登録日:2010/07/31 Sat 18:11:20
更新日:2024/12/20 Fri 15:49:46
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そう、不死身の俺はこの国を永久に一掃してやるのだ!
ハードロックを発展させたパワフルな音楽性、革ジャン+革パン+鋲という
ヘヴィメタルの基本スタイルを大衆に示したバンドである。
その答えがプリーストにある。
揺るぎ無い
ヘヴィメタルへの愛、硬いリフ、憂いを帯びた曲、それらを引っくるめてプリーストは“メタルゴッド(鋼鉄神)”と呼ばれる。
バンド名を直訳すると宗教的に物騒だが、彼らはアンチクライストではない。
初期はドラマーがやたら交代していた。
今と方向性が違うデビュー作は黒歴史。
■メンバー
※実はこのバンド自体が世襲した2代目であるため、初代メンバーはデビュー前に既に皆無となっている
というより、現在のプリーストはKKとイアンが結成したFREIGHTが母体であるため、初代ジューダスプリーストは同じバンドというより、名前が同じの別のバンドと見たほうがいい。
ギター
バンド世襲初期メンバーの一人。
K.Kとは本名のケン・ケネスの頭文字。
グレンとの堅いツインギターを無くしてプリーストは存在しない…ハズだったが、2011年にマネージメントとの長年の不和を理由に突然脱退した。
その後、リッチーより俺の方がシナーを上手く弾ける、リッチー、スコット、アンディは正式メンバーではない等、現在のプリーストをめっちゃdisったりして、ファンからも物議を醸した。
その後2020年に元メンバーのティム・オーウェンズと共に「KK Priest」というやたら未練漂う名前のユニットを結成して再デビュー。
アルバムタイトルも「Sermons of the Sinner」とかほんとに未練有りすぎな名前となっている。
昔は女装癖持ち。
2022年のロックの殿堂にて本家と久し振りに共演、その後、手のひらをクルーしてリッチーを褒めまくった。
バンド創始者ではないが、今や彼がリーダー。
メタル界屈指のリフメーカー。
2018年にパーキンソン病を発表し、ツアーには体調が良い時に数曲のみの演奏に留まり、ライブではリッチー期のプロデューサーのアンディ・スニープが勤めている。だが、この行為がグレンがギターを弾かないなら俺を呼べばいいのにとKKを怒らせた。ツンデレか
脱退したK.Kに代わって急遽加入した若きギタリストで、ワールドツアーを彼と行う。
古参ファンからは納得出来ないラインナップではあろうが、その若さ故に溢れるパワーは確か。
2012年のジャパンツアーでは
秋葉原を訪れ、
カトレア(クイーンズブレイド)のフィギュアをTwitterにうpしていた。
08年の
IRON MAIDEN来日時の前座バンドとして、以前にも来日経験アリ。
2020年に元ドッケンのジョージ・リンチの娘と結婚し、ジョージ・リンチが義理の父親になるというメタル一家が出来上がった。
ボーカル
アッー!
4オクターブの声域を持つ歌声、喉の限界に挑戦したハイトーンな歌声、そしてシャウトが持ち味。
デビュー当初は金髪ロン毛だったが即座にショートへ、さらに後退したことにより今ではスキンヘッドに。
髭も生やしている為、弱々しかった昔とはまるで別人となった。
そして耳が尖っている。バンド創始者ではないが、彼を指して“メタルゴッド”と呼ばれることも。
それほど存在感があるメンバーだが、ソロ活動を巡ったトラブルで一時期脱退するも、後に復帰した。
実はゲイであることをカミングアウトしており、意外なことにタチかネコかで言えばネコ。
『僕はゲイだよ。前にも言ったハズなんだけど』
かつてはアメリカの田舎でコピーバンドをしており、ロブの後任として見出され加入。
切り裂くような歌声から“リッパー”と呼ばれている。
ライブではロブ以上に歌いこなしていたが、カリスマ性は皆無な為に映像だけだと存在感は希薄。残念な人。
ロブの復帰に伴い、バンドを解雇された。
どっちかと言うと代役に近いポジションだったが、スタジオアルバム2枚とライブアルバム2枚、ライブDVD1枚を残している。
加入当時に撮影された写真と現物が違い過ぎている人。
01年に彼の加入劇を元ネタにした『ロック・スター』という映画が製作された。
『この映画の主人公はラストでバンドから脱退してしまうだろ?だけど俺は、今もこうやってJUDAS PRIESTにいるじゃないか!』
上にも書いたけど2020年からKKダウニングと共に活動中。
