母:マーゴッドディド 母父:Exceed And Excel
主な勝ち鞍
'24 皐月賞(GⅠ) '24 共同通信杯(GⅢ)
(特記事項:'24 日本ダービー2着)
産駒初のクラシックGⅠ勝ち馬であり、2026年現在の
牡馬筆頭産駒。
ドウデュースなどダービー馬3頭や
ヴィルシーナ・
シュヴァルグラン姉弟を管理した友道厩舎の管理馬で、主戦騎手は戸崎圭太騎手。デビュー2戦目で戸崎圭太騎手騎乗で共同通信杯に出走が決定。出走に向けて1・2週前の追切では藤岡康太騎手が騎乗し、追切後に「来週使えば3歳の勢力図が変わるかも」と語っていた。本番ではスローペースからの上がり勝負で2歳王者ジャンタルマンタルを相手に先行で押し切り重賞初制覇。
そして次走は皐月賞に決定。2週前の追切からは康太騎手が攻め馬を付けたり細かく状態を教え、1週前の追切で「1週前としては最高の追切になりました」と友道師と言葉を交わした。
しかし4月6日、追切を担当していた康太騎手は阪神7Rで落馬事故に遭ってしまう。そして同月10日、35歳でこの世を去ってしまった。
皐月賞当日はホープフルステークス勝馬の牝馬レガレイラに次ぐ2番人気に支持され、またこの年からの皐月賞はCコースに設定され内ラチが移動したことで荒れた芝がほとんどない超高速馬場となっていた。レースは
1頭が競走除外となり17頭で行われ、スタートすると毎日杯勝馬
メイショウタバルが1000m57秒5でぶっとばしていき、最終直線でジャンタルマンタルが先に抜け出すも、中団前目につけていたジャスティンミラノが脚を伸ばしていく。残り50mでついにジャンタルマンタルを捉え、一緒に上がって来たコスモキュランダとの接戦からクビ差で抜け出し、ついに
GⅠ初制覇。
戸崎圭太騎手「最後のこの差は、康太が後押ししてくれたのだなと、康太も喜んでくれているんじゃないかと思います。」
友道調教師「今日は馬の名前ではなく、「康太!康太!」と叫んでいました。」
主戦騎手も担当調教師も、亡くなった康太騎手と共に掴んだ勝利だったとコメントしていた。
満を持して日本ダービーに出走。しかし最後の直線で仕掛けた時、内ラチから1頭抜け出してきた赤と白の勝負服が前にいた…皐月賞で除外された京成杯馬
ダノンデサイルである。ジャスティンミラノは及ばず2着に終わってしまった。
そして秋は天皇賞・秋に向け、同厩舎の先輩ドウデュースと準備を進めていたが…2週前追切後に
右前浅屈腱炎を発症。全治9か月以上と診断され、陣営が今後について調整した結果、
11月に引退が決定し、種牡馬入りとなった。デビューしてから僅か1年での出来事だった。
自身を負かしてダービー馬となったダノンデサイルや皐月賞3着のジャンタルマンタルは古馬になっても大活躍を見せており、もしミラノが秋天で出走していたら
先輩ダービー馬達とどんな死闘を演じていたのか、古馬ではどのような活躍を見せていたのか、ファンの想像が止む事がないまま無念の引退となってしまった。
不本意な形となりながらも、ジャスティンミラノは父の後継種牡馬になる事ができた。彼の夢の続きを体現する産駒が出る事を期待しよう。
母:パーシステントリー 母父:Smoke Glacken
主な勝ち鞍 '25チャンピオンズカップ(GⅠ)、'25みやこステークス(GⅢ)
キズナ産駒初の中央ダートGⅠ勝馬であり、サンビスタ以来10年ぶりとなる牝馬での中央ダートGⅠ勝馬でもある。一口馬主クラブのシルクレーシング所有、ディープボンドを管理した大久保厩舎の管理馬で、主戦騎手は前述したバスラットレオンなどの主戦である坂井瑠星騎手。
特徴としては額の流星。額にハートマークが二つ重なったような女の子らしい非常に可愛らしい模様となっており、その流星と父キズナを英訳したボンドをつなげたダブルハートボンドと名付けられた。
デビューはなんと3歳8月の未勝利戦。中央の未勝利戦はこの月がラストチャンスであり、例年この頃になると能力不足でも無理やりデビューさせそのまま引退といった馬が後を絶たないため、出資者の中には3歳8月デビューの時点で半分諦めモードな人もいた。
ところが蓋を開ければ6馬身差を付け圧勝。しかも牡馬混合のレースで好タイムを叩き出す結果であり、遅れてやってきた大物かもしれないと注目を浴びた。
