バレンタインから五日後の土曜日。
私は、喫茶店に入った。
駅前にあるお店なのだけど、少し地味な印象がある。
それが理由かはわからないけれど、正午前なのにあまり人はいなかった。
私はあまり人混みが好きじゃないので好都合だと思う。
穏やかで落ち着いたような雰囲気の店内。
私は、私の探していた子が窓際の席に座っているのに気付くとゆっくり近付いた。
「おはよう、ムギちゃん」
その子は私を見上げて、目を細めた。
「おはよう、唯ちゃん」
彼女――ムギちゃんはいつものようなぽわっとした笑顔を見せた。
私も微笑み返して向かい側に座り、その後注文を聞きに来たウェイトレスさんにオレンジジュースを頼んだ。
ムギちゃんはすでに紅茶を頼んでいたようで、ムギちゃんの手元には湯気の沸きたつカップがある。
私のオレンジジュースはすぐにやってきた。
私はあまり駅前には慣れていないので少しだけ歩き疲れていて、喉も渇いていた。
もし家なら、コップを思いっきり傾けてゴクゴクと飲むのだけど、人はいないにせよ公共の場だ。
私は少し控えめに少しだけコップに口を付けるだけに留まった。
喉と体が少しばかり潤ったのを感じる。
私がコップをテーブルの上に置くと同時に、ムギちゃんは口を開いた。
「唯ちゃんご協力ありがとう」
「えっ? ……ああ、あれのこと?」
私は『協力』と聞いて、ある事柄を思い出した。
この一年間、私はムギちゃんのある計画……というと少しばかり悪く聞こえるけれど、
ムギちゃんの目的に少しばかり関与したのだった。
数日前も、ムギちゃんは私にあることをやってほしいとお願いしてきた。
私はそれに快く応じたという経緯がある。
「お礼なんていいよ。私もあの二人は早いとこくっつくべきだと思ってたんだ」
「そうよね! 私もあの二人を見ててキュンキュンするわ」
ムギちゃんはキラキラと輝いた瞳と、跳ねるように高揚した声で言った。
手を胸に当てて、誇らしいような満足そうな表情をしている。
ムギちゃんが『女の子同士の恋愛』を好むのを知っていたけど、ここまで嬉しそうなのは初めてだ。
やっぱりあの田井中さんと秋山さんををくっつけることに成功したからかな。
「唯ちゃんも見てたでしょう? あの澪ちゃんが、大声で『律が好きだ』なんて言ったのよ!
そしたら、りっちゃんも大胆にキスまでしちゃうなんて……ああ、思い出しただけで鼻血が出そう!」
今度は両手の指を絡めて握り、それをほっぺに当てて酔ったように目を閉じた。
なんかもう見てて、すごい嬉しいんだなあというのが伝わってくる。
ムギちゃんは元よりそういう女の子だ。
特に女の子同士の恋愛の好きな度合いは抜きんでているなあとつくづく思う。
そんな表情を見ながら、私も言った。
「私もよかったよ成功して。前にね、一度だけあの二人に会ったことがあるんだけど、もうお互いをすっごく意識してたんだ。
田井中さんなんか秋山さんが玄関から入ってきた時ね、ちょっとだけ顔を赤くしてすっごく嬉しそうな顔をしたし、
秋山さんは、私と田井中さんが話してるのを見てちょっと不安そうにしたりね」
私はあの日のことをよく覚えている。
自動販売機でジュースを買おうとしている田井中さんに話し掛けてみたのだった。
前々からムギちゃんに『田井中律ちゃんと秋山澪ちゃんをどうにかしてくっつけたいの』
と聞いていたから私もなんとなくどんな二人なのか興味を持っていた。
だから二人の様子を見てみようかなあと思ったのだった。
田井中さんは気丈で明るい子。そして、秋山さんは人見知りなようだった。
そして私と田井中さんが話していたのを見て、ちょっとだけ戸惑っていたようにも思うなあ。
申し訳ないことをしたなあと今は反省してる。
でも、結果的にあの二人は恋人同士になったのだからよかった。
「それより『理学部の子』の役、ありがとね」
ムギちゃんは少し落ち着いたように言った。
「うん。緊張したなあ……だって秋山さんと一度会っちゃってたからね。
だから、もしかしたらバレちゃうかと思ったけど、でも大丈夫だったよ」
私はまた、数日前の出来事を思い出した。
そして、ムギちゃんの考えた一連の計画のことも頭に浮かべた。
駅前にあるお店なのだけど、少し地味な印象がある。
それが理由かはわからないけれど、正午前なのにあまり人はいなかった。
私はあまり人混みが好きじゃないので好都合だと思う。
穏やかで落ち着いたような雰囲気の店内。
私は、私の探していた子が窓際の席に座っているのに気付くとゆっくり近付いた。
「おはよう、ムギちゃん」
その子は私を見上げて、目を細めた。
「おはよう、唯ちゃん」
彼女――ムギちゃんはいつものようなぽわっとした笑顔を見せた。
私も微笑み返して向かい側に座り、その後注文を聞きに来たウェイトレスさんにオレンジジュースを頼んだ。
ムギちゃんはすでに紅茶を頼んでいたようで、ムギちゃんの手元には湯気の沸きたつカップがある。
私のオレンジジュースはすぐにやってきた。
私はあまり駅前には慣れていないので少しだけ歩き疲れていて、喉も渇いていた。
もし家なら、コップを思いっきり傾けてゴクゴクと飲むのだけど、人はいないにせよ公共の場だ。
私は少し控えめに少しだけコップに口を付けるだけに留まった。
喉と体が少しばかり潤ったのを感じる。
私がコップをテーブルの上に置くと同時に、ムギちゃんは口を開いた。
「唯ちゃんご協力ありがとう」
「えっ? ……ああ、あれのこと?」
私は『協力』と聞いて、ある事柄を思い出した。
この一年間、私はムギちゃんのある計画……というと少しばかり悪く聞こえるけれど、
ムギちゃんの目的に少しばかり関与したのだった。
数日前も、ムギちゃんは私にあることをやってほしいとお願いしてきた。
私はそれに快く応じたという経緯がある。
「お礼なんていいよ。私もあの二人は早いとこくっつくべきだと思ってたんだ」
「そうよね! 私もあの二人を見ててキュンキュンするわ」
ムギちゃんはキラキラと輝いた瞳と、跳ねるように高揚した声で言った。
手を胸に当てて、誇らしいような満足そうな表情をしている。
ムギちゃんが『女の子同士の恋愛』を好むのを知っていたけど、ここまで嬉しそうなのは初めてだ。
やっぱりあの田井中さんと秋山さんををくっつけることに成功したからかな。
「唯ちゃんも見てたでしょう? あの澪ちゃんが、大声で『律が好きだ』なんて言ったのよ!
