「魔弾に告ぐ、我が名はフェイ・ゼフィランサス、待ち伏せの力を欲するものなり。
我は設置する、魔力感知のリング爆弾を。魔力持つものそれに近づきしとき、リング感知し爆裂せん。されどもたぬものには反応せず、リングただ鎮座する―――バーストラップ」
通算四つ目のバーストラップを仕掛け終え、汗一つかかず疲労の色さえ窺えない。トラップを敷いた線状の先にいるフェイを見て、幾人かは呆然としていた。
「もしモンスターが襲ってきても、何匹かはこれで倒せる。誤爆しないように間隔を空けておいたから、あんた達はこの間を重点的に守りなさい。トラップが切れた後は流石に助けられないから、しっかり生き延びる事ね……あとは、戦える奴は極力戦えない奴を守ること。以上!」
村は目前。フェイの読み通り、村は襲撃を受けていた。襲われ始めて然程時間は経過していないようで壊滅には至っていないものの、戦っている者達は既に満身創痍のように見える。馬車がたどり着くと、何匹かのバウルと戦っていた二人組みの剣士が助けを求めてきたので、フェイとフリードでこれを撃退し、今は魔術師に治療を受けさせている。
目の前の村からは、悲鳴が聞こえる。
「じゃあ此処は任せたわよ……フリード、急ぐわよ!」
「あぁ!」
最後通達を終えると、二人の傭兵は悲鳴に包まれる戦場へと駆け出していく。風を切り、威を纏い、愚風の如く駆け抜ける。まるで、救世主や正義の味方のように、愚直に。
その後姿を見送る旅人達の中に、アレックスはいた。人より明敏なその獣の耳が、悲鳴・怒号・呻き・嘆きを感じ取る。
ひたすらに残酷な響が彼の頭を駆け巡り、体は震え、涙が溢れる。
そんな彼が思う事は、一つだった。
本当に、ここにいていいのだろうか?
#
「おっらぁぁぁぁぁあぁぁぁぁあ!!」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
美貌の剣士と豪腕の剣士の声。その声を聞いた幾人かの村人や滞在中の旅人は、視線を向けると希望を感じた。
三匹ものバウルを疾風の如き速さで切り裂く女性。その一刀を以って近づいてきたバウルを断ち切る男性。その動きには迷いがなく、隙もなく、実力の高さが窺えた。
「援護に来た!状況は!?」
「あ、と、盗賊が来たんだ!あいつら、かなり多くのモンスターを従えていて…しかも、普通のバウルとは全然動きが違うんだ!」
「盗賊の数は?」
「七…八人くらいだ。七人は武器を持っていて、一人は魔法を使う。でもモンスターが何であんなふうに……まるであいつらの味方みたいに…!!」
瞬時に状況を聞きだすも、全員多少なりとも混乱していて確かな情報は少ない。しかし共通する事柄だけを抜き取ると、そのような事が解った。どうやら村に滞在している旅人も経験の浅い者が多いらしく、モンスター調教師などの存在を知らないらしい。だとすると、その武器持ちの中の誰かが…又は全員がモンスターを操っている事になる。
「大体わかったわ。あんた達は死なない程度にモンスターの相手をして、まずは村人の救助を優先して。私達で他の奴らは相手するから」
「あ、ありがたい!」
「しかし二人で大丈夫なのか?他に人は…?」
希望に満ち溢れた男の疑問に、フェイの顔に若干の陰りがさす。しかし気落ちしたのを直ぐに振り払うと、「私達だけで大丈夫よ、それよりも、急いで」と指示し、男達を救助に向かわせる。
だが傷ついた足を庇いつつ走る男を、フリードの大きな手が止める。
「おい、誰か、誰でもいいが…『フォルシオス騎士団』は呼んだのか?」
「ぇ…あ、あぁ、襲撃を受けたときに、誰かが指示を出してて…真っ先に首都のほうへ馬を走らせていた。でも何時来るか…」
「……わかった、行け」
緊張を張り付かせた顔でフリードは佇む。先ほどのやり取りを思うと、フェイは頷きつつ言う。
