イングランドプレミアリーグ

登録日:2014/05/31(土) 16:19:33
更新日:2024/11/13 Wed 16:43:31
所要時間:約 5 分で読めます




イングランドプレミアリーグ(イングリッシュ・プレミアリーグとも)とは、サッカーの母国イングランドが誇る世界最高峰クラスのフットボールリーグである。
一時期は金融業のBarclaysグループがタイトルスポンサーになっており、Barclaysプレミアリーグとなっていたが、いつの間にかタイトルスポンサーを降板して元に戻った。

ロシアやタイなど、他にもトップリーグが「プレミアリーグ」を名乗っている国は多数あるが、これはイングランドプレミアの成功に倣ったものである。
日本ではユース世代のリーグがプレミアリーグの名を冠している。

ゑ?イギリスリーグじゃないの?と思われるかもしれないが、
スコットランドやウェールズ、北アイルランドもそれぞれ個別にサッカー協会とプロリーグ、代表チームを持っている。

成立経緯

サッカーの母国・イングランド。…サッカーファンなら知っているかと思うが、イングランドは母国だの何だのというわりに微妙にパッとしない。
現在のあと一歩っぷりもマシな方で、80年代くらいまではワールドカップもいろんな曰くつきの自国開催で一回勝ったきりで南米勢やドイツイタリアに押されまくり、欧州選手権でも曰くつきの自国開催の2年後に3位に入ったくらいであった。

それでもクラブではマンチェスター・ユナイテッドがミュンヘンの悲劇を乗り越え優勝を皮切りに、
スコットランドリーグのセルティック、イングランドからはリバプール、ノッティンガム・フォレスト、アストン・ヴィラが圧倒的な強さを発揮しUEFAチャンピオンズリーグの前身であるチャンピオンズカップを勝ち続けていた。
しかし、その強さにも陰りが見え始める。きっかけとなったのは1985年チャンピオンズカップ決勝。リバプール対ユベントスで起こった大惨事・ヘイゼルの悲劇がきっかけであった。

当時、サッチャー政権下で抜本改革に乗り出していたが、英国病克服にはなかなか至らず大不況に陥る中、低層階級者層はスタジアムで応援にかこつけて飲んだくれて暴れまわっていた。通称フーリガンである。
元からそういう手合はいたのだが、不況の最中で過激さに磨きがかかっていたのである。
そんな連中がユベントスサポーターの隣の区画に放り込まれたらどうなったか。38人が死ぬ大惨事が発生したのである。
これのペナルティでイングランドのクラブは欧州の舞台から放逐され、イングランドクラブの競争力は急速に衰えた。
さらに、ヘイゼルで暴れたような連中がいるスタジアムからは客足も遠のき始めた。国内でもヒルズボロの悲劇やミルウォールサポーターの大暴動など大事件が頻発してるし当然である。
そう、母国のプロリーグは存亡の危機に立たされてしまったのだ。

その後、当時テレビ放映権ビジネスが頭角を現し始めたこともあり、一部ビッグクラブがより収益を得るべく他のクラブを誘ったり、イングランド協会にリーグ離脱表明をして猛反発を食らうなど色々あった後、
1992年に当時のトップリーグ「フットボールリーグ ディビジョン1」(現:EFLチャンピオンシップ)のクラブが全て離脱。
EFLの更に上部としてプレミアリーグを設立し、イングランドサッカー協会は様々な改革をしていくこととなった。

この改革の結果、一時遠のいた客足は徐々に回復。元からサッカーの母国ということで人気もあったため、すぐに人気となった。
欧州の舞台ではなかなか結果を残せなかったが、1999年のマンチェスター・ユナイテッドの優勝を皮切りにチェルシーやリバプールがチャンピオンズリーグ優勝を果たすなど素晴らしい結果を出せるほどにレベルが上がり、
さらに中東のオイルマネーなどが流入して金銭的に非常に豊かとなったことが相乗効果を生み、2010年代後半には世界最強リーグの一つたる名声を取り戻し、2020年代にはリーグの平均レベルなら1強とまで言われるほどに成長。

しかし、イングランド代表は相変わらずで…この原因については後述。

主な特徴

  • チケットが高い
ニューカッスルのようにかなり低めにしているクラブもあることはあるが、マンチェスター・ユナイテッドなどのビッグクラブはJリーグなどと比較しても非常に高い。
それでも割と埋まるんだから収益性がダンチで成金オーナーに人気なわけである。
ちなみに一番チケットが高いのはハイバリーから建て替えたエミレーツスタジアムの建築費支払中のアーセナルで、シーズンチケット(年間ホームゲーム観戦券のまとめ買い)が25万もする。
一応、チケットが相応に高いのはフーリガン対策でもあるんだが…。

