虚偽の自白

登録日:2016/04/07 Thu 23:41:17
更新日:2019/10/30 Wed 16:57:20
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ここで扱う虚偽の自白とは、実際には罪を犯していない被疑者・被告人*1たちが、取り調べや裁判で「私がやりました・・・」と罪を認めてしまうことである。



「自白ってどうやって裁判官の目に入るの?」

自白は、基本的には警察・検察での取り調べを「調書」という形にして残す。
後で裁判所はこの調書を読むことで、「被告人は取り調べの時こんなこと言ってたんだ」と理解するのである。
もちろん、裁判所での尋問は裁判官の目の前で行う。

しかし、調書は、刑事の取り調べを一言一句丁寧に聞き取ったものを記録してある訳ではない。
当然刑事と被疑者の取り調べは対話で行われるが、雑音や雑談も入る。そんなやりとりを全部書類に記録していたらキリがない。
それどころか、全ての取り調べが調書という形で残ったりすると、被疑者は仕返しされるのを恐れて、マフィアのボスのような事件の真の黒幕にあたる存在を告発できなくなってしまう場合もある。

そこで、刑事は被疑者から聞いたことをまとめた上で、被疑者が一人でスピーチをするような文章にまとめなおし、被疑者が求めない供述はあえて調書に残さないのが普通だ。
そして、被疑者自身に書かせると、どうしても手間がかかるし、本当に聞いておくべきことが抜け落ちてしまう場合もあるため、まとめなおしは刑事やその手伝いをする警察官がやる。

刑事がまとめ終わったら、刑事はそれを読み上げ、更に被疑者に見せる。
被疑者は、書いてあることが間違いない、と考えたら調書に署名捺印する。これをすることで、被疑者は「この調書に書いてあることは、私の言ったことで間違いありません」ということになるのだ。
被疑者は、署名捺印したくない、ということで署名捺印しないこともできるし、署名捺印してもいいけど、ここを直してほしい、これを書き加えてほしいということも可能である。

しかし、刑事がまとめなおす際に、思い込みやすれ違いから間違ったことを書いてしまうこともある。
被疑者も、犯罪の成否を分ける重大なことであることだと気づかず、「ちょっとずれてるけど、さっさと終わらせたいし別にいいか」という感覚で署名捺印してしまったり、ニュアンスの違いに気づかなかったりした結果、後になって重要な事実を認めたことになっていた、という事態になっている場合もある。
そうすると、「そもそも言った覚えがないことが自白として残され、裁判所に自白として扱われてしまう」のだ。弁護士が被疑者に黙秘を進める理由の一つでもある。
無実なら無実だと言ってそれを調書に残せばいい、という訳にはいかないのだ。

警察で取り調べた後、今度は検察でも同じように捜査する。
検察は警察と比べれば法律のプロであり、警察の調べに聞き洩らしや落ち度がないかどうか二段構えでチェックしている。
とはいえ、警察の時に起こるような思い込みやすれ違いはやっぱり起こる。取り調べの技術に関していえば警察の方が上という場合もある。
検察官が警察の調書に流されて警察の調書をまとめなおしただけのような調書を取ってしまう、ということもあるのだ。


「虚偽の自白!?あるわけねーじゃん!!だって、自白したら処罰されるんだよ!?自白するってことは自白した奴が本当に犯人だからに決まってんじゃん!!」

これは間違いである。
虚偽の自白に追い込まれ、その自白が信用できるとされた結果裁判で有罪判決を受けてしまい、再審で無罪判決を勝ち取るまで何十年も拘束されてきた人たちがいる。
中には死刑判決を受け、毎日「自分はいつ無実の罪で死刑になるのか」とおびえながら生きてきた人たちさえもいるのだ。
詳細を知りたい人は四大死刑冤罪事件とされる「免田事件」「財田川事件」「松山事件」「島田事件」でググってみよう。
他にも、「足利事件」「氷見事件」「志布志事件」「草加事件」などといった、虚偽の自白が冤罪の一つの原因となってしまった事件は最近でも後を絶たない。
アニヲタなら、剣持警部の殺人(金田一少年の事件簿)の毒島の例も参考になるだろう。



「例え警察で嘘の自白をしてしまっても、警察もいない裁判になれば本人が自白を翻すよ!!」

これも大きな間違いである。
2006年、富山県氷見市で発覚した婦女暴行事件、「氷見事件」。
この件で犯人とされた柳原浩さんは、一度虚偽の自白に追い込まれた結果、裁判が終わるまで「私は無実です!!」と言い出すことはなかった。有罪判決を受けても控訴もすることなく、3年間刑務所に服役した。
彼の冤罪が分かったのは、たまたま別の事件で捕まった犯人が柳原さんが行ったとされていた犯行を白状し、捜査を重ねて名乗り出てきた犯人が真犯人であることが確定したから。
もしたまたま真犯人が捕まらなければ、柳原さんは死ぬまで犯人として扱われていただろう。

