グリンガイア暦356年 恋衣
『ひ、ひええぇ!!』
《家庭の擦り傷から戦場における応急処置まで》
が、売りであるウィリ薬店店主アルフレッド・ウィリは恐怖している。
ウィリの眼前には小柄な狐獣人の少女が一人、大きな槌を持ってたっている。
獣人、それもこのあたりでは見たことがない狐獣人とはいえ、屈強な戦士も相手にすることがあるこの商売、そう簡単に恐怖を感じるわけがない。
しかし、その少女とともに入ってきた【もの】が問題である。
細長い顔つきに少女と同じ狐色の毛並み、尾は一本だが、普通の狐というにはあまりに巨大すぎるその体。
成体というには少々小柄だが、見るものが見ればブラストフォックスであるとすぐにわかる。
この少女はモンスターテイマーなのか? だとしてもブラストフォックスなんて飼いならせるものか? 今この場で急に暴れだすなんてことはないのだろうか? と、ウィリがあわてた頭で考えていると
『……っと!! 聞こえているの?! ちょっと!』
思考に夢中になって少女が声をかけているのに気が付かなかったらしい。
もし少女の機嫌をこれ以上損ねるとブラストフォックスに命じてこの店などつぶされてしまうかもしれない。
『あ……は、はい! 御用件のほどは何でしょうか!?』
少々声を張りすぎた感はあるが、対応をする。すると少女はさらに不機嫌そうな顔をして
『あなた、私の用件聞いてなかったの? さっきから血止め薬と解毒薬を頼んでいるんだけど、早くしなさいよまったく。』
『す、すみません!! 大至急用意いたします!』
ウィリは店の奥の棚にある高級血止め薬と高級解毒薬を取り出し、少女に渡す。
『いくら?』
『は、はい。血止め23ラーデ解毒薬38ラーデの計61ラーデになります。』
『ああ、後もうひとつ。この辺りの歴史に詳しい人物を知らない?』
『れ、歴史ですか……? ならば街の東側に
エルフが一人住んでおりますので、その人を訪ねればいいかと……』
『ふーん……じゃ、これ代金ね。おつりはいらないわ。』
少女はそういうとウェストポーチからホズ金貨を一枚取り出し、ウィリに向け無造作に投げる。
ウィリはそれを受け取り、ホズ金貨に気づき驚き、急ぎ顔を上げるが、そこにはすでに少女の姿はなかった。
『……そういえば、爆発音がしなかった?』
ブラストフォックスは移動を行うと大なり小なり爆発音がする。だが入店のときも先ほど出て行ったときも、何も音がしなかったことに不思議に思うウィリであった。
『よう、お嬢ちゃん。60ラーデに1ホズ払うたぁ景気がいいねぇ。
ちょいと兄ちゃんに譲ってくれないかい?』
少女が待ちの東に向かう途中、裏通りに入ってしばらく歩くと後方から男が一人現れた。
『……さっきから付けてきたのはあんたね? まったくどの街にも似たような奴がいるんだから……だいたい兄ちゃんて面? あんた水に映った自分の顔見たことないんじゃない?』
少女は槌を構え、やれやれといった表情を浮かべ男に相対する。
『……嬢ちゃん、あんた言っちゃいけねえこと言っちまったなぁ……有り金だけで勘弁してやろうと思ったが……殺してやる!!!』
言うと同時に男は腰に挿していた投げナイフを少女の腹部めがけ投げつける。
しかし少女はあわてることもなく、構えた槌を振りかざし柄の部分でナイフを叩き落す。
『な!?』
『あら? いきがっていたわりにはこの程度?』
槌を左手に持ち、叩き落したナイフを拾い、少女はつぶやく。
『へぇ、結構良い投げナイフじゃないの。軽いし柄の部分はつかみやすいし。
けど投げ方がなってないわ。ナイフってのはこう投げるものよ。』
言葉と同時に少女はナイフを投げる。投げられたそれは男の足をかすめ、その先にいたネズミを仕留める。
突然男の顔が青くなり、うめき声を上げその場に倒れこむ。
『やっぱり、神経毒でも塗ってあったのね。ま、こんな奴に手に入る程度の毒なら効果はたかが知れてるし、時間がたてば回復するだろうけど……ザイト。』
少女は寝転び待機していたブラストフォックスを呼び、その足を覆っている布を取る。
取り去られた足を地に付けると、その場に小規模爆発が起こる。
男の顔色がさらに悪くなる。
『あら? ザイトに気が付かなかった? この仔はブラストフォックスの仔。成長期なんだけど、最近この仔のための餌が少なくてねぇ……』
男は自分が少女を追い込んだと思っていたが、自分が誘い込まれたことに気が付く。
少女は自分をあのモンスターの餌にする気だ。
そう結論づくまでに時間はかからなかった。
恐怖で声も立てられず、毒のため体も動かない。邪魔が入らないように人通りの少ない裏道に入ったことが災いし、助けも呼べない。
恐怖と絶望が男を支配したそのとき、少女とザイトが突然その場を飛ぶ。
そしてその一瞬後、そこには獲物をとり損ねたソーンバインドの茨、そしてザイトがいたほうにはさらにリーフスラッシュの葉が通り過ぎる。
『っく!? ザイト、逃げるわよ!』
少女はザイトの背にまたがり、逃走指示を出し迅速に逃走を始める。
『た……たしゅかったぁ……』
『っちぇ、あの兵が来なかったらザイトのいい食料が手に入ったのに……』
街外れの河沿い、少女……フェミナはザイトとともにそこにいた。
『結局一騒動にもなったし、あの街にはしばらく近づけないわね……』
そして、深いため息を吐く。
『ま、しょうがないわね。ザイト、今日はこの辺りで狩るわよ。』
そして彼女は次の街を目指す。土地〃〃の歴史を調べるために。
P.S フェミナに襲い掛かり返り討ちにあった男は、街でも有名な凶漢で、まだ毒が抜けきらないうちにソーンバインドとリーフスラッシュを唱えた憲兵に捕らえられたらしい。
そう差し替え完了。
最終更新:2008年03月25日 02:14