ルールブックの盲点の1点(野球)

登録日:2014/11/24 (月曜日) 11:56:00
更新日:2025/03/27 Thu 17:08:29
所要時間:約 26 分で読めます





ルールブックの盲点の1点とは、
ドカベン』の単行本35巻(文庫版23巻)、アニメでは147話で放送されたエピソードから派生した、
「滅多に起こらないプレーゆえに、ルール上は正しく適用されているがプロ野球選手でも失念しやすいルール」で入った得点を意味する。
タイトルから誤解されがちだが、ルールブックに不備があるわけではなく、ルールブックにしっかり明記されている取り決めである。
滅多に発生しないケース故に選手や監督が知らない、もしくは見落としてしまう為に「盲点」という言葉が使われている。*1
なおドカベン原作は「第◯話 ルールブックの盲点」のような各話ごとに副題を付けないスタンスなので*2「ルールブックの盲点」とはあくまでエピソード内容から付いた俗称。


ドカベン内での経緯

明訓高校に所属する山田太郎らにとって二年生夏の神奈川県予選三回戦での白新高校戦。
白新のエース不知火守に9回までパーフェクトピッチングをされるも、
明訓のエース里中智も負けじと9回ノーヒットノーラン(フォアボール3回のみ)に抑えた。

そして0-0で迎えた延長10回表、ついに明訓打線は不知火に喰らいつき1死満塁のチャンスを作る。

そしてこの様な時系列のプレーが発生した。

  1. 打者・微笑三太郎がスクイズを敢行。もちろんランナーは3人とも飛びだす。
  2. 微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなるものの野手の間にポトリと落ちる····かと思われたが、不知火がこれにダイビングしダイレクトキャッチ。これで打者の微笑がフライアウトで2アウト。
  3. 三塁ランナー・岩鬼正美は帰塁しようとせずに勢いのままホームイン。
  4. 一塁ランナー・山田太郎は帰塁しようとするが、不知火は一塁に送球。山田が一塁に戻る前に一塁手がボールを持って一塁ベースを踏む。これで3アウト。
  5. 不知火ら白新のメンバーはチェンジのためベンチに戻る。


白新メンバーは「このピンチを0点に抑えた! この勢いでサヨナラだ!!」と意気込むも、その直後

「観客がざわついているのはスコアボードのせいか」
「スコアボード係がこの暑さでおかしくなったのか?」
「明訓のファンらしいな」

スコアボードの勘違いだと判断して軽口を交わし始めた白新メンバー。
次に打順が回ってくる事から打撃の準備をする為にベンチ奥にいた不知火はその軽口を耳にした事で慌ててベンチを飛び出しスコアボードを確認すると····

なんと、10回表の部分に「0」では無く「1」の数字が……!!

「バ、バカな!!なんで明訓に1点が入ってるんだ!?」

原作ではこの後明訓高校の監督・土井垣がなぜこれで1点が入るのかを公認野球規則を持ち出して「このルールが適用される」と述懐していた。

結局、この試合は1-0で明訓が勝利している。つまりこの1点が試合結果を決めたのである。

読者らの反応

それでも大半の読者は不知火同様「なんで??」となってしまった。
掲載誌・週刊少年チャンピオンの読者総体からすればその方が当然ではあるだろう。現実の野球に多少興味があったとしても、「3つのアウトで攻守チェンジ」と素直に思う基本中の基本知識水準の一般読者の方が圧倒的に多い。だからこそ、完璧に近いライバルキャラ・不知火の盲点をつけるシチュエーションにふさわしかった。
が、それどころか、一般の読者だけでは無く野球を職業にしているプロ野球選手までもが「これは間違いだろ!?」という反応を起こしたのである。

当時現役選手だったノムさんこと野村克也も、原作者の水島新司を球場で見つけた際に「あんなウソ書いたらあかんで」と抗議したほどである。

しかし「このルールは絶対に間違っていない」と、水島は野村の前で審判と確認した上でこのルールは正しい事を証明した。
野村は「水島の漫画の中での説明がヘタクソだったから勘違いしたが、カラクリが解ければ只の基本ルールの積み重ねだった」と後に語っている。

