私、フェミナ・フェイトスには、たった一人だけ同属以外に尊敬する人がいる。
世界を回る貿易商人、ティスリークさんだ。
彼とは、私がまだ9の歳になるかならないかの時に、グリンガイアの迷宮の中で出会ったの。

あの日、私は村の外へ散歩へ出た。
長は村から出るなと言っていた、村の大人たちも決して出てはいけないと言っていた。
でも、私は外を知りたかった。
偶に村そのものの位置が変わるとはいえ、村そのものは狭い。
それに、村の外が村とはどう違うのか見てみたかった、外の世界を知りたかった。
それに、腕には自信があった。
当時私の爆魔法は、村の大人たちに引けを取らなかったから、モンスターと出会っても戦えると思っていた。
否、今も思っている。
だけど、その時の私はグリンガイアというものと全く知らなかった。

少し散歩に出てすぐ戻るつもりだったから、書置きもせずに村を出たの。
けれども、私の足は着々とグリンガイアの迷宮奥へと進んでいっていた。
私が迷ったと気が付いたときは、すでに日が沈み、二つの月が出始めたとき。
辺りは生垣や壁で囲まれていて、ただ散歩のつもりだったから食料や水も無く、偶に現れるモンスターからは疲労から戦えもせずに、逃げ回り、村の方向を探し続けた。
でも飢えに乾き、肉体的精神的疲労が溜まった私は、意識を手放した。死を覚悟したわ。

ふと意識を取り戻したとき、彼は私の目の前にいた。火を焚き、食事の準備を整えていた。よく目を凝らすと、いる場所も倒れた場所ではなく、時間も月が高々と昇っていたころになっていた。
彼は、私がおきたのに気付くと、優しい笑みを見せ
「ん? 起きたか。気分はどうだ?」
と、声をかけてきた。
私にとって生まれてはじめての異種族、それに村の大人なんか比じゃない巨体。
反射的に身を引き、プロージョンをとなえる。
けれど倒れていた直後に魔力なんかきちんと扱えるはずも無く、不発。
詠唱を聞いた瞬間、彼は驚いた顔をしていた。
けれども不発に終わった次の刹那、彼は豪快に笑い出したわ。
ひとしきり笑った後、かぶっていた帽子を取り、彼は最初の笑みを見せ
「俺の名前はティスリーク、見ての通りの牛の獣人さ。で、君の名はなんと言うのかな? 小さな狐の魔術師さん。」
右手を差し出してきた。

彼の差し出した右手を、私がどう扱おうか迷ったとき、私のおなかがぐぅとなった。それもかなり派手に。
「……はは、先に飯だな。」
それだけ言うと、彼は造っていたスープを注ぎ私に出す。
けれども私は警戒してスープには手をつけない。
「毒なんか入ってないよ。ほら。」
それを見て、私に差し出した器でスープを口にする彼。
それに毒がなさそうだと思ったのと、空腹が限界に達していたために、刹那の後、私は彼から器を奪い取り、貪り始めた。

食事の後、彼は改めて私の名を問うてきたわ。
食料をもらった上、一人心寂しく孤独に耐えられなくなった私は、あっさりと名や種族、散歩中に迷ったことを彼に打ち明け、彼に泣きついてしまった。

しばらく泣いた後、彼は優しく、けれどもしっかりと私にこう言ったわ。
「いいかい、フェミナ。ここはグリンガイアの迷宮の外周に当たるんだ。
その村の大人たちは、恐らくそれを知っていたからこそ君が迷い込んでしまわないように村から出てはいけないと言ったんだよ。
わかるか?」
泣きながらもうなずく私を見ながら、彼はこう続けた。
「これからは、村の大人たちの言う事をきちんと聞き、なんでそんな事を言うのか考えてみような。君の安全のために言っているのかもしれないのだから。」
これから? これからなんてあるの? 私は村に戻る事ができるの?
私がそう聞くと、彼は
「ああ、あるさ。この俺が君を迷宮の外まで連れ出してあげよう。」
自信満々にそういった。