そしたら、りっちゃんも大胆にキスまでしちゃうなんて……ああ、思い出しただけで鼻血が出そう!」
今度は両手の指を絡めて握り、それをほっぺに当てて酔ったように目を閉じた。
なんかもう見てて、すごい嬉しいんだなあというのが伝わってくる。
ムギちゃんは元よりそういう女の子だ。
特に女の子同士の恋愛の好きな度合いは抜きんでているなあとつくづく思う。
そんな表情を見ながら、私も言った。
「私もよかったよ成功して。前にね、一度だけあの二人に会ったことがあるんだけど、もうお互いをすっごく意識してたんだ。
田井中さんなんか秋山さんが玄関から入ってきた時ね、ちょっとだけ顔を赤くしてすっごく嬉しそうな顔をしたし、
秋山さんは、私と田井中さんが話してるのを見てちょっと不安そうにしたりね」
私はあの日のことをよく覚えている。
自動販売機でジュースを買おうとしている田井中さんに話し掛けてみたのだった。
前々からムギちゃんに『田井中律ちゃんと秋山澪ちゃんをどうにかしてくっつけたいの』
と聞いていたから私もなんとなくどんな二人なのか興味を持っていた。
だから二人の様子を見てみようかなあと思ったのだった。
田井中さんは気丈で明るい子。そして、秋山さんは人見知りなようだった。
そして私と田井中さんが話していたのを見て、ちょっとだけ戸惑っていたようにも思うなあ。
申し訳ないことをしたなあと今は反省してる。
でも、結果的にあの二人は恋人同士になったのだからよかった。
「それより『理学部の子』の役、ありがとね」
ムギちゃんは少し落ち着いたように言った。
「うん。緊張したなあ……だって秋山さんと一度会っちゃってたからね。
だから、もしかしたらバレちゃうかと思ったけど、でも大丈夫だったよ」
私はまた、数日前の出来事を思い出した。
そして、ムギちゃんの考えた一連の計画のことも頭に浮かべた。
田井中さんと秋山さんは、見るからに両想いだった。
だけど二人はなぜか一歩踏み出せずにいるようだったし、恋人になっているわけでもない。
ただずっと一緒にいて楽しそうにしているけれど、関係が友達以上になっている様子はなかった。
それは、『同じ高校出身である』という立場を隠して、
あたかも大学で初めて二人と初対面だったかのように振舞っているムギちゃんが断言している。
ムギちゃんは、実は私と田井中さんと秋山さんと同じ、桜ケ丘高校出身だ。
でも、ムギちゃんはそれを他の誰にも言わなかったらしい。
どうして、と聞いてみたら、その方が動きやすいからよと答えていた。
その意味が今ならよくわかる。
ムギちゃんは、女の子同士をくっつけるプロだったのだ。
なんとN女子大で何人ものカップルを成立させているみたい。
ムギちゃんはその成立の過程で、『桜ケ丘高校出身』という肩書が少しばかり交友関係を狭めてしまうと考えたみたいだ。
結果、田井中さんと秋山さんをくっつけるためには『桜ケ丘高校』と二人にバラしておかなくてよかったも言っている。
私と田井中さんと秋山さん、そしてムギちゃんの四人が同じ高校出身であると知っているのは私とムギちゃんだけ。
私とムギちゃんは高校時代から知り合いだったけど、もちろんそれを他人に言うことは
さっき言った理由から禁止されていて、あたかも大学で知り合ったかのように振舞っていた。
田井中さんは、ムギちゃんを『大学に入ってからできた友人』、そして秋山さんは『律が大学に入ってからできた友人』だとそれぞれ思っている。
だからムギちゃんは、二人をくっつけるために計画を立てやすかったのだ。
だけど二人はなぜか一歩踏み出せずにいるようだったし、恋人になっているわけでもない。
ただずっと一緒にいて楽しそうにしているけれど、関係が友達以上になっている様子はなかった。
それは、『同じ高校出身である』という立場を隠して、
あたかも大学で初めて二人と初対面だったかのように振舞っているムギちゃんが断言している。
ムギちゃんは、実は私と田井中さんと秋山さんと同じ、桜ケ丘高校出身だ。
でも、ムギちゃんはそれを他の誰にも言わなかったらしい。
どうして、と聞いてみたら、その方が動きやすいからよと答えていた。
その意味が今ならよくわかる。
ムギちゃんは、女の子同士をくっつけるプロだったのだ。
なんとN女子大で何人ものカップルを成立させているみたい。
ムギちゃんはその成立の過程で、『桜ケ丘高校出身』という肩書が少しばかり交友関係を狭めてしまうと考えたみたいだ。
結果、田井中さんと秋山さんをくっつけるためには『桜ケ丘高校』と二人にバラしておかなくてよかったも言っている。
私と田井中さんと秋山さん、そしてムギちゃんの四人が同じ高校出身であると知っているのは私とムギちゃんだけ。
私とムギちゃんは高校時代から知り合いだったけど、もちろんそれを他人に言うことは
さっき言った理由から禁止されていて、あたかも大学で知り合ったかのように振舞っていた。