この発言だけ見ると野村の負け惜しみや責任転嫁のようにも聞こえてしまうかもしれないが、確かに原作漫画の時点では該当するルールの羅列と簡素な説明のみであり、説明が下手とまではいかなくとも説明不足感は否めなかった。
前述のとおり理解できずに混乱した読者も多いわけだが、かと言って一層膨大な文字量とコマ数をルールの解説に費やすべきであったかと言えば、当時の漫画の常識としては難しい。それはまた別の不評を招く懸念も大きかっただろう。
ともあれ「トッププロさえ認識の十分でないルールに基づくドラマを漫画で描いた」という認知が次第に広まると、なお理解の及ばなかった読者側でも改めて再評価が進み、スポーツドラマの質に一石を投じたエピソードとなる。
(後にはスポーツ漫画の読者年齢層も広がり、難解な文言の引用・理論の量は商品価値同然に当然視されていくが、それを肯定させるはしりになった功績事例の1つとも言える。)

この話が描かれるより前の国内外のプロ野球でもアピールプレイ忘れやフォースアウトの勘違いなどは当然あったのだが、
それらが複雑に絡み合ったケースとなるとなかなか記録を探すのは難しい上に、時代背景故の伝達の壁も高く、周知性は低かった。
よって「ルール上こうなるのはわかるが、実際の試合ではここまで拗れることはまずないだろう」と考えた者も多かった。
だがこの記事でも後述するが、時代が進むにつれ現実の高校野球やプロでも似たような複数の実例が知れ渡るようになり、そのたびに作者の先見の明が振り返られている。

アニメ版では、漫画のような視返し(読み返し)が格段に手間な媒体、かつ、放映時の常識的にビデオ録画に期待すべきでない背景もあってだろう、スタッフが配慮して補足の解説が新たな台詞として追加され、より分かりやすくなっている。


ではどうしてこうなった

まず前提として野球には「その状況が成立したら次に行われる処理が決まっているもの」と「反則ではあるが敵チームが指摘(アピール)をしなければそう処理されないもの」があり、後者をアピールプレイと呼ぶ。

+ たとえば
ピッチャーが四球(フォアボール)を出すとその時の打者は一塁への安全進塁権を得られる。
これは進塁という名前なので権利のように見えるが、打者は 一塁へ進塁する権利を放棄することはできない。
あくまで敵チームが妨害することができないという意味での「安全進塁権」という名称なので、フォアボールになった打者は
「余裕でホームラン打てるから一塁に移動では割が合わない、このまま三振になるまで居させてくれ。」と言っても一塁へ進む以外の行動はできない。
(できたら敬遠というプレイが無意味になってしまうし)
それでも一塁へ進むのを拒否したならば試合の進行自体を放棄したとみなされて試合ごと負けになるだろう。

これに対して「ノーアウト満塁で次の打者は3番なのだが、なぜか4番打者がバッターボックスに入った」という状況を思い浮かべてほしい。
これは「打順間違い」という反則なのだが、この時点では 守備側チームが何も言わなければ審判も何も言わない
しかも間違えた打者にすぐに指摘したら審判は正規の打者に交代させておしまいとなる。
その間違えた打者が打った後に守備側チームが指摘すればアウトになる。これがアピールプレイである。
この場合は間違えた打者が打った後に指摘すれば 打った内容が無効になった上でワンアウトになる。
打順間違いの指摘ができるタイムリミットは「間違えて入った打者が打撃を終えて 次の打者へ第1球を投げるまで 」なのだが
この場合の守備側チームにとっては「投手の投球数を一球でも節約したい」という状況ならば軽く投げさせた後に指摘してワンアウトをもらえばいい。
状況がノーアウト満塁なのだから「ダブルプレーやトリプルプレーが取れるかもしれないので、普通に投球してそれが達成できたら そのまま続行 」という手もあるし
「アウトにできないどころか満塁ホームランを打たれたとしても その時点で打順間違いを指摘すればホームラン自体が無くなった上でワンアウトがもらえる 」というどう転んでも美味しい状況になるのだ。
指摘をするかしないか、いつ指摘するかを裁量が与えられるのがアピールプレイと思ってもらいたい。

「やろうと思えばいつでもアウトにできる」からといって、最終的に自動でアウトにならないのはおかしいというのなら、
守備側が十分タッチアウトできる状況でそのままランナーをボケーっと見送って塁を踏まれた後に、
「今は絶対タッチできたからタッチしなかったけどアウト成立」という理不尽な展開も成立してしまう。一言でいうとやらないやつが悪い

