酔歩する男

登録日:2015/07/30 Thu 13:49:32
更新日:2024/06/20 Thu 00:50:47
所要時間:約 11 分で読めます








物語を聞いたからには、その物語の語り手は実在しなければなら――








概要

『酔歩する男』とは小林泰三氏の短編小説。短編集『玩具修理者』に収録されている。

『時間』と『タイムトラベル』がテーマのホラー作品だが、その実SF小説の傑作となっている。

元ネタは万葉集にも歌が残されている「菟原処女(うないおとめ)伝説」であろうか。
美しい少女、菟原処女を巡って菟原壮士(うないおとこ)血沼壮士(ちぬおとこ)が争い、
嘆き悲しんだ菟原処女がついには自殺してしまうという悲しいお話である。
この血沼壮士は詠んだ人や土地によって智弩壮士(ちぬおとこ)とも小竹田丁子(しのだおとこ)とも血沼丈夫(ちぬのますらお)とも呼ばれる。

また、菟原処女伝説は現在でいう兵庫県の話だが、このような、
「二人の男が一人の女を取り合い、最後に女が死ぬ」という話は全国に残っており、
例えば千葉県には「真間手児奈(ままのてこな)伝説」と呼ばれる話があり、『雨月物語』の「浅茅が宿」ラストで引き合いに出されている。

所々にクトゥルフネタが散りばめられている。
(例えば作中で上映されている映画のタイトルが「アット・ザ・マウンテン・オブ・マッドネス」等)


登場人物

  • 血沼(ちぬ) 壮士(そうじ)
主人公。誕生日は11月28日。AB型。
馴染みの店にどうしても行けない時があると言う秘密を抱えている男性。
道を間違っている訳ではない、何度も通っている、それでも時々辿り着けない。
一軒一軒店を確認しても存在しない……そんな悩みを抱えている。
ある時出会った男との談笑で真実を知り恐怖してしまう。

  • 小竹田(しのだ) 丈夫(たけお)
この物語の語り手。
血沼の親友だが血沼の事を知らないと言う、謎多き浮浪者の様な男。
実は意識だけがタイムスリップしているタイムトラベラーだった。

  • 菟原(うない) 手児奈(てこな)
小竹田曰く、大学院時代に親友・血沼と取り合った事があると言う女性。
童顔でスタイルも決して良くはないが不思議な魅力を振りまいており、小竹田と付き合っていても他の男によくナンパされていた。
趣味は石の匂いで地理に疎い。
未来の事を過去として知っていたり、味を色として認識したりと不思議な所があり、そんな所に小竹田と血沼は惹かれていった。
そんな手児奈が事故か自殺か……突然死んだ事から悲劇が始まる。

また小竹田曰く、二人が脳の処理を受けた時、その瞬間に生まれた歪んだ存在こそ手児奈だと言う。
原因と結果、そんなものは脳が生み出す幻想に過ぎず、因果律を超え、時間に広がるように存在する存在だと確信したらしい。

用語

過去や未来に行くと言った時間移動の事。
本作品においてはタイムマシンや巨大装置、特殊能力の獲得は必要ない
必要なのは粒子線癌治療装置だけで、むしろ能力の欠如として扱われている。
血沼は時間感覚障害者のデータを元に研究した結果、時間の流れを正しく感知する器官が脳に存在する事を突き止める。
この器官は「時間を認識する能力」「時間を制御する能力」「波動関数を再発散させない能力」を司っており、
これがある限り生命体は時間を正しく認識できる。それはまるで三半規管が重力を認識するように。

しかし実際には三半規管に何かあっても視覚等の別の感覚がフォローしてくれるように、
知識や経験が時間の流れを無意識に捉えてしまうので、意識がある限りタイムスリップしない。
裏返せば意識を失えば強制的にタイムスリップが発動する

また実は時間は連続体どころか点の集合体だった(別作品の某未来人の言葉を借りると時間はパラパラ漫画のようなもの)
時間と時間に連続性はなく、脳は混乱しないように時間に順番付けをする事で、時間を連続体だと錯覚させていた
……つまり5月14日の翌日は5月15日だと当たり前に信じていたが、 実は14日の次はどこかの時間帯だったと言う事だ。20日かもしれないし、4月15日かもしれないのだ。
通常は14日と15日が独立しており、それとは別に意識も独立している。
脳は正しい時間の流れを感知してからその時間の意識に接続し統合する。

しかしタイムスリップするためにそれが壊れてしまったため、意識の接続先が分からなくなってしまう。
そこで脳は「まぁこの辺の時間帯が正解かな……」と適当に接続したためランダムに別の時間軸に飛ばされる。
しかし飛ばされた先にもタイムトラベラーの意識は存在し、その時間軸までの時間帯のタイムトラベラーにも意識は存在している。
そのためタイムトラベラーは意識不明状態になる事はないが、ただ現在のタイムトラベラーが今までの意識とは繋がっていないだけ。つまり実質記憶喪失。

たとえ過去に飛ばされ未来を変えたとしても、また過去に飛ばされれば波動関数が発散しなかった事になる。
だからと言って日々を適当に過ごせば、未来に行った場合適当に過ごした未来になってしまう。

しかも死のうと思っても、とはつまり意識を失う――つまり、タイムスリップするだけなので絶対に死ねない


以下ネタバレのため注意!!





俺は何だろう?

あなたは犠牲獣。

何故、人は安心していられるのだろう?

波動関数が収束するから。

俺を苦しませる物は何?

それは運命。でも、本当は違う。

何故、人は希望を捨てられないのか?

波動関数が発散するから。




































君は誰だろう?

私は手児奈。




余談

クトゥルフ神話を題材にしたアンソロジー作品『超時間の闇』に掲載された同著者の短編小説『大いなる種族』において、
時間軸から解放された血沼が事の顛末を論文としてまとめあげていたことが語られている。
どの意識の血沼が書いた論文なのかは不明だが、確かに存在していた筈が後に消失しており、
どうやら処置を受けた血沼と小竹田同様にかなり不安定な存在だったようだ。

血沼の論文からインスパイアを受けた同作の主人公の科学者は
「情報流入を制限する役割を持つ脳の部位を一時的に麻痺させることで、短時間で大量の情報を注入出来るのでは?」と仮定。
『対人間収量情報技術実験装置』なるものを開発し、実験を行うのだが……。


また、同著者のミステリーシリーズ、〈メルヘン殺し〉シリーズの三作目『ドロシイ殺し』では大学生の血沼と小竹田が登場している。
こちらでは同じ大学に通うドロシイという女性を巡って三角関係になっており、世界が変わっても中々難儀な星の下に生まれている様子。
しかし物語の終盤、ドロシイは誰も予想だにしなかった事実を告げる。


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最終更新:2024年06月20日 00:50