「氷雪に告ぐ、…我が名はアレックス・ゼフィランサス。凍てつく力を欲する者なり…」
 自然と、詠唱を口ずさんでいた。
 先ほどから耳に聞こえてくるのは、聞きなれた女性の声。それに、馬車で同乗したたくましい男性の声。
 そのどちらもが、苦痛を孕んでいた。
 そして、知らない男の、恐ろしい笑い声。

 震えは止まらなかった。
 逃げ出す準備は出来ていた。
 詠唱をつむぐ口は止まりそうになった。

 けれど。

「……我が力を中枢に、凍てつく零度の存在を借りて、形成せ巨大な透の氷柱……」

 もう一つ聞こえたのは、小さな女の子の泣き声。


 フェイおねえちゃんにも、
 フリードさんにも、
 その、女の子にも。

 死んで欲しくなかった。

「……全力で穿て…!!」
 通りを過ぎた、広場に躍り出る。
 目の前には、予想していた光景と、先ほどから聞こえていた声。
 一人の男の手が、倒れた人の体に伸びていた。
 それは、あの厳しくておっかなくて恐くて、
 自分に、必死に何かを教えようとしてくれた人。

 自分が、魔法を習いたいと思った理由。

 右手を前に、左手は右腕を支える。
 青色の燐光を帯びていた右手から更に蒼光が煌き、瞬間的に魔法陣を練成する。
 狙うのは、男の手。


「――――アイシクルパイル!!」


 泣いている人を、苦しんでいる人を、助けたかったんだ。




「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!!」
 突然叫び声が聞こえたかと思えば、フェイに手を伸ばしかけていた男が…手首から先を押さえて呻いている。そこには本来あるはずの手が、無い。
 フリードは驚き、視線を先に向けると…地面に、血に染まった氷の杭が突き立っているのを見た。
「あれは…」
「………いてぇ……いてぇ畜生…!!」
「こ、今度はだれだぁ!?」
 男達の混乱を表す声を耳にしながら、フリードは魔法を放った人物を見る。
 聞き覚えのある、キーの高い声を耳にした瞬間に、大体の予想はついていたが…。
「あ、アレックス君!?」
「フリードさん!大丈夫で……」
「このガキャあ!!」
 此方に気づき、駆け寄ろうとした所を盗賊の一人が襲う。長剣を携えた男で、構えも何もない、しかし危険な一撃をアレックスに向けて放ってくる。
「危な…っ!?」
 思わず叫んだ所で、フリードは驚嘆する。
 アレックスは男の剣線を紙一重でかわし、更に数歩の間合いを取る。その速度は、とてもじゃないが馬車で出逢ったあの気弱そうな男の子からは想像もつかない。
「一体っ……ぐぉぉあああ!!」
 驚いている暇はなかった。此方にもオーガが立ちはだかっている。力任せに此方を叩き潰そうとする亡骸。とにかく、こいつらを如何にかしない限りはアレックスを助ける事もできない。
 体は既に限界に近い。技術や経験はそのままでも、元の力が出せないのでは限界がある。
「ちっくしょう……恨むぞあいつ…!!」
 こうなったら出たとこ勝負だ。
「はぁ…ハァ…!!なっめんなぁぁああああああああああ!!」
 渾身の力を両腕に込めて、オーガの腕を弾く。相手が衝撃で後ろにたじろいだ所ですかさず、右腰に剣を振りぬき、両の手をしっかりと握り締め、左足を前に大きく踏み出し、
「らぁぁあああああああああああ!!」
 全体重と遠心力を上乗せした横薙ぎをオーガの胴に向けて撃ち放つ!!
 剣は皮膚を裂き、筋肉を斬って骨を断ち、盛大な血飛沫をあげさせながらオーガを両断する。
 体の上から半分が地面へと崩れ落ち、その拍子に下半身も倒れる。如何せんコープス相手なので倒すには至らないが、これで殆ど動く事はできない。動いても無視できる範囲。
「よしっ……次は…」
 剣を支えに何とか体を持ち上げ、次の行動に移ろうとすると……見下げる地面には巨大な影。
 オーガは、二体。
「しまっ…」
「――――ガストブロウ!」
 アレックスの声がまた聞こえ、その瞬間恐ろしい豪風が吹き荒れる。剣を支えにしていたため何とか耐えられたが、目の前のオーガはそうも行かなかったらしい。
 拳を振りかぶっていたのだろう。見ると重心が右に偏りすぎてたたらを踏んでいる。
 アレックスがくれたチャンスだ。
「おぉし………これで……とどめだぁぁぁあ!!」
 腹筋と背筋をフルに活用し、膝を曲げて溜める。そして、バネの要領で一気に上方へ向けて抜き放ち、オーガの巨体を両断!完璧に真っ二つにはならなかったが、鎖骨の辺りまでは斬り抜けたおかげで立ってはいられないだろう。
 剣を抜くと自重に耐えかねてオーガが崩れ落ちる。聞こえてくるうめき声は無視して、改めて状況を確認する。
「っこんのガキ…ちょろちょろ逃げ回りやがって…!!」
「ハァ…ハァ………ハァ…」
 アレックスは四人もの盗賊に囲まれていた。全員息を荒げてはいるが、その顔には勝利の笑み。それ以上に、囲まれているアレックスは疲弊しきって座り込んでいる。汗が滝のように流れ落ち、それでも、何とか立とうと足に力がこもっている。
 アレックスがあそこまで早い動きを見せられていたのは、恐らく彼が犬の獣人だったからだろう。獣人は生まれつき動物の身体能力を併せ持っているし、犬や狼などは速力にかけて優れている。しかしやはり魔術師として努力してきた彼には持久力がなかった。
 円陣の周りには三人の盗賊が、それぞれ足や腕を片方失い倒れこんでいる。これらはすべてアレックスがやったのか……フリードにとっては既に驚嘆すべき事だった。
「ぉいおい、こいつ…結構顔も整ってんじゃねぇか?奴隷としてどっかに売り払っちまえば…いい金になりそうだ」
「お、そりゃいいぜ…へへ…」
「ざっけんな!こんなガキに俺らは脚切り落とされたんだぞっ……さっさとやっちまえ!」
「ったしかに…ちょおっとおいたがすぎたようだな……ガキ」
 様々な言葉が交わされる中、足を落とされた男の言葉に反応して、一人が剣を構える。

