど、調味料の量を間違えた。
 律に食べてもらうんだって張り切ったのに、失敗するなんて馬鹿だ私。
 でも、律はやっぱり優しかった。全部食べてくれた。
 私は嬉しくて泣いてしまった。

 人前で泣くのも、家族以外では律が初めてかもしれない。
 泣き顔を見せられるほど気を許す人なんて、いなかったから。

 私は、律に心を開いているのかな。
 そんなこと今までなかったのに。
 でも律が相手だと、私はどうしてか嬉しくなっちゃうんだ。
 なんか、今までにないくらいリラックスできる。
 家以外の場所で、あんな風に笑えるなんて。


 お風呂を――


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