夜通し歩いた私たちは、明け方には迷宮の外に出ていた。
その際、気が付いたのだけれども、彼は明らかに脱出に慣れていた。
まるで道を知っているように迷い無く足を進め、進行方向にモンスターがいようがいまいが関係なく、彼は本当に私を迷宮の外に連れ出してくれた。
けれども、それからがまた大変だった。お礼を兼ねて、村に彼を招待しようと村に向かい、村近くの一本木まで近づいたとき、突然地面が爆ぜた。
彼も私もとっさに後ろにとび、土の塊を避けた。その時なにかが、彼に向かって土の塊の後ろから飛び出してきた。
「フェミナ! 離れろ! そいつから離れるんだ!」
そのなにかとは、村の大人だった。
騒ぎが収まった後に聞きだしたんだけど、私が丸一日も姿を消した事大事件となり、村中総出で探していたらしいの。
そんなときに、私が見知らぬ男といたものだから、連れ去られているのではないかと勘違いをしたらしく、プロージョンで目くらましをし、私を彼から引き離そうとしたらしい。
だけど、そのときはそんな事情なんて露知らないし、彼にとっては突然謎の男に襲われたのには変わりない。

彼は、荷車から素早く槌を取り出すと、村の大人相手に応戦しだした。

最初は彼のほうが不利だと思った。なぜなら襲ってきた大人は、村の武術祭で1.2を争う実力者、ラッセル・クルー。
だから私は彼に加勢しようと思ったの。
けれどもそんな必要は全く無かった。彼は槌によるたったの一撃で、ラッセルの意識を刈り取った。
突っ込んでくるラッセルの腹目掛けて、槌を思い切り振ったのよ。それが予想以上に早く、ラッセルは回避行動が取れずに直撃を食らった。
「 」(こんな子供がプロージョンを?)
何かポツリと彼がつぶやいたけれども、私には内容まで聞き取れなかった。

ラッセルが意識を取り戻すまでの間、私は彼に村について聞かれたことを答えたわ。
同族しかいない小さいな村。二月三月に一度村の位置を変えていること。
他種族がめったに現れないため、他種族に対し非常に排他的な事。
彼は排他的と聞いたとき、ニヤリとしたわ。何でも自分の夢をかなえるんだっていってた。
後は、ラッセルがすでに大人だと教えると、彼はかなり驚いていたわ。いわくどう見ても14.5の子供にしか見えないと。

ラッセルが意識を取り戻したとき、私は必死にラッセルに説明したわ。
グリンガイアの迷宮に迷い込んだ事、彼に助けられ今ここにいられる事。
最初、ラッセルは驚いていたけれども、私が彼に心を許しているのを見て、信じたみたい。
ラッセルは、
「長(おさ)を呼ぶからここから動くな。ここは俺の探索範囲だから、他の連中は来ない。」
と言い、村に戻っていった。

しばらくすると、ラッセルが長を連れて戻ってきたわ。
「貴殿がフェミナを助けてくれたのか、私がフォクサーの長をしている、ギービン・スラッタだ。礼を言うぞ。」
「いや、助けたといっても迷宮から連れ出しただけですよ。あのまま中にいれば十中八九お陀仏だ。そんなの見たくはないんでね。」
「……ラッセル、このものと少し話したい。フェミナをつれて先に村に戻っておいてくれ。後他のものにも連絡を頼む。見つかったとな。」
「わかりました。長。」
ラッセルはそれだけ言うと、私をつかんで村の方角に走り出した。私は彼と長を二人きりにするのがいやで、抵抗したけどさすがにかなわなかったわ。

村に戻ってから、彼は十日ほど私達の村にいたわ。
最初村の人たちはみな、彼のことを警戒していたけれども、私の態度や、五日目のアルティメットコッコ達の襲撃を経て、彼は村のみんなの信頼を勝ち得た。
え? 話の最後のほうが尻すぼみだって?
私だって長い話で疲れてるのよ。そろそろ休む時間だしね。
彼が村にいたときの話はまた今度。いいわね?