「…まも…るんだ……」

 耳に届くのは、強い決意の声。
「あぁ?」
「おねえ…ちゃんは……ハァ……ぼ…くが……まもるんだ……!」
 複数人の男に囲まれ、明らかに武器を突きつけられ、今正に断ち切られようという状況下で。
「…だれも………死なせない…!!」
 アレックスの心は、折れていない。
「上等だぁガキ……なら精々あがいて見ろよナァ…吐くだけ吐いても、てめぇにはもうなにもできねぇがよ…」
 上段に構え、焦らす様に振りかぶり……アレックスに告げる。その声は、嘲りの色を多いに含んでいた。
「それじゃあな……」
「アレックス!!」
 駆け寄ろうとする……しかし、剣が振り下ろされる方が早い!!
 体中が悲鳴を上げるのもお構いなしに、足を持ち上げ走り、走り、それでも……
 剣が頭まで振りかぶられて
「くたば「――――ウィンドスラッシュ!」
 後方から突如として、真空を孕む風の刃が閃き、
 腕から先が、ゴトリと落ちる。
「……へっ!?」
 間の抜けた男の悲鳴と共に鮮血が断面から噴出す。あまりにも突然の出来事に男は混乱し、他の者も後ろを振り返ろうとして……一人は胸を射抜かれた。

