フェミナは狼狽していた。その傍らには常にいるはずの魔物の姿は無い。それどころか武器である槌も無く、身につけているものは腰のウェストポーチのみ、背にしょっていたナップサックも失っている。なぜこのような状況にあるのか、話は数時間前にさかのぼる。
南グラッドから北グラッドや他大陸に行くためには、通常船を使うより他に方法はない。しかし魔物であるブラストフォックスを連れた外見幼い少女を乗せてくれるような船は港には存在しなかった。
南グラッドの西の大陸、リフシャ大陸に向かいたいフェミナは困った。自分が命じない限りザイトが暴れることはまず無い。船代だって相場の三倍以上払う。フェミナはそう主張し実際に手持ちの金貨を見せたりもした。だが、どの船の船長も首を縦に振りはしなかった。もしこの客を乗せたら他の客は逃げるだろう。妙な噂が立って今後客が寄り付かないかもしれない。それどころかモンスターの密輸と思われて営業そのものがとめられる可能性だってある。そう考えるとたとえ三倍以上だろうと乗せるわけにはいかなかった。
南グラッドからリフシャ大陸まではどう考えたって泳げる距離ではない。人魚族ですら休息なしと言うのは無理だろう。ましてやフェミナは水が苦手である。
方法がなく困り果てた彼女に声をかける存在が現れたのは、港に停泊していた正規の客船すべてに断られたそのときで、声をかけた女が言うに『値は張るがついでに乗せてやろうか?』そう言ってきた。
フェミナは喜びと同時に疑いをかけた。正規の客船はすべて回りすべて断られた以上、女の船は客船ではないのはまず間違いない。それにこの港町には人買いがいるという噂もある。見たところ女の技量はたいしたことはなさそうだが、船上で襲われたら多勢に無勢は目に見えている。けれども本当についでで人買いではないのかもしれない。それにこの提案を逃したらもうリフシャ大陸にいくすべは無いだろう。だから、フェミナは女についていくことにした。
ついていった先の船は海賊船だった。ああ、これは人買いが濃厚か。フェミナはそう判断し、船上での戦いに備えつつもそれを悟られないようにふるまう。
結論として、その船は確かに海賊船ではあったが、人買いでもなんでもなく、本当にただついでに乗せてくれただけなのだが、フェミナがそれを知ることはなかった。出航して二日目の夜、船はダイダルウェイブにより叩き潰されてしまったのだから。
フェミナがとある島の海岸で意識を取り戻したのは、朝日が昇り始めた頃。なぜ自分がこの場にいるのか一瞬わからなかったが、すぐに昨夜のことを思い出す。
(たしか船が大きな波に襲われて、破壊されて海に投げ出されて……そうか、おぼれる私をザイトが引っ張ってくれたのか……)
そこまで思い出したとき、自分の近くにザイトがいないことに気が付く。最初は姿が見えないだけだろうと思った。それだけで近くにはいると。しかし、気配もないのはおかしい。ザイトは自分に対して気配を消す必要はないのだから。そこで声を上げて呼んだ。それでもザイトは現れない。そして話は今に戻る
フェミナが狼狽していたその頃、ザイトは食料を探しに島の中央部にいた。
しかしあるのは毒性の強い植物や、グールしか見かけず仕留めても食用になるものではない。諦めてフェミナの元に戻ろうとしたそのとき、フェミナのいる方向とはちょうど反対側から、遠吠え猫の遠吠えが聞こえてきた。遠吠え猫はモンスターを呼び寄せる魔物。もしかしたらグールしかこないかもしれないが、食用にすることができる魔物が集まるかもしれない。それに、遠吠え猫自体食用にならないこともない。ザイトはそう考え足を音源に向ける。反対側で守るべきフェミナが自分を呼んでいるのに気づかずに。
ザイトが遠吠え猫の元にたどり着いたとき、その場にいたのはさまざまなグール。とてもではないが遠吠え猫以外食用になるものではなかった。その場は、森を離れ多少開けた平地であった。
ザイトはまずグール達から遠吠え猫を引き離すことを考え、付近の手ごろな石を遠吠え猫に向け思い切り蹴飛ばした。その石は遠吠え猫の眉間に当たり、遠吠え猫は遠吠えを中止し、石を蹴り飛ばしたであろう方向にいたザイトの元へ、その強靭な四肢をもって飛び掛ってくる。ザイトはその場から素早く森に向け走り始め、遠吠え猫を誘い込む。