続けて9月に1勝クラスに出走し、2着ヒヒーンに大差勝ち。その後も条件戦を圧倒的人気を背負いながらも無敗で勝ち進め、2025年6月の三宮Sで勝利しオープン入り。8月に重賞初挑戦でブリーダーズゴールドカップに出走するもライオットガールの復活勝利を見る形で2着だったが、続けてみやこステークスに出走すると雨の影響で高速となった馬場を味方につけ1分47秒5という国内1800mダートのレコードタイムを叩き出して重賞初制覇。
優先出走権を獲得し年末のチャンピオンズカップでGⅠ初挑戦。1番人気はジャパンダートクラシックを逃げてレコード勝ちしたナルカミで、ダブルハートボンドはマイルCS南部杯勝馬
ウィルソンテソーロとの2番人気タイとなった。
レースはナルカミではなくウィリアムバローズとシックスペンスが逃げる展開となり、前目に付けていたダブルハートボンドは直線で楽な手ごたえで伸びていき、内をウィルソンテソーロが突いて2頭の叩き合いとなるが、ダブルハートボンドは勝負根性を発揮し2頭が並んでゴールイン。写真判定の結果、
ハナ差でGⅠの栄光を掴んだ。坂井瑠星騎手は3年連続のチャンピオンズカップ勝利。
一方で3年連続で坂井瑠星の2着となったウィルソンテソーロは泣いていい。
翌26年にはフェブラリーステークスで始動。しかしここではスタート地点の芝に足を取られ、直線でコスタノヴァとウィルソンテソーロに屈し3着。
母:ヴァイセフラウ 母父:
キングカメハメハ
主な勝ち鞍
'26川崎記念(JpnⅠ) 佐賀記念(JpnⅢ)
ノースヒルズ代表前田幸治氏の次男である前田幸大氏所有の馬。生産牧場もノースヒルズで、その名の通り風のように逃げ切る快速馬。母母父には
タマモクロスがおり、名前にはタマモクロスのヒーロー列伝「風か 光か」の要素も入っていると思われる。厩舎はラッキーライラック、レッドディザイアを管理した松永幹夫厩舎。
条件戦をうろうろしていたが、25年ポルックスSで西村淳也騎手が騎乗して勝利しオープン入りを果たす。26年佐賀記念で重賞初挑戦すると、メイショウフンジンと2頭で逃げ、直線から上がり最速の末脚を発揮し重賞初制覇。
続けてGⅠ級初挑戦となる川崎記念に出走。このレースには前年度東京大賞典覇者ディクテオン、地方移籍したばかりのホープフルS勝馬ドゥラエレーデなどが出走していたが、カゼノランナーが逃げ、ドゥラエレーデ、アウトレンジが先行する展開となり、またしても逃げて上がり最速の末脚を発揮し
GⅠ級初制覇を飾った。前田幸大氏はこれが所有馬初のGⅠ級勝利。
母:フィンレイズラッキーチャーム 母父:Twirling Candy
主な勝ち鞍 '26安田記念(GⅠ)、
'24スプリングステークス(GⅡ)、'24毎日王冠(GⅡ)、'25中山記念(GⅡ)
(特記事項:'25マイルチャンピオンシップ南部杯(JpnⅠ)2着)
アーモンドアイなどを管理した国枝栄厩舎に入厩し、2歳9月にデビューすると2連勝を飾り、初の重賞挑戦となったスプリングステークスでも上がり33秒3の末脚を繰り出すと無傷の3連勝で重賞勝利を達成。同年の毎日王冠で重賞2勝目を果たす。翌25年の中山記念では後のドバイターフ勝馬ソウルラッシュを破り1分44秒8のコースレコードを叩き出し重賞3勝目となった。
しかし、得意距離である1800mの重賞で勝ちを重ねる一方、同じ距離の芝GⅠが国内に存在しないことが悩みのタネとなっていた。4歳春までに3度挑戦したGⅠではすべて馬券外。4歳秋にはマイルCS南部杯で初ダートに挑戦して2着に入り、これをきっかけにダート路線に挑戦もしたが、4歳のチャンピオンズカップ、5歳のフェブラリーSは共に掲示板にすら残れなかった。
5歳の3月には国枝調教師の定年引退に伴い、田中博康厩舎に転厩。再び芝路線に戻り、安田記念を目標に添えることに。しかし、前哨戦のマイラーズCでは7着に敗れ、これまで鞍上をつとめた騎手の多くが別の馬を選んだため安田記念当週の水曜日時点で鞍上が未確定という大ピンチに陥った。
そんな中、マイラーズCを制したアドマイヤズームが爪の怪我で安田記念を回避することが決まったことから、その鞍上を予定していた武豊騎手にシックスペンスの陣営はオファーを出し、土壇場で鞍上を確保。また、行きっぷりを良くして前目のポジションを確保しやすくなるようにレースでブリンカーを初めて着用することも決めた。