田井中さんは、ムギちゃんを『大学に入ってからできた友人』、そして秋山さんは『律が大学に入ってからできた友人』だとそれぞれ思っている。
だからムギちゃんは、二人をくっつけるために計画を立てやすかったのだ。
まず、架空の人物『理学部の子』を作り上げる。
その子は、田井中さんのことが好きで、バレンタインに一緒に食事をしたいと考えているという設定にした。
当然架空の人物なのでそんな女の子は存在しない。
ただ、秋山さんが焦る要因を作る必要があったのだ。
ムギちゃんは、まず田井中さんを連れ出してこう言う。
『りっちゃんのことが好きな女の子が理学部にいるの。名前はまだ教えられないんだけど……
その子がね、バレンタインに一緒に食事をしないかって』。
もちろん真っ赤な嘘だ。
しかし田井中さんはそれを真に受けて、悩む。
自分のことを好きだと言ってくれている女の子が食事に誘ってきた。
それもバレンタインに。
しかし自分は澪のことが好きなので、行きたいとは思わない。
でも相手にも失礼だし……。
田井中さんはまずそんな風に悩むだろう。
そしてムギちゃんは、あえて秋山さんに隠すようにそれをりっちゃんに伝えた。
つまり、二人の食事中に、『秋山さんの前だとあれだから』と言ってりっちゃんを連れ出せば、
秋山さんはまるで隠し事をされているみたいで、ムギちゃんと田井中さんの話が気になるに違いない。
そして秋山さんは田井中さんにこう言うだろう。
『一体何の話をしていたんだ?』って。
田井中さんは、少しだけ秋山さんに嫉妬してほしいのもあったし、自分自身どうすればいいのかわからないぐらい悩むので、
自分を好きだと言ってくれている理学部の子に食事に誘われたことを秋山さんにバラした。
ここでムギちゃんの思惑が絡んでくる。
秋山さんは、田井中さんが田井中さんのことを好きな女の子と食事を取るということに対していい思いはしない。
むしろ嫉妬してしまうはずだと。
だけど秋山さんはその『嫉妬』や、田井中さんが誰かと仲良くしたりすることに対するモヤモヤが何なのか気付いていないような節があった。
だから、『田井中さんが別の誰かと恋仲になるかもしれないんじゃないか』という不安に秋山さんを追い込むことが、
秋山さんの田井中さんに対する想いを自覚させるきっかけとなると考えたのだ。
実際田井中さんが食事会に行くと決めてから、秋山さんはとても悩んだと思う。
ムギちゃんは、田井中さんと秋山さんと『理学部の子』の仲介役だったので、二人の様子がよくわかると言っていた。
田井中さんは、ときたま秋山さんの方を見て気になるようだったし、
秋山さんも表情から戸惑っているのがまるわかりだとムギちゃんは語る。
やっぱり『理学部の子が田井中さんを食事に誘う』ということは、二人の関係を大きく進展させるきっかけに。
そして二人の相手への想いを自覚させさらに強くさせるきっかけにもなったのだ。
ムギちゃんはそれから、バス停から降りてきた秋山さんに話しかけたりもしたらしい。
田井中さんのことどう思う? とか、恋愛だとか恋だとか、好きだとか。
そういう恋愛的なワードや質問を秋山さんにぶつけて、もっと心を揺さぶったのだ。
そうすることは、秋山さんの田井中さんへの『好き』という気持ちに気付いてもらったり、
告白するための勇気や高揚を与えることに繋がるとムギちゃんは考えたみたいだった。
その日、秋山さんは講義に来なかったらしい。
そして田井中さんも寂しそうに一人で講義を聴いていたとか。
ムギちゃんはそれを見て、二人の関係が進展した――というよりも恋愛感情に気付いて少し気恥ずかしくなったんだと喜んだらしい。
ここまでくるとあと一歩だと思ったみたいだった。
ムギちゃんは、二人をバレンタインの日に出会わせると決めていた。
場所は大学の中庭の噴水の前。
そのために、バレンタインの前日の夜に田井中さんと秋山さんに電話すると決めていたムギちゃん。
その電話を掛ける少し前に、私に電話が掛かってきた。
ムギちゃんはあることをやってほしいのと頼んできたのだった。
私はムギちゃんのその依頼に快く応じた。
私も田井中さんと秋山さんがいつも一緒にいるのになかなか進展しないというのはもどかしく思っていたからだ。
依頼の内容は、こうだった。
当然架空の人物なのでそんな女の子は存在しない。
ただ、秋山さんが焦る要因を作る必要があったのだ。
ムギちゃんは、まず田井中さんを連れ出してこう言う。
『りっちゃんのことが好きな女の子が理学部にいるの。名前はまだ教えられないんだけど……
その子がね、バレンタインに一緒に食事をしないかって』。
もちろん真っ赤な嘘だ。
しかし田井中さんはそれを真に受けて、悩む。
自分のことを好きだと言ってくれている女の子が食事に誘ってきた。
それもバレンタインに。
しかし自分は澪のことが好きなので、行きたいとは思わない。
でも相手にも失礼だし……。
田井中さんはまずそんな風に悩むだろう。
