海を見る人

登録日:2016/06/29 (水) 05:00:00
更新日:2018/03/27 Tue 19:26:37
所要時間:約 8 分で読めます









時が経てば、人は変わる。変わらないものを求めてもそれは空しいばかり。

変わらないものには永久に手が届かない。

先生は不思議な事ばかり言うのね。もし変わらないものがあるとするなら、それはいつかは手に入るはずよ。

だって、それはいつまでもそこにあるんだから。

君がそう思うのなら、一つ話をしてあげよう。

永遠の愛に包まれた少女の物語を。









概要

『海を見る人』とはハヤカワSFシリーズ Jコレクションから発売されている短編小説集、およびそれに収録されている表題作。
著者は『酔歩する男』『脳髄工場』『AΩ 超空想科学怪奇譚』『ウルトラマンF』『アリス殺し』等で有名な小林泰三
表紙イラストは鶴田謙二が担当されている。


第10回S-Fマガジン読者賞国内部門受賞している。

本作は「美少女が空いっぱいに広がっている」というイメージから作られたという。


同時収録作品に『キャッシュ』『時計の中のレンズ』『独裁者の掟』『母と子と渦を旋る冒険』『天獄と地国』(後に長編小説化)『門』がある。


本作、および他に収録されている作品群はハードSF小説に分類される。
ただし『高度に発達した科学技術は魔法と区別がつかない』という言葉があるように、
作品群は知識がない人が読む場合、単なるファンタジー小説として読めるようになっている。

しかしSFレビュアーの向井淳が本作は計算SFと述べているように電卓を片手に読む事で、本作を裏まで楽しめる。
物理学などに詳しい人が本作を電卓片手に読むと、作品群に起きる不思議な現象を厳密に計算して説明出来るらしい。

本来なら作中に起きる現象の計算式まで説明したい所だが、残念ながら建て主は物理学に詳しくないので是非『海を見る人』で検索してほしい。
作中の現象について詳しく解説しているサイトが見つかるはず。

因みに『長門有希の100冊』に選ばれている。



登場人物

  • 主人公
山の村に住む本作の語り手。
硬派な少年でありナンパをするのは恥だと思っていたが、13歳の時にカムロミに一目惚れをした事でその考えを改める事に。
そしてカムロミに声を掛けた事で彼の人生は狂ってしまう……。


  • カムロミ
浜の村に住む本作のヒロイン。15歳。
透き通る白い肌に大きな瞳をした美少女。
夏祭りに来た際に年下の主人公にナンパされ、彼を面白い人と感じたため仲良くなり、来年もまた会おうと約束するが……。

一応本作の主人公。
本作のストーリーは彼が語り手から話を聞く形で進む。
そのため本項目では語り手の事を主人公と称する事にする。


用語

  • 山の村
主人公が住む村。年に一度夏祭りがあり、浜の村の者も参加する。
黒い海から250キロ離れているため時間の流れが浜の村に比べると早い。
この時空変換のおかげで山の村から浜の村を見ると、上下に押し潰された様に映るため高いビルは歪んでいるように見える。
山の村から浜の村までは二十倍村・五倍村と呼ばれる二つの宿があり、それぞれに泊まる事で行き来する事が出来る。
つまりは2日程度の道程だが、前述の時空変換のせいで、
山の村から見ると山を降りるにつれ速度が遅くなり、結果的に旅立った者は40日で浜の村に到達するように見える。
そのため山から浜へ行く者は小旅行のつもりでも往復40日掛かるうえ、浜の村に2日ほど泊まりでもしたら一年間は山の村を留守にした事になってしまう。
そのため山の村から浜の村へ旅行に行く者はいない。

  • 浜の村
黒い海の100キロ手前の浜にある村で、そのため時間の流れが山の村に比べ遅い。
向こうから見た場合、向こうの1mはこっちでは100mに引き伸ばされているように映る。
山の村とは違い、山を登るにつれ細長く素早くなるため往復にかかる時間は1日程度。
さらにいくら山の村に滞在しても十数分しか帰る時間が延長する事がなく、二日間の休暇があれば山の村で一ヶ月はのんびりと過ごす事が可能。
山の村では一年に一度の夏祭りも浜の村にとっては週に二度あるイベントに過ぎず、浜の村の方が夏祭りを身近に感じている。

そのため浜の村から山の村へ行く者は多いが、旅費がバカにならないうえ、
裏返すと人より早く老けるという事なため、女性はなかなか行きたがらない。

浜の村に比べると重力が重く、二階の窓から下にいる人を覗くと小さく太って見える。
また一階に比べ二階の方は時間が早く進むため、急ぎの仕事がある時、勉強しなければならない時、睡眠不足の時は二階にいると効率がいい。
一見すると便利だが、4階建てに住んでいた女の子は4階で閉じこもって勉強した結果、成績は良くなったが同年代に比べ老けてしまったらしい。

  • 遠眼鏡
この世界の住人は適応の関係で『超光』を感じる事が出来るようになり、
光と音しか認識出来なかった頃より世界を正しく認識できるようになった。
超光には種類があり高エネルギーを持つものは通常の光と同じ運動をし、人間が認識出来るのはエネルギーをほとんど持たない超光のみ。
遅い超光は重力のせいで遠くへ行けず、早い超光はまっすぐ進むので遠くを見えない。
しかし丁度いい感じの超光なら空から見下ろす感じで、遠くの景色をみる事が出来るらしく、この遠眼鏡はそれを利用している。

  • 黒の海
この世界の海。この海に近いほど重力は重く時間の流れが緩やかになる。
つまりはこの海は超重力の塊であり、これはブラックホールの事だろう。
要するにこの世界はブラックホール周辺に住む人間の物語なのだ。






以下ストーリーのネタバレのため注意!











