登録日:2016/04/06 Wed 19:50:09
更新日:2025/07/14 Mon 06:59:19NEW!
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「ウトロー事件」(ウトロ事件ともいう。)とは、フランスで発生した、児童を集団レイプしたとされた冤罪事件である。
この事件の冤罪の発覚は、フランスの司法制度自体に改革が迫られる大きな騒動となった。
【事件の発覚】
2000年12月、フランス北部の町ウトローで、その事件は発生した。
当時10歳の小さな子どもAが両親から性的虐待を受けていると保母に訴えたのだ。
そしてそのAや母親B、父親Cを事情聴取すると、驚愕の事実が浮かび上がった。
なんと、両親BCはAを
レイプした事実を認めた上、BC以外にも、近隣住民たちがよってたかって家にやってきては、Aをレイプしていたという話が出てきたのである。
当然捨ててはおけないと捜査が始まった。
1996年、ベルギーでロリコンによって6人の少女が拉致・性的虐待を受けた末に、4人が殺されるという「マルク・デュトルー事件」が発覚していたところでもあり、性犯罪に社会全体が緊張していた時期でもあった。
【裁判】
この捜査・予審を担当したのが
ファブリス・ビュルゴー予審判事だった。
1971年生まれで当時はまだ29歳。2000年に国立司法学院を卒業して予審判事となったばかりであった。
国立司法学院とは、日本で言うと、
司法試験に合格して裁判官・検察官・弁護士のタマゴを育てる司法研修所と近い。
この予審判事という裁判官はフランスでは重大な犯罪についての捜査を行い、正式に裁判にかけるかどうかを決める立場。有罪無罪について最終判断をする裁判官とは別人。
その予審判事の捜査権限は日本の検察官と比べ物にならないほど強力で、しかもそれを一人で行使できるため「大統領より強力な権限を持つ」とさえ言われていた。
同じ予審制度を持つイタリアなどでは、マフィアにとってもっとも恐ろしい存在が強力な捜査権限を駆使する予審判事であるとも言われている。
結果として、母親Bは事実を認め、次から次へと近隣住民を犯人であると告発。
さらに、Aも母親Bと同じように被害に遭ったと証言していった。
予審を担当したビュルゴー予審判事は、18人の被疑者を予審にかけ、捜査をしていった。
そして捜査を一通り終えたビュルゴー予審判事は、彼らの有罪を確信し、この件を重い犯罪のみを扱う裁判所である重罪院に送った。
第一審重罪院の判決は、18人のうち10人が有罪、7人が無罪。残った1人については後で触れる。
この10人のうち、両親BCを含め、容疑を認めた4人についての裁判は終わった。
しかし有罪判決を受けた残り6人は冤罪を訴え控訴。
そして事態は急展開に至る。パリ重罪院における控訴審にて、母親Bが「他の被告人は事件と無関係」と言い出したのだ。
多くの被告人に対する母親の供述は、自分の罪を軽くしたいがためのでっち上げであった。
そして、Aは母親Bに言われるがままに「この人も犯人です」と認めていただけだったのだ。
ついに検察はパリ重罪院で有罪の主張を断念。検事長が出席して「6人は灰色無罪ではない、真っ白無罪です」と述べ、6人に対して検察から無罪判決を下すように求めた。
そして、重罪院で無罪判決が下される。
フランスの司法大臣は謝罪会見をし、シラク大統領は被告人一人一人に謝罪の手紙を送り、首相官邸で会見してもらうという異例の措置を取った。
しかし、関係者の謝罪でも身柄拘束によってズタボロにされてしまった被告人たちの生活は戻ってこなかった。
無罪となった被告人の勾留期間は最短でも1年11カ月、最長者は3年3カ月。無罪になった被告人たちの身柄拘束期間は合計すると26年になった。
当然、被告人らは仕事もまともにできなくなってしまった上、被告人たちから引き離された彼らの子は25人にもなった。
たとえ無罪になっても、長期間に渡って引きはがされた親子の絆は、簡単には戻らない。
ロリコン犯罪者として、身柄拘束中に他の被告人からいじめを受けた被告人もいた。(日本でも児童を狙った性犯罪者は刑務所内でいじめられるといわれる)
そして、先ほど、予審にかけられたが判決を受けなかった1人は、裁判の前に自殺してしまったのだった。
【どうしてこんなことに…】
事態を重く見たフランス下院は調査委員会を設置、調査委員会はビュルゴー予審判事を含め、200人を超える関係者から事情を聞き出した。