そしてムギちゃんは、あえて秋山さんに隠すようにそれをりっちゃんに伝えた。
つまり、二人の食事中に、『秋山さんの前だとあれだから』と言ってりっちゃんを連れ出せば、
秋山さんはまるで隠し事をされているみたいで、ムギちゃんと田井中さんの話が気になるに違いない。
そして秋山さんは田井中さんにこう言うだろう。
『一体何の話をしていたんだ?』って。
田井中さんは、少しだけ秋山さんに嫉妬してほしいのもあったし、自分自身どうすればいいのかわからないぐらい悩むので、
自分を好きだと言ってくれている理学部の子に食事に誘われたことを秋山さんにバラした。
ここでムギちゃんの思惑が絡んでくる。
秋山さんは、田井中さんが田井中さんのことを好きな女の子と食事を取るということに対していい思いはしない。
むしろ嫉妬してしまうはずだと。
だけど秋山さんはその『嫉妬』や、田井中さんが誰かと仲良くしたりすることに対するモヤモヤが何なのか気付いていないような節があった。
だから、『田井中さんが別の誰かと恋仲になるかもしれないんじゃないか』という不安に秋山さんを追い込むことが、
秋山さんの田井中さんに対する想いを自覚させるきっかけとなると考えたのだ。
実際田井中さんが食事会に行くと決めてから、秋山さんはとても悩んだと思う。
ムギちゃんは、田井中さんと秋山さんと『理学部の子』の仲介役だったので、二人の様子がよくわかると言っていた。
田井中さんは、ときたま秋山さんの方を見て気になるようだったし、
秋山さんも表情から戸惑っているのがまるわかりだとムギちゃんは語る。
やっぱり『理学部の子が田井中さんを食事に誘う』ということは、二人の関係を大きく進展させるきっかけに。
そして二人の相手への想いを自覚させさらに強くさせるきっかけにもなったのだ。
ムギちゃんはそれから、バス停から降りてきた秋山さんに話しかけたりもしたらしい。
田井中さんのことどう思う? とか、恋愛だとか恋だとか、好きだとか。
そういう恋愛的なワードや質問を秋山さんにぶつけて、もっと心を揺さぶったのだ。
そうすることは、秋山さんの田井中さんへの『好き』という気持ちに気付いてもらったり、
告白するための勇気や高揚を与えることに繋がるとムギちゃんは考えたみたいだった。
その日、秋山さんは講義に来なかったらしい。
そして田井中さんも寂しそうに一人で講義を聴いていたとか。
ムギちゃんはそれを見て、二人の関係が進展した――というよりも恋愛感情に気付いて少し気恥ずかしくなったんだと喜んだらしい。
ここまでくるとあと一歩だと思ったみたいだった。
ムギちゃんは、二人をバレンタインの日に出会わせると決めていた。
場所は大学の中庭の噴水の前。
そのために、バレンタインの前日の夜に田井中さんと秋山さんに電話すると決めていたムギちゃん。
その電話を掛ける少し前に、私に電話が掛かってきた。
ムギちゃんはあることをやってほしいのと頼んできたのだった。
私はムギちゃんのその依頼に快く応じた。
私も田井中さんと秋山さんがいつも一緒にいるのになかなか進展しないというのはもどかしく思っていたからだ。
依頼の内容は、こうだった。
「明日のバレンタインね、前にも云った通り『理学部の子』がりっちゃんと食事をするって段取りになってるの。
それでね、今から私はりっちゃんに『明日は四時半に大学の中庭の噴水前に集合』って伝えるわ。
だから唯ちゃんは、『理学部の子』の役になって澪ちゃんに電話を掛けてほしいの。
『明日の四時半にお話ししましょう。大学の中庭の噴水に四時半』って」
「いいけど、もし二人がお互いに時間を教えあったらおかしいと思われないかな?」
「そうね……じゃあね、私はりっちゃんに『この四時半に集合、というのは誰にも教えたら駄目』と言っとくわ。
だから唯ちゃんも、澪ちゃんに他言したら駄目というのを伝えておいて」
「わかった! でも、明日は田井中さんと食事するのに私と会っている暇があるの?
って聞かれたらどうしよう?」
「その時は、『田井中さんとは五時に待ち合わせしてます』って言っておいて」
「なるほどー……あ、でも予想しなかった質問とか来たら?」
「うーん、そこはなんとかしてもらうしかないわ。
たださっき言ってくれたことだけ守ってくれればいいの」
「りょうかいです!」
それでね、今から私はりっちゃんに『明日は四時半に大学の中庭の噴水前に集合』って伝えるわ。
だから唯ちゃんは、『理学部の子』の役になって澪ちゃんに電話を掛けてほしいの。
『明日の四時半にお話ししましょう。大学の中庭の噴水に四時半』って」
「いいけど、もし二人がお互いに時間を教えあったらおかしいと思われないかな?」
「そうね……じゃあね、私はりっちゃんに『この四時半に集合、というのは誰にも教えたら駄目』と言っとくわ。
だから唯ちゃんも、澪ちゃんに他言したら駄目というのを伝えておいて」
「わかった! でも、明日は田井中さんと食事するのに私と会っている暇があるの?
