かしこいタヌキ

登録日:2023/10/26 (木曜日) 11:00:00
更新日:2025/02/13 Thu 20:56:04
所要時間:約 11 分で読めます




画像出典:朝鮮新報
23年8月21日の記事、23年11月2日閲覧
https://chosonsinbo.com/2023/08/21-150/


かしこいタヌキ(령리한 너구리)』とは、朝鮮4.26漫画映画撮影所が制作する北朝鮮の児童向けアニメーション作品。1987年から2024年現在までに82話が制作・放送された。


◆概要


主人公のタヌキが科学知識を用い、友達に勝ったり生活の中の問題を解決したりする、北朝鮮の教育アニメ。全話が1話完結型のオムニバス形式である。

北朝鮮では人気が高い作品。子どもはもちろん、長寿アニメなので大人にも人気がある。
日本でいうドラえもんに近いポジションの作品かもしれない。

やたらヌルヌルと動く作画、普通にためになる科学知識解説、ケモナーホイホイの魅惑的な動物キャラが多数登場する等の理由から、海外にも固定ファンが存在する。

朝鮮語タイトルの読みが「リョンリハン ノグリ」であることから、ニコニコ動画などでは空耳の「料理はノグリ」等の愛称(?)で親しまれている。

第1話制作が1987年とかなり歴史ある作品だが、制作は断続的であり、常時新作が放映されているわけではない。

オープニングテーマ曲は「다정한 동무(親しい友)」で、アレンジされながらも初期から一貫して使われている。オープニング映像は、第2話~第46話までが初代*1、第47話~第63話までが2代目。

2021年秋、金正恩体制になって以来初の新作となる64話以降の制作が発表された。64話からはオープニング映像が3代目のものにリニューアルされ、アスペクト比も19:6となっている。


◆海外での放送


本作にはプロパガンダ的内容が含まれておらず、純粋な児童向けアニメである。
そのためイタリア、フランス、サウジアラビア、旧ソ連の国々など、諸外国でも放送されたことがある。英語吹き替え版も存在する。
南北関係が良好であった2000年代前半には、韓国でも複数の地上波テレビ局が本作を放送した。

また、なんと公式の日本語字幕版が存在する。
これは、北朝鮮のラジオ国際放送「朝鮮の声」日本語版ウェブサイトにて公開されている・・・
が、このサイトは非常に接続が不安定であるうえ、一定期間が経過したものは公開が終了されるため、率直に言って使いやすいものではない。

上述した「朝鮮の声」公式サイト以外だと、祖国平和統一委員会*2の公式ホームページ《우리 민족끼리》(わが民族同士)からも本作を正規の方法で視聴することができる。
こちらは比較的接続が安定している。
ただし、日本語字幕版は配信されていない。
2024年1月、北朝鮮は公式に「南北統一」の目標を放棄した*3。これに伴い北朝鮮は、「大韓民国は敵国であり、韓国人は同族ではない」とみなす方針を固めた*4ため、対南情報発信サイトという位置づけであった《우리 민족끼리》は閉鎖されてしまった。

海外では本作を収録したVHSやDVDが何度かリリースされているので、そちらを購入して視聴する方法もある。

◆各話の基本展開


大きく分けて2つのパターンが存在する。

勝負
メインキャラクターであるタヌキ・クマ・ネコの3人が

「誰が一番早く地面に直立する竿の高さを測定できるか競う(2話)」
「池の中に咲いている蓮の花を争奪する(3話)」

などといった謎の「勝負」を行う。
クマやネコは純粋な身体能力で優勝を狙うものの、科学知識を応用するなどして頭を使ったタヌキが最終的に勝利する・・・というのがお約束。


その他
上記した勝負以外の内容の回。
タヌキ・クマ・ネコの3人組が行く先々でトラブルに見舞われるも、タヌキが科学知識を応用した打開策を考え出して問題解決・・・というパターンの話が最近は多い。

「コンテナの隙間に落としてしまったチケットを拾い上げる(72話)」
「おやつの積まれたトラックを強奪したオオカミたちを成敗する(53話)」
「ある惑星を隕石衝突の危機から救う(60話)」など。

初期は「クマとネコがやらかした結果、騒動が発生。それをタヌキが解決する」という某狂育アニメみたいな展開のエピソードも多かった(8話、18話、22話など)。



最初期はメインキャラ3人が勝負を行う回がほとんどであったが、制作話数が増えるごとに勝負以外の回のバリエーションも増えてゆき、現在では3人の勝負はたまに行われる程度である。