最初のフォアボールの安全進塁権については「打者は進塁して本塁に帰るのが本分であり、まして打席上にいるならば 前に進む以外に道はない のに提示された進塁権を放棄するというのはあり得ない」という考えによるものだが
アピールプレイについてはこの打順間違いの例のように「相手のミスをどのように自軍の有利に繋げるかを決める裁量を与え、その選択を誤ったりそもそもミスに気付けずに損をしたとしても それも勝負の妙 」というのがポイントである。

そしてこのプレーについて「点が入るのはおかしい」と誤解されやすいのは、以下の2つの理由による。


まず上述の『3.三塁ランナー・岩鬼正美は帰塁しようとせずに勢いのままにそのままホームイン。』である。
フライなのに1度元の塁に戻っていないので、一見規則違反*3に見えるので得点は認められないと誤解されやすい。*4

しかし、これは前述のアピールプレーと呼ばれるもので「守備側が指摘して初めてアウトになる」のである。

大事な事なのでもう1度、詳しく言う。
ランナーが帰塁(リタッチ)をしていないという意思表示をするために、守備側がボールを持って走者の身体または正規の走塁が行われなかった塁に触れて、審判員に分かるように動作や言葉でアピールして、審判員がそれを認めて初めてアウトになる」のである。

ルールを細かく順番に記述していくと、
  • 打球がフェア地帯の地面に落ちたならば、ランナーは制限なく自由に次の塁を奪いに走ってもよい。これが普通の「ヒット」である
  • 打球が地面より先に野手の 体のどこかに触れた瞬間 (捕球の瞬間ではない)*5にランナーが元々いた塁に触れていなければ、それに触れ直す(リタッチ)をしないと不利になる
  • 守備側チームに「リタッチをしていない」というアピールをされるとランナーはアウトになり、その際にホームに入っていても得点は無効
  • 野手の体に球が触れてから「リタッチをしていない」とアピールされるまでの間に塁に触れればリタッチの義務を果たしたことになる
  • もちろんそれを踏まえて動くことで、野手に球が触れた時点で塁に触れていれば 即座にリタッチが完了した扱いになる
  • リタッチをしたその瞬間から次の塁を奪いに走ってもよい、というか「犠牲フライ」などはそれで3塁ランナーがホームインしたプレイである
    • 走者が「帰塁しようとしている」場合、つまり元いた塁に戻っている途中であれば、その前に野手が帰塁すべき塁にボールを持って 触れた時点でアピールしたとみなされる
      ルールブックを厳密に読めばこの場合でも審判に言葉等でアピールすべきなのだが、 常に次の塁を奪うべき走者がわざわざ引き返してる時点で帰塁忘れを自白したようなもの な上に、他の走者がいた場合はそちらへの対応も必要なため実運用上は「帰塁しようとしていれば先に塁にボール投げればアピール完了」と処理される
      いずれにせよアピール手順が簡略化されるケースがあるだけでアウトを取りたいならアピールが必要なことは変わりがない

ということで、フライ時にリタッチせずに進塁する事自体は決して反則行為では無いので、それによって強制的にアウトになったり元の塁に戻されたりはしない。
ましてリタッチしていれば自由に走れるのだ。わかってる走者ならリタッチと主張できる動作を最低限の動きで手短にこなして突っ走るだろう。
リタッチしていないことに自分で気付いたり仲間に叫ばれて慌てて戻ることだってある。
実際はリタッチが成立してたのにそれを審判に確認してる暇なんてないから(結果的には不要だったのに)戻るケースもあるのだ。
そんな錯綜としがちな状況で各ランナーが戻ろうとしていたのか進もうとしていたのかなんてたった4人ないし6人の審判では判断しきれないからだ。
(実際は甲子園でジャッジをする審判なら見極めているだろうが、中立を保つべき審判が本来自軍チームが確認すべき情報を見落としたからといってそれを教えるのは義務に反する)
もっとも守備側がアピールをすればアウトになる上、今回のように守備側がアピールを忘れてしまうのはかなりのレアケースである以上、基本的には帰塁するのが常識ではある。

余談だが、打順の間違いやベースの踏み忘れもアピールプレーなので、これも「守備側が指摘して初めてアウト」になる。
逆に言えば、守備側の指摘さえ無ければ打順を無視して1番イチローを2番でも3番でも4番でも出そうが、1塁も2塁も3塁も踏み忘れたまま*6ホームインしようがアリなのである。
……守備側の指摘が無ければ*7*8