存在自体知る者が殆どいない初代バンド最後のメンバー。
デビューアルバムのレコーディング前に既に脱退していたが、残した曲はレコーディングされた。
ベース
ステージでも楽曲内でも目立とうとはしないため存在感は一番薄いが、K.K.ダウニングと共にプリーストを世襲した一人である。
2代目メンバー=オリジナルメンバーと解釈すれば唯一のオリジナルメンバーとなった。
曲作りには一切関わらない寡黙な漢。
しかし曲調によってはGOODなベースラインも作れるし、ドラムが変わってもバンドのテンションが変わらないのは彼の功績も大きい。
代表曲、ペインキラーには当時、体調が悪く参加しておらず、ベースはサポートで参加してたキーボードのドン・エイリーがフットベースで演奏していたことを暴露した。
ドラム
デビュー時のドラム、1stアルバムとそのツアーのみ参加。元々はロブと別のバンドにいて、一緒にプリーストへと移籍した。伊藤政則が下手くそと言っていたが、むしろまだヘヴィメタルどころかハードロックですらないサイケバリバリであるアルバムの雰囲気には合っていて、メタルで考えると合わないだけな気がする。アルバムの中でもちょっとしたドラムソロを叩いて、スコットなどと比べると確かに劣るが味のある技術的なプレイをしている。
ジョン・ヒンチ脱退後に加入、実はデビュー前にも在籍しており、唯一の復帰メンバーである。
名盤、運命の翼に参加し、そのツアー後脱退。現在は消息不明らしい。
ロックやHR/HM、AOR、ジャズ、フュージョンなど多種多様なジャンルに対応できる名セッションドラマー、メタル系ではプリーストの他に後にマイケルシェンカーグループに参加する。Totoでジェフ・ポーカロの後任であったことも有名。
正式メンバーではなくあくまでセッションドラマーだが、技術は過去の中では断トツ、背信の門のみの参加でライブでは叩いていない。
スタジオ音源ではステンド・クラスと、殺人機械に参加、ステンド・クラス一曲目のエキサイターのようなツーバスを使用したプレイが特徴的。
現在は在籍した際のプリーストの曲を演奏するバンドを組んだり、KKとティムとライブを行ったり、KK'SPriestの結成時に参加したりしていた。
その後、KKと共にロックの殿堂に参加して、およそ40年ぶりに本家と共演した。ドラムセットがワンバスでスコットと比べてもなんかちゃちく、音もスコットと比べて、全然聞こえないなどと地味に扱いが酷かった。
ロックの殿堂では既に亡くなったデイヴ・ホーランドを讃えるためか、デイヴのいた時代の三曲を演奏したため、自分が脱退した後の曲を叩くという珍しい光景が拝めた。
6作目より加入。
黄金期を支えたメンバーで、万能型で小気味良いプレイをこなす。
脱退後は音楽家庭教師をしていたが、
生徒の少年をレイプ(本人は無実と主張)して音楽の表舞台から姿を消した。
彼は
ショタコンだったのだ…
その後、2018年に死去。
ポール・ギルバートが在籍したレーサーXの元ドラマーで、現プリーストのドラマー。
彼の加入でプリーストが化けた程の超絶ツーバスドコドコ野郎だが、彼も曲作りには関わらない。
■これは聴いておけ!
究極のイントロと呼ばれる「Hellion」と、それに続く「Electric Eye」が収録された1982年作アルバム『復讐の叫び』が黄金期の名盤とされる他、
1980年作の鋼鉄リフが溢れた硬派アルバム『British Steel』、
スコットのバスドラが炸裂してロブが終始叫びっぱなしの1991年作『Painkiller』も名盤。
初のライヴアルバムは1979年の日本公演が選ばれ、『Unleashed In The East』というタイトルでリリースされたが、
そのライヴ当日はボーカルのロブが絶不調だった為にボーカル部分のみ後日にスタジオで全部録り直すという荒業に出た。
まあ、メタルのライブ盤ではよくある事。
■余談
『Unleashed In The East』のジャケットをパロった、
とある東方メタルアレンジサークルのCDがドイツの音楽雑誌にて「Manga Style JUDAS PRIEST」として紹介された。
バンド創始者のK.Kとイアンを魔理沙とアリスに置き換える辺り、ニクいパロディである。
この場合、霊夢は
百合ということになる。
Writing the What!?
TSUIKI,SHUSEI!!
- 驚異の変態率www -- 名無しさん (2014-12-27 21:52:07)
最終更新:2024年12月20日 15:49