◆登場キャラクター


タヌキ(너구리, Neoguri)
主人公。
ぽっちゃりした体型であり、運動神経も悪いタヌキの男の子。
しかし持ち前の頭脳を生かし、あらゆる難関を切り抜ける大活躍を見せる。

身体能力が低いため、勝負では序盤で苦戦することが多いが、終盤では科学知識を応用した作戦によって必ず逆転する。

勝負以外の回でも、頭を使って数々の問題を解決する。

「航海中に子どもたちだけで無人島に漂着してしまう⇒自作電池で無線機を起動させ救助隊に連絡(54話)」

「動滑車を使って巨大岩を持ち上げ、民家を崩壊の危機から救う(68話)」など。

たまに「そうはならんやろ」な方法で強行突破してる回もあるのは内緒である



クマ(곰, Gom)
力が自慢の腕白な少年。タヌキの友達である。

「力はあるが頭は良くない」というのが基本的なキャラクター像。
特に初期のエピソードにおいては、タヌキのやられ役で間抜けなキャラクターという印象が強かった。

勝負では序盤に力技でタヌキを出し抜くそしてタヌキを煽りまくるものの、終盤でタヌキに逆転されるのがテンプレ。

ただし勝負に負けても、素直にタヌキを称えたり、自身の無計画さを恥じたりもするため、決して悪い子ではない。

近年制作されたエピソードにおいては、力持ち大会で決勝に進出する(68話)、過酷なマラソン大会で優勝する(73話)など、パワー系キャラクターとして真っ当な活躍をしている。



ネコ(야웅이*5, Yaung-i)
タヌキの友達。

身体がしなやかで動作も俊敏であるため、勝負では序盤にタヌキを出し抜くそしてタヌキを煽りまくるものの、終盤でタヌキに逆転されるのがテンプレ。

こちらも初期のエピソードにおいては、(クマほどではないが)やられ役という印象がやや強い。

現在は、女児の憧れヒロイン枠として真っ当に活躍している。

メインキャラクターの中では紅一点の女の子・・・なのだが、初期の一部エピソードにおいては、男の子として扱われる場合もある。設定が固まっていなかったのだろうか?

なお、公式設定が女の子として固定されたはずの現在においても、公式日本語訳版における一人称は「俺」であり、他のキャラクターに「ネコ兄さん」と呼ばれたこともある*6恐らくただの誤訳である


◆主なエピソード


近年制作されたエピソードを中心に紹介する。


◆北朝鮮のアニメについて


日本では、北朝鮮のアニメと言えば、反米をテーマとした「鉛筆砲弾」などの作品が有名である。
それゆえ、「日本帝国主義者と米帝侵略者を地上から一掃しよう!百戦百勝労働党!偉大な首領・金日成同志万歳!」みたいなノリのアニメばかりではなかろうかと想像する人もいるだろう。

しかし、このような露骨なプロパガンダ要素がある北朝鮮のアニメ作品は、実はあまり多くない
むしろ、学校の道徳の時間に見せられたような、ちょっと懐かしいかつ若干説教臭い感じの教訓系の作品がかなり多い
善行をすると綺麗な鈴の音が響く「방울소리(鈴の音)」、交通安全教育アニメ「교통질서를 잘 지키자요(交通秩序をよく守りましょう)」等々・・・。

これは、北朝鮮では「アニメーションという媒体は、実写映画と違い、大衆の政治的教化に向かない」と考えられ、子ども向けに特化して制作されてきたからである。



あの金正日*9が1973年に発表した映画理論書「映画芸術論*10」によれば、北朝鮮の実写映画(芸術映画)は、基本的に

時代の本質と歴史発展の合法則性を体現した典型的な生活要は北朝鮮基準のポリコレを体現した生き方を、深くリアルに描きだすこと」

が最重要であるとされている。 
このため北朝鮮の実写映画は、政治的題材を扱ったものが多く、反日・反米、社会主義革命といった内容もがっつり含まれている。


しかし金正日は、アニメーション作品は実写作品と比べ、動きや表現が戯画的になりがちであると考えていたようだ。
「革命闘争や抗日戦争を直接的に取り扱ったアニメーションを制作すれば、かえってそれらが茶化され、矮小化されてしまう」と考えた金正日は、
1972年6月13日の談話「児童映画創作事業で革命的転換を起こすことについて*11」にて、
アニメーションは
「子どもたちの心理的特性を考慮して、童話や寓話を原作とし、擬人化、誇張、対比などの手法を用いて製作する」よう教示した。*12