レース本番では逃げるワールズエンドからやや離れた2番手を追走し、直線では逃げ馬の外に出すと、後続を振り切りつつワールズエンドをクビ差で差し切りGⅠ初制覇。田中厩舎に初めての芝GⅠ勝利をもたらした。また、武豊騎手は安田記念の最多勝タイの4勝目を記録し、GⅠ最年長勝利の記録更新も達成。父の背を知る騎手と共に、父がダービーを制した東京で、シックスペンスは遂にGⅠ勝利の栄光を掴み取った。
夏にはフランスのジャック・ル・マロワ賞に出走を予定しており、武豊騎手も帯同・騎乗することが決まっている。舞台は違えど、父の果たせなかったフランスでのG1勝利を父と同じ鞍上と共に掴み取る大きな戦いに挑むことになった。
母:サイマー 母父:Zoffany
主な勝ち鞍 '24不来方賞(JpnⅡ)、'24みやこS(GⅢ)、'25名古屋グランプリ(JpnⅡ)
(特記事項:'23ホープフルステークス(GⅠ)3着、'24ジャパンダートクラシック(JpnⅠ)3着、'25フェブラリーステークス(GⅠ)2着)
サンライズ冠のライフハウス所有の馬。元々はカンパニー、インディチャンプを管理した音無厩舎の管理馬だったが、音無師の定年退職に伴い新谷厩舎へ転厩、その後さらに前川厩舎へ転厩という経歴を持っている。そして24世代の変態枠。
戦歴も変わっており、まずデビューは芝で4着となり、次走でダートに変わり勝ち上がると、重賞初挑戦でJBC2歳優駿に出走し同世代最強ダート馬フォーエバーヤングの2着。その後は全日本2歳優駿…ではなく1戦を挟み(15着)、なんと芝GⅠのホープフルステークスに挑戦する。
こんなダート上がりの馬、しかも前走は15着の大敗とあっては人気が出るはずもなく単勝128.7倍の13番人気。…が先行3番手でレースを進め直線でも粘り、結果はレガレイラの3着となった。ホープフルステークスで馬券になるダート馬…
前年度にも見たような。
その後は若駒Sでは重馬場適正を発揮し勝利するも、皐月賞・ダービーは振るわず、これ以降はダート路線に舵を切ることとなる。
秋には盛岡のダート重賞、不来方賞に出走。鞍上には父の主戦だった武豊騎手を迎え、先行策から上がり最速を決め重賞初制覇。続けてジャパンダートクラシックに出走するもフォーエバーヤングに手も足も出せず3着。みやこステークスでは鮫島克駿騎手が騎乗し、高速馬場に適応し重賞2勝目。年末のチャンピオンズカップに出走するも馬場が合わず6着。
年明けにはプロキオンSを経てフェブラリーステークスに挑戦。同父のアカイイトにも騎乗した幸騎手が騎乗し内から抜け出す好騎乗を見せるも惜しくもコスタノヴァの2着。川崎記念にも出走するが3着に終わる。5月に名古屋グランプリに出走。ここではフォーエバーヤングにも騎乗した坂井瑠星騎手が騎乗し、重賞3勝目。
しかしその後はあまり結果が振るわない日々が続いていた。そんな中、12月にチャンピオンズカップに出走すると、なんと有馬記念に出走。鞍上はみやこステークスでも騎乗した鮫島騎手。こんなダート路線の馬、しかも秋は4着、10着、8着と負け続けとあっては人気が出るはずもなく単勝122.5倍の13番人気。…あれ、なんか既視感が。
ところが後方でレースを進めると直線で上がり2位の末脚を発揮し、結果は5着。馬券内には入らなかったが、予想外の好走に驚愕した人も多かった。
翌年にはサウジカップに出走するが、フォーエバーヤングの6着に終わる。
母:アドマイヤサブリナ 母父:シンボリクリスエス
主な勝ち鞍 '24京都新聞杯(GⅡ)、'26京都記念(GⅡ)
半兄に障害重賞常連のジューンベロシティ(父ロードカナロア)がいる血統。主戦騎手は前述した藤岡康太騎手の兄、藤岡佑介騎手。
京都新聞杯で中団前目から上がり最速の末脚を発揮し重賞初制覇。その後はダービー10着、神戸新聞杯2着に入った後、左前肢屈腱炎を発症してしまう。翌25年5月のエプソムカップで復帰して以降は凡走続きであったが、25年のチャレンジカップでシェイクユアハートの3着に入り復活の兆しを見せる。
そして明け26年2月の京都記念(GⅡ)。藤岡佑介騎手は2月を持って騎手を引退し、調教師へ転身することが決まっており、重賞の騎乗機会も残り僅かとなっていた。そしてこのレースには、藤岡騎手の競馬学校同期である川田騎手が騎乗するエリキングが1番人気で出走していた。
そんな中始まった京都記念、先行2番手で進めるジューンテイクは4コーナーで先頭に立ち、最後の直線で粘り続ける。そして後方からはエリキングが急襲するが、見事に振り切り重賞2勝目。引退が迫る藤岡佑介騎手に最後の重賞をプレゼントしたのであった。