いくらモンスターの中で最強に近いブラストフォックスとはいえ、まだ成体には遠く肉弾戦の猛者である遠吠え猫に正面からはかなわない。森の木々の根元を強く蹴り、木をなぎ倒して遠吠え猫に当てようとする。しかし、遠吠え猫も倒れてくる木々を前足で弾き飛ばし、ダメージを最小限に抑える。
森の木々が広範囲にわたりなぎ倒されたとき、とうとう遠吠え猫の強烈な一撃がザイトを捕らえる。ザイトは木々をへし折り、飛ばされていく。が、攻撃を繰り出した側の遠吠え猫もまたその左前足を爆発によって負傷する。飛ばされたザイトは地面に叩きつけられるが、すぐに体勢を立てなおそうとうする、しかしそれよりも早く自らがなぎ倒した木々が遠吠え猫により投げつけられる。直接殴ると自分も負傷するため、遠吠え猫はザイトがなぎ倒した木を利用しだした。だが、その左前足の負傷は軽いものではなく、その行動はいささか鈍い。
ザイトは自らに飛んでくるそれらをよけ、今度は接近戦に持ち込む。ザイトの右前足による攻撃が遠吠え猫に当たるが、ザイトの力は強いとは言い切れず、また遠吠え猫もインパクトの瞬間自ら引くことによって威力をそぐ。
「ザイト?! 何処にいるの?!」
ザイトと遠吠え猫が死闘を繰り広げている最中、フェミナはザイトを探し、島の中央に向かっていた。
最初は鼻を使い臭いで捜そうとしたのだが、グールの腐敗臭がひどく、不可能だったため声と目、耳で探す。
円形状の島の中央よりやや北の位置まで来ると、南のほうからの爆発音がフェミナの耳に届く。
「!!! この爆発音は!」
フェミナは爆発音のする方向に駆け出す。
二匹は共にぼろぼろだった。
遠吠え猫は両前足が爆破され使い物にならず、またその腹部からは激しい出血。
ザイトは、両前足が折れ曲がり全身いたるところからの出血。
互いに状態は最悪。いつ倒れても不思議ではない。それでも、戦いから逃げようとはどちらもしない。遠吠え猫は口や尾、ザイトは後足の跳躍だけで相手に襲い掛かる。
そして、その死闘は終焉を迎える。
ザイトの渾身の頭突きが、遠吠え猫の腹部、大量出血の箇所を直撃。とうとう遠吠え猫は息絶えた。
しかし、ザイトの傷も浅くはない。全身血で朱に染まり、両前足はあらぬ方向に折れ曲がり骨が皮膚を突き破っていた。
「ザイト?!」
フェミナがザイトを発見したとき、ザイトの意識はすでになく、呼吸の止まり仮死状態であった。
フェミナは驚愕し、そして絶望した。自分には快復魔法の類は使えない。治療のための道具も一切持っていない。目の前の相棒が、ただ仮死から死にいたるのを見るしかない。
けれども、諦められない。いまや、家族と言ってもいい相棒が死ぬのを黙ってみていられるわけがない。
フェミナは、今までいろいろなところで見聞きした知識、知恵を総動員し、それをもとに治療を行うしかない。そう思った。
そして、一つの道を見つける。今よりもっと幼いころ、長老の家に置いてあった魔道書。そして、その中に書かれていた、爆魔法唯一無二の快復魔法『ブラストヒール』を。
この魔法は失敗すれば被術者はおろか術者もろとも死に至る。しかし、それしか道がないのならば、そして、何もしなければ確実にザイトを失うのならば、フェミナは決意を固め、詠唱を開始する。
「爆炎に告ぐ・・・・・・・我が名はフェミナ・フェイトス・・・・・・・・燃え盛る活力を欲するものなり!」
フェミナ、そしてザイトの周囲の空気が変わる。
「荒れ狂う力の息吹よ・・・・・・彼の者に宿りて炎と成せ・・・・・・!」
いつも使う魔法とは、比べ物にならない魔力をその身に宿す。
「命の炎を・・・・・燃え上がらせよ! 炎の舞踊を其の身の内に!」
ほんのわずかでも気を抜けば、すぐにでも暴発してしまいそうな多大なる魔力を己の全神経を集中させ、制御する。
「願わくば彼の者に烈火と灼熱の祝福を・・・・・・」
そして、その魔力を活力へと変換し、ザイトに向け解き放つ!