って聞かれたらどうしよう?」
「その時は、『田井中さんとは五時に待ち合わせしてます』って言っておいて」
「なるほどー……あ、でも予想しなかった質問とか来たら?」
「うーん、そこはなんとかしてもらうしかないわ。
たださっき言ってくれたことだけ守ってくれればいいの」
「りょうかいです!」
そんなやり取りがあって、ムギちゃんは田井中さんに、そして私は秋山さんに電話した。
ところどころ私のアドリブや、ちょっと違和感が出たところもあるかもしれないけれど……。
でも私だとバレないように、もちろん一度しか会ってないし話もほとんどしていなかったからバレないとは思っていたけど、
でも念には念を入れて平坦で抑揚のない、少し低めの声で電話した。
しかし、秋山さんが『律は渡さない』なんて大胆に言うとは思わなかった。
架空の人物である『理学部の子』であろうと、一応初対面だったのだ。
秋山さんは初対面の相手にあそこまでズバッと物を言える人じゃない。
それなのに、あんな風に言えるということは……。
やっぱり、田井中さんのことが大好きで、絶対に誰にも渡したくないって想いが強かったんだろうなって思った。
それからなんとか上手く行って、二人は噴水前で出会った。
私とムギちゃんは、二階の窓から噴水でどぎまぎしている二人を見ていたんだ。
私たちの計画は、あの二人が噴水で出会ったらクリアだと思っていて、二人は噴水で出会った。
私たちはやった! と喜んだ。
そして、二階の窓から二人を観察していたのだ。
こちらを見た秋山さんには少し驚いていた様子だった。
ムギちゃんと二人で『頑張れ!』『告白しようよ!』と想いを込めて手を振ったり親指を立てたりするジェスチャーをしてみた。
少しして、その場を離れて別の窓から二人の様子を窺っていた。
秋山さんは、大声で田井中さんに告白したのだ。
私とムギちゃんは、その窓を少しだけ開けて、二人の会話を聞いていた。
秋山さんはこれでもかというぐらい大きな声で、田井中さんを好きだ好きだと叫んだ。
ムギちゃんはまるでお酒に酔ったみたいに顔を赤くして満足そうにしていた。
私も似たような気持ちだった。
恋ってすごい。
あの秋山さんを、あそこまで泣かせて叫ばせることができるんだ。
そして、『好き』って言葉が、こんなにも人の心を揺さぶるんだと。
私も恋をしてみたいなって、思った。
しかも、田井中さんは秋山さんにキスしたのだ。
二人はそれから、ずっと抱きしめあって口付けしていた。
雪が降っていたので中庭にはあまり人がいなかったけど、やっぱり気付いた人は皆二人を見ていた。
二人は、最高のカップルになっていた。
私はその二人の姿に、ドキッとした。
恋って本当にすごいって。
その後、ムギちゃんは権力行使で二人が絶対に知らないであろうメールアドレスから二人へメールを出した。
ムギちゃんのお父さんはいろんな業界の権威みたいなので、新しいメアドやそういうものの手配が簡単らしい。
だから、二人にはメールが届いたはずだ。
たった一言の。
田井中さんと秋山さんへ向けた、祝福の言葉だった。
ところどころ私のアドリブや、ちょっと違和感が出たところもあるかもしれないけれど……。
でも私だとバレないように、もちろん一度しか会ってないし話もほとんどしていなかったからバレないとは思っていたけど、
でも念には念を入れて平坦で抑揚のない、少し低めの声で電話した。
しかし、秋山さんが『律は渡さない』なんて大胆に言うとは思わなかった。
架空の人物である『理学部の子』であろうと、一応初対面だったのだ。
秋山さんは初対面の相手にあそこまでズバッと物を言える人じゃない。
それなのに、あんな風に言えるということは……。
やっぱり、田井中さんのことが大好きで、絶対に誰にも渡したくないって想いが強かったんだろうなって思った。
それからなんとか上手く行って、二人は噴水前で出会った。
私とムギちゃんは、二階の窓から噴水でどぎまぎしている二人を見ていたんだ。
私たちの計画は、あの二人が噴水で出会ったらクリアだと思っていて、二人は噴水で出会った。
私たちはやった! と喜んだ。
そして、二階の窓から二人を観察していたのだ。
こちらを見た秋山さんには少し驚いていた様子だった。
ムギちゃんと二人で『頑張れ!』『告白しようよ!』と想いを込めて手を振ったり親指を立てたりするジェスチャーをしてみた。
少しして、その場を離れて別の窓から二人の様子を窺っていた。
秋山さんは、大声で田井中さんに告白したのだ。
私とムギちゃんは、その窓を少しだけ開けて、二人の会話を聞いていた。
秋山さんはこれでもかというぐらい大きな声で、田井中さんを好きだ好きだと叫んだ。
ムギちゃんはまるでお酒に酔ったみたいに顔を赤くして満足そうにしていた。
私も似たような気持ちだった。
恋ってすごい。
