宝船の巡航/Treasure Cruise(MTG)

登録日:2014/10/24 (金曜日) 00:55:14
更新日:2025/02/09 Sun 01:01:00
所要時間:約 4 分で読めます





前置き

TCGの元祖・マジック:ザ ギャザリング(M:tG)。
30年を越える歴史を持つそのMTGの黎明期にパワー9と呼ばれる強力なカードが登場した。
その強さ、汎用性故に唯一パワー9を使えるヴィンテージ環境では必須のカードともなっている(一部例外あり)。
まぁ詳細はパワー9(MtG)を参照されたい。

さて、そのパワー9には手札が増える、いわゆるハンド・アドバンテージに直結するカードが2枚ある。


Timetwister (2)(青)
ソーサリー
各プレイヤーは、自分の墓地と手札を自分のライブラリーに加えて切り直す。その後、カードを7枚引く。

Ancestral Recall (青)
インスタント
プレイヤー1人を対象とする。そのプレイヤーはカードを3枚引く。



前者Timetwisterは条件があるものの最大限に活用できるなら7枚ドロー近くの最高の褒美を受けられる。

後者Ancestral Recall(以下アンリコ)は1マナでありながら3ドローかつインスタントという破格の性能。

とくにこの後者アンリコのぶっ壊れっぷりはまさに黎明期の混沌さ、手探りで効果を作っていた時代の象徴であり、
このコストパフォーマンス・利便性を兼ね揃えるドロースペルは存在しない。パワー9筆頭の称号も納得ものである。
こんなぶっ壊れたカードを供給し続けるわけにいかない(大会で使われる全てのデッキが青くなってしまう)ので、このアンリコを反面教師として、後のドローカードは複数枚引ける場合相応のコストか条件が付くようになっている。
ちなみに1枚ドロー(+その他オマケ)の場合の適性コストは青の1マナ、3枚ドローの場合は青シンボル2つを含む4マナ(+インスタントならば5マナ)である。


さて、時は流れ2014年秋。
オンスロートのフェッチランドサイクルの再録の発表により数多のプレイヤーが度肝を抜かれ注目した、
新たなるスタンダード環境の始まりを告げるエキスパンション、「タルキール覇王譚(以下タルキール)」が発売された。


このタルキールで帰ってきたものはフェッチランドだけではなく、メカニズムとして変異探査が復活。
変異に関しては割愛するとして、問題はその探査であった。


探査は、時のらせんブロックの第三エキスパンション「未来予知」にて初登場したメカニズムである。
(余談だが、この際の収録は「未来のマジックにおいて登場するかも知れないメカニズムの先行収録」という立ち位置で、フレイバー上は「(後に発売された)タルキールからやってきたメカニズム」ということになっている)
以下、探査の解説。

探査/Delveは、「この呪文の総コストにある不特定マナ1点につき、あなたはそのマナを支払うのではなく、あなたの墓地にあるカードを1枚追放してもよい。」を意味する。

プレイヤーが大好きな「コストを軽減する方法」を持つメカニズムである。
未来予知登場時点では3枚のカードが出現し、そのうちの1枚墓忍び/Tombstalker実質2マナ5/5飛行であるとして一時期レガシーで大暴れした実績を持つ。

いやぁ、コスト軽減ってバランス調整が難しいですね。
ま、近年はデベロップ(カードの強さ・バランスを調整する部署)の技術も上がってるし
復活させたとしてもそうひどいことにはならないでしょう。

誰もがそう思っていた。


…結論から言うと、別にそんなことはなかった。

以下のカードをご覧いただこう。


本題

Treasure Cruise / 宝船の巡航 (7)(青)
ソーサリー
探査(この呪文を唱える段階であなたがあなたの墓地から追放した各カードは、(1)を支払う。)
カードを3枚引く。

カード右上のマナ・コストと効果テキストだけを読むとかなり非効率的なドロースペルである。
ちなみにソーサリー3ドローの適正なマナ・コストは集中/Concentrateの(2)(青)(青)である…と開発部的には結論づけられているらしい。
それに比しても非常に重い。

探査がついてるからそれで3~4マナのドロー呪文になれば割とお得かな?

まぁ普通の感想としてはこんなものだろう…いやいやいやいや。


最大で1マナ3ドローになるっておかしくねぇ?


そう、冒頭紹介したアンリコと、

レガシーで禁止され
ヴィンテージで制限をくらい
再録禁止指定され
以降は、マナ・コストやタイミング・条件などで厳しく調整されたものしか刷られていない

あのアンリコとマナ効率的に同等の呪文になりうるのである。何かがおかしい。


でも、いくらなんでも墓地7枚追放って手間かかりすぎじゃね?