実際、原作内では微笑のフライアウトから「5.不知火ら白新のメンバーはチェンジのためベンチに戻る」までの間に、
白新メンバーは「岩鬼が1度元の塁に戻っていない事をアピール」して「岩鬼をアウトにする」行為をしていなかった。

これにより岩鬼の走塁は強制アウトになる反則行為では無く、守備側からアウトにされる指摘も無かったので、正規の走塁となりホームインが認められるという事になり、1点が入ったのである。

ちなみに前述のように原作の説明では説明不足だと判断されたのか、アニメ内では明訓の殿馬が「そういえば岩鬼。お前はアウトにされていないづら」という台詞で説明を補足している。

この時の岩鬼はおそらくここまでのルールは知らなかったため、スクイズで 躊躇なく、3塁に引き返そうともせずに 本塁に突っ込んでそのまま本塁に陣取ってアウトになった山田に悪態を付いている。
もし岩鬼がここでいう内容を全て知っていた上で「わしは帰塁が 間に合ったと思った から本塁に走ったんじゃ。何?実際は帰塁ができてなかった?ほーんそりゃあ 気づかなかった わ。で、 そんなら何で審判にアピールしなかったんじゃ? 」と主張したところを想像してほしい。
「アピールしたらアウト」とアピール手順付きでルールに定めているのにそれを行わなかった上で、その相手は違反していることを気付かなかったと主張しているのに違反を断定して処罰をする方が 異常であろう。


もう1つの勘違いは『4.一塁ランナー・山田太郎は帰塁しようとするが、不知火は一塁に送球。山田が一塁に戻る前に一塁手がボールを持って一塁ベースを踏む。これで3アウト。』である。

野球は「アウトカウントが3つ貯まる前に塁を適切に回って本塁を踏めばその分だけ点が入る」のが原則である。
このためランナーのホームインと、別のランナーが3番目のアウトになるのがほぼ同時だったとしても ホームインの方が一瞬でも早ければ得点になって 遅ければ無効となる。
このように得点と3アウトのどちらが早いか微妙なケースでは審判はちゃんとどちらが先かを判断して明示することになっておりこれを「タイムプレイ」と呼ぶ。*9
ただしフォースアウトというルールがあり、「第3アウトがフォースアウトだった場合はそのフォースアウトに至るプレイで発生した得点は無効」となる。
この項目でアウトの内容を赤字で書いているのも3番目のアウトがフォースアウトかどうかが重要になってくるためである。
この「フォースアウト」はほとんどが「ランナーにタッチしなくてもボールを持ってベースを踏めばアウト」であり、
この山田の「フライ時に元に塁に戻る前にアウト」も同じく「ランナーにタッチしなくてもボールを持ってベースを踏めばアウト」なので、
一見「山田をフォースアウトした(と思った)ので同時期の岩鬼のホームインが無効になって得点にならない」と誤解されやすい。

しかし、この「フォースアウト」のフォースとは進塁義務という意味である。
打ったバッターがバッターランナーとして一塁に向かうとなった場合、バッターはそもそも塁に進むために打撃をしているので有効な打撃を決めたら次の塁に進まなければならない。
つまり少なくとも1塁には向かうことを強制(Forced)される。
あるいは既に塁に出ているランナーにとっては、後発のランナーが自分が今いる塁に向かって走ってきている場合は
今いる塁を後ろにいる者に譲って自分は次の塁に進まなければならない。
つまり「今いる場所にとどまることができず次の塁に進む事を強制される(Forced)」という状況を「フォースの状態(進塁を強制された状態)」といい、
その場合に限っては「進塁先のベースを、ランナーが着く前に守備側の選手がボールを持って触れることでアウトになる」、(次の塁を確保しなければならないのにその塁を先に野手に塞がれてしまったので)
もちろん通常時のランナーのように「強制進塁先のベースに達する前に走者に直接触れる(タッチアウト)」こともフォースアウトという。
ちなみに、フォースアウトを和訳すると「封殺」と表現される(走者が塁間に封じられた、という解釈だろうか)。


