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ら抜き言葉

登録日:2012/01/09(月) 03:40:00
更新日:2025/01/16 Thu 21:51:12
所要時間:約 5 分で読めます





らめぇ、らめぇぇ……///







ここから『ら』を抜くと?











めぇ、めぇぇ……///







あら、可愛い。







『ら抜き言葉』とは、こういう物である。















冗談です。






【ら抜き言葉】

『ら抜き言葉』とは、書いて字の如く本来の形から『ら』を抜いて用いられる言葉である。
上一段活用、下一段活用、カ行変格活用の動詞+可能を表す助動詞『られる』の形のときに現れる。
五段活用動詞は可能動詞を用いることで、サ行変格活用動詞の『する』では『できる』に置換することで可能を表すため、『ら抜き言葉』は現れない。


例えば
「私、熱中し出すとなかなか止めれないのよ」
という一文。
これは一般的に用いられている日本語に照らし合わせると「止められない」が""正しい""とされている。


他にも、


見れる

↓

見られる


入れれる

↓

入れられる

……等々。
こうした『ら抜き言葉』は今日の日本において、書き言葉、話し言葉を問わず広く浸透している。
ここアニヲタの集いにおいてもしばしば見かけられるのではないだろうか。

なお、正確な時期は定かでは無いが、一説によると遅くとも昭和初期には見られていたらしい。


【なぜ使われる?】

前述の通り、『ら抜き言葉』は""模範的とされている日本語""から外れた物である。
その為によく"日本語の乱れ"として指摘されるのだが、若者を中心として増える傾向にある。

端的に言うと言葉に対して使いやすさや分かりやすさを求めた結果であるとされる。
具体的には、助動詞『られる』が持つ4つの意味『可能』『尊敬』『自発』『受け身』のうち
最も使用頻度の高い『可能』の意味として使われていることを明確にする役割を果たしている。

例えば「この服を着られた。」という一文があるとする。
これだけだと、『可能』『尊敬』『受け身』複数の解釈が可能である。
つまり紛らわしい。

この場合、前後に文節等を加えることで初めて

ウエストが気になってきたけど、何とかこの服を着られた。
→『可能』

先生が服を着られた。
→『尊敬』

妹に勝手に服を着られた。
→『受身』

と解釈を限定させることもできる。

もちろん、それぞれの文は

ウエストが気になってきたけど、何とかこの服を着ることができた」
→『可能』

先生が服をお召しになった
→『尊敬』

妹に勝手に服を着られてしまった」
→受身』

と、言い換えることによって曖昧さを取り除く事は可能である。
しかしこういった配慮は、少なからず書き手や話し手にとって煩わしさ、聞き手にとっては冗長さを感じさせるものである。


その為、

「服を着れた」
→可能

「服を着られた」
→その他


と『ら抜き言葉』によっておおまかな使い分けをするようになった……という見方がされているのである。
またこれには、単に「文字を1文字減らすことができる」という簡略化の意味も含まれる(項目序盤の「止めれない」が典型)。
あと、単純に日本人にはら行の発音が連続する言葉は発声しづらい。
そのため、『ら抜き言葉』を用いることでら行の連続を減らし、発声しやすくなる効果もある。


【まとめ】

一般に言葉の乱れとされる『ら抜き言葉』だが、広く使われる以上はそれなりの理由を持っている。
実際、現在、正しいとされている日本語よりも使いやすさ・分かりやすさの面で優れているのである。

言語学者の中にも「ら抜き言葉は言葉の乱れではなく必然」という人も多数いる。
古文の授業を受ければわかるように、言葉の意味や使い方は時代によって変化するものである。
『ら抜き言葉』もその変化や進化の過程で生じた、ある種『旧い』日本語よりも洗練されたものとも言え、
今後"正しい日本語"とされるようになる可能性は十分にある。

とはいえ現状の日本では、厳正な文書における『ら抜き言葉』は避けるべきである。
いざというときに困らないよう、やはりを時折確認するのも重要ではないだろうか。

NHKなどの字幕では話す言葉自体はら抜き言葉でも字幕では『ら』を入れたものに修正されている。
将来はともかく、現時点では話し言葉では使用しても、書き言葉ではできる限りら抜き言葉を使わないようにすべきだろう。

因みに、静岡等中部地方、一部地域では方言として日常的に用いられている。
少なくも明治期には既に遣われていた記録がある。


これらの内容を踏まえたあなたらしい追記・修正をよろしくお願いします。

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最終更新:2025年01月16日 21:51