登録日:2011/07/02 Sat 00:26:23
更新日:2026/08/05 Wed 22:15:33
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t.A.T.u.事件とは、
テレビ朝日の音楽番組「MUSIC STATION」(以下、「Mステ」)の長い歴史において最大級のインパクトを残した事件である。
目次
前置き
t.A.T.u.(タトゥー)とは、ロシア出身のリェーナ・カーチナとユーリャ・ボルコワによる2人組女性アーティストである。
1999年に結成され、当時世界的なムーブメントを巻き起こした。
ロシア出身でありながら
アメリカではBillboardシングルTOP40入り。ここ
日本ではブームは遅れたがミリオンヒットを記録するなど勢いは本物。
しかしこのt.A.T.u.、様々なところで物議を醸すことでも有名だった。
- レズビアンを意識したPV
- PVで無免許運転
- ちなみにこのPVで轢き殺されているのは彼女たちを担当するプロデューサーにしてマジキチと悪名高いイワン・シャポヴァロフ。
なのでどの動画サイトでも「イワンざまぁw」というコメントがつく
- 各国授賞式での行動
などなど……現在で言うとこの「炎上系」でよくも悪くも話題を集めていた。
しかし、最大の問題となっていたのは度重なるドタキャンだった。
何故そんなことをするのか当時はほとんど知られていなかったが、実はこれらの行動は全てプロデューサーであるシャポヴァロフが指示したもの。
イギリスでのライブの際、プロデューサーが滅茶苦茶な要求を出してライブが中止になった。
日本でも本来2003年3月に来日しMステへ出演する予定だったのだが、世界中で新型コロナウイルスによる病気SARSが流行したため土壇場で来日キャンセルとなった。
この時は正当な理由と見て取れ、事実日本でも同年5月にSARSが
京都で発見され大問題になっている。
そんな中6月に再来日が決まりMステ出演も決められたことで、業界やファンのみならず日本中が「また、何かやらかすんじゃ……」と考えたのである。
そして事件は起きた
満を持して来日したt.A.T.u.。その盛り上がりは今で言うならBTSやブルーノ・マーズ並のものだった。
2003年6月27日、この日のMステにt.A.T.u.は出演。
他の出演者は今井絵理子、V6、RIP SLYME、Sowelu、そして後述の……
番組開始時の階段を降りて出演者が集合するOPには居たことで、視聴者の誰もが「今回はちゃんと仕事する」と思っただろう。
だが、番組はいつも通りに進む一方でt.A.T.u.はオープニングが終わると突然スタジオを離れ、後ろの席からいなくなる。
そんな中で放送開始から30分が経過した夜8時半過ぎのCM中。t.A.T.u.不在の中でタモリにスタッフから「他のアーティストの順番を入れ替える」という知らせが伝わる。
本番中のトークでも、本来予定されていたものから歌唱順が変わり困惑する出演者たち。
8時42分、ここでいつもより遅いタイミングでアルバムランキングのVTRが入る事になり、スタジオからは何故か笑いが起こっていた。
そして、番組終了まで残り7分を切った8時44分。ついにt.A.T.u.の出番となった。
のだが……
タモリ「
t.A.T.u.が 出 た く ね ぇ と言っています」
この発言にスタジオの観客・出演者一同が大爆笑。
あるゲストからは「俺たちが悪かったんですかね?」という声も上がったがタモリは「いやそんな事はない!」と否定。
「控え室から一歩も出てこない事」「他の出演者の曲順を予定から変えた事」を説明しつつ、「もう番組終わりに近いんですがまだ出てこない」と言い、当時サブMCを務めていた武内絵美アナも「時間はあるんですが…」と一言。
さらにタモリは冗談混じりに「何が悪いかよく分かりませんが、RIP SLYMEがここに変な事を書いた(SUが腕に露西亜娘と書いていたことを指摘しての発言)から」とか「タモリがオープニングで衣装のスカートの事に触れたのでt.A.T.u.をムカッとさせた(怒らせた)からじゃないか」などと、控え室から出てこない理由の憶測が飛び交っている事にも触れ、ついに苦し紛れに「ここで一曲私が歌うわけにもいかないし……」と、実現すれば『笑っていいとも!』のオープニングで歌わなくなってから3年3か月ぶりとなるタモリの歌を聞けるチャンスに。