あの秋山さんを、あそこまで泣かせて叫ばせることができるんだ。
そして、『好き』って言葉が、こんなにも人の心を揺さぶるんだと。
私も恋をしてみたいなって、思った。
しかも、田井中さんは秋山さんにキスしたのだ。
二人はそれから、ずっと抱きしめあって口付けしていた。
雪が降っていたので中庭にはあまり人がいなかったけど、やっぱり気付いた人は皆二人を見ていた。
二人は、最高のカップルになっていた。
私はその二人の姿に、ドキッとした。
恋って本当にすごいって。
その後、ムギちゃんは権力行使で二人が絶対に知らないであろうメールアドレスから二人へメールを出した。
ムギちゃんのお父さんはいろんな業界の権威みたいなので、新しいメアドやそういうものの手配が簡単らしい。
だから、二人にはメールが届いたはずだ。
たった一言の。
田井中さんと秋山さんへ向けた、祝福の言葉だった。
「お幸せに――」
回想から戻ってきて、私は目を開いた。
私は問うた。
「それで、二人はどう?」
「うん。もう人目はばからずイチャイチャしてるよ」
それって今までとあんまり変わらないんじゃないかなあ。
私が見た限り、そしてムギちゃんの報告では、
二人とも前々からずっと一緒にいて漫才やったり甘えたりイチャイチャしていたみたいだ。
私がそれを言うと、ムギちゃんは笑った。
「だけど、恋人同士っていうイチャイチャっていうのかな……
なんか、前にはなかったお互いがお互いを愛してますよって雰囲気がすごい伝わってくるのよ!」
ガッツポーズした。
私は二人の姿を、今でも鮮明に思い出すことができる。
確かに、もう理想すぎるほどのカップルだ。
それはもう、夫婦の域と言ってもいいんじゃないかな。
お互いがお互いを求めあってて、片方がふざければ片方が突っ込んだり。
片方が甘えるならそれを片方が受け入れる。
そんなありそうでありえない、そしてあまりにも普通すぎる――でもそれが難しいようなカップルの典型を二人は簡単に見せてくれたのだった。
あんなにイチャイチャはそうそうできるもんじゃないよ。
キスする二人を見て、私はドキッとした。
私はそれを思い出すだけで、ふわふわした気持ちになるのだった。
「ムギちゃん……」
私は冷たいオレンジジュースのコップに手を触れた。
ムギちゃんが眉を寄せて尋ね返してくる。
「どうしたの?」
ほとんどひとりごとのように、私は呟いた。
「……私にも、ああいう恋ができるかなあ」
純粋な気持ちだった。
私が出会ってきた全ての皆さんは、全ての皆さんの思うように生きていて、誰かと出会って、そして思い出を作ってる。
私が出会ってきた全ての皆さんに、私は一体何をしてきたんだろう。
深い交友関係があるのは、和ちゃんとムギちゃんぐらいじゃないのかな。
もし高校時代に何か――そうだ、部活か何かやって、熱中したり、
自分の居場所を見つければ、恋の一つもできたかもしれないんだ。
私はそのチャンスを逃した。
それだけのことだけど、でもどうしようもなく悔しい気持ちもある。
あんなにすっごいカップルを見せられたら、こっちもその気になるよ。
私は膝の上で手を組んでもじもじしながらムギちゃんに言う。
「何か、恋の秘訣とかないの?」
ムギちゃんは、あまり考えない装いでフッと目を細めた。
それは、私の考えをお見通しだというような、だけどまるで見守ってくれているようなそんな優しい瞳で。
私はそれがよくわからなかったけど、でも安心した。
「不安になることないわ。そうね……来年度辺りまで待ってみたらどう?
例えば……後輩が入ってくるでしょう? そうしたら少しぐらいは交流が増えるかも」
「でも、私サークルも入ってないし……友達はいるけど、でも後輩と交流なんてあるのかなあ」
「大丈夫よ。えっと、確か妹さんがいるんじゃなかった?」
「うん。いるけど」
「その妹さんの友達と仲良くなるとかどう? 妹さんも志望はN女子大でしょ?」
ムギちゃんの言葉に私は妙に不思議な感覚がした。
妹の憂は何かとお節介焼きで、高校時代も私のお世話をしてくれていた。
両親は海外や県外での仕事が多くほとんど家に帰らないので、家事はほとんど憂がしてくれていたんだ。
だから今度も私と同じ大学に来て、一緒に暮らすことになっている。
今は二月で、もうすぐ受験だ。
「憂の友達かあ」
私は漏らした。
確か、憂は夕食の席で友達の話をしていたことがあったなあ。
鈴木……なんとかちゃんと。
中野梓ちゃん。
「まだよくわかんないなあ」
その鈴木さんと中野さんも、N女子大が志望かどうかは知らないけど。
でも、なんとなく。
中野梓ちゃんは、来るような気がした。
本当に、なんとなくだけれど。
「私も、あの二人を見てたら帰りたくなったわ」
ムギちゃんは愛おしそうに窓の外を見つめた。
私をその視線の先を追うけれど、なんということはない車の往来がただあるだけだった。