「確かに、〔プトゥナ王国〕の『フォルシオス騎士団』には連絡しとくに越した事は無いわね。騒ぎが騒ぎだから向こうも流石に気づいてはいるでしょうけど……早めに来て貰えれば、かなり楽」
「それまでは何とか持ちこたえるとしよう。…とりあえず、術者を探すぞ。フェイの段取りでは、それが優先だったよな?」
「えぇ。だけど、ケガ人とかがいたら最優先で」
「了解」
言葉は少ないが、お互いにやるべき事は確認できた。次の瞬間には同時に駆け出している。向かう先は同じ、先ほどから最も悲鳴や先頭音が聞こえる、村の中心部。モンスターを操る上で、指揮系統はなるべく中央を占拠するだろうから。
しかし走り出してすぐ、隣を走るフェイが呟くのをフリードは聞く。
「……ここでは、あんまり大きな魔法は使えないわね」
「え?」
尤もと言えばそうだ。周りに建築物はあるし、逃げ遅れている人たちだっている。敵だけを選んで攻撃してくれるような魔法はそうそうないのだから。しかし、何故いきなりそんな事を…。
と、フリードが頭で考え始めた瞬間には、フェイは剣を握っている方とは逆の左手を正面に突き出し、
「雷鳴に告ぐ、我が名はフェイ・ゼフィランサス、裁きの宝剣を求めし者なり。
黒雲仰ぐ騎士の行軍、各々その剣を掲げ、天に祈りて力を欲す。軍願うは裁きと許し。己が敵を討ち、己が味方を救う豪剣。祈り届きし時、心を型に成せ皇剣。天光降り注ぎ、閃け断罪――――」
「な、なにぃ!?」
高速で紡がれる高度詠唱に驚き、同時に混乱する。明らかな上級詠唱。しかも、これは……。
口を開こうとして、声を出す事は叶わなかった。
掲げられたフェイの左手の先に、結集する黄雷の大剣。
「――ボルトブレイド!!」
瞬間、
目の前の民家の間…それも左右から八匹のアッシュレオが現れ、
此方を向いた瞬間に、迸る轟雷に飲み込まれた。
「!!!!????」
まさか……!?
眼前で爆発する雷光。黒焦げになりながらそこかしこの壁や地面に叩きつけられる亡骸。そのとてつもない威力にもかかわらず、効果範囲は丁度通りの幅に調整されている。民家には多少の焦げ目が見える程度。
フェイは、事前に敵の接近を察知して、効果範囲に適しつつ強力な魔法を瞬時に選び出し、発動した。
「……まじかよ…」
「バウルだけじゃなくてアッシュまでいるわね……これはちょっと骨が折れるかも。
……!?次、来るわよ!」
驚きが連続してフリードの頭を支配する。フェイの言葉に反応して前を見ると、仲間の死体を飛び越えてアッシュとバウルが屋根から飛び降りてくる。すぐさまフリードは大剣を左下に構え、一気に振り上げる!
坂袈裟に切り裂かれたバウルの首と、アッシュの左前足。アッシュは左足を切り裂かれつつも牙を剥き出し、フリードの腕を噛み砕こうとする……が、後ろから風を切り裂きつつナイフが飛んできて、アッシュの眉間を貫き吹き飛ばす。刺さったナイフからは炎が吹き出、見る間に灰色の毛並みが燃え尽きていく。恐らく魔具のヒートナイフ。後ろを振り返ると、フェイが頷きで答える。主軸の攻撃だけでなく援護攻撃まで使いこなしている。
「……しかし、どれだけの量のモンスターを操っているんだ…?いくらなんでも多すぎるだろう!?」
「……そうね、これだけ多いとなると……もしかしたら、バウルは囮なのかもね」
「囮?」
「助けに来た奴を油断させるための囮よ。もしかしたら調教師は実力者かもしれないし……もっと嫌なモンスターを従えているかも…」
一抹の不安。戦いにおいて、最も恐れるべきは『正体不明』であること。相手の能力、戦法、技能の質や多彩さが異なるだけで、戦法もがらりと変わる。だからこそ、どんなに経験を積んだ戦士であっても最初の一撃を予測できなかったが故に殺される危険性もある。
次々に現れるバウルやアッシュを打ち倒しながら、苦戦を強いられていた二・三人の村人や旅人を助け出す。聞くと多くの住人は退避できたようで、恐らくは自分たちが最後だという事。
