…!!っ…ぁ…!!
どこからか、声が聞こえてきた。
そして響くのは建物の軋み…顔に当たるのは…壁の破片だろうか?
施設全体が揺れ動いているかのように…かすかに、だが確かに、『崩れてきている』。
「……誰かが、耐え切れなくなったのかな」
尤も、狂気が支配するこの『箱庭』で、本当の意味で『平気』なのは、私くらいのものだろうか?
何せ、私は『狂気』そのもの。
人に『狂気』を与えるもの。
道を外れた、背徳者。
段々と揺れが酷くなる。顔に当たる破片の数も多くなる。
恐らく、自分は死ぬのだろうな。腕をつながれ、足を埋め込まれ…何より、頼るべき『影』が無い自分に逃げ道は無い。
例え逃げられとしても、ここ以外に私がいられる場所だの無いのだが。
私の黒の羽は、多くの人にとって忌むべき物でしかないのだから。
だけど。
突如として、視界が白に染まる。
長い事…もう数年以上、黒以外のものを眼に映さなかった…つまりは何も映してなどいなかった目が、突如として『異質な物』を映し出す。
それは、光だった。
先ほどからの揺れで壁の一部が崩れたようだ。廊下に差し込む『ライト』の薄明かりが、部屋の中に漏れ出していた。
私ははっとして、視線を落とす。
床には、『影』
「……はてさて、これは贈り物か、それとも…」
ふつふつと、自分の内より湧き上がる『何か』。
この、どす黒い奔流。
「…暴れている誰かさん。君には…感謝していいのか、呪っていいのか、分からない。だけど…」
意識を、集中。
感覚なら分かる。使い方も分かる。魔力だって十分足りる。
なぜなら自分は、そういう風に作り変えられたからだ。
元より持つ上辺だけの姿に、見合った能力を与えられて。
「……このプレゼントは、喜んで貰っておくとしよう」
次の瞬間、視覚は『黒』を映し出す。
流れ漂う感覚、だが張り巡らした魔力の感覚で手ごろな『影』を見つけて…その付近にもいくつかの『影』があることを確認。
そこにしよう
そう思った時には、自分の視覚は『黒』ではなく『瞼の裏』を映し出す。
「……へっ??」
聴覚が捕えたのは、若い男の間抜けな声。
荒ぐ息を吐き出しつつ、今まで忙しなく動かしてきた足を止めて視線をこちらに向ける人間達の視線…その数凡そ八。注がれる注視の感覚を肌で感じ取りながら、自分は瞼をゆっくりとこじ開けて目の前を見る。
久しぶりに、人に言葉を発する。
「どうも、『箱庭』研究員の皆々様…お忙しそうに走り巡っていますが、一体何事でしょうか?」
自然と零れでる笑み。可笑しくて可笑しくてたまらなくなる。何せ、目の前の白衣の人間達は徐々にその顔色を変えていく。
焦りから、恐れへと。
「お、おお、おま……なぜ、なん、で、なんでなんで!!!???」
「おやおや……大丈夫ですか?説明を求めているのですが…ならば、不肖私(わたくし)めが予測して見せましょうか?」
まるで間欠泉のように吹き上がるどす黒い感情。
私は今まで、それに好意を抱いたことは無い。
だが、喜びは底を知らずに湧き上がる。
「どうやら…何方かがとうとう暴れだしてしまわれたようですね?とても賑やかな『祭り』の音が聞こえてくる……これは、私も参加させていただいても宜しいですかね?何せ、ちょこっと溜まってるもので…ねぇ?」
「あ、あぁ……あく……」
女性の研究員が、泣き出しそうな、笑い出しそうな顔で、こちらを見ている。
その表情が堪らなく自分の心をそそり、極め付けに自己主張をしていることにした。
淑女としては、どうかと思うが…唯一他人に誇りたいと思う、
漆黒の、我が翼。
「……悪魔…悪魔め…」
「えぇ、おっしゃるとおり、『悪魔』ですよ?だけど、そうしたのはあなた方ですね……まぁ、悪魔でなかった昔も、既に背徳者でしたが…」
キーワードを聞いた者らが、一気に顔色を反転させて逃げ出そうとする。踵を返し、というのはこういう事か、と思い出しながら、私は彼等の影に呼びかける。
びたり
と、動かなくなる。
「い、いやだ…助けてくれ!!死にたくない!!」
「いやぁ!!!誰かぁああ!!!???」
「まぁまぁそう騒がずに……私もここ何年か、一切娯楽無しでいたもので……今までの私の我慢に対する給料という事で、どうか一つ」
言いつつ、自分の影から取り出すのは、黒く、クロク、何処までも黒く光る、一本の槍。
さぁ、我が人道をはずれし『娯楽』を楽しもう。
「それでは、私も楽しませていただきましょう……貴方達も楽しかったのでしょう?ならば………
私も、ちょっとくらいコロシテもいいじゃないですか?」
それが、楽しいんですから。
最終更新:2007年09月30日 14:48