裁判が終わるまで自白し続けた被告人でさえ、虚偽の自白をしている場合がある。
裁判になった途端に自白を翻す被告人なら、本当にやっていないのに自白した可能性はもっと強く考えられるのだ。



「なんでやってもいないのに嘘の自白なんかするんだよ!!何か悪いことでも考えてるからじゃないの!?」

確かに、嘘の自白をする人の中には、身代わり犯として罪を被ろうとしたり、住む場所がないからあったかい飯と布団が出る刑務所に入ろうとする人もいる。
いずれもろくな目的ではない。身代わり犯として名乗り出るのは犯罪でもある。
しかし、嘘の自白をして刑務所に何年も服役するのに見合う利益なんてないと言える。
彼らは、取り調べなどに屈した結果として、嘘の自白に「追い込まれている」例が大半なのである。



「どういう取り調べをすると嘘の自白をしちゃうの?」


「吐かねぇかコラ!!喋らないんなら死刑にしてやるぞこのヤロォ!!」



みたいに、刑事から脅されたり、殴る蹴るの暴力を振るわれたり、それが怖いから自白しちゃいました・・・という場合もある。
だが、実はそういう件はむしろ少ない。

虚偽の自白を発生させる取り調べの多くは、被疑者を絶望させるものである。
例えば、「お前の家族も、お前が犯人だと言っている」と告げる。証拠がお前が犯人だと示している、と告げる。
そうすると、被疑者としては「自分が無実だと言っても、証拠があるということなら、結局自分が犯人になってしまうのか…」と考えてしまう。
2007年に無罪判決が下された志布志事件では、警察が「お前をそんな息子に育てた覚えはない」「こんな男に娘を嫁にやった覚えはない」「早く正直なじいちゃんになって」などと書いた紙を被疑者に踏ませる取調べをしている。
こういう風に「無実だと言い続けることはお前の家族も傷つける」と精神的に追い込む取り調べで無実を主張する気力をなくし、嘘の自白に追い込んでしまうのだ。

剣持警部の殺人では、被疑者の毒島に対して剣持が遺留品を突き付け、お前が犯人である証拠だと言った結果、毒島は絶望して自暴自棄となり、自分はやっていない殺人を認めてしまったのだった(しかも、実際には無実を示す証拠だったのだから皮肉である)。


さらにそこで「認めれば、刑が軽くなるってこともある」と言われてしまう。場合によっては、言われなくても自分でそう考え始める場合もある。
そうすると、被疑者はたちまち戦う気力を失ってしまうのである。

「必死に自分は無実だと言って重い処罰を受けるくらいなら、早く認めて軽い罪で済ませてもらった方がまだいいのかもしれない。」
「孤立無援で取り調べを受け続けるのももう疲れたよ…。」

結果、「私がやりました」になってしまうのである。
そして、こんなやり取りがあったとしても、調書に残るのは自白の部分だけ。脅されたこと、絶望させるような取調べをしたことは記録に残らない。
こうして絶望した被疑者は、事件が警察から検察に移って検察の取調べになっても、裁判になって被告人になったとしても、裁判所にも、しまいには弁護士にさえも私がやったということでいいと言い続けてしまう。
結果として、検察も裁判所も弁護士も冤罪に気付かないのだ。
例え後になって自白を翻しても「結局裁判になって、処罰が怖くなったからこんなこと言ってるんじゃないのか?」という扱いになってしまいやすいのである。
実際そういう被告人もいるし。

また、大人でも無実の罪を認めてしまう例は後を絶たないが、特に、未成年者や精神障碍者などは、言われるがままにハイハイと罪を認めてしまいやすい。
そのため、特に慎重な配慮が必要なところである。


「自白って危険なんじゃん!!」

その通り。自白というのは実は証拠として非常に危険なのである。
そのため、今の日本の憲法や刑事訴訟法は「どんなに信用できる自白があったとしても、自白しか証拠がないのに有罪にしてはいけない」というルールを定めている。
検察も、自白に頼らないで立証することを優先的に考え、例え自白があっても他の証拠があるかどうか、しっかりチェックするようにしている。
自白があるのに証拠不十分として裁判にしない、ということもある。

しかし、それでも虚偽の自白をとって冤罪になってしまった、という事件は後を絶たない。
裁判でこんな自白は信用できない、ということになり、他の証拠も不十分だとして無罪になる例もある。
そして、氷見事件の例を考えると実際にはもう諦めて有罪判決を受けてしまっている「本当は無実の人」も何人もいるのではないか?という可能性もあるのだ。


「何で警察や検察はそんな風に自白を取ろうとするの!?点数稼ぎでもしたいの!?」

警察や検察が手柄目当てで冤罪をでっちあげようとしているから虚偽の自白が発生する、と考えるだろうか?