尤もである。
事実、スタンダード環境においてはフェッチランドなど能動的かつアドバンテージの損失なく墓地を肥やすカードはある程度あるものの、絶対数は多くない。
かといって墓地を肥やす手段に長けたデッキ程、大抵その肥えた墓地からのリアニメイトなどリソースとして使おうとするので
その墓地をばんばん痩せさせてしまうこのカードはむしろ相性が悪いとさえ言える。
そいうわけでスタンダード環境では「ちょっと強いドロースペル」程度の扱いで青の入ったデッキに投入される程度で使用期間を完走した。


問題となるのは、モダンおよびエターナルである。

結論から言えば、宝船の巡航の主戦場はまさにそのモダンとエターナルとなった。


下環境において

モダン以下の環境では上記フェッチランドが十種全て使えるだけでなく、
クリーチャー・除去・火力・カウンター・ドロー等も3マナ以下の低マナカードが中心になりやすい傾向にある。
(相手が「低マナで強い動き」を繰り返してくるので、こちらもそれに対処しようとすれば当然の仕儀である)
モダンで使われる代表的なものとしては、クリーチャーならタルモゴイフ瞬唱の魔道士闇の腹心秘密を掘り下げる者若き紅蓮術士など。
除去・火力は流刑への道稲妻
打ち消しなら差し戻し呪文貫き呪文嵌め等が挙げられる。
ドローは血清の幻視手練等。
これがさらにエターナルになると更に強力なドロースペル、ブレストこと渦巻く知識思案が加わり、
除去には剣を鋤に、カウンターには忘れちゃならないピッチスペルの目くらましForce of will等々
気軽に撃てる強力カードが目白押しになる。
要するに墓地を利用しようがしまいが普通にゲームを進めてるだけで超高速で墓地が肥えるのである。これがスタンダードとの最大の違いと言える。

これらの軽量スペルで序盤戦を自然とこなしている間に、あっという間に探査用の餌は揃う。あとは自分のタイミングで打つだけである。

こういった「唱えやすさ」に加え、
  • 対象を取らないので誤った指図を使われない、探査でコストを軽減しても点数で見たマナコストは8のため、《精神的つまづき》を喰らわない。
  • 墓地を追放するので相手のタルモゴイフのサイズを下げられる可能性がある
などの利点も(地味ながら)持っており、
さらに青の定番カードである瞬唱の魔道士とは決して相性が良いわけではないものの、
追放するカードを任意に選べるため瞬唱用のスペルだけ残しておくといった運用により共存も可能。
そもそも1マナで打てなければ弱いという訳でもないので状況によって柔軟に対応できると、かなり至れり尽くせり。
もちろんエターナル特有の「撃てなかったとしても最悪Force of Willの弾になる」という例の利点も持っている。

弱点らしい弱点は、序盤でも墓地にカードが一枚もないような最序盤に手札に来ると唱えるに唱えられず腐ってしまう点。
自分がタルモゴイフを使ってるとサイズダウンしてしまうおそれがある点。
墓地の枚数がギリギリの時にはマナを多く支払うハメになり、スキを見せかねない点。特にカウンターに関してモダンでよく使われている差し戻しとは、友情コンボレベルの最悪の相性差である。
しかしこれら弱点もデッキ構築を含めた運用・プレイングである程度カバーできるし、
そもそも弱点のないカードなどほぼ無いのであって、要はそれを補ってあまりあるメリットがあるかどうかである。
そして少なくともこのカードに関して、数多のプロプレイヤー達は「ある」と結論づけた。


こうしてモダン・エターナルに乗り込んだ宝船の巡航は現代に蘇ったアンリコとして猛威を振るった。
(とあるヴィンテージプレイヤーは「アンリコが解禁になったどころか5枚制限になった」「つまづきも指図も喰らわないから むしろアンリコより強い *1と言ったとか言わないとか…)
参考までに、タルキール覇王譚がトーナメント・リーガルとなってからのモダン・エターナルの大きい大会でのトップ8での採用枚数と最高成績を挙げると

レガシー選手権14:6デッキ18枚、4枚投入したデッキが優勝
ヴィンテージ選手権14:4デッキ14枚、3枚投入したデッキが準優勝
グランプリニュージャージー14(レガシー):4デッキ10枚、4枚投入したデッキが優勝
グランプリマドリード14(モダン):1デッキ4枚、4枚投入したデッキが優勝

(…まとめてて軽く目眩がしてきた)

タルキール発売直後ともあり、パワーカードや一部のデッキテクに対する対処法もまだ確立してない時期ながら、
早々にしてこの実績は、なんかもうヤバイとしか言えない。
各フォーマットにて、本来青を入れてないデッキが宝船の巡航のためだけに青を足すタッチ宝船や、
それによる青の隆盛を見越してメインボードから特定の色対策をするメイン紅蓮破などが流行り始める始末。
このカードが存在していた頃は猫も杓子も宝船という時代だったため、青黒ライブラリーアウトやハンデス、除去コンのような対戦相手の墓地を肥やすタイプのデッキは大きな苦戦を強いられた。