「ブラストヒール!」
あらん限りの声をあげ、魔法の名を口にした瞬間、ザイトに変化が起きる。
全身を朱に染めた傷口はみるみるとふさがり、悪かった血色もよくなっていく。折れ曲がり、皮膚を突き通した骨も、いまや完璧に治りきっていた。
だが、活力の注入は終わらない。終わらせることができない。
すでに完璧に快復しきったザイトにこれ以上の活力は必要ない。わかっている。わかっているのに、活力の注入は止められない。
「これ以上は・・・・・だめぇ!!」
フェミナは叫び、掲げた手をザイトから必死にそらす。それにより、ザイトへの活力注入はとまる。だが、大量の活力は行き場を失い、フェミナの中で暴れだす。
「うわぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁあっぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!」
辺りが震えだすほどのフェミナの咆哮。暴れだした活力を魔力、そしてプロージョンに変換し当たりかまわず解き放つ。だが活力は減らない。
暴走を続ける活力に、意識が耐え切れず気を失う直前、フェミナの身体に変化が起こった。
白銀の尾が一本、突如増えたのだ。その急激な身体の変化に、体内を暴れていた活力が一気に使用され、フェミナの意識が飛ぶと同時に、暴走も沈静化する。
フェミナ目を開けると、眼前には自分を心配そうになめるザイトがいた。
辺りを見回すと、先ほどまでいた森林ではなく、何処かの建物の中。遠吠え猫の死体も、そこにはあった。
「運んで・・・・くれたのね・・・・」
ゆっくり立ち上がろうとするフェミナ。
「え?」
しかし、たった瞬間、バランスを崩し、後方に倒れこむ。どうしたことかと自らの背後を見て、絶句する。
そこには、黄金色のほかに、もう一本。白銀の尾が存在していた。
「自分の意思で動かせる・・・・・バランスも取れる。むしろ今までよりも安定性がいい・・・・・」
新たに生えた尾。フェミナはとりあえず、いろいろ試してみることにした。
まず、自分の意思で動かせることを確認。痛みや、触感等神経は通っている。
はじめは戸惑ったが、すぐにバランスも取れるようになる。むしろ、今までよりも駆けたときの安定感がましている。
そして何よりも、魔力が今まで以上に楽に行使できる。呼び出し、変換、留意。それら全てが、スムーズかつ大容量に。
「・・・・・・けれど、尾が増えるなんて話、聞いたことがない。白銀色ってことは、私の地毛で間違いないんだろうけど・・・
一度、村に戻って調べたほうがいいわね。」
わからないことは調べるしかない。けれどフォクサーに関する資料など、故郷にしかありえない。 フェミナは、一度故郷に戻ることを決意する
とりあえず、腹がすいては何もできないと、遠吠え猫を解体。ヒートを使いとりあえず食し、この島からの脱出方法を考える。
「ここは見た感じ廃屋・・・・・・船とかの類は余り期待できそうにないわよね。
となると、船が通りかかるのを待って何らかの方法で救助を待つか、イカダを造り自ら出発するか・・・・・いや、後者は却下ね。危険のほうが大きすぎる。やはり、救助を待つしか・・・・・ん?」
思案をめぐらすフェミナ。ふと気がつくと、ザイトが何かに警戒を促していた。
「一体何が・・・・・?」
割れた窓から外をのぞく。すると、さまざまなグールが廃屋を目指し、侵攻してきていた。
「生者の命を求めてきたかっ! ここは暫く拠点にしたいから、こられると厄介ね。幸い、一箇所に固まってる・・・・ならば」
フェミナは詠唱を開始する。
「爆裂に告ぐ、我が名はフェミナ、破裂の力を欲するものなり。
爆裂すべきは生命以外、破裂すべきは無機物のみ・・・・・・」
今現在こめることのできる魔力を全て使い、グールどもを吹き飛ばそうとする。しかし、フェミナは自分の今の魔力を甘く見ていた。今の自分が全力を使うと一体どうなるかを、把握していなかった。
「領域内のすべての無機物を打ち砕き、弾け散らさん。
―――プロージョン!」
詠唱を終えプロージョンが発動する。小さい島とはいえ、その全てを丸々包み込むほどのプロージョンが。
結果として、地図に載っていないその島は爆砕し、消滅した。
「ん・・・・・・・・ここは・・・・・・・?」
目を開け、最初に視界に入ったもの。それは、何処かの民家の天井だった。
仮にここまで。魔力とか勝手に解釈してる部分もあるので、問題あればご指摘ください。
もう一度言いますが、魔力に関しては暫定です。確定ではありません
最終更新:2009年04月05日 00:58