SCP-6368

登録日:2023/11/14 Tue 21:53:22
更新日:2025/04/21 Mon 12:15:50
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SCP-6368はシェアード・ワールド『SCP Foundation』に登場するオブジェクトである。

オブジェクトクラス……もとい、収容クラス/副次クラスはそれぞれ、Esoteric*1Thaumiel
一般大衆への影響力を示す攪乱リスクと、オブジェクトの危険性を示すリスククラスについては、どちらも最低レベルのDarkとNotice。
色々と危険性を抱えているものも少なくないThaumielの中でも珍しい、安心安全に運用できるタイプである。

項目名は「お先真っ暗な仕事(原題: Dead-End Job)」。

特別収容プロトコル

そこまで危険ではないこともあってか、全部で4文と結構短め。

SCP-6368は財団の亡霊部門(Department of the Departed)で引き続き雇用され、カバーストーリーと収容プロトコルの有効性の確認のため、業績評価という体で四半期ごとにインタビューを行う。
この雇用はもちろん収容の一環であるのだが、重要なのは収容のために雇ったのではなく、「引き続き」という一言。
つまりこのオブジェクトは、現行のプロトコルが定められる前から亡霊部門に所属していたのである。そしてその責務を最大限に遂行できるようにするため、亡霊部門は紙媒体での資料庫を維持しなければならない。

最後の一文はこうだ。
「SCP-6368に対して彼のSCP分類や死を通達することは認められません。」

……お察しの方も多いと思うが、説明に移る。

概要

SCP-6368とは、1957年にサイト-59で事故死したクリストファー・ヘザース秘書官の霊魂である。
生前は亡霊部門の中でも古株の、真面目だが堅物すぎない事務員だったようだ。ある日彼はファイルの運搬中に靴紐を踏んでつまづき、その拍子に硬い木材の床に頭を打ち付け、亡くなってしまった。
しかしどういうわけか、死亡から約8分後に遺体が仄かに輝き、半物理的な存在……物に触れられる幽霊となったようである。
なお、物体に干渉することはできる一方で、自分の遺体を認識することができないらしく、起き上がった直後は大した動揺もなく、落としてしまったファイルを拾い集めていた。
以来、ヘザースはなぜか昇天せず、現世に繋留されている。

この事故は日曜日の夜、なおかつ人通りの少ない場所で発生したためにすぐには気づかれず、彼の死と霊体化は、翌朝に同僚がヘザースの肩を叩こうとしてすり抜けたことで偶然発覚した。
同僚は冷静に機動部隊を呼び、ヘザースは自分の死や現状を把握しないまま、局所的な収容違反からの避難という名目で収容室に護送された。

Eidolonクラス

現在のヘザースは「Eidolonクラス幻像(phantasm)」というものに分類される。その性質を乱暴に言ってしまえば、生前の見解と記憶が存在の要となり、生前と非常にそっくりな気質と資質を持っていること。
業務中に亡くなったヘザースの霊魂は、事務員としての技量や知識をそのまま保持しており、仕事への意欲も旺盛であった。
元記事から引用すると「非常に几帳面で、亡霊部門の慣行を熟知し、秘書的な業務をこなすにあたって極めて有能な状態を維持」しているのである。

また、肩を叩こうとした同僚のように、生物や動的な物体と物理的に接触しない限りは幽霊であると気づかれにくい。
おまけにヘザースが生きていると認識している人間は、カメラ越しでは彼の体が半透明に見えても、肉眼ではそうは見えない。

これらの情報が裏付けられた末、亡霊部門は既存の契約に基づいてヘザースを秘書官として雇い続けることに決めた。
無論、当人には死んだということを知られないよう、先述の「局所的な収容違反」で未知のアノマリーに汚染されたため、生きている存在との接触を避けなければならない、というカバーストーリーを用意した。

こうしてヘザースは古株の一職員から、亡霊部門の業務についての膨大な知識と底なしの意欲で雑務をこなす存在となったのである。
……幽霊であるために、一切の休息も療養も休暇もない、文字通りの不眠不休で。