結果的に2015年1月、モダン・レガシーにて禁止、ヴィンテージにて制限指定され、かくして「宝船」は「嵐を呼ぶ船」として見事に轟沈する事となった。
ちなみに、これでコモンである。*2
MO特有のフォーマット、Pauperでもにわかに注目されていた。
しかし、結局は上記のフォーマット同様の理由により、Pauperでも2015年3月をもって禁止される事となった。

現在では活躍の場をパイオニアに移している。宝船の巡航が4枚積める貴重なフォーマットであり、軽量スペルを連打することで墓地が肥えやすい【イゼットフェニックス】や、ルーター能力を持つ《ジェスカイの隆盛》をキーカードに据えた【ジェスカイの隆盛コンボ】に2~4枚投入されている。






余談

中国語版のフレイバー・テキストがよく話題に登る。


金玉漂流在外,阴谋勾画其间。


…うん、とんでもないインパクトである。

英・日はそれぞれ

Countless delights drift on the suface while dark schemes run below.

無数の歓楽が水面上に浮かぶ間も、暗き陰謀が水面下で展開されている。

と、このカードが所属しているスゥルタイ群をよく表したフレイバー・テキストなのだが…
日本人にはどうしても最初の二文字(金玉)が目についてしまう。
これを入れたデッキが流行ってタッチ金玉とか金玉コントロールとか呼ばれる日が…多分来ない。

(余談の余談だが、中国語版では探査堀穴となっている。これまた意味深である)

ついでに言うと、日本において中国語版に高値が付いているという非常に珍しいカードである。

補足

上記にて「デベロップはバランス調整をミスった」という類の表記をしているが、
デベロップの最大の仕事はリミテッド環境とスタンダード環境のバランスを良くすることである。

なぜなら、絶版になったカードが多く含まれているモダン・エターナルと違い
リミテッドおよびスタンダードは現在発売中のブースターパックのカードで行われるかつ最も人口が多いフォーマットのため必然最も重要なフォーマットである。
そんな大事なところへ禁止カードを出したりバランス調整をミスったりして購買意欲をなくしたり、最悪MtGへの信用を傷付けようものなら、会社がかぶるダメージが半端ないのである。デベロップ責任者も社長室送りの刑になるし
一方、モダン・エターナルではゲームバランスが崩れない範疇で極力広いカードを受け入れるスタンスの都合上、
(趣味のゲームとして決して望ましいことではないとはいえ)禁止制限措置による「後出し調整」が割と気軽にできるのである。
ぶっちゃけた話、一時的にモダン・エターナルの環境が滅茶苦茶になろうが、挙句に禁止になろうが、
そのブースターパックがスタンダードで正常に楽しめる範疇であれば最大多数であるスタンダードプレイヤーは受け入れ、購入してくれるのだ。
リミテッド・スタンダードは発売前に環境調整をするフォーマット、モダン・エターナルは発売後に環境調整が可能なフォーマットと言い換えてもよい。

そういった観点で見た場合、この宝船の巡航は決してスタンダードを荒廃させる気配のあるカードではなく、
むしろこのカードを含めたスタンダード環境は近年まれに見るほど複数のデッキが入り乱れめまぐるしく変化する、
「競技フォーマットとして理想的な状態」になっている。
このカード自身も決して見向きもされない忘れられたカードではなく、かといって環境に悪影響を与えることもなく、
適切な条件を満たせば十分環境に通用する適切なカードパワーというカードデザイナーが目指す理想的なデザインといえる。
実際、下の環境で禁止・制限指定を受けた後も、スタンダードにおいては引き続き4枚投入可能、スタンダードを去る時まで然るべき時に活躍していた。
やはりデベロップの技術は向上していると見るべきであろう。

…ただ、その考慮をしなかった結果のしわ寄せをもろに受けたモダン・エターナルプレイヤーは…
まぁご愁傷様ですという感じである。*3
さらにモダンでは類似カード《時を越えた探索》も同時に禁止されたが、レガシーでは探索が禁止されなかったせいで禁止されるまでの1年間環境が真っ青に染まると環境への著しい圧力を加え続けた。
…まぁご愁傷さまです。ひどい時代だったね…



金玉漂流在外,我頼追記修正。

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最終更新:2025年02月09日 01:01

*1 自分が宝船以外に墓地を使わないデッキであれば、Willなら喰らっても手札1対2交換になるので、別の形でアドバンテージになっている。

*2 レアにはこのカードの類似品《時を越えた探索》が存在しており、併用するデッキも多かった。

*3 《精神の願望》は現在でもたびたび0日禁止で話題になる。これはよく大問題のように言われるのだが、実は当時プレイしていた人々からすれば「やっぱりな」「むしろクソ環境でプレイしなくてよかった」という意見の方が多く、問題があると騒いでいるのはゲーム自体をあまりプレイしていない層だった。宝船が環境をぶっ壊した3ヶ月間のことを考えると、この3ヶ月のような事態を1日も経験しなくてよかったとする彼らの意見も理解できるかもしれない。