客席も沸き立ったが「ちょっとのどの調子も悪いし、ようやくチャンスが巡ってきたな、デビューだなと思ったんでございますが」喉のコンディション故に歌は聞けなかった。
このやり取りで場をつなぐ事1分。
武内アナは「今出てきてくれば間に合う」「CMの間に来れば間に合う」と言い、タモリもしゃがれ声で「t.A.T.u.今なら間に合うぞ~」「コマーシャル明けまでに出てきてくれたら」と説得しつつ、いつものジングルが流れ一旦CMへ行った……
実は前述のアルバムランキングのVTRが流れている間にスタッフは状況を確認すべくt.A.T.u.の控え室に走ったが……時すでに遅し、t.A.T.u.はもう私服に着替えて帰り支度を始めていた。
や っ ぱ り t . A . T . u . は 出 て 来 ま せ ん で し た
尺も余ってしまったため、スタッフ一同大混乱になるはずだった。
だが、この危機をあるロックバンドが救った。
解散・メンバーの
死があっても、なお日本のロックシーンにおいて絶大な人気を誇るミッシェル。
そして普段地上波への出演がほとんどなかったミッシェルが、珍しくテレビに出ていたのである。
t.A.T.u.と同じユニバーサルミュージック所属だったので、変な言い方だがバーターだったのかもしれない。
ちなみに先述の「俺たちが悪かったんですかね?」はミッシェルのメンバーからの発言である。
実はt.A.T.u.は他の国でも番組出演をドタキャンする前科があった事、それを売りにしていた事は既に日本の音楽業界では周知の事実だった。
この事を知っていたミッシェルはスタッフに「もしt.A.T.u.がドタキャンしたら俺らがもう一曲するからさ」と冗談で伝えていたのだ。
そこで生放送が残り5分という中でスタッフは急遽、ミッシェルにもう1曲演奏してくれるよう頼んだ。冗談が皮肉にも実現してしまったのだ。
余談だが、2025年7月26日に休みのオードリーに代わってRIP SLYMEが『オールナイトニッポン』を担当した際のトークで、実はもう1曲歌う候補としてミッシェルの他にRIP SLYMEも挙がっていたことが明かされている。
ミッシェルの出番は上述のアルバムランキングの前で、あの時点で演奏が終わった後のミッシェルのステージセットの対面にはその前に出番を終えたRIP SLYMEが使っていたターンテーブルがそのまま残されており、ミッシェルかRIP SLYMEがもう1曲出来るかもしれないという状況だったのだという。
しかし、本番前のミッシェルの冗談やミッシェルそのもののMステ出演が最初で最後かもしれない状況だった事を踏まえ、スタッフはあえて「冗談」を「本気」に変えてミッシェルに依頼したのであった。
急すぎる事態でセットはおろかリハーサルもない。スタッフもカメラ割りや照明が一切分からないままで臨んだ。地上波の音楽番組では滅多に見られないガチンコ生演奏であった。
ミッシェル側から唯一聞かれたのは「あと時間どのくらい残ってる?」。スタッフからの答えに「分かった」とだけ言い残した。
スタジオは開始前から大盛況。もちろん観客の大半がミッシェルを初めて知ったとは思うが、その分V6ら他の出演者、さらにスタジオに集まったたくさんのスタッフが盛り上げた。
照明もとにかく何でもいいから出せという事で、スタジオ中の全ての照明を点けたり消したりして派手に点滅させた。
本来ならもう少しテンポが遅い「ミッドナイト・クラクション・ベイビー」を走らせて見事に尺に収めるという神業で無事演奏を終え、番組は終了。演奏が終わった時点で残り時間は30秒、それと同時にエンディングテーマ曲とスタッフロールが流れ出すという絶妙な時間計算だった。
結局t.A.T.u.は姿を現さなかった、t.A.T.u.のキャンセルで番組は苦情の嵐だったとか。
当時のt.A.T.u.が公表したドタキャンの理由は「自分達のステージにするはずが日本のアーティストに邪魔された」とのこと。
騒動のその後
前日のドタキャンがあり、後日予定されていたイベントが開催されるか否かファンは不安を隠せなかった。
そして……
この時の来日は、メディアを前にして都内のカラオケ店内で歌っただけという想像を絶する悲惨なもので終了した。
これを境にもちろん日本での人気はガタ落ち。
その後、日本テレビ『バンキシャ!』の生放送中に突如乱入し、MCの福澤朗と菊川怜を困惑させただけで帰った。
そしてブームの頃に決まっていた12月の東京ドーム公演は、収容人数50000人に対して半分しか来なかったため大赤字となった……
