| 7970年 | |
| 8月 | ゴルドラドの遺産が正式に発見される。 |
| 7971年 | |
| 3月 | ファイス村が攻撃を受けたという口実によりシャルティア国がレミリアル国とその属国であるギアノ国に再侵攻を開始。 |
| 7月 | ルードルフが傭兵として参戦する。 |
| 8月 | ルードルフが敵司令官を討ち取る戦果をあげる。 |
| 7972年 | |
| 2月 | ギアノ国との決戦に勝利して大きく領内に侵入する。 |
| 3月 | ヴィオラたちが卒業と同時にブレイアスに加入する。 |
| 4月 | マルティンがレミリアル国侵攻軍の総指揮として赴任する。 |
| 6月 | レミリアル国侵攻軍が領内に大きく侵入する。 |
| 8月 | ブレイアスがコスピア遺跡における流民との戦いでアルマを捕虜としてアグラスの笛を手に入れる、この戦いの後ブレイアスで着実に手柄をあげていたヴィオラがアステリア達を組織に加入させる。 |
| 10月 | 実力を認められた豊穣なる聖杯平民組が、王都にあるブレイアスの本拠地に所属する。 |
| 10月 | 同じ頃、実力を認められた豊穣なる聖杯貴族組も銀鷲組と呼ばれる派閥を作り上げるほどの実績をあげていた。 |
| 11月 | ブレイアスが、銀鷲組の流した情報に釣られてイアンズ湿地帯へおびき出される、当初は有利だった銀鷲組だが、アグラスの笛を使ったブレイアスの反撃により撤退。 |
| 7973年 | |
| 2月 | ギアノ国の奇襲を受けるが、ルードルフの活躍により撃退、この戦いにすべてを賭けていたギアノ国は以後完全に戦意を消失する。 |
| 2月 | 領内にまで誘い込まれたマルティンがレミリアル国の反撃を受けて敗北するが、この戦いの直前に王都に移動していたと偽装して責任を逃れる。 |
| 3月 | ブレイアスの暗部であった捕虜収容所が発見され、銀鷲組の襲撃により破壊される。 |
| 5月 | エルメット遺跡に眠るノルスデッドを巡ってブレイアスと銀鷲組が激突する。 |
| 6月 | ギアノ国の首都が陥落する。 |
| 6月 | 同盟国である朱焔国への侵略が決定される。 |
| 7月 | 朱焔国への侵略が開始される。 |
| 9月 | シャルティア王国と朱焔国との決戦、暁美ヶ原の戦いが行われる。 |
| 10月 | シャルティア王国が朱焔国の本拠地にまで進軍、朱焔里の戦いが行われ朱焔国が陥落する。 |
| 11月 | この頃からブレイアスのメンバーが各地の反王国組織や隣接国と連絡を取り合い、水面下で一つの連合軍を組み始める。 |
| 7974年 | |
| 1月 | ゴルドラドの遺産を所持している国立リストレア魔導学園に対して、これらを没収することを目的に王国軍が派遣されるが撃退される。(魔導学園攻略戦) |
| 3月 | ルードルフに鎧の試練が言い渡される、この時点で彼はブレイアスとの内応を決意。 |
| 4月 | 国立リストレア魔導学園と和睦を結んでいたが、再侵攻の準備が整うと、一方的に条約を破棄して二度目の襲撃を仕掛け学園は壊滅するも、王族であるリクハルドを失う。(魔導学園攻略戦) |
| 5月 | ルードルフが行方をくらます。 |
| 6月 | 各地で一斉に民衆が蜂起し、ブレイアスの乱がはじまる。 |
| 7月 | 反王国連合軍が王都へ向けて出陣、アルブレッド渓谷の戦いが行われる。 |
| 8月 | シャルティアの鎧を手に入れたルードルフが王国軍の一部隊を扇動して反乱を起こす。 |
| 8月 | 反王国連合軍がシエルの奇襲を受けて半壊する。 |
| 9月 | 反王国連合軍残存部隊によるスメリア森の戦いが行われる。 |
| 9月 | 国王ボルニファースが暗殺されたことにより、政権交代が行われる。 |
| 10月 | ボナトゥーラが正式に国王に就任。 |
| 12月 | シャルティア国による他国への侵略戦争の終結を宣言、同盟国であった朱焔国の復興を正式に承認。 |
| 他国への侵略戦争はこれをもって終結するが、その後の国内の争乱終結まですべて含めて遺産戦争と呼ばれる為、遺産戦争そのものはまだ続く。 | |
| 7975年 | |
| 1月 | 新法律が制定され、旧貴族への攻撃が法的に認められ、民衆たちによる貴族狩りが各地で勃発する。 |
| 4月 | フィルツの一族が処刑される。 |
| 10月 | ガレリアが領民の反乱によって殺害される。 |
| 11月 | ガレリア殺害の容疑でディアナが処刑される。 |
| 7976年 | |
| 2月 | 聖杯の蜂起により政変が起き、セシルが国王となる、この時を持って遺産戦争の終結とされている。 |
| 9月 | 豊穣なる聖杯世代がゴルドラドの深淵に向かい、ゴルドラドの遺産の動力源となる水晶を破壊してその活動を停止させる、遺産戦争の真の終結はこの時であるという主張もある |