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柴田善臣(騎手)

登録日:2012/03/23(金) 21:42:41
更新日:2026/09/15 Tue 20:19:33NEW!
所要時間:約 5 分で読めます





週末は競馬場に居るワイン好きのJELITAパパです!
よろしくお願いします。



柴田善臣(しばたよしとみ)は日本中央競馬会(JRA)・美浦所属の騎手。
日本騎手クラブの元会長にして現・相談役で、2026年9月まではJRA所属の最高齢騎手だった。

プロフィール

1966年7月30日生
競馬学校1期生
所属:美浦TC(フリー)

中央GⅠ勝ち鞍
ヤマニンゼファー(93年安田記念、天皇賞秋)
タイキフォーチュン(96年NHKマイルカップ)
オフサイドトラップ(98年天皇賞秋)
キングヘイロー(00年高松宮記念)
オレハマッテルゼ(06年高松宮記念)
ナカヤマフェスタ(10年宝塚記念)
レインボーダリア(12年エリザベス女王杯)
ジャスタウェイ(14年安田記念)

来歴

青森県の牧場に生まれ幼少からと触れ合って育つ。
三人の叔父は「柴田三兄弟」として知られた騎手で、中でも柴田政人は二冠馬ミホシンザンなどに騎乗したトップジョッキーだった*1
息子は調教助手やオートレーサー、従兄弟には元プロ野球選手の柴田博之がいるなど競馬界隈の人物にしてはかなり多様な職種の系譜を持つ。

1982年に栄えある競馬学校の第一期生として入学。そして1985年に騎手免許を取得してデビューを果たした。同期には石橋守、岩戸孝樹、須貝尚介、武藤善則といった調教師として活躍している面子が揃っている。
同年3月9日に初出走し、翌4月7日に初勝利を記録。この年は12勝し新人騎手賞を受賞した。
その後も順調に勝ち星を重ね、名手・岡部幸雄から連なる着順の「岡部ライン」の副将格と見做されるくらいには実力を持っていた。

1993年にはヤマニンゼファーで安田記念を勝利し、見事G1ジョッキーの仲間入りを果たす。
1996年にはタイキフォーチュンで第1回目のNHKマイルカップをレコード勝ち、1998年にはオフサイドトラップで天皇賞・秋を制し、2000年にはキングヘイローで高松宮記念を勝利と順調にG1レースで勝ち星を重ねる。
2001年にはJRA通算1000勝を達成し、更に2002年から2004年にかけては関東リーディングジョッキーとなるなど好成績を残す。
2005年には岡部の引退で、叔父政人も経験した騎手会長を引き継ぎ、以後6年にわたって務めた。

2006年にはオレハマッテルゼで高松宮記念を勝利。
2010年にナカヤマフェスタで宝塚記念を制し初のグランプリレースを勝利した。
この翌週のラジオNIKKEI賞をアロマカフェで、更に翌週の七夕賞をドモナラズで勝利し、三週連続重賞勝利という記録も残した。
このドモナラズで勝利した時の「どうにかなってくれました」というギャグは有名。
2011年にJRA通算2000勝を達成。2012年にはレインボーダリアでエリザベス女王杯を勝利し、初の牝馬限定G1レース勝利も達成。
2018年に木幡初広が騎手を引退すると、以降2026年まで最高齢騎手の頂を冠する。
2021年8月8日に55歳10日にしてレパードSをメイショウムラクモで勝利し、岡部が持っていたJRA最年長重賞勝利記録を更新。
そしてその翌日にも盛岡の交流重賞であるクラスターカップをリュウノユキナで勝利した。
しかし同年12月に頸椎椎間板ヘルニアにより戦線を離脱。あわや5爺*2崩壊の危機かと思われたが、翌年4月、無事に復帰。
その2022年にはJRA現役騎手としては初・騎手でも2人目となる黄綬褒章受章者となり、11月にはJRA最年長勝利記録も更新した。
2026年現在では最年長重賞勝利記録は横山典弘が奪取したものの(2025年札幌記念)、最年長レース勝利記録は未だに柴田が保持している(2026年1月30日・東京5R3歳以上3歳新馬戦の59歳6か月2日)。
……が、2026年4月16日に右の棘上筋断裂、肩甲下筋損傷が判明し休養。
その後のインタビューで復帰に対し消極的な返答をしていたが、遂に2026年9月15日にJRA騎手引退を発表。
同月18日に騎手免許を返納し、以後はJRAのアドバイザーとして活動する見込み。
11月1日には東京競馬場で引退式が執り行われる予定だが、奇しくもこの日、そして天皇賞・秋当日というタイミングは、1998年にオフサイドトラップで勝利した日と同じであった。

