登録日:2025/08/24 Sun 23:54:00
更新日:2025/09/13 Sat 22:42:25
所要時間:約 6 分で読めます
『新機動戦記ガンダムW外伝~右手に鎌を左手に君を~』とは、皆川ゆかによる小説作品である。
概要
『
新機動戦記ガンダムW』の世界観を踏襲した本作は、1996年に刊行されたW唯一の外伝小説であり(※後に『
新機動戦記ガンダムW フローズン・ティアドロップ』が登場)、TVアニメ本編と時系列が矛盾していることから著者自身が「パラレル作品」と位置づけている。
本作の特徴は、表題に込められたデュオ・マックスウェルの象徴的な問い――「右手には命を奪う鎌がある。では、左手には何を持てばよいのか?」という哲学的テーマである。
作風は非常にダーク。『
死神』としてのデュオの存在を中心に、コロニー社会における差別構造、アイデンティティの揺らぎ、心理兵器と倫理崩壊など、深い人間ドラマが展開される。
2005年には加筆修正された文庫版が刊行されたが、旧版にあった挿絵が省略されたため、初版を推す声も多い。
MS「レミング」の設定、アディの悲劇、マダムLの狂気などから、読後感は極めて重く、電子化希望の声が後を絶たない。
あらすじ
とある任務で、廃棄予定だったコロニーに赴いたデュオ。彼は《ガンダム開発者》プロフェッサーGから“マダムL”という元科学者への荷物(実際は
爆弾)の配達と、彼女が開発したMS「レミング」の破壊を命じられる。
だがそのコロニーにはすでにヒイロ、トロワ、カトル、五飛らが潜入しており、任務の規模に対して異様な人的配置がなされていた。
現地では少女・アディとの交流を通じて、コロニー住民による排他的体制や精神を病むマダムLの悲劇に触れる。かつて娘セイを失ったマダムLはアディに母性を重ね、アディもまた母親との確執から依存を深めていく。
そしてマダムLが開発したMS「レミング」――ガンダニュウム合金製・蛇型下半身・バルカンのみ装備――には、ゼロシステムの発展型「レミングシステム」が搭載されており、パイロットの戦闘衝動を媒介として周囲に殺意を拡散するマインドコントロール兵器だった。
アディの怒りと絶望によりレミングが起動。コロニー市民同士の殺し合いが発生し、戦場は地獄と化す。五飛ですら飲み込まれそうな衝動を跳ね除けるのが限界という破壊力。デュオはウイングゼロに搭乗し、ゼロシステムの葛藤を乗り越えてレミングを止めるが、アディは宇宙空間でコクピットを開けて命を落とす。
右手に鎌を、左手には守りたい“君”を持つはずだったその手が、届かない――そんな
バッドエンドで物語は幕を閉じる。
用語解説
W世界における戦闘補助システム。
パイロットの脳に戦闘最適解を直接伝えるが、倫理の崩壊をも誘発する。
本作ではデュオの精神と対峙する別人格のように描写される。
ゼロシステムの派生兵器。
パイロットの衝動がトリガーで、敵味方問わず戦闘衝動をフィールド内全員に拡散し同士討ちを誘発する上、攻撃対象の感情がパイロットへ逆流して錯乱を起こす無限ループ構造となっている。
他者の精神に干渉して強制する点は『
新機動戦記ガンダムW ~ティエルの衝動~』に登場したゼロシステムver2.0とどこか共通点があるかもしれない。
暴走時には研究所職員全滅の事例がある。設計者はマダムL。
その影響でデュオが
月経の感覚を体験するという描写も話題に。
登場人物
逃げも隠れもするがウソは言わないガンダムパイロットで、本作における主人公を務める。
後半では愛機のデスサイズヘルではなくウイングゼロに搭乗し、ゼロシステムの暴走とレミングシステムによる混乱に抗う。
「左手は君を守るためにある」というセリフに象徴される“
死神”。
ぶっちゃけ今回は人生最悪の
「貧乏くじ」を引かされることになる。
なお、彼がゼロシステムの経験を語る描写があることからTVシリーズでいう32話以降の時系列になることがわかるが、
TVシリーズのストーリー上、この前後からOZがコロニーを支配している間に5人が1つのコロニーに揃う余地はなく、
著者自ら
あとがきでジャンプアニメの劇場版みたいなものとしている。
いわずとしれたガンダムW本編の主人公。
「デュオ・マックスウェルを名乗る人物が本人より先に入国している」と言う形で序盤から存在を示唆されるが
本作では主役をデュオに譲り、
女装姿で
「シスター・リリーナ」としてコロニーに潜入する。
デュオが衝撃を受けた
変装の真意は、任務の隠蔽。
巨大天使像を運搬し、慰問活動のふりをして任務を遂行していた。
コロニーで「ヒイロ・ユイ」とは名乗れない、という理由も一応ある。
(今回デュオが自分でやってみてアディから面白くない冗談だと思われている)
「冷静な対応を見せる狙撃手」(冒頭のデュオ曰く)であり、状況次第で行動が変わる理知的な戦士。
今回はキャサリンのいるサーカスを離れ、とある劇団員として潜入する。
ヒイロと示し合わせたわけでもないのに二人揃って妙にマッチした扮装になる。
怒ると怖いウィナー家の御曹司にして、「武器使用への嫌悪を示す」(これも冒頭のデュオ曰く)パイロット。
感情的判断により、マダムLの保護に動く。
終盤、レミングシステムがもたらす衝動に抗ったが故に嘔吐してしまうという衝撃的なシーンもある。「宇宙の心」によるものか否かは定かではない。
己が正義を貫くナタクのパイロット。
爆弾の存在に気づかせる役割を果たし、自らリーオーに搭乗してレミングを止めようとした。
ゼロシステムやレミングシステムへの耐性が高い。
本作のヒロイン。
不良少女として描かれながら、マダムLとの関係を通じて母性への渇望と怒りを抱える。
議員である母との断絶が深く、ついにレミングを起動してしまう。
本名アドデラ・グローリア。
母グローリア議員がOZの仕官と交渉していることに嫌悪感を抱いており、容姿はマダムLの娘・セイに酷似しているという。
コックピットに遺された自らに似た少女の亡骸を見て、慕っていたマダムLも信頼できないことに気付き本格的に暴走してしまう。
かつての
ガンダム開発者の元同僚にして、レミングの開発者。
娘セイの死により精神を病み、孤独と贖罪の人生を歩む。アディを娘と重ねる。
登場機体
ヒイロによって天使像に偽装されてコロニーへ搬入された。
本編では終盤でデュオが搭乗し、レミングと交戦する。
ゼロシステムのタチの悪さは健在だが、今作では未来予知よりも「死神が今さら迷うなよ」など、デュオ自身の内面にある悪い人格がそそのかしてくる形で心理的暴走を促している。
マダムLが開発したガンダニュウム合金製MS。
上半身こそガンダムタイプだが、胴体から脚部は長い蛇にの尾にも似た形をしており、移動する際はそれをしならせる。
武装こそ頭部バルカンのみだが、このMS最大