ごくごく一部に例外はあるが、警察や検察は、基本的には善意で自白を取ろうとしている。
警察や検察は、目の前の被疑者を真犯人だと思っている。目の前で真犯人がやっていないと悪あがきをしているのを見たら、怒りがわかないか?
大きな事件があって、被疑者が否認していると報道されると、「犯人なのに否認している」という書き込みがあふれかえっている。
警察だって考えることは同じだ。

それに、犯罪の多くは被害者がいる。時には殺人のような重大な事件がある。犯人が分からないままでは被害者が浮かばれない。
目の前に犯人のような人がいるのに、それをしっかり追及しないで取り逃がしてしまったら、警察・検察として犯人の検挙を願う被害者や遺族、世間に顔向けができない。

そして、自白を取ってさらに証拠を集めれば、犯罪を確実に立証できる。もっと確実に立証したい。

自分のした罪から目を背ける犯人は、また社会に復帰して同じ罪を犯すかもしれない。
自白して自分の罪と向き合い、誠実に反省するのが犯人自身のためでもある。

警察や検察のこうした熱意は大切なことだ。
そういった熱意を原動力にして執念の捜査をした結果、他の証拠も出てきて間違いない犯人が検挙できました、という例も確かにあるのだ。
警察や検察が冤罪を出すことは許されることではないが、こうした熱意そのものまで批判することは、警察や検察の存在意義の否定になりかねない。
警察や検察がこうした取り調べを行ってしまうことは、仕事柄宿命というところもある。


「いっそ自白なんか取らないで、全部自白以外で立証できるようにしようよ!!」

確かに、自白は危険である。
信用できない自白に頼らず、その他の証拠で立証できるなら、自白に頼らない、ということは十分考えられるだろう。
実際、自白は信用できないから考慮しないが、他の証拠だけでも十分有罪だ、という事件もある。
しかし、決め手になるような重要な証拠は自白しかない場合もある。
また、自白を聞いて、自白で指示された場所を調べたら証拠が出てくるという場合もあるのだが、自白を取らないようにしたら証拠も出てこなくなってしまう。
特に、組織犯罪の黒幕の類の場合、捕まえた下っ端の自白しか証拠がない、という場合もかなり多い。

それによって組織犯罪の黒幕のような巨悪に逃げられては、社会全体の安全にもかかわる。
自白を使って犯人はお前だ!!ということもそれはそれで必要なことであり、自白がきちんと真実犯人だから行われた自白であると認定できるものであることが必要なのだ。

「それなら、どうやって虚偽の自白を防ぐんだろう?」

現在日本において進められているのが、取り調べの録音・録画。いわゆる「取り調べの可視化」である。
諸外国では取り調べが行われれば録音・録画が行われている。
日本でも導入しようという声が上がったが、検察や警察は「日本と諸外国では制度が違うのだから、外国の制度を理由に録音・録画が必要だというのはおかしい」と反論し、なかなか録音・録画が行われなかった。
それでも、現在、裁判員裁判の対象となる重大事件では取り調べは録音・録画されており、弁護側が取り調べで嘘を言わされた!!と主張してきても、これに対応できるよう検察も準備している。
しかし、取り調べの録音や録画が取り調べの一部にとどまっている件も少なくない。
そのため、日本弁護士連合会などは、完全な録音・録画をしておくべきだという主張をしている。

海外では録音・録画したテープに改ざんの痕跡があったという実例もある。
興味のある人は「マイケル・パルデュー事件」でググってみよう。アメリカの有名な冤罪事件である。
そのため、録音・録画をすれば全てが解決するというわけではない。

また、取り調べに弁護士を立ち会わせるべきだという意見もある。
今は取り調べに弁護士が立ち会うかどうかは、現在警察や検察の裁量に任せられており、基本的には認められていない。
そこに弁護士を立ち会わせることで、虚偽の自白に追い込まれないようにできるのではないか、という話もある。
だが、海外では弁護士が立ち会ったのに、取調べをした裁判官が弁護士を無視して冤罪になってしまった件もある。
弁護士が立ち会えばいいというものではないのだ。

「虚偽の自白と本当の自白ってどうやって見分けるの??」

どうしても自白なしでは処罰できない犯罪がある。でも自白は危険である。
そうすると結局は、虚偽の自白と本当の自白をどうやって見分けるか、という問題に行き着く。
実際、裁判で自白が信用できるかどうか争われることも多く、法律家や裁判員の間でもしばしば意見が分かれる件であり、これさえあれば確実に信用できる、というのはない。
一部が間違っているから全て間違いだ、とも言えない半面、一部の間違いくらいしか虚偽の自白を示す兆候もない。
下に掲げるのは、一例である。


犯行状況と一致しているか?