が、この例では『2.微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなるものの野手の間にポトリと落ちる····かと思われたが、不知火がこれにダイビングしダイレクトキャッチ。これで打者の微笑がフライアウトで2アウト。』となっている。
つまり打ったバッター本人が真っ先にフライでアウトになっているので、塁上ランナーには進塁義務は無い
(微笑がアウトでなければ微笑は1塁への進塁義務があるので1塁を占拠することになり、満塁のため各塁にいた山田・殿馬・岩鬼もそれぞれ1つ先以上の塁に行かないとアウト。)
バッターランナーが消失した事で絶対に進塁しなければならない状況では無くなった為である。
代わりに、さっきの岩鬼と同じで元いた塁に戻る(リタッチする)前に、自身や元いた塁にボールを持って触れられるとアウトになってしまう状況になった。

要素こそフォースアウトと酷似しているが、進塁義務によるものではない以上、これはアピールアウトである
こちらは「塁に守備側が先に触れて、山田の帰塁(リタッチ)抜けを(自然に)アピールしたからアウトになった」のである。

なお、実は山田はこのルールをたまたま認識しており、「『自分が戻りきれずアウトにされる』という形を演出して守備側の油断を誘い、岩鬼へのアピールを忘れさせよう」という意図を持ったうえで帰塁していた*10
 その意図通り、不知火はゆっくりとボールを一塁に投げて*11山田をアウトにする。
 一死満塁という大ピンチを無失点で切り抜けたと思い込んだ白新守備陣はそのままベンチに戻ってしまう。
 しかし実際には岩鬼も山田もフォースアウトではなく、山田が第3アウトになる以前に岩鬼がホームインしているため、第3アウトの置き換え(後述)をしなければならなかった

よって、4の山田がフォースアウトでない以上、時系列上攻撃側のホームインのほうが早かった今回のケースでは得点のほうが優先されるのである。
今回のケースでは岩鬼のホームインとフォースでない山田の3アウトの時期が近いため、前述のタイムプレイが行われたはずであり
ちゃんと審判が本塁を指差して「岩鬼のホームインが有効」というジェスチャーをしていると思われる。それを作画していたらネタバレになるが

なお、インフィールドフライは「バントしてフライを打ち上げた場合」と「ライナーの場合」は宣告されない。
よって「2.微笑のスクイズは投手・不知火守のストレートに押され小フライとなる〜。」の時点で無関係となる。

またこの「岩鬼の帰塁抜けを指摘するアウト」は、(山田のアウトの後に行っていれば)1イニングの4つ目のアウトであるため「第4アウト」と呼ばれ、「岩鬼をアウトにする行為」は「第3アウトの置き換え」と呼ばれる。
これも上記の通りアピールプレーであり、ボールを持った野手が戻らなければならない塁に触れ、審判員に明確にそのことを伝えなければならない。
(岩鬼が3塁に戻ろうとしたら「3塁側に送球」だけでアウトになるが、岩鬼はそのまま本塁にいた。)*12
上記の例ならば、得点を与えないようにするには「三塁ランナー(岩鬼)のリタッチ(帰塁)が正しくなかった。第3アウト(山田のアウト)をこれと置き換えたい」とボールを持った野手が審判に告げなければならなかったのである。


実際の高校野球の甲子園大会で実現


2012年の第94回全国高校野球選手権大会第6日2回戦 済々黌(せいせいこう) 対 鳴門 戦では、このエピソードとほぼ同様のプレーで済々黌が1点を入れ(つまり鳴門は1点を失った)、メディアでは「漫画の再現」と大騒ぎになった。

済々黌の攻撃で1アウト一・三塁でショートライナーで2アウトの後、
鳴門側はエンドランで飛び出した一塁ランナーを一塁でアウトで3アウトにしたが、
その3アウトの前に済々黌の三塁走者が一か八か三塁に戻らずに本塁へ駆け込み、
鳴門側はこの三塁走者をアウトにするアピール(4つ目のアウトを取り、「これを3アウト目に置き換えて欲しい」と要求する)をせずにベンチに帰ってしまったので、得点が認められている。
ホームインした際に球審が「ホームを指差して」この得点が有効であることをジェスチャーしているところがテレビ中継で映っているためちゃんと審判がこのケースを想定して適切に動いており、
アピールプレイのルールを熟知していない人間だとしてもこれを見ていれば「ん?もしかして?」と気付けた可能性がなくはなかった。