夏祭りの日、ナンパに成功しカムロミと仲良くなった主人公だが、彼女の父親のせいで少しの間しか会話する事が出来なかった。
別れ際「来年に会おうと」と約束をした。
されど次の年、カムロミは夏祭りにやって来なかった。
主人公は落ち込みつつも浜の村の者に聞き込みをして情報を得た所、父親が厳しいので今回は来られないのでは?という情報を得る。

考えて見ればカムロミと会って一年以上だが、向こうからすればほんの4日程度。
それで直ぐに旅行に行こうなどと、厳しい父親なら言い出すはずがないのだ。


もはやカムロミの事で頭がいっぱいな思春期の主人公は遠眼鏡を買い、浜の村を覗いてみる事にした。
浜の村は時間の流れのせいで人間は止まって見えた(山の村の半日が向こうでの数分なため)
主人公は毎日朝と日暮れに見た光景をスケッチブックに描く事で、浜の村の人間の様子を知り(パラパラ漫画の要領で)、そこからカムロミを探し出す事にした。

ある日の事、なんとかカムロミを見つけたため、学校をサボってまで停止状態の彼女を連日見ていた。
しかし3日目の事、彼女が遠眼鏡を目に当て、こちらを見ていたのだ。
時間の流れが速いこちらを向こうが視認するのが難しい……それでも、なんとなく自分が恥ずかしい存在に思えて主人公は逃げ出した。


そして次の年の夏祭りで彼女と再会した。
この年も朗らかな会話が続き、それはそれは主人公にとって素晴らしい時間であった。
その別れ際に彼女は主人公が着ている法被を借りたいと言い出した、それは山の村において求愛を意味する。
主人公は茫然としていたが、彼女はまた次も来るから、来年か再来年かは不明だけど……と、言い残して浜の村へと帰った。


ある日の夜主人公は家族にも伝えずに浜の村へと急いでいた。何故なら再来年になっても彼女が来なかったからだ。
好きな人に会いたい……その気持ちを胸に、生まれて初めて山を降りていたが何しろ初めてやって来る場所。
気が付いたら遭難してしまい、結局父親に連れ戻されてしまった。

父親は「二人は子供なのだから、親の元で大人になるまでは恋愛はしてはならん」と告げる。
しかし主人公が大人になったとしても彼女は子供のまま……彼女が大人になるのを待てば主人公は老人になってしまう。


お前は子供なんだ。仕方ないんだ。……諦めろ。





数ヶ月くよくよしていた主人公だったがとある妙案を思いつく。
それは大人になったら浜の村に移住する事だった。それならば彼女と年に差が出来るが、山の村にいるよりかはその差が少なくなる。
主人公は彼女を見ると切なくなるからとして遠眼鏡を封印し、大人になる日を楽しみに過ごしていた。


しかし――




その一方、浜の村ではカムロミの両親が彼女を夏祭りに行かせる事を阻止していた。
両親は娘を山の村へ行かせると、娘があっという間に自分達の年齢を超え、そして自分達を置いてこの世を去ってしまうと考えていたのだ。
それを拒む娘に対し父親はもう数年経過しているのだから、主人公も既に娘の事を忘れている。
あの男は娘を遠眼鏡で覗いていた。それが今でも続いているのか? 続いていないのならそれが証拠だと言う。


カムロミは図星をつかれた事もあって怒って家から飛び出して行った。
だが、事故かそれとも故意だったのか……彼女は運河へと落ちてしまった。


発見された時は既に海に運ばれており、彼女は海面に落下している最中に停止していた。
話によればカムロミの視点で見れば海面に落ちるのは一瞬の事なのに、彼女の一呼吸が山の村の1世紀に、浜の村の1年に相当するという……。
つまりそれだけ海面近くの時間の流れは遅いのだ。村とは比べ物にならないほどに。


もはや助けることは不可能な状態であった……。



それから数十年後――




老人となった今でも主人公は遠眼鏡で停止状態のカムロミを見続けている。
彼女の後追って海に向かって飛び込んだとしたら、彼女がいる時間の流れに取り込まれるという事であり、そうなれば彼女は即座に海面に落ちてしまう。
しかし主人公が海岸にいる限りカムロミの時間は凍ったままなのだ。それも美しい姿のままで……。
だから主人公は少しでも長くカムロミを見続けるために山の村に住み続けている。

例え変人扱いされようとも……。





私の一生は幸せでした。ごらんなさい。

カムロミは永遠に私の法被を着続けてくれるんですよ。









追記・修正お願いします。

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