「がっ…がふっ」

「ふん……何で助けてんのかね、俺達?」
「さぁな……間がさしたんだろう…よ!」

 軽い感じの言葉が交わされ、槍を抜かれた男が膝から崩れ落ち、倒れこむ。既に痙攣反応が始まっていて、助かる見込みは無いだろう。
 その前に佇んでいるのは、見覚えのある二人の男。
「お、お前達は…」
「おぅ、………フリードとか言ったっけか、あんた」
「だいたいほとぼりが冷めそうだったからな…一応、手伝いに来てやったぜぇ」
 村を助ける事に反対していた、あの二人の冒険者だった。
「なんだてめぇら!」
「さっきからわらわらわらわら現れやがって…ざっけんな!」
 槍を構えた盗賊が突進し、およそ槍の使い方とはかけ離れた方法…大上段に振りかぶって叩きつけてくる。それを槍術士の男が真っ向から受け止める。
「おいおい…ざっけてのんのはどっちだよ…」
盗賊は驚き、力を込めて叩きつけようとするがびくともしない。
「なんだぁてめぇ…まるっきりのど素人じゃねぇか?まぁ俺だって冒険者としては素人だが、槍にかけてはそれなりに鍛えたつもりだぜぇ……出直してこいやぁ!!」
「ぐはっ!」
 槍術士は気合一発、男を体ごと吹っ飛ばす。その体が後ろにいたもう一人の盗賊にぶち当たり、揃って悶える。
「て、てめぇ…」
「まぁ、なんだ………俺らも、あそこまで言われちゃあ…流石に動かざるをえないというか、な」
 盗賊の呻きやにらみを無視しつつ、魔術師の男が一冊の本を開く。それは、魔法の詠唱を省略するための魔具。
「……………ちょっとだけ、かっこいいことさせてもらおう、か……――――ソーンバインド!!」
 魔術師が銘を唱えると、魔具が緑色の光を放つ……と同時、盗賊たちの周りの地面から茨の蔦が勢いよく飛び出し、瞬時に男達を絡めとっていく。
「な、なんだぁこ……い、いぎゃあ!!」
「いってぇえええ!!ちくしょう!はなしやが……ぎぃぃぃぃ!!」
「痛い目見て、少しそこで後悔、しとけ」
 茨はぎりぎりと盗賊を締め上げ、棘が皮膚を突き破り、血が滲み出す。殺傷能力は然程高くは無いので死ぬ事は無い……ただただ、痛みを断続的に味わう事になる。
 そこでやっと、フリードは息を吐く。なんとか、助かったようだ。
「あ………ありが…とう……ござい…ま…」
「礼なんていらねぇよ…しっかし、お前もかっこいいじゃねぇか。アレックスだっけ?あんだけ震えてやがったのに飛び出していきやがって…」
「おまけに何人か倒してるしな……これは俺も魔術士顔負けだな…いや、大人としても、な」
 にひひ、と笑いながら槍術士がアレックスを助け起こす。これで、盗賊共も、モンスターも、殆ど倒し終えた。
 残るは……

「っく……この…このっ…!どいつもこいつも……てめぇら!!こっちには人質がいるんだぞぉ!!こいつらがどうなっても良いのかぁ!!??」

 カルシェイドの苦し紛れともいえるかのような叫びが響き、フリード達はそちらに視線を移す。
 少女はカルシェイドから少し離れた所で身を縮め震えており、フェイはカルシェイドに無理やり立たされてナイフを突きつけられていた。どうあっても、カルシェイドの策はもう人質しかないらしい。
「もう……お前にも後がないはずだ!……大人しく降参しろ!勝ち目は無いぞっ!」
「うるせぇ!!それ以上近づいてみろ……この女の顔面刻んでやる!」
 負けがわかっていても、こういう場合相手はなかなか降参しない。そして情を持った相手が人質になっているこの状況では、どうしても此方から手が出せない。
 どうすれば……頭の中で大してよくも無い頭を働かせながら、必死に打開策を考えようとする。
 しかし、フェイを見てその思考が少しとまる。

「六花………我が名………ゼフィラン…………」

 微かに……動いているか微妙なほどだが、何かを呟くように口が動いている。
 そして、その両手に薄っすらと青い光が灯る。

「……生血を…………非情の体現…。……魅せられ……立ち止まれ…」
「な……このアマ……何をほざいてやがる!!」

 カルシェイドもそれに気がついたようで…しかし、何を呟いているかは分かっていないようだった。実際、フリード自身にも断片的にしか聞こえない。
 ただ、あの両手の青い燐光と…この独特の詞は…。
「…と絶望を……流れの停まる……其の時まで…」
「貴様っ……黙れっ!!黙らんと顔を……」




