予兆詩第83番(旧73番) 1562年7月について
原文
Droit mis au trosne du ciel venu en France
Pacifie1 par vertu l'univers2,
Plus sang3 espandre, bien tost tournée4 chance5
Par les oyseaux, par feu & non par vers6. 
異文
(1) Pacifie 1562LN : Pacifié T.A.Eds.
(2) vertu l'univers 1562LN 1589Rec 1594JF : Vertu l'Vniuers T.A.Eds. (sauf vertu l'Vnivers 1668P)
(3) sang : sage 1605 1649Xa
(4) tournée 1562LN 1589Rec 1594JF : tourner T.A.Eds.
(5) chance : change 1605 1649Xa
(6) vers : verms 1562LN
日本語訳
天からフランスに来て玉座についた正統な者が、
徳によって世界を平和にする。
より多くの血が撒き散らされ、ほどなく好機がめぐってくる、
それは鳥たちと火によるもので、蛆虫によるものではない。
訳について
 4行目の「蛆虫」(vers)は少々唐突なので、
エドガー・レオニはラテン語の vir から「人々」としている。だが、これは深読みしすぎではないだろうか。1562LN では verms となっており、これは明らかに ver の語源であるラテン語の vermis を意識した綴りである。中期フランス語では verme と綴ることもあったようだし、
ベルナール・シュヴィニャールは verm は現代語の ver と見なしている。ここはひねらずに「蛆虫」ととって問題はないように思える。
信奉者側の見解
 ジャン=エメ・ド・シャヴィニーは、前半は1574年にアンリ3世が即位したことと解釈した。「天から」はポーランドとドイツの空の下からという意味に捉えたようである(アンリ3世はポーランド王だった)。後半は翌年のことだとしたが、具体的には触れなかった。
 
同時代的な視点
 後半が不鮮明だが、フランスに名君が現れることの予言と見て間違いないだろう。
 この詩が書かれたのは1561年前半で、シャルル9世の即位(1560年12月)から間もない時期だったことから、シャルルが名君となることを期待して書かれた可能性を当然想定すべきだろう。
 結果としてシャルルは世界どころかフランスの宗教戦争すら収拾できずに若くして死ぬことになるが、
ノストラダムスは1564年にはシャルルが90歳まで生きると予言することになるので、シャルルの早世を見通せていたかどうかは疑わしい。この点は、
ジョヴァンニ・ミキエルの証言をどう解釈するかにもよるのだろう。
最終更新:2010年03月09日 21:56