その報告に、二人の心にも少しだけ余裕が出た。これならば、あとは主犯格を討てば良いだけ。早急に決着をつけるために、上がる息を無視して先に進む。
そして…。
それを、見た。
#
何故、走っているのか解らない。
何故、杖を構えているのか解らない。
周りからはうめき声が聞こえる。
痛みに泣く泣き声が聞こえる。
モンスターに傷付けられて血を流している人がいる。
もう、ピクリとも動かない人たちがいる。
恐い、恐いよ。
恐くて、恐くて、逃げ出したい。
震えが止まらなくて、足がもつれて、思いっきり転んで。
それでも、足だけが前に進んでいく。
昔の記憶。
両親にいつも殴られて、蹴られて、外に投げ出されたとき。
痛かった。恐かった。苦しかった。
悲しかった。
暴力は怖い事。
傷つくのは嫌だし、血が流れると吐き気がするし、痛みが恐かった。
誰かを傷付けるのもいやだったし、血を流させる事に嫌悪を覚えたし、悲鳴を聞くのが恐かった。
総てがすべて、嫌になった。
だけど。
だけ、ど……。
「おい!あの獣人のガキ、何で飛び出していったんだ!?」
「わ、わかるかよそんなの!あ、あいつ…あのフェイって奴の連れだろう?それなりに強いんじゃねぇか?」
「馬鹿言え!がたがた震えてたじゃねぇか?……あーーーっくそ!何だってんだよ一体!」
槍士と魔術師は落ち着かないように話す。先ほどから数匹のバウルが襲ってきたため、バーストラップは効果を失い、今では己の技量のみが頼りとなっている。幾人かの村人や旅人が馬車の方に逃げ出してきたため、中では馬車に乗っていた女旅行者や御者などが応急処置を行っている。流石に文句ばかり言っていられる状況ではなかったからだ。
そんな状況の中、突然、フェイという女の連れである子供が、村めがけて疾走していった。気弱そうな見た目からは想像もつかないスピードで駆け抜けると、あっという間に小さくなっていった。
泣きじゃくっていたはずだが、その足に迷いはなかったように思える。
まぁ、自分には関係がないことだ。フェイ本人も、「後は自分で如何にかしろ」というような趣旨のことを言っていた。あの子供も自分でどうにかするだろうし、自分がとがめられるいわれは無い。
数分前からバウルが襲ってくる事もなくなり、多くの物は避難したという風にも聞いているので、恐らくフェイやあのフリードという剣士が何とかしているのだろう。まるで化け物のようだと、その戦場姿を想像して、ブルリと体を震わせ……、
「あ……あぁ!!??わ、私の可愛い娘は何処!?」
村人の悲鳴を聞いて、槍士と魔術師は本当に戦慄を覚えた。
#
体に、力が入らない。
いくら多勢相手の戦闘方法を心得えていても、どれだけの装備で固めてきても、人海戦術で来られては体力が持たない。
正確に言えば、獣海戦術、といった所だが。
「はーーーーーっはっはっはっは!!傭兵如きが、この俺様に!敵うと思うなよ!」
癇に触る笑い声に、思わず顔が歪む。只でさえ体力が尽きかけているこの状態で、更に精神的に磨耗している気がする。
「なんなのよ……あの…笑い方、…けふっ……こっちの…気力を……落とす作戦か何か?」
「…そ、そんな事……本人に…はぁ……聞いてくれ…」
その剛力と剣術で予想以上…いや、明らかな達人の技を見せたフリードも、剣を支えに荒い息をついている。その瞳に闘志はまだ残っているが、表情は苦痛に歪んでいる。
そりゃあそうだろう。
アッシュレオが十匹もいて、術者の周りには二体のオーガまでいる状態なのだから。
しかも、さっきまでとは更に勝手が違う。
「まぁ、この俺様のモンスター相手に此処まで来て、尚且つ怪我一つしていなかったということには、素直に賞賛の言葉の一つもくれてやらない事も無いが……だがしかぁし!!失敗作で操っていた手駒共とはこいつらは訳が違うぞ!」