その働きは地味ながら目覚ましいものであった。影響範囲が財団の一部門に限られているとはいえ、Thaumielに分類されるほどに。

亡霊部門の依存、霊体の保存

さて、ヘザースの死去から30年弱が経った1984年。財団にも「部門間近代化促進運動」として、デジタル化の波が押し寄せつつあった。しかしながら、亡霊部門はその波に乗るわけにはいかなくなった。
半物理的な存在であるヘザースは、生物や動的な物体には触れられないのだが、なんと電子機器の性質がこの「動的」という部分に引っかかり、ヘザースは電子機器に触れることが極めて困難であることがわかったのだ。
記録の維持、編成、管理といった雑務を、休みなく一手に担うヘザースに代わる人材など、デジタル技術の助けを借りられたとしても存在するはずがない。
財団は費用便益分析*2を行った末、ヘザースの地位は「ほぼ代替不可能」と判断。彼への極端な依存にも目をつぶるという結論を出した。
結果、亡霊部門の資料庫のデジタル化作業は中止となった。

そうなると次に問題となるのが、ヘザースの昇天を防ぎ、現世に繋ぎ止める体制の確立である。財団が職員や一般人に対して冷徹な判断をするのはよくあることだが、相手が死んでいようとそれは変わらない。
どこまでも開き直ってヘザースをこき使う方針を固めたのなら、猶更だ。

新たに就任したサイト管理官は、ヘザースに自身の死を悟らせず、かつ彼を現世に留めるために必要な手立てを探るべく、定期インタビューの実施を指示した。……が、あまり決定的な情報は得られていないのが実情である。
記事には1992年の秋に実施された業績評価、もとい定期インタビューの一部が抜粋されている。

SCP-6368: 私は様々な意味で、こう、これを趣味だとも考えているんだよ。

ライリー: そうなのか?

SCP-6368: そうとも! ここでの仕事には大きなやりがいを感じる。部門のために – 部門と共に働くというのはね。ある時は報告書を整理し、またある時はインタビュー記録を整理する。次に何をするかは予測も付かない。

ライリー: でも専ら書類整理なんだろう。

SCP-6368: ああ、専ら書類整理だよ。たまにスケジュール編成もある。それに手紙を書くとか、そういう仕事だ。それでも、私が業務中に読む類のものは、この世に奇妙の種が尽きないように感じさせてくれる。

ライリー: 確かにそうかもしれない。じゃあ、ここ50年ぐらい、君にとっては良い仕事だったと?

SCP-6368: 驚くほどにね! 最初の10年は少々辛かったが、'50年代のあの収容違反以来、かつてないほどの活力が湧いている。

「'50年代のあの収容違反」というのは、隔離のためのカバーストーリーである、未知のアノマリーへの曝露のことだ。
ヘザースはその嘘を信じ、死後から約35年もの間、他者からほとんど隔離されながらも熱心に働いているようだ。

ライリー: じゃあ、君の… “生活の質”を改善するために部門ができることは何も無いのか?

SCP-6368: 私の容態の治療法を調べてくれているかい? サイトの為だと分かってはいるが、人間に触れなくなってから… うん、数十年になるのかな。楽なことじゃないよ。

ライリー: 断言しよう、こちらでは最善を尽くしているし、僕も君には心から同情する。まだ収穫は無いが、僕たちは希望を捨てていない、だからどうか君も諦めないでくれ。

SCP-6368: 分かった。

[録音上に沈黙。]

この項目ではここで引用を止めるが、この後はヘザースが部門内の最新のセミナーの話をしたり、フィールドエージェントの雑な報告書への愚痴をこぼしたりするのみである。

これは一例に過ぎないが、どのインタビューにおいても、ヘザースは自分の職位に対する強い不満は示しておらず、重大な理由もなく自己除霊する兆候もない。そして頻繁に、隔離措置の原因である(架空の)アノマリーの研究についての最新情報を求めている。
このアノマリーの研究の進展、そして異常性の影響の除去がヘザースを現世に繋ぎ止める希望であると考えた財団は、ひとまず「研究は緩やかながら着実に進行している」と誤魔化すことにした。

死後繋留と未練

ヘザースが希望を捨てないよう働きかけ、完全な保護を目指す動きは、2003年に大きな転換を迎える。
日々研究が進んでいる異常科学の世界だが、Eidolonクラス幻像のような「死後繋留」の要因となり得る"やり残した仕事"についてのメタ分析評論が発表されたのである。
「多忙な人生、多忙な死後: 目標志向の死後繋留」。その題が示すように、生前の未練は、幽霊を現世に繋ぎ止める要因になり得る。

そこで財団は、これまでの現状確認のような「業績評価」ではなく、ヘザースの人生の節目や重要な目標のうち、生前にやり残したことを特定するためのインタビューを計画したのだ。
それらの「仕事」が片付いてしまえば、ヘザースは昇天してしまうだろう。そうなってしまえば、亡霊部門はヘザース任せだった事務仕事の山に押し潰されて機能不全に陥りかねない。その影響は亡霊部門に限らず、他の部署にも及ぶだろう。
そうなる前に、財団はなんとしてもヘザースの未練を特定し、その達成を妨害する必要があった。