  • 収益性が高い
前述の通り、チケットが高くても人が来る。故に放映権ビジネスにおいても今やチャンピオンズリーグと並ぶほどの世界的人気コンテンツのため、
放映権料収入も半端なものではなくリーグ総収入24億ユーロを超える収入を叩き出すトンデモコンテンツに成長した。
タイのタクシン元首相やアラブやロシアの石油王、その他成金やスポーツビジネスを扱うアメリカ企業などに大人気となったことで、今やプレミアリーグ所属のクラブは半分が外国人オーナーのクラブである。
その収入は下位にも分配されることとなるため、リーグ全体の金銭感覚が異次元と化しており、他5大リーグのトップクラブが狙う選手を中堅~下位クラブが普通に交渉で掻っ攫ったり、下位同士で比べるとプレミアと他5大リーグで所属選手の市場価値の目安が5倍とか違ったりする(トップ同士ならそこまで違わない)魔境に。

  • 外国人選手が多い
外国籍選手枠の概念がなく、労働許可さえ降りれば何人でも優秀な選手を投入できる*1。EU離脱以前はEU圏内の選手なら完全無条件であった。
ブンデスリーガのように一定数の自国選手の登録が義務付けられているわけでもなく、ほぼ野放図に外国籍の優秀な選手を獲得し起用できたため、
プレミアリーグにおけるイングランド・ウェールズ・スコットランド・北アイルランドら連合王国に所属する国籍を持つ選手の比率はせいぜい四割と非常に少なくなり、代表チームの弱体化を招く形になった。
10-11シーズンからは自国育成選手*2をトップチームの25人中8人以上登録するホームグロウンルールが導入されたが…それでも緩い方で、金満化が進んだことで尚更優秀な選手が集いやすくなったのもあり、傾向はそれほど変わっていない。
(とはいえ各時代で世界最高峰の選手を何人も輩出していて、他の強豪国に見劣りするかというとそうでもないはずなのだが……)
翻ってホームグロウンの要件を満たせる一流選手の価値は高く、目に見えて移籍金が高くなったりする。

  • 優勝経験チームが少ない
プレミアリーグに改編されて20シーズン以上経っても、リーグ優勝経験があるのはアーセナル、マンチェスター・ユナイテッド、チェルシー、ブラックバーン、マンチェスター・シティのみだった。
かつてはマンチェスター・ユナイテッドの覇権が続き、今も17-18シーズン以降のほとんどはマンチェスター・シティが替わりに王座を守り続けている事が多く、優勝争いに意外なチームが絡む面白みが少なかった。
もっとも、欧州はここに限らずビッグクラブとその他のクラブに天地ほどの差があるので仕方がない話だが。
しかし15-16シーズンには降格候補と見られていたレスター・シティがクラブ創設132年目にして初優勝という奇跡を起こした他、
19-20シーズンにはリバプールがプレミアリーグ改編後悲願の初優勝を果たしているなど、少しずつではあるが勢力図は変わりつつあるようだ。
まあ、前述したリーグ全体の金満化による戦力拮抗とはいずれも無関係*3なんだけども。

在籍した日本人選手

西澤明訓(ボルトン)
稲本潤一(アーセナル、フラム、ウェストブロムウィッチ)
戸田和幸(トッテナム)
中田英寿(ボルトン)
阿部勇樹(レスター・シティ)
宮市亮(アーセナル、ボルトン、ウィガン)
李忠成(サウサンプトン)
香川真司(マンチェスター・ユナイテッド)
吉田麻也(サウサンプトン)
岡崎慎司(レスター・シティ)
南野拓実(リバプール、サウサンプトン)
板倉滉(マンチェスター・シティ(プレー歴なし*4))
食野亮太郎(マンチェスター・シティ(プレー歴なし))
三笘薫(ブライトン)
冨安健洋(アーセナル)
浅野拓磨(アーセナル(プレー歴なし))
遠藤航(リバプール)
橋岡大樹(ルートン)
鎌田大地(クリスタル・パレス)
菅原由勢(サウサンプトン)
松木玖生(サウサンプトン(プレー歴なし))

追記、修正はフーリガンを排斥してからお願いします

この項目が面白かったなら……\ポチッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • イングランド
  • サッカー
  • サッカーリーグ
  • プレミアリーグ
  • 世界最高峰
  • 自国選手があまりいないリーグ
  • 魔境
最終更新:2024年11月13日 16:43

*1 ただし労働許可の条件として選手のキャリアがかなり厳しく査定されるため、逆に「優秀な選手じゃないと許可が降りない」。

*2 21歳までに3年以上イングランドかウェールズのクラブに在籍していることが条件。国籍は制限されないが、必然的に自国籍になりやすくはある。

*3 リバプールは元々上位定着勢だし、レスターの昇格・優勝はそんな恩恵を受けられるようになる前のこと。

*4 マンチェスター・シティは「若い選手を青田買い→グループで保有する他リーグのチームなどにレンタルで貸し出して様子見」という手法を多用しており、板倉や食野はその典型例。この枠は結局どこかに買い取り放出されることがほとんどであり、実情としてはシティの選手とは言い難い立場。また、当時この2人はA代表キャリアがないためにJからの直行では英国政府から労働許可が下りなかったため、欧州他国でキャリアを積まないといけなかった。