「……もう……終わったわよ………」




 微かに聞こえる、フェイの声。
 次の瞬間、フェイを中心にして地面に広がる青い魔法陣。
「なっ……!!」



「――――アケロン」





「……………やっぱあの姐さん…」
「……すごい、な」
 二人の冒険者は、一軒の家にあったレンガの花壇に腰掛けつつ、その光景を見ていた。
 二人の前ではプトゥナ王国の『フォルシオス騎士団』の面々が、負傷した盗賊どもを連行していたり、魔力の切れたモンスターの死骸を片付けていたり、傷ついた村人やフリードなどの怪我の手当てをしていたり……見事に遅れてしまった彼らだが、その不甲斐無さを詫びるかのようにテキパキと働いている。
 そして、その作業の中央。
 そこには、人型の氷の彫像が建てられていた。
 最後の力を振り絞ってフェイが唱えた魔法……それは、術者を軸とした狭範囲内の気温を絶対零度にまで冷やし、範囲内の敵を尽く『停止』させる、氷の中級魔法だ。
 結果、フェイと密着状態だったカルシェイドは一瞬にして氷と化し………死んでいるのか、それともただの仮死状態なのか、騎士団の魔術師が氷を溶かし終えた結果を見ないことにはわからなくなっている。急速に溶かすと氷が一気に砕けるので、こればかりは地道に行うしかない。
 あのカルシェイドとかいう盗賊のリーダーがフェイを人質に取っていたとき、フェイの状態はといえばとてもじゃないが魔法を唱えられるような物ではなかったように感じる。見るからに疲弊し、目は虚ろで、何時失神しても…ましてや、死んだとしてもおかしくはなかった。勿論素人判断ではあるし、本人がどういう状況下であんなふうになったのかは解らなかったが…事実、詠唱の終了と同時に彼女はその場に倒れこんでいた。しかし、土壇場でこれだけの魔法を発動したという事自体が、冒険者として旅をし始めてまだ日も浅い二人にとっては驚くべき事だ。
「……世界って…広いよなぁ……」
「……月並みな台詞だな…」
「うるせぇ…………。
ところでよぉ…。なんだか、俺ら……以外にコンビネーションみたいなのできてなかったか?」
「ん……まぁな~………以外に気が合うのかも、な」
「………暫く、組んでみる気はねぇか?」
「………いいんじゃないか?」
 なんにせよ、こうして二人の初級冒険者がコンビを組む事になった。ある意味ではあのフェイという女性が原因の一端を担っている。
 将来、この二人組みが…冒険者の間でそこそこ名の知れたコンビになるのだが……それはもう少し先の話である。



 あばら骨を三本ほど折られていた。
 しかしそれ以外の酷い傷はこれといって無く、他は中度の打撲傷が主。あばら骨だけは騎士団の治療班に応急処置と痛み止めを施して貰った。打撲で晴れ上がった箇所は血抜きをして、出血を止める『トリート』という水魔法をかけてもらうだけの簡単な処置だ。【リドヴィア】に着いたら、そこで改めて医者にかかるとしよう。
 アレックスに関しては、多少の擦過傷と切り傷がある程度。盗賊どもの攻撃をぎりぎりまで避け続けていたようで、彼に対する認識を改めた所だ。まったく以って大した子供だ。