様々な方面から未練を探るため、3度のインタビューが行われた。個人的な人間関係の目標、趣味や嗜好における未達成の願望、国内外の観光に関連する欲求……どれもそれらしい収穫は得られなかった。
そして、4度目のインタビュー。今度は職業上のキャリア目標に焦点を当てたものだった。そこで、予想外の事態が起きた。

別の分野の業務には大して意欲を示さず、現状のデスクワーク主体の雇用形態に満足しているというヘザース。インタビューは開始から20分が経過し、質問も残すところあと数ページ分だけであった。

SCP-6368: 私のことは心配しないでくれ、喜んで付き合うよ。

パーディ: でしょうね。とにかく先に進みましょう。昇進の機会を見送られたことはあるかしら? 上司がその地位に相応しくないと感じたことは?

SCP-6368: いや、特に無い。自分の職務はしっかり遂行してきたと思っている。なかなか快適に暮らしているよ。そりゃ、何人かの若輩者が私を追い越して出世するのを目の当たりにはしたがね、そんなことは気にならない。私の役目は同僚たちを支援することだ、足を引っ張ることじゃない。分かるね?

パーディ: ええ。まぁ… 分かるけども。じゃあ率直に訊かせてちょうだい。亡霊部門に60年以上勤めてきた中で、自分の業務を軽視されたと感じたことは一度も無いのね?

SCP-6368: 何かを見落としているのは確かなんだが、大したことじゃない。ただ長年抱いてきた直感だ。

パーディ: 続けて。

SCP-6368: 私は随分と前からここで働いている。この部門の様々な局面を見届けて来た。役員交代が3回、新任管理官が2人、数え切れないほどの科学的発見… ところが私は昇進したことも、異動になったことも、表彰されたこともないんだよ… 一度たりとも。誤解しないでくれ、愚痴を言ってるんじゃない、奇妙だと感じるだけだ。まさに異例だ。

パーディ: つまり何が言いたいの?

このインタビューが行われたのは2005年。死亡してから約48年だ。その中で、ヘザースにも少しばかり違和感が生じたようだ。

SCP-6368: 私は自分自身のジンクスに囚われてしまったんだと思う。1つ例を挙げよう。あれは'50年代、例の収容違反の頃かな? 神のみぞ知る謎のアノマリーが私を汚染したあの事案だよ。その前夜、私は新しい書類整理システムに取り組んでいたんだ。まず年代順に、そして–

パーディ: その報告書は読んだから、再編成の取り組みについては知ってる。

SCP-6368: 分かった分かった。収容違反後にサイトが通常態勢に戻ってから、私は再編成を終えるつもりで資料庫に戻り、全体を変更したんだ。ところがね、前日に私はファイルを1冊落としていて、それがシステ–

パーディ: そのファイルって、CH-1938-RHのこと?

SCP-6368: そう! それだよ! 次の日戻ったら、落としたはずの場所に見つからなかったんだ。消えてしまったのさ。それを探しているうちに気付いたんだが–

パーディ: ああ、それなら心配無用よ。さっき言ったけど、私も例の事案の報告書には目を通してる。そのファイルなら見つかってるわ。書架の下に滑り込んで埃まみれになってたから、あなたが… あの、転んだ場所… あそこを清掃した人たちが持ち出して綺麗にしたの。

収容違反の前夜、つまりヘザースの命日。彼は業務効率化のために資料庫の書類整理システムを更新しようとしていた。そのためにファイルを運んでいる最中に転倒し、死んでしまった。
幽霊……幻像となって起き上がった彼は落としたファイルを拾い集め、翌日には更新を終えた。が、その時に1冊のファイルを回収し損ねていたことに気付いた。
自分の死体があった場所でそのファイルを探すも、見つけられないままだったヘザース。しかしインタビュアーの口から、そのファイルが無事に見つかっていることが明かされた。

その時だった。

SCP-6368: ファイルは見つかったのか? そりゃ良かった! それで、その件に関する私の理論としては – ああ。 [口をつぐむ] そうなると事情が少し違ってくるな。

[SCP-6368の肌が明るく輝き、白熱し始める。]

SCP-6368: 私はただの退屈な事務員というだけじゃなかった、アンナ。私にも人生があったんだ。誰も気に掛けてはくれなかったのか?