後に済々黌高校メンバーは「この漫画のこのプレーを知っていた」、監督は「過去にドカベンで読んでおり、練習にも取り入れた」と語っており、まさにドカベンのおかげでもぎ取った点であった。

2011年の春のセンバツ履正社高 対 九州学院高 戦でも同様のケースが発生している。
この際には実況や解説、スコアボード係が気付かなかった為主審が電話することでようやくスコアボードに得点が入った。
切り替わった際に実況解説は「フォースアウトで点は入らないはず」とコメントしており、プロでさえ知られていないレアケースであることがうかがえる。
失点となった履正社高の監督はルールを知っていてアピールをしようとベンチを出ていたのだが、指示を伝えるのが間に合わず既に内野手がファウルラインを越えていた為、アピールが無効となってしまった。
ちなみに、カメラマン及びスイッチャーもしっかり気づいており、スコアボードをアップで映して点が入る瞬間を今か今かと待ち構えていた。
また、実況解説も審判が説明する直前で「そういえば第4アウトとアピールによるアウトの入れ替えというルールがある」と気がついていた。

その他、2009年秋の関東大会準々決勝の前橋工高 対 千葉商大付高戦でも似たケースが発生しており、
こちらも監督はルールを知っていたのだが内野手全員が既に引き上げていた為、アピールは無効となっている。
これらの事例を見るに、選手自身がルールを理解していないと、たとえ監督が理解していても指示が間に合わずにアピールが無効になる可能性が高いようだ。

逆に、守備側がアピールに成功して無失点に抑えたケースもある。
2019年夏の全国高校野球大会秋田県決勝の明桜高 対 秋田中央高では、守る秋田中央高が一死満塁での浅めのライトフライで2アウト、
ボールを2塁に送って3アウト目を取ったが、その直後に3塁ランナーをアピールプレイでアウトにした(第4アウト)。
そして第3アウトの置き換えが行われ、3塁ランナーのホームインは無効となった。

取材によると秋田中央高ではこのルールについて練習で触れており、監督が動くまでもなく、
ファウルラインを超える前に内野手らやベンチメンバーが気づいて自ら行動を起こしたとの事。

MLBでの実例

2021/9/19 ダイヤモンドバックスvsアストロズにおいて6回裏アストロズ攻撃ノーアウト2-3塁。
打者は高めのフライを右フェンス近くで捕球されて1アウト、
2塁ランナーのカイル・タッカーはうまくリタッチをして3塁に到達。
しかし3塁ランナーのユーリ・グリエルは捕球より明らかに早く3塁を出てホームに到達。
(おそらくグリエルはちゃんと見たつもりだったんだろうが位置関係によっては難しいことがわかるだろう)
3塁にいるタッカーとアストロズ3塁コーチのオマール・ロペスはD-バックス側が3塁を指してザワザワしてるのを見て グリエルの帰塁が早かったのでそれをアピールする気なことを察知する。
協議する猶予は数秒くらいしか無かったのだが、投手に球が戻ってすぐにタッカーは3塁から本塁にダッシュして 反射的にピッチャーはそちらを刺しに行ってしまう
これによりタッカーは刺されてツーアウトになったが代償として グリエルの帰塁不足をアピールする権利が消失した。
アピールアウトを指摘できる期限は3アウト後なら守備側チームがフィールドから出るまで、3アウト未満なら 次のプレイを開始するまで であり
投手が新たな打者に投げるかランナーに牽制球を投げるのはそれをもって新たなプレイ開始の基準となるためである。
間の悪いことにこの時の3塁手は塁にちゃんと触れずに捕球してそのままタッカーを刺しに向かったので
「あれはグリエルのアピールをしてからタッカーを刺しに行ったんです」と強弁するにも厳しい。*13

さて、この記事のドカベンの部分の解説を見て「アピールプレイはすればいいんだから知識があればそれをやるだけじゃん」と思った方もいるだろうが
この事例を見ればそうとは限らないのはわかるだろう。
今回の白新のように3アウト時なら余裕はあるんだけどね