それ以降、北朝鮮では、擬人化された動物キャラクターを通じて描かれた、寓話形式の、教養や道徳をテーマとした子ども向けアニメが長らく主流となった*13
「かしこいタヌキ」はそうしたアニメの代表的存在ともいえるだろう。


◆余談


  • 朝鮮新報の記事によれば、「タヌキが知恵を使って競争に勝つ」というコンセプトを生み出したのは、本作の実質的なプロトタイプである単発アニメ作品『タヌキの高さ測り(너구리의 높이재기)』にて脚本を担当したキム・ヨングォンである。キム・ヨングォンは、自身が幼少期に触れた童話・寓話に登場するタヌキはどれも「お腹が出ていて、木登りもできない」という否定的形象をされていたことから、「たとえ木登りが下手で走るのが遅くとも、知恵を使って他者のできないことを成し遂げる」タヌキのキャラクター像を思いついた旨を語っている。

  • 朝鮮中央テレビ*14では、基本的に「児童放送時間(아동방송시간)」という各種子供向け番組の放映枠において、本作も放送されている。時間帯でいえば17時台のことが多い。

  • 北朝鮮には、本作のキャラクターグッズも多数存在する。
    朝鮮中央通信*15の記事によれば金正恩は、2014年に平壌靴下工場を視察した際、本作の登場キャラクターをデザインした子ども用靴下を生産するよう現地指導している
    同通信は他にも、本作キャラクターの描かれた通学用カバン、ノート等を紹介したことがある。
    朝鮮中央テレビの報道番組で流れた新義州かばん工場の紹介映像には、本作のヒロイン・ネコの顔を模した生首みたいなリュックサックが映っていた。



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最終更新:2025年02月13日 20:56

*1 第1話にのみオープニングが存在しない。

*2 北朝鮮の対南交流窓口。

*3 金正恩は「我が国の民族の歴史から『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に取り除く」と宣言した。これは曲がりなりにも「朝鮮半島の統一」を目標として堅持してきた朝鮮半島分断以後の国策を180°転換するものであり、各方面に衝撃が走っている。

*4 既存の歌謡等からも、統一を示唆する表現・韓国人を同胞と見なす表現などが削除され、別の歌詞に置き換えられる事態が起きた。朝鮮民主主義人民共和国の国歌『愛国歌』の歌詞変更が代表例。

*5 ネコを意味する北朝鮮の幼児語。

*6 65話に出てくるブタの台詞「야웅이형하고 너구리형이다」の訳において。”형”は、現在の韓国においては「お兄さん」の意味で使われることがほとんどだが、もともとは男女共用であり、女性に対して”형”と呼びかけることもあった。

*7 本作においては、メインの3人組をはじめ、多くの子どもキャラクターが普通に自家用車やモーターボートやヘリコプターなどを運転している。

*8 本話は1970年代後半に制作された単発作品「タヌキの高さ測り(너구리의 높이재기)」を基にして作られた。「タヌキの高さ測り」は、事実上「かしこいタヌキ」のパイロット版であるため、本話が事実上の第1話であると考えることも出来る。

*9 当時の肩書きは党中央委員会書記であり、朝鮮労働党の宣伝・扇動も担当していた。

*10 朝鮮語表記は「영화예술론」で、8章から構成される。単に映画に関する理論書としてだけでなく、生活と芸術の基本関係を規定した理論書として、北朝鮮では非常に重要視されている。ちなみに抄訳ではあるが、日本語版が存在する(邦題:「人間の証し」)。興味のある人は図書館で探してみるのも良いだろう。

*11 朝鮮語表記:「아동영화창작사업에서 혁명적전환을 일으킬데 대하여」。金正日全集18巻に収録。

*12 ただし、原作となった童話が、最高指導者たる金日成が自ら書いたものであるというケースも多い。また、党や国家が定めた方針に従い計画生産方式で制作されているという状況は、実写映画と何ら違いはなく、決して北朝鮮アニメが同国の政治と無関係であるわけではない。

*13 ただし金正恩体制になってからは、この傾向にも若干変化が生じている。2017年~放送の「高朱蒙(고주몽)」や、2023年~放送の「好童王子と楽浪の姫(호동왕자와 락랑공주)」等は、歴史をテーマとした作品であり、以前の北朝鮮アニメと比べて対象年齢層も明らかに上がっている。また、朝鮮中央通信等の北朝鮮メディアにおいても、「朝鮮のアニメは大人にも人気がある」といった内容の記述が増えている。

*14 北朝鮮の国営テレビ局。

*15 北朝鮮の国営通信社。