パーディ: えっ?

そう。財団がなんとしてでも明らかにしたかった、ヘザースの未練。それは、紛失したファイル「CH-1938-RH」を見つけることだったのだ。
ヘザースの死は業務中のことだった。死の間際までやっていた仕事こそが、真面目なヘザースを現世に繋ぎ止めていた最大の未練だったというのは、よく考えてみれば不思議なことではない。
こうしてヘザースの未練は断ち切られた。

……そして同時に、ヘザースは全てを理解した。

SCP-6368: みんな私をそんな風に見ていたのか、傷付いたよ。今こそ全てが明白になった。もう終わりだ。

パーディ: お… 終わり?

[録音上に沈黙。SCP-6368の頭髪が風に吹かれてなびく。肌はより明るく輝く。]

死後、昇天できずに48年も続けていた仕事。
その間、ヘザースは誰からも心から気に掛けられず、人としてではなく、都合のいい雑用係として扱われていた。
不眠不休の労働力として使い続けるべく、自分が死んだことに気付く機会さえ与えられず、他者から隔離された。
ヘザースがいるならその方がいいとデジタル化の作業は中止となり、何年も前から昇天の阻止まで計画されていた。

そんな態度に、ヘザースは完全に愛想を尽かしてしまったのだ。

パーディ: 逝ってしまうの? ファイルのせいで?

SCP-6368: 素晴らしいことだと思わないか?

パーディ: たかが1冊の書類を50年も未練に思っていたなんて。 ふざけないでよ(You are shitting me)、クリス!

[SCP-6368を取り巻く風が強くなる。]

SCP-6368: 止してくれ、アンナ。私はようやく憩うことができるんだ。それに私は脱糞して(shitting)なんかいない、もう何十年もそんな–

[ヘザースは話し続けているが、その言葉は風にかき消されている。彼の明るさは増し続ける。パーディ工作員が自らの目を庇う。監視カメラは明るさに対応できない。]

[30秒後、ホワイトアウトが収まる。インタビュー室にはパーディ工作員しかいない。]

パーディ: ファック。

斯くして、不運な死を迎えながらも、一冊のファイルへの未練から現世に縛られていた男は昇天した。
Neutralizedへの再分類は保留されている。

これと同時に、亡霊部門とサイト-59にも、約20年遅れでデジタル化の波が来た。
亡霊部門の管理体制、編成形式、通信手段、並びにサイト-59に保管されている80年分以上の資料データ……これら全ての大規模な近代化は、もう他人任せにも、後回しにもできない。
待機中のエージェントは全員、この膨大な事務作業の完了まで秘書業務に配置転換されることとなった。





改めて紹介しておくと、この物語のタイトルは「お先真っ暗な仕事(Dead-End Job)」。
"Dead-End"は行き止まりや終端という意味を持ち、転じて"Dead-End Job"は、将来性や出世の見込みがない仕事を指す。初期のUIUの扱いなどまさにそれである。
そして、"Dead-End"にはもう一つ「行き詰まる」という意味もある。
それを踏まえると、このタイトルが指すのは、下っ端の事務員として50年近く膨大な仕事を押し付けられたヘザースだけでなく、これからヘザースの長年の仕事の成果と向き合わされるエージェントたちでもあるのだろう。

眠ることも食べることも、天に昇って憩うこともできず、不満は少ないとはいえど、山のような仕事に埋もれる孤独な袋小路。
不眠不休で働いた先人が遺した膨大な資料と向き合う、終わりの見えない仕事。大人数が寄せ集められ、押し込められた地獄。

ツケの清算を迫られた彼らがヘザースのように憩うことができる日は、果たしていつになるのだろうか。



追記・修正お願いします。


CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-6368 - Dead-End Job
by GremlinGroup
https://scp-wiki.wikidot.com/scp-6368
作成年: 2022

日本語版
SCP-6368 - お先真っ暗な仕事
訳者: C-Dives
http://scp-jp.wikidot.com/scp-6368
作成年: 2023

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最終更新:2025年04月21日 12:15

*1 Esotericは通常、お馴染みのSafeやEuclid、Keter、Neutralized、Thaumielなどメジャーなものに当てはまらない「特殊/物語風クラス群」を指すが、アノマリー分類システムにおいてはThaumielもEsotericクラスの一部として扱うことがある。

*2 簡単に言えば、事業のコストに対して、利益がどれほど見込めるのかを分析すること。