アピールはランナーがいつ走ってもいいボールインプレイ中にしかできないので タイムをかけたらその間は行えない。
なので今回のDバックス投手がタッカーを刺したのは失策どころかベターな対応である。
もしタッカーのホームスチールを無視してグリエルのアピールをすれば 確かにグリエルの分のホームインは無効になるが、タッカーの1点は有効で、(今回には自信があったろうが)グリエルのアピールが却下されたら2点取られるのだ
(ベストは決断を早くしてタッカーが動く前に3塁に投げて手早くグリエルのアピールをすること)
これでもまだ2アウトなので他にランナーでもいればもっとグッチャグチャになっていたかもしれない。
もしタッカーが動かなければそのままグリエルのアピールをされて1点損したので、 ほんの数秒の間に凄まじいルール上の駆け引きがあり、それを制したカイル・タッカーとオマール・ロペスがすごい というべきだろう。

『ラストイニング』での類例


漫画『ラストイニング』27巻でもこのルールに纏わるエピソードが描かれたが、もう一つひねりが加えられている。

  • 1アウト二・三塁で打者が遊撃手の頭上を襲うライナー性の打球を放つ
  • 遊撃手がこれをジャンプ一番でキャッチしファインプレー(2アウト)
  • 三塁走者は勢いのままに三塁へ帰らずホームイン
  • 二塁走者は戻ろうとするも、ショートがボールを持ったまま二塁を踏み、アピールアウト(3アウト)が成立。
    (時系列的には3塁走者のホームインよりは後)

守備側がベンチに帰り始める中(ここで全員戻っていたら『ドカベン』同様に守備側もあきらめていた)、監督がまだ三塁走者をアウトにしておらず得点有効だと気付き、
「戻るな!三塁走者アウトのアピールをしろ!!」と自軍に説明、直後第三アウト置き換えのアピールを実施し、審判はこのアピールを認めて無得点になるかと思いきや、
攻撃側が「もうアピールの有効期間は終わっている(この時明らかに何人かファウルラインを越えていた)から、その遅いアピールは無効だ」と抗議して長期の中断になるという展開になった。


ルール上、アピールの有効期間は
  • まだ3アウトで無い場合は次のプレーを行うまで
  • 3アウトが成立後の時は投手および内野手全員(外野手は対象外)がファウルラインを越えるまで
である。
ラストイニングのケースでは後者のタイミングについて、
アピールを行う前に内野手が一人でもファウルラインを越えずに残っていたのか、あるいは内野手全員ファウルラインを越えていたのかを審判も確認を失念していた*14が為に発生してしまった。
最終的には、「最終的には審判が裁定を下す」の元、審判達が協議した結果、「この説明は『守備側が守備を放棄するまで』という意味だろう」として
実際に投手と内野手が全員出ていたかは差し置き、ベンチに戻りかけている時点でアピール権を放棄した扱いとなり、攻撃側に1点が入った。


余談


アメリカの野球ではこのルールの認知度が高いらしく、しっかりとアピールで得点を無効にするシーンも見られている。

前述の通り野村克也が当初は間違いだと思って抗議したというエピソードが存在するが、実は野村は似たようなケースで一度得た点を無効にされた試合に参加していた。おそらくドカベンの件で深掘りされて広まったのだと思うが
1962年の東映vs南海、ノーアウト満塁で当時の野村は南海の1塁にランナーである。
打者がフライでアウトになったが先行の3塁ランナーがリタッチ後にホームインして審判が得点を宣告、
しかし後発のランナーがさらなる進塁を試みたが2アウト、野村もタッチされて3アウトになった。(フォースアウトではない)
普通なら攻守交代なのだがここで東映が「リタッチが遅かった」とアピールしてそれが認められたため得点が取り消されたという
かなり今回の岩鬼に近いのだがちゃんとアピールをして通っているというパターンである。
まあ20年前のことなので忘れていても仕方ないし、ドカベンではこれにさらに他の要素も絡んでいるのでこれで野村を責めるのは酷だろう。

不知火をはじめ白新ナインがこのルールを熟知しておらず*15愕然としたのは前述のとおりだが、対する明訓高校のメンバーはどうだったかというと

  • 山田⇒知っていた(本人いわく「たまたま」知っていた。また「これは(知らなくても)仕方ない」と不知火及び白新ナインを擁護していた)
  • 土井垣⇒「知らなかった」とのことだが、その割にはカラクリを事細かに解説した(ルール自体ではなく成立ケースを知らなかったという意味だろうか?)
  • 岩鬼⇒常識でありルールと審判が絶対と発言。帰塁せずホームインしたのもルールを踏まえてのものらしい(しかし滑り込んだ本塁上で山田に対し文句を言ってはいた。本気で言っていたのか、山田の走塁と同じく白新メンバーの意識を逸らすためなのかは不明。岩鬼が知ってる訳がないは禁句
  • 殿馬⇒途中で気づいた(アニメ版。つまりルール自体は知ってはいたようである。原作版は詳細な描写なし)
  • 里中⇒終始ポカンとしているのでおそらく知らなかった(アニメ版。原作版は詳細な描写はないが、「もうけた」と発言しているため知らなかった可能性が高いか)
  • 微笑⇒詳細な描写はないが、おそらくルールを熟知した上で狙ったのではなく、(不知火のファインプレーもあわせて)偶然このような事態になったと思われる。