そこに何かあるからムギちゃんはそちらを見たのではないのだろう。
きっと頭の中に何かを――誰かを想い浮かべているのだ。
「恋人がいるんだ?」
「そうね。学校の先生よ」
意外すぎる言葉に私は声を上げた。
「えっ!? 桜高の?」
「ええ」
「もちろん女の先生だよね」
「当たり前よ」
ということは私も会ったことがある先生が相手なのかな。
そう思う前に、女の子同士の恋愛がとても大好きで、そして女の子同士の恋愛を何度も成就させてきたムギちゃん。
そのムギちゃん自身も、女の子同士の恋愛をしていたというのは驚きだった。
いや、予想できたかな。
取り残されたような気分になる半面、すごい、そしてなんて罪な先生なんだとも思った。
しかし誰なんだろう。
私は頭を悩ませて、できるかぎり出会ったことのある先生の顔を思い浮かべた。
でも、ムギちゃんと並んで映えるような人は一人しか浮かばなかった。
「山中先生?」
「すごい。正解よ」
ムギちゃんは小さく拍手した。
「なんでわかったの?」
「うーん、ムギちゃん合唱部だったし」
やっぱり、誰かと出会うというのは部活とか交友関係が大事だと思う
田井中さんと秋山さんはそうではなかった――というかあの二人はどうあってもくっつく運命だったと私は思っている。
けど、もし私、平沢唯が何かの部活に入っていたら、きっとそこで誰かと出会って恋をしていたんだろうなって。
だから、部活に入っていたムギちゃんは、そういう出会いがあったんだろう。
先生で思い当たるのは、音楽系統の部活の顧問をやっている山中さわ子先生しか思い浮かばなかったのだ。
美人だし、生徒の評判もいいし。
「唯ちゃんはすごいわね」
「うん?」
「なんでもないわ」
ムギちゃんは幸せそうに笑った。
恋をするって幸せなことだ。
私はそれを知らないけれど、誰かと出会うこともあるだろう。
そしたら、田井中さんと秋山さん――ううん、りっちゃんと澪ちゃんみたいな、あんなすっごい素敵で、愛し合ってて。
仲良くて、支えあえるようなカップルになりたいなあ。
それだけで、きっと毎日が楽しいんだろうなあ。
りっちゃんと澪ちゃんは、毎日すっごく楽しそうだもん。
今日だって、今頃二人は一緒にいるだろうなあ。
私は問うた。
「それで、二人はどう?」
「うん。もう人目はばからずイチャイチャしてるよ」
それって今までとあんまり変わらないんじゃないかなあ。
私が見た限り、そしてムギちゃんの報告では、
二人とも前々からずっと一緒にいて漫才やったり甘えたりイチャイチャしていたみたいだ。
私がそれを言うと、ムギちゃんは笑った。
「だけど、恋人同士っていうイチャイチャっていうのかな……
なんか、前にはなかったお互いがお互いを愛してますよって雰囲気がすごい伝わってくるのよ!」
ガッツポーズした。
私は二人の姿を、今でも鮮明に思い出すことができる。
確かに、もう理想すぎるほどのカップルだ。
それはもう、夫婦の域と言ってもいいんじゃないかな。
お互いがお互いを求めあってて、片方がふざければ片方が突っ込んだり。
片方が甘えるならそれを片方が受け入れる。
そんなありそうでありえない、そしてあまりにも普通すぎる――でもそれが難しいようなカップルの典型を二人は簡単に見せてくれたのだった。
あんなにイチャイチャはそうそうできるもんじゃないよ。
キスする二人を見て、私はドキッとした。
私はそれを思い出すだけで、ふわふわした気持ちになるのだった。
「ムギちゃん……」
私は冷たいオレンジジュースのコップに手を触れた。
ムギちゃんが眉を寄せて尋ね返してくる。
「どうしたの?」
ほとんどひとりごとのように、私は呟いた。
「……私にも、ああいう恋ができるかなあ」
純粋な気持ちだった。
私が出会ってきた全ての皆さんは、全ての皆さんの思うように生きていて、誰かと出会って、そして思い出を作ってる。
私が出会ってきた全ての皆さんに、私は一体何をしてきたんだろう。
深い交友関係があるのは、和ちゃんとムギちゃんぐらいじゃないのかな。
もし高校時代に何か――そうだ、部活か何かやって、熱中したり、
自分の居場所を見つければ、恋の一つもできたかもしれないんだ。
私はそのチャンスを逃した。
それだけのことだけど、でもどうしようもなく悔しい気持ちもある。
あんなにすっごいカップルを見せられたら、こっちもその気になるよ。
私は膝の上で手を組んでもじもじしながらムギちゃんに言う。
「何か、恋の秘訣とかないの?」
ムギちゃんは、あまり考えない装いでフッと目を細めた。
それは、私の考えをお見通しだというような、だけどまるで見守ってくれているようなそんな優しい瞳で。
私はそれがよくわからなかったけど、でも安心した。
「不安になることないわ。そうね……来年度辺りまで待ってみたらどう?