ちなみにこのライブもプロデューサーはドタキャンする気満々だったが、2人がそれを拒否していた。
以後のt.A.T.u.は、「ドタキャンする2人組」として各種TV番組で色々とネタにされていたが次第にブームは衰退。
仕事やプライベートでのゴタゴタもあり2011年には解散した……と思いきや2年後に再結成。
近年では日本で「スニッカーズ」のCMキャラクターにいきなり抜擢され、当時のキャラのままコントじみた役柄を演じてくれたり、同じくCMキャラクターとして出演していた内田裕也に「北方領土を返せ」と無茶振りされて苦笑するなどサービス精神旺盛な一面も見せてくれていた。
2014年のソチオリンピックの開会式の前日にイベント参加するも、同年に活動休止。以降はリェーナは地道に音楽活動を継続しており、ユーリャは政界入りを目指すも反同性愛発言が不評を買い落選。
その後二人は度々「共演はない」と発言しながらも2022年にはベラルーシのミンスクで、2023年にはサンクトペテルブルグでt.A.T.u.としてコンサートを行っている。
この一件を境に、t.A.T.u.という名前を聞く度に「
思い出したくない名前」と出演番組全てで言うようになった。
同年10月のタモリ倶楽部のコーナー・
空耳アワーにt.A.T.u.の曲が送られた時には開口一番「
だめ!」と露骨に拒否反応を示し「オープニング出たなら出ろよ!」と笑いを交えつつも怒り心頭。
そりゃ、自分がMCの番組を好き勝手やられたら誰だって嫌な思いしかしないだろう……
なお作品の内容はというと、“Show Me Love”の一節が「じゃ、ちょっと失礼な具合で照明どうだ」と聞こえるという物であった。それに付いたおなじみの映像にもt.A.T.u.っぽい女性二人組が出てきたり。
タモリ「ふんっ……
大失礼だよ!」
その後空耳アワーでt.A.T.u.の楽曲は2023年のコーナー終了まで一度も採用されなかった為、これが唯一の採用となった。ちなみにこのネタの判定は
手ぬぐい。
2004年には『笑っていいとも!』内の人気コーナー・テレフォンショッキングでマルシアが「私この間t.A.T.u.のライブ見たんですよ!もう感動して…」と語ったのに対し、タモリは「ああ、t.A.T.u.はもう勘当だよ」と返す一幕があった。
実はマルシアはこの事件をホントに知らなかったらしく、次第に場の空気が変わっていくことにうろたえ始め、CM開けにはタモリに平謝りしている姿が映し出された。
なお、『いいとも!』のコーナーではその後もタモリが事あるごとに「バカヤローなアイツ」「今でも許せないアイツ」「忘れる事は出来ない」としてt.A.T.u.に言及したり、t.A.T.u.の写真パネルを投げ捨てたりと根に持っているような素振りで笑いを取る場面があった。
さらにこの事件が起こった年の『特大号』では、爆笑問題がt.A.T.u.のモノマネをしている。
2021年10月には「34年168日、全1365回に渡り同番組で司会を担当した」としてギネス記録を受賞したが、その中で「一番印象に残ってるのは、やはりt.A.T.uでしょう」と語った。
まあタモリとしてはもちろん怒りもあるだろうが、エンタメ的に少し大げさにコメントしてるとこもあるかもしれない。
- THEE MICHELLE GUN ELEPHANT
元々シーンでは多大な人気を持っていたバンドだったが、この一件で存在を知った人も多いはずである。後日ラジオ番組でメンバーは急遽二曲目を引き受けた理由をこう語った。
「出たくねぇって言うならしょうがねぇよ、俺たち出たくて仕方ないんだから」
その数か月後ミッシェルは解散を発表し、再びMステへ出演。
タモリから「あの時はお世話になりました」と感謝の言葉を貰い、再び生演奏を披露。最高のパフォーマンスを魅せた。
ミッシェルを昔から取り上げていて信者とアンチが五分に分かれる音楽雑誌・
ROCKIN'ON JAPANは、この事件を
「t.A.T.u.は日本のロックにビビって逃げた(?)。これは日本のロックの勝利(?)」
と巻末でコメントした。
ちなみにこの週は同じロキノン系にあたるRIP SLYMEも出演していた。
ドタキャンの理由
2021年にt.A.T.u.が日本メディアの取材に応じ、ドタキャンの理由をついに明かした。
その理由は『当時のプロデューサーの指示』。そう、冒頭に名を挙げたイワンによって仕組まれたものだった。
当時10代だった2人は指示に従わざるを得ず、不本意にもドタキャンしたという。