被疑者「私はAを殺しました。右手で包丁を使って心臓を一突きしました。」
鑑定医「Aの死体を司法解剖してみましたが、被害者は、ピストルで頭を撃ち抜かれて殺されていました。包丁の傷は一つもありません」

お分かりいただけるだろうか。「包丁で刺した」という自白の状況と「ピストルで頭を打ち抜かれた」という被害者の死因が全くかみ合っていない。
そうすると、被疑者の「包丁を使った」という自白は内容が間違っていることになる。こんなにあからさまな間違いの入っている自白は信用できない。

ただし、警察や検察もバカではない。捜査をするにあたっては必ず鑑定医に話を聞き、事前に調べておく。
そして、言っていることが違うな、おかしいなということになれば被疑者に問いただす。
被疑者は「警察の人がそう言っているのならそうなんだと思います」と認めてしまい、最後に出来上がった調書には客観的状況の通りの自白が書いてあるということがしばしば起こる。
客観的状況とあっていればOK、とも言えないのだ。


秘密の暴露があるか?


①の応用である。

被疑者「私は包丁でAを殺しました。遺体は●●川の✖✖のあたりに捨てました。」
警察「よし、では●●川の✖✖のあたりを洗い出せ!!」
警察「被疑者の言う通りの死体が見つかりました!!」

これだとどうだろうか。自白を信用できない場合がある大きな原因の一つは、警察が問いただした結果被疑者の言うことを誘導してしまうからだった。
もし警察が●●川の✖✖に遺体があるということを知っていたら、やはり誘導の危険が有る。
しかし、被疑者を誘導しようにも、警察が全く知らなかった事実については誘導しようがない。
こういう風に「警察が知らない犯人しか知りえない事実を犯人がしゃべり、後になって自白に基づいて調べたらそれが真実であると証明された」場合を秘密の暴露と言い、自白に強い信用性が認められる根拠となる。

ただし、川に遺体を捨てるというのは、別におかしな話ではない。都会だと、そこくらいしか遺体を捨てる場所がない、ということもある。
そうすると、犯人しか知らない事実ではあるが、犯人でなくてもあたりがついてしまう、ということもある。
なので、秘密の暴露があれば絶対安全という訳にもいかない。

調書の中身が真に迫っているか?


被疑者「私はAを殺そうと思ったので、台所に行って包丁を取ってきて殺しました。」

被疑者「私は、Aにルイズのフィギュアを壊されてしまいました。
苦労して買った限定品の毎日頬ずりするくらい大切なフィギュアなのに、絶対に許せない、殺してやるという気持ちがわきました。
そこで、あいつを殺すことのできる凶器は何かないか、と思いました。10秒くらい考えたところ、台所に包丁があったことを思い出しました。
そこで、私はトイレに行ってくると嘘をついて台所に行き、その包丁を取りました。
Aは包丁を見て驚いたようでしたが、構わず右手でAの胸めがけて包丁を突き出しました。
Aはルイズ!ルイズ!ルイズ!ルイズぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!! あぁああああ…ああ…あっあっー!と言いながら血を吐きだしました。
5分くらいビクビクしていましたがやがて動かなくなりました。」
 

二つとも「Aを殺しました」という自白だが、どっちが信用できるだろうか?
本当に自分が体験したことなら、「○○しました。」で終わることはなく、その時の感情の動きや、見て感じたことをしっかり話せるはずだろう。
詳細に、真に迫ったことが言えているかどうかということが大事なのである。

もっとも、真に迫ったことなんて、誰でもそれっぽいことを言えるという意味もある。
それっぽいことがどこまで本当かなんてわかる場合の方が少ない。
真に迫ったことを言っているから信用できるというより、真に迫っていない自白を信用できない、と考えたほうがいいだろう。

言うことが途中から変わってないか?


逮捕直後「私はやってません!何かの間違いです!」 
3日後「私が殺しました。」
10日後「やっぱりやってません!」 

犯行の時、犯人は興奮していたりして、正確に覚えていないことがある。
思い出したり、証拠を見た結果として言うことが変わったとしても、それだけで全て信用できないという訳ではない。
しかし、殺したか殺していないかというとっても重大な、忘れたり記憶違いのしようがない根っことなる事実について言うことが変わっているとなれば話は別。
どれを信用していいのか、あるいはどれも信用できないのかわからない。そうすると、自白も信用できないということになるのである。






これからも、大きな犯罪で被疑者が逮捕されたと報道されるたびに、被疑者が犯行を認めているか、認めていないかは報道されるだろう。
しかし、認めていると言っていたとしても、自白というのは危険なものでもあることをくれぐれも忘れないで欲しい。
もしかしたら、あなたもいつか裁判員として、被告人の自白を信用できるかどうかを判断させられるかもしれないのだし・・・



自白に気を付けて追記・修正をお願いいたします。

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