ビュルゴー予審判事への尋問の模様はテレビ中継もされ、大きな関心を集めた。
調査委員会は、その他にも様々な調査をして600頁に渡る最終報告書をまとめた。
フランス国内のマスメディアが槍玉にあげたのは、ビュルゴー予審判事だった。
調査委員会の報告書でも、ビュルゴー予審判事のあまりにも杜撰な捜査の方法が次々と明らかにされた。
一人の被告人は「ビュルゴー予審判事は自分をくずとしか見ていなかった」と非難している。
①罪を最初から認め、実際に有罪になった3人を連れてきて、被告人と同じ場所で互いに尋問(対質)した。
この対質という方法はフランスではポピュラーなのだが、3人に口をそろえて「お前も共犯だ!!」と言わせる。
3対1になった被告人は心理的に反論できなくなってしまった。
有罪になった3人のうち1人だけとの対質をやらせてほしいという弁護人の要求は認められなかった。
更に、Aとの対質をさせてくれ、という弁護人の要求も「まだ幼いAが傷つくじゃないか」という理由で認めてもらえなかった。(被害者を傷つけるから尋問するなという意見は日本でも強い)
②裏付けのない事実を「間違いなくこんな事実があった」といい、被告人にそれを信じ込ませてしまう。
当然被告人にはそれが裏付けのないことだとはわからない。たとえそんなの嘘だと思っても反論の材料がないから、認めるしかなくなってしまう。
③自分は関与したけど他の人は関与していないよ…という被告人もいた。
ところが、ビュルゴー予審判事は「こうだよね!?こうでしょ?」というように、被告人がどうこたえるのを希望しているのかバレバレな質問を繰り返した。
結果として聞かれた方は、「はい、そうです…」とビュルゴー予審判事の考えた筋書き通りに供述してしまった。
④被告人の供述調書の作成に当たって、自分のした質問の一部を調書に書かせない。
従って、こんな質問のやり方をしたら冤罪になって当たり前だ!!という質問があったとしても、裁判所がチェックできなくなってしまった。
⑤Aの供述で、被告人の犯行だという部分に矛盾点があるのに華麗にスルー。
訴追する検察ではなく、「中立な裁判官が捜査する」からこそ予審判事の権限は絶大なのに、その予審判事が被害者をきちんと調べないのが危険なことは言うまでもない。
⑥取り調べに立ち会った弁護人どころか別の裁判官、警察官にまで「その手法はまずいのでは」と言われても聞き入れない。
弁護人がこのように立ち会うのは日本ではできずフランスでは可能なのだが、いったい何のための弁護人立会なのか…
⑦Bは、過去にも「うちの娘Aが性犯罪にあった」と実際には存在しない事件を騒ぎ立てたことがあった。
ところが、その事件についてはビュルゴー予審判事も検察も華麗にスルー。訳も分からず巻き込まれた被告人や弁護人に、そんなことがあったなんてわかる訳がない。
被告人たちは、母親Bの言うことが信用できないという主張の根拠を奪われてしまった。
しかし、ビュルゴー予審判事一人だけのせいではない。
ビュルゴー予審判事の個人的な問題以外にも、様々なフランス司法制度の問題点が挙げられた。
子どもの証言は、この件のように親などが言わせてしまうことがあり、信用性を非常に厳しくチェックし、尋問も気を付けて行わなければならない。
そういった難しい配慮が必要な事件を新米予審判事一人にやらせてしまったフランスの司法制度全体の落ち度もある。
この事件の後、重大事件については、予審判事複数名で予審をするように仕組みが替えられたが、そもそも予審制度自体が問題だとしてサルコジ大統領が予審廃止論を言い出したこともある。
重罪院の第一審では6人が有罪判決を受けている。この有罪判決を下したのはビュルゴー予審判事ではなかったのだから、そのまま有罪判決を下してしまった裁判官も、批判されなければいけない。
検察も、ビュルゴー予審判事の暴走に対して歯止めとなることがなかった。いくら検察が訴追する側だとしても、予審判事の暴走を止めないでいいわけがない。
「この被告人の顔は性欲過多な顔だ」「児童の言うことは信用できるんだ」と鑑定した心理鑑定人もいた。この鑑定も、ビュルゴー予審判事の暴走に一役買っただろう。鑑定のおかしさは報告書で一項目使われている。
他人を巻き込む嘘をついて自分の刑を軽くしようとはかった母親Bも諸悪の根源の一人である。B・CがAをレイプしたことはずっと認めており、裁判で母親Bは懲役15年、父親Cは懲役20年になっている。