今で言う炎上商法を狙ったものだが、これは日本人に対しては完全な悪手であったのは上記の通り。
取材で当時を振り返った2人も下記のように述べている。
- 「あの一件以来、私たちは完全に日本市場を失ったのです。彼は深刻な失敗をしましたし、彼と一緒にやっていた私たちの失敗でもあります。起こしてしまったことは変えられません。日本の皆さんを傷つけてしまったことを謝りたいです。もしすべてを変えられるなら、変えたい」
- 「ドタキャン以降、日本ではタトゥーという存在はタブー扱いでしょう。今でこそ、あの行動がどんなにひどいものだったか理解できます」
この『日本市場を失った』評は本当に深刻であり、当時とんでもなく大フィーバーしていたにも関わらず、騒動の半年後に開催された東京ドームコンサートは半分が空席という惨状になった上、予定されていたt.A.T.u.主役の日露合作映画(製作を主導したのはもちろんプロデューサーのイワン)が中止になるなど余波が拡大。
以後は日本におけるメディア展開が無くなった。
元々イワンの無茶苦茶ぶりはt.A.T.u.の2人も彼女らのスポンサー達も辟易していたようで、ついに2004年にはプロデューサーを解任。
2006年には日本でのドタキャン騒動に対する謝罪の意味を込めた「GOMENASAI」をリリース。
t.A.T.u.もこの出来事に対するけじめが必要と考えていたことで作られたが、肝心の日本で発売されなかったので結局真意が日本人に伝わることは無かった……
余談
この6年後、2009年3月に世界中で絶大な人気を誇る一方で騒動が絶えないオアシスが出演。
当時と比べてシーンで有名な歌手の出演が稀になったこともあり、リアムがキレるかと不安視された。
だがOP終了後、出番までオアシスを別室待機にしてラストに演奏させたことで番組は問題なく終了した。
2023年11月、ミッシェルのボーカルだったチバユウスケが食道ガンとの闘病の末55歳の若さで息を引き取った。その訃報を伝えた『報道ステーション』ではなんとこの事件の映像(流石に他の出演者は映されなかったが)が使われた。
この時点でMステは年内のレギュラー放送は全て終えており、残す放送は年末恒例の「スーパーライブ」のみだった。
そして迎えた「スーパーライブ」。いつもは番組開始と共にクリスマスらしい静かな音から一変して花火が上がりテーマ曲が流れ出すが、この年のオープニングは……
いつものテーマ曲の前に、あの日ミッシェルが演奏した「ミッドナイトクラクションベイベー」の音源が流れた。
2024年9月のMステでゴールデンボンバーが出演し、メンバーがスタジオから追い出される演出をした後にタモリが「途中でいなくなるのは初めてじゃないですか?来なかった人はいましたけど」とイジっていた
そしてRIP SLYMEが最後の出演となった2026年3月13日の放送でも、名指しこそしなかったがこの事件に触れている。
途中で投げ出さずきちんとした追記・修正をお願いします。
- 1週間以内に反対が無かったため、リセットを実行しました。 -- 名無しさん (2026-01-17 19:22:35)
- 大分後に、歌唱中に強制退場させられた連中がでるとは・・・(もちろん、コント的な演出で)。 -- 名無しさん (2026-02-02 19:52:16)
- 当時小学生だった俺はドタキャンでt.A.T.uが大っ嫌いになったなあ。別の番組で寿司食べながらインタビューしてた時もテレビに向かって「偉そうに寿司食べるなっ!」ってキレてたw -- 名無しさん (2026-02-07 02:11:26)
- 「2023年の事件」って明らかに誤記してますね -- 名無しさん (2026-03-30 15:03:31)
- THEE MICHELLE GUN ELEPHANTがぶっつけ本番で尺におさめたのがマジで凄い -- 名無しさん (2026-05-02 14:16:01)
- 日本で評価されるのはお騒がせなスター性ではなく誠実なプロ根性、というのが如実に現れてるな -- 名無しさん (2026-07-30 11:52:26)
- そもそもプロデューサーがナメてかかっての自滅だよなコレ・・・海外でその国を大御所が司会やってる番組ドタキャンしたら“その後“がどうなるか見えてないって -- 名無しさん (2026-08-02 14:02:38)
- ガキが…舐めてると潰すぞて本当に言われそう -- 名無しさん (2026-08-05 22:15:33)
最終更新:2026年08月05日 22:15