騎手としての姿勢・評価

……こうして書くと非の打ち所のないエリート騎手に見えて実際その通りなのだが、
経歴とは裏腹に大物感のまるでない親しみやすいキャラクターで知られている。
またブログを開設しており、殺伐としがちな競馬関係者には珍しくファンとのほのぼのとした交流の場になっている。

非常に多芸多才で主な趣味は釣り、ワイン鑑賞、鷹狩り、競馬…は本業では?
クルーザーを運転できる船舶免許を持ちドッグブリーダーとしてもプロ並に活動していた。
twitterのアイコンは愛犬のスタンダードプードル・ジェリタ(♀)。

やたらと充実したプライベートと引き替えに
  • 9人しか居ない2000勝ジョッキーの中で唯一五大クラシックと呼ばれるレースを1勝もしていない。*3日本ダービーには18回挑戦して未勝利。
  • 歴代騎手会長は現職の武豊を含めて全員ダービージョッキーかつリーディングジョッキー獲得経験があるが柴田だけ両方取っていない。
  • 2002年~2004年には三年連続の全国リーディング2位を記録した(1位は武豊)がその間中央GⅠを勝っていない。
  • 全盛期には勝ち星の大半を下級条件戦で稼ぎ出しGⅠでは「鞍上柴田善は騎手で消し」とまで言われていた。

が、そんな風評をものともせず飄々と馬に乗る姿がファンからは支持を受け「ヨシトミ先生」「相談役」のニックネームで愛されている。

騎乗スタイルは岡部の流れを汲む競馬の王道・好位からの先行抜け出しを得意とする。
馬の力を自然に引き出す騎乗技術は業界でも高い評価を受けているが、反面強引にハナを切ったり馬群を割って差すような騎乗をしないため、
人気馬でも出遅れ→後方待機→大外ぶん回し→沈没 の黄金の負けパターン(ヨシトミスペシャル)を見せることもしばしば。

熱狂的なファンの間では馬券に絡むことなく入着賞金だけを獲得する4着に入ることを「伝統芸(略して伝)」と呼び、4という数字は神聖数として崇められる。

GⅠではそんな具合で基本的に軽視されがちだが、それでもたまに重賞戦線で活躍したりすると世界のトップジョッキーことデットーリ騎手をもじって「ヨットーリ」と呼ばれる。




余談だが、2026年2月28日より中山競馬場にて『善臣とん汁〜達人の味〜』が発売。
名前のとおり本人が監修しており、出身地である青森名産の津軽味噌を使用した一品。価格は500円とかなりお手頃。
販売初日はあまりの人気で販売開始1時間で売り切れという事態になり、翌週には仕込みを2倍にするもやはり即完売という大人気。
9月5日からは7月に還暦を迎えたお祝いにトマト入りの豚汁が発売された。

《ヨシトミ先生語録》
寡黙な性格で決してよく喋るようなタイプではないが、口を開けばしばしば名言を発する。

  • 「どうにかなってくれました」
ドモナラズ(馬名)に引っ掛けて。

  • 「こんな騎乗依頼ならいつでも俺は待ってるぜ!」
NHK-BS「にっぽん釣りの旅」にゲスト出演して。オレハマッテルゼと掛けて。

  • 「あぇるぅす どうも」
感謝したい時に。専門家の分析ではありがとうございますの意と推測されるが早口で呂律が回っていないため不明。

  • 「自分の100勝よりこの馬の1勝を大事に思っていました」
    「最後だから、頑張ろうなぁ」
片目失明の競走馬・ルーベンスメモリーについて。柴田とのコンビで5勝を挙げ、引退レースでは陣営の特別の配慮で騎乗し馬を労った。

  • 「人間もパワーアップしナイト!(^_^;)← (_ _ )/ ハンセイ 」
記念すべき2000勝目も挙げたお手馬・ナカヤマナイトの成長について。顔文字を使いこなすブロガーぶり。

  • 「女の子の気持ちがいまいちつかめません」
    「ジェリタの気持ちはつかめてるんですけど(^-^;」
ピュアブリーゼに騎乗し秋華賞に敗れて。

  • 「ただ馬が好き、競馬が好きという一言ですね。他に何の取り柄もないので」
14年安田記念勝利騎手インタビュー。


追記・修正は柴田善臣騎手のダービー制覇を信じてお願いします

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最終更新:2026年09月15日 20:19

*1 他にはいとことして博之は西武ライオンズで活躍した元プロ野球選手である。彼の父親も騎手であった(柴田三兄弟の一人で末弟の利秋)からか、出囃子にはGⅠのファンファーレが用いられていた。

*2 2021年時点での中央競馬騎手年長者TOP5である柴田善臣、熊沢重文、小牧太、横山典弘、武豊の俗称。武豊による考案。

*3 全てのレースで2着は経験している。