 そこに、フェイは横たわっていた。
 体が丈夫なのか、あれだけカルシェイドの蹴りを食らっても骨を折ってはいなかった。身体的外傷もそれほど酷い物ではなく、若干の傷を残すのみで他は十分に魔法で治療可能だった。
 ただし、フェイの場合深刻なのは精神面だった。
「どういう状態なんだ?」
 治療に当たっていた騎士団所属の女性魔術士に尋ねる。女性は一応処置を終了したようで、包帯を巻き終えてから一息ついてこちらを向く。フェイの傍らにはアレックスが寄り添っており、その顔を心配そうに見つめている。
「どうもこうも………こんなの私は初めて見ますよ。体内の残存魔力が枯渇寸前まで削り取られていて…実際、死ぬ一歩手前くらいの状態でした」
「え、お、お姉ちゃん!!??大丈夫なんですか!?」
「………で?」
「…今言いましたように、状態『だった』んです。今は安定状態に入っています」
 複雑な心境を隠せない様子で、女性魔術士は続ける。その目線は横たわるフェイに向けられており、無事を確認し安心しているというよりは……シンジラレナイ事実に、驚いているいるというものだ。
「急激な回復力……脳の思考回路から運動神経まで全て停止状態に入っていて、生命の維持と回復だけに専念されている状態です。…魔力を出し切って気絶したというよりは、魔力を出し切る寸前で、強制的に気絶させられた…そう言う方がまだしっくりきますけど………まず、普通の人間にはありえない現象です:」
 『普通の人間にはありえない』
 その言葉の意味は、一つの事実を端的に語っている。
 しかし、それを言う事で『事実』を肯定してしまう事を恐れているのか、それとも本当にそれを否定しているのか……フリードとアレックスは、一言も発しなかった。
 発する事ができなかった。
「それに、しょう…いえ、フリードさんが仰られているウルフエルフが融合したような姿というのも、想像の範疇を超えています。…性質の悪い冗談かとも思いました。それこそ、普通の人間にそんなことできる人なんているわけありません…!」
 押し黙り、若干だが視線をそらすフリード。
「…………正直、恐いですよ。初対面の女性に向かって…しかも、今回の事件の最大の貢献人といっても過言じゃない方に向かって…こんなこと言うのはどうかとは思いますけど………ヒトであるかだってわからな」
「そんなの関係ないです!」
 放たれる、幼い声。
 けれど、力強い声。
「お姉ちゃんが……何者かなんて関係ないです。お姉ちゃんはお姉ちゃんで…《フェイ・ゼフィランサス》て言う…強くて、優しい……僕の先輩なんです!」
「アレックス…」
「だから…だから…そんなこと言わないで下さい。普通と違うからって……そんな…!」
「あ、ご、ごめんなさい……私が悪かったわ…だから…ね?」
 涙をぼろぼろと流しながらも必死に主張する彼を、女性魔術師が流石にバツが悪そうな顔をしながらなだめる。
 その姿を見て、フリードの口元にも自然とこぼれる笑み。
「……確かに、な。それもそうだ」
 微かな呼吸の音だけで生命の存続を表しているこの村の救世主を見て、呟く言葉は自分の本音であると信じたい。
「…自分の命まで危ないって言う状況で、何の見返りも求めずにここまで頑張って……どんな相手にも屈さない。しかも命まで削りそうな奥の手を使ってこの村を助けたんだ。……………本当の意味で、『勇敢』で『優しい』奴だ。大したもんだよ、全く」
「…ぐすっ……ふりー…ど、さん…」
 ぼろぼろと雫を生み出し続ける目で此方を見るその少年に、彼は敬意を込めた眼差しで見る。
「…アレックス君も……彼女のような、誰かを守ってあげられる人間になりたいんだよな?」
「…………はい!」
 突拍子も無い推測に対して、少年は目を丸くして驚き……直ぐ後に、大きな返事と共に涙を拭う。
 そのことが、誇りなのだと胸を張る。
「……おねえちゃん…だいじょうぶなの?」
 不意に、自分の感覚としては大分下の方から聞こえてくる声。それも、小さな女のこの声。
 振り返ってみると、見覚えのある少女が……フェイに助けられた、人質の少女……母親であろう女性にしがみつきつつ、心配そうな目でフェイを見ている。
「…うん、だいじょうぶだよ?疲れて…眠っちゃってるんだって」
 少女を安心させるためなのか、アレックスは優しげな声で少女に答える。その言葉を聞いて、少女は朗らかに笑う。
「こんなところでねたら、かぜひいちゃうよ?」
「ハハ…そうだね。ちゃんとベッドで寝ないとね。大丈夫、ちゃんと後で連れて行くよ」
「………それじゃあ、おねえちゃんに……おきたらでいいから、つたえてくれない?」
「…なぁに?」
 聞き返すと、少女は母親の服から手を放し、体を隠さずにアレックスの前に出る。フェイに視線を向けつつ、声は此方の方も向いて。

「あのね、おにいちゃんたちも…おねえちゃんも………。

 たすけてくれて、ありがとう!」
最終更新:2007年09月29日 18:45