この頃フランスでは被害者の権利や社会の安全を求める世論が活発になっていたとも言われ、そういった世論も、ビュルゴー予審判事の背中を押していた可能性がある。
そして、日本でもこういったことは起こりうる。
ビュルゴー予審判事が行った取り調べや事実の認定を日本で検察官や裁判官が行えば、日本でも同じことは起こる。
あなたが裁判員になった時に、ビュルゴー判事のように熱意はあるがちゃんとした問題意識を持たずに裁判に臨んだ結果、取り返しのつかない冤罪にあなたが加担してしまう可能性だってあるのだ。
作者はフランス語を読めません。
フランス語でこの件の記録や報道を読んだ方等に更なる追記・修正をいただければ幸いです。
- 最近立つ解説記事はどれも脚注が多すぎる。もうちょい本文に練り込んでくれないかな。 -- 名無しさん (2016-04-06 23:56:36)
- 脚注、PCなら全く苦労しないがスマホだと多分苦労するだろうしな -- 名無しさん (2016-04-07 00:56:06)
- 取り調べを可視化しないとか冤罪だった場合のフォローが少ないなど日本の刑事司法が中世レベルとはよく言われるがフランスも酷いなぁ… 真実を求めようとせずさっさと終わらせるのを優先させてる気がする -- 名無しさん (2016-04-07 06:29:30)
- 数をこなした人が出世するシステムになってるからしゃーない。時間かけてじっくりやる人は偉くなれんのよ -- 名無しさん (2016-04-07 10:58:45)
- いくらなんでもなおざり過ぎる・・・これが先進国での裁判で行われたのだから尚更だ。 -- 名無しさん (2016-04-07 11:52:01)
- モラルパニックの一種かな。アメリカの幼稚園でも似たような話があった気がする。 -- 名無しさん (2016-04-07 13:19:39)
- 日本だと虚偽告訴罪も適用されて更に刑期が増えそうだが、実際問題フランスではどうなってるのか? -- 名無しさん (2016-04-07 13:38:34)
- 「子供が純粋だと思っているのは君たちだけだ」 -- 名無しさん (2016-04-07 18:43:22)
- 司法側の人間ってたとえ多くの人を苦しめたとしても、あまりお咎めを受けないからタチが悪いし。ISILやメキシコマフィアみたいな連中なら面倒な手続き無しでそいつらを容赦なく制裁してくれるのに -- 名無しさん (2016-04-07 19:26:21)
- 冒頭のベルギーの事件、ザビーヌ・ダルデンヌの事件か。以前、ビートたけしの番組かなんかで取り上げられてたな -- 名無しさん (2016-04-08 00:28:45)
- ヒュルゴーは「冤罪?ああそうだねでもオレ謝んね」って言ってたんだっけ -- 名無しさん (2016-04-08 00:44:23)
- ビュルゴーは発言的にもまた何かやらかしそうで怖いな -- 名無しさん (2016-04-08 01:36:52)
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- ものすごい大事になっちゃって、ビュルゴーが「俺は悪くねぇっ!」と言いたくなる気持ちは分かる気はする。悪いんだけど。 -- 名無しさん (2016-04-08 14:26:13)
- 「だが私は謝らない」をやって許されるのはチョチョウだけ -- 名無しさん (2016-04-08 14:57:01)
- 「偽りなきもの」って映画がこういう話だった。これ以上無いくらい怖い映画だから、是非とも観て欲しい -- 名無しさん (2016-05-10 17:47:37)
- ①被害者を一生懸命チェックしようとする→「セカンドレイプ」②チェックせずに信用する→「冤罪を出すな」 ③チェックせず信用もしない→「被害者の立場を分かっていない」 どれをとってもどこかから文句言われる。 -- 名無しさん (2018-06-25 10:41:32)
- 両親と近所の人4人が性的虐待加えたのは事実なのかよ…両方向に胸糞悪くて隙がないな -- 名無しさん (2020-05-12 21:02:20)
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- 警察や検事が馬鹿だっただけ -- 名無しさん (2025-07-14 06:59:19)
最終更新:2025年07月14日 06:59