以下は、フェミナも知らないお話。ティスリークと長の、二人だけの会話
「さて、あの子もいなくなったことだ。本音を聞こうか、牛の獣人よ。なぜあの子を助けた?」
「さっきも言ったでしょうに。助かる命を無下にできるわけが無いでしょう。人情として。
ま、世界を回ってる俺が見たことが無い種族、美しい毛並み、あの年でプロージョンの詠唱を暗唱できること。
興味があって助けたのは事実ですけどね。種としても珍しそうだし、村は独自の道具を持っているかもしれない。」
「ふむ、正直なやつだな。まぁいい。貴殿、我らを見てどう思う?」
「そうですねぇ……一言で言えば、『妙』
先ほどのラッセルと言った者にしろ、あなたにしろ、とにかく小柄だ。それに顔のつくりも若い。
長と呼ばれるからには、結構年を食っているんじゃないんですか?
しかし、あなたはどう見ても12~3の少年にしか見えない。そんな種族か、多種族に侵略されず、種として保っているのが不思議ですね。」
「はっはっは、歯に衣着せぬやつだな。確かに我らは童顔、小柄だ。
だがな、我らは別に多種族に劣るわけではない。ヴォルガザイト様の力を受け、爆魔法に関しては他の獣人と一線を引いているだろう。
しかし、外見で判断するやからは多い。我らもはるか昔は、多種族とともにいた。だが度重なる迫害。侵略。我らは争いはあまり好まぬが、相手から仕掛けてくるのは仕方が無いだろう?
だから、300年ほど前からこの地に住んでいる。ここはグリンガイアの外周付近だ。一般の旅人はまず能動的に近寄らないだろうて。」
「なるほど……ね。しかし、偶に迷い込んでくる旅人はいるはずだ。それはどう回避しています? それに、グリンガイアの巡廻者もいる。まぁ、ここまであいつが外に来るとは思えないけれど。」
「旅人については、そのままグリンガイア内部にと入っていく物が多い。ほおっておいても、迷宮の中で死すか、グリンガイアに入国してしまうか。どちらにせよ、我らのことを外部に話す機会は少ないだろう。巡廻者に関してはな、村の位置を定期的に変えておる。」
「しかし、迷宮を脱出でき、外部にあんたらの存在を話す事ができそうな俺があんたたちを発見してしまった。
あなた、長として俺を放っておくわけにはいかないだろう。」
「本当に、ずばずば言うやつだな。まぁいい。正直者は好きだ。貴殿の処遇についてだが、村のものすべてで決めたいと思う。
貴殿をここで帰らぬ者にするのは、こちらとしても被害が大きそうだし、何よりもフェミナのお気に入りだ。下手に殺すとあの子がうるさい。」
「フェミナか、そういえば一つ聞きたいな。なぜあの子だけ毛色が違うんだ? あなたやラッセル……といったか? とにかく狐色の体毛だ。けれどもあの子は白銀に近い白。
それにあなたの口ぶりからして、かなり村の中でも大事にされているようだし。」
「その事については、処遇が決まったあと教える事にしようじゃないか。まぁとにかく、しばらく我らの村に滞在を願いたいな。
なに、寝床や食事は私が準備をする。ほんの十日ほどだ。」
「その十日間で決めるってわけか……殺すか、返すか。」
「我らから信頼を勝ち得てみろ、そしたら無事に帰してやろうに。」
「ああ、わかったよ。それじゃあとにかくあなた達の村に案内してもらいましょうか。」


えんぷてぃ様、お忙しい中ティスリークの台詞やその他一部の添削ありがとうございました。
最終更新:2007年10月29日 22:32