そう。
今まで自分たちを襲っていたモンスターは全て、失敗作の魔具によって操られていた。
しかし、今この場にいるモンスターは魔具によって操られているわけでも……調教されているわけでもなかった。
生きてさえ、いないのだから。
「まさか……相手が、調教師じゃなくて…魔術師だったなんてね」
『コープスリヴァイブ』という、無属性の魔法がある。
この世界のモンスターは、世界に散在する《無》の魔力の影響を長い時間の中で受け続け、動植物が独自の進化を果たした姿である。
《無》とは、命を憎み、妬み、故に壊す命の対極。それに感化されたものたちは、生けるものを襲い始めたのだ。
そして、時に《無》の魔力は総ての生き物の亡骸にまで影響を及ぼし、それは《無》の塊となって襲い掛かる。俗に言う『ゾンビ』などのアンデットの事を指すのだが、
然る魔法学者は、『人為的にアンデットを生成する魔法』を編み出したのだ。
それが
《無》魔法『コープスリヴァイブ』、上級、禁術指定。
復活させられた物たちを、『コープス』という。
「癪だけど…ホントにむかつくほど癪なんだけど……『コープスリヴァイブ』が使えるってことは、かなりの熟達者よ。これはかなり魔力を食う奴だけど、油断はできない。他にもどんな魔法を使ってくるか解らないし……しかも、相手は闇の『コープスディレクション』まで使ってるっぽいしね。動きが統率されている節がある…益々持って危険よ」
「……ッチ。でも、やるしかないだろう…!」
自らの体を奮い起こし、フリードは大剣を構える。荒い息は変わらずだが、その眼光は怒りをもって対する魔術師に向けられる。確か、いきなり名乗った名前が《カルシェイド・ヴェルヌ》
だった。
カルシェイドは余裕の表情で此方を見据えてくる…何かしらの隠し玉でもありそうだが、恐らくはリヴァイブが主戦力だろう。あとは…。
「へへっ…あ、兄貴~!結構金目の物ありましたぜ~。さっさとこいつらもぶっ殺して終わりにしましょうや」
他、盗賊の一味らしい男達が七名ほど。全員剣や槍は持っているが、その扱い方はぎこちない。これらに関してはいつもであれば然程の問題ではない…だが、この状況がそれを許してはくれないのだ。
フリードに並んで、フェイも小剣を両の手で構える。その切っ先と眼光は魔術師へ。にじみ出る脂汗と疲労の色は隠せもしないが、負けるわけにはいかない。
アレックスの本音も何も聞いていない。結局あの子が何を志、何を夢見て、そしてこれから、どうするのかを。
それを聞くためならば、この場で生きて帰るためならば。
禁じ手使うも止むは無し。
「まぁ待て兄弟……この俺様相手に此処まで強がって見せたんだ。その恐れを知らぬ勇敢さ…」
アッシュ、共にオーガの足に力がこもる。それは全員で一斉に襲い掛かる兆候…。
「我が忠実なる不死の下僕どもによって、一思いにねじり伏せてやろう!」
瞬間、襲い来る十数の生ける屍。濁った瞳が敵意をむき出しにして、腐った足腕が渾身の力を携えてくる。
「っく……畜生!!」
悪態をつきフリードは振りかぶり、敵を向かい討とうとする。腕の一本、足の一本は覚悟としているかのように。
だが、フェイは、
「あんまり、これは使いたくなかったけど…ね………仕方がないか」
「…何?」
覚悟を決めたフリードが思わず聞き返し、一瞬その視線をフェイに向ける。本来ならそれだけで、フリードの喉下にアッシュが喰らい付いている。
だが、その目が写した光景は、そんな事を一瞬忘れさせた。
「フリード…」
呟くフェイは、自らの掌で、剣の刃を思い切り握り……切っ先までを血に染め上げる。
その血に呼応して、小剣から放たれる漆黒の淡光。
「アタシが負けたら、あとはヨロシク」
瞬間。
フェイの体から、漆黒の光と共に力の奔流が爆発する。
最終更新:2007年08月20日 18:50