山田も言っているが岩鬼、土井垣、里中、微笑、白新ナインが無知というよりも、認知していた山田(とアニメの殿馬)が凄いといったところか。

ちなみにこの試合をTV中継で視聴していた山田の祖父は何故かルールを理解しており、一緒に視ていた友人達に解説している。



追記・修正はアピールプレーを忘れずに実行する人がお願いします。

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最終更新:2025年03月27日 17:08

*1 比喩表現で「盲点」というのは「気付きうる情報を慢心、油断などで見落とす」という意味である。

*2 アニメ版のタイトルは「第147話 不知火散る! 痛恨のルールブック」である。

*3 フライがキャッチされてアウトになった場合、ランナーは元いた塁に一度触れなければならないというルール。リタッチと呼ばれる

*4 土井垣も「ところが問題はこの岩鬼だ。本来はこの岩鬼の走塁こそ大ボーンヘッドのはずなのだが…」と述懐している

*5 手先の器用な選手がジャグリングかお手玉のように「ボールを落とさず握らず」に空中を回せながら走者を刺しに来るところを想像してほしい。

*6 この例はあくまで「塁の踏み忘れ」であり、「塁に向かわない」という意味では無い。走塁というのは塁間の「走路」に沿って次の塁へ進むことを指すので走路から外れたら走塁放棄でアウト(別の事情により本塁→1塁へ向かうのを放棄した場合は走塁放棄は取られないが)、走路を進んでいないのならば勝手にその場で留まっているだけになるので送球されたらアウトである。

*7 実際、いわき東高校戦ではまたしても岩鬼がエース・緒方から先頭打者ホームランを叩き込んだにもかかわらず観客席の声援に応えるのに夢中で三塁ベースを踏み忘れるというポカをやらかし、サードのアピールによってアウトにされている。

*8 また岩鬼はプロ入り後に打順間違いをしており、対西武戦でいつもの1番でなくその日は4番に入ったための勘違いで、初回先頭打者初球本塁打も、西武伊原監督のアピールでアウトになっている

*9 ホームインが有効だった場合は本塁を指差して「1点」「スコア」などを宣言し、ホームインが無効だった場合は両手で大きくバツ印を作るジェスチャーで示す。

*10 もっとも、この状況なら誰だって帰塁するので、山田が知っていなくても十分成り立ちはする。ただ、山田は「非常に鈍足」ということが知れ渡っており、不知火の位置からでは本塁に投げるより1塁のほうが近いこともあって「どっちでも3アウト目をとれる」ならば山田をアウトにしたほうが確実。

*11 その間に岩鬼がホームに滑り込む。もし岩鬼のホームインより先に山田がアウトになっていたら、議論の余地なく岩鬼の得点は無効(不成立)となる。

*12 さっきの「岩鬼が帰塁が成立していると思っていたら?」という仮定にも繋がるが、もし岩鬼が3塁に引き返そうとしていたら帰塁忘れを認識していたという状況証拠になるので3塁に投げる時点でアピールとして通用するが、岩鬼が本塁から動いていないので「あのホームインしたランナーは本人は気づいてないっぽいけど帰塁してませんよ」と言葉でアピールをしないといけない。

*13 ビデオ判定で見て「触れたか?いや厳しいな」というレベルだったので多分通らないだろう。

*14 「守備側の誰かがファウルラインを越えていたが残ってた人もいた」までは覚えていた。

*15 ただし、この日は異常に気温が高く、「明訓VS白新」の次の「向ヶ丘桜VS吉良」の試合で「向ヶ丘桜の選手が日射病で多数倒れて試合続行不能」という事態になっていたほどなので、延長戦突入という状況もあって、仮に知っていても判断力低下で現状に結び付けられなかった可能性がある。