例えば……後輩が入ってくるでしょう? そうしたら少しぐらいは交流が増えるかも」
「でも、私サークルも入ってないし……友達はいるけど、でも後輩と交流なんてあるのかなあ」
「大丈夫よ。えっと、確か妹さんがいるんじゃなかった?」
「うん。いるけど」
「その妹さんの友達と仲良くなるとかどう? 妹さんも志望はN女子大でしょ?」
ムギちゃんの言葉に私は妙に不思議な感覚がした。
妹の憂は何かとお節介焼きで、高校時代も私のお世話をしてくれていた。
両親は海外や県外での仕事が多くほとんど家に帰らないので、家事はほとんど憂がしてくれていたんだ。
だから今度も私と同じ大学に来て、一緒に暮らすことになっている。
今は二月で、もうすぐ受験だ。
「憂の友達かあ」
私は漏らした。
確か、憂は夕食の席で友達の話をしていたことがあったなあ。
鈴木……なんとかちゃんと。
中野梓ちゃん。
「まだよくわかんないなあ」
その鈴木さんと中野さんも、N女子大が志望かどうかは知らないけど。
でも、なんとなく。
中野梓ちゃんは、来るような気がした。
本当に、なんとなくだけれど。
「私も、あの二人を見てたら帰りたくなったわ」
ムギちゃんは愛おしそうに窓の外を見つめた。
私をその視線の先を追うけれど、なんということはない車の往来がただあるだけだった。
そこに何かあるからムギちゃんはそちらを見たのではないのだろう。
きっと頭の中に何かを――誰かを想い浮かべているのだ。
「恋人がいるんだ?」
「そうね。学校の先生よ」
意外すぎる言葉に私は声を上げた。
「えっ!? 桜高の?」
「ええ」
「もちろん女の先生だよね」
「当たり前よ」
ということは私も会ったことがある先生が相手なのかな。
そう思う前に、女の子同士の恋愛がとても大好きで、そして女の子同士の恋愛を何度も成就させてきたムギちゃん。
そのムギちゃん自身も、女の子同士の恋愛をしていたというのは驚きだった。
いや、予想できたかな。
取り残されたような気分になる半面、すごい、そしてなんて罪な先生なんだとも思った。
しかし誰なんだろう。
私は頭を悩ませて、できるかぎり出会ったことのある先生の顔を思い浮かべた。
でも、ムギちゃんと並んで映えるような人は一人しか浮かばなかった。
「山中先生?」
「すごい。正解よ」
ムギちゃんは小さく拍手した。
「なんでわかったの?」
「うーん、ムギちゃん合唱部だったし」
やっぱり、誰かと出会うというのは部活とか交友関係が大事だと思う
田井中さんと秋山さんはそうではなかった――というかあの二人はどうあってもくっつく運命だったと私は思っている。
けど、もし私、平沢唯が何かの部活に入っていたら、きっとそこで誰かと出会って恋をしていたんだろうなって。
だから、部活に入っていたムギちゃんは、そういう出会いがあったんだろう。
先生で思い当たるのは、音楽系統の部活の顧問をやっている山中さわ子先生しか思い浮かばなかったのだ。
美人だし、生徒の評判もいいし。
「唯ちゃんはすごいわね」
「うん?」
「なんでもないわ」
ムギちゃんは幸せそうに笑った。
恋をするって幸せなことだ。
私はそれを知らないけれど、誰かと出会うこともあるだろう。
そしたら、田井中さんと秋山さん――ううん、りっちゃんと澪ちゃんみたいな、あんなすっごい素敵で、愛し合ってて。
仲良くて、支えあえるようなカップルになりたいなあ。
それだけで、きっと毎日が楽しいんだろうなあ。
りっちゃんと澪ちゃんは、毎日すっごく楽しそうだもん。
今日だって、今頃二人は一緒にいるだろうなあ。
私とムギちゃんはまた、窓の外を見た。
「あら?」
「どうしたのムギちゃん」
「あれ、りっちゃんと澪ちゃんだわ」
私はムギちゃんの視線の先を目で追った。向かいの道を、手を繋いでいた。
幸せそうな笑顔で。
車の往来は激しいけれど、でも道を歩く人たちはみんな思い思いの時間を過ごしている。
カップルで歩く人もいれば、一人で歩く人もいる。
車に乗っている人だって、夫婦仲良く乗っている人も、家族で乗っている人も。
はたまた一人で乗っている人だっているんだろう。
世の中、それぞれの時間は動く。
私もムギちゃんも。
そしてりっちゃんと澪ちゃんも。
きっと今、生きているんだ。
「私たちは、幸せね」
ムギちゃんの言葉に私は、無性に感動した。
「そうだね」
私は返した。
「あんなにも幸せなカップル、そういないわよね」
「うん。りっちゃんと澪ちゃんは、最高の二人だね」
りっちゃんと澪ちゃんの幸せが、私たちの幸せになってた。
あの二人を見てるだけで、ふわふわしててぽわーっとするんだよね。
それぐらい、仲むつまじい相思相愛の二人なんだなあ。
見てたらこっちがニヤニヤしちゃうもん。
私たちは笑った。
「あら?」
「どうしたのムギちゃん」
「あれ、りっちゃんと澪ちゃんだわ」
私はムギちゃんの視線の先を目で追った。向かいの道を、手を繋いでいた。
幸せそうな笑顔で。
車の往来は激しいけれど、でも道を歩く人たちはみんな思い思いの時間を過ごしている。
カップルで歩く人もいれば、一人で歩く人もいる。
車に乗っている人だって、夫婦仲良く乗っている人も、家族で乗っている人も。
はたまた一人で乗っている人だっているんだろう。
世の中、それぞれの時間は動く。
私もムギちゃんも。
そしてりっちゃんと澪ちゃんも。
きっと今、生きているんだ。
「私たちは、幸せね」
ムギちゃんの言葉に私は、無性に感動した。
「そうだね」
私は返した。
「あんなにも幸せなカップル、そういないわよね」
「うん。りっちゃんと澪ちゃんは、最高の二人だね」
りっちゃんと澪ちゃんの幸せが、私たちの幸せになってた。
あの二人を見てるだけで、ふわふわしててぽわーっとするんだよね。
それぐらい、仲むつまじい相思相愛の二人なんだなあ。
見てたらこっちがニヤニヤしちゃうもん。
私たちは笑った。
恋の力は、きっと私たちをいつだって包んでいるだろう。
それは、どんな世界でも。
それは、どんな世界でも。
世界の全ての恋人へ。
お幸せに。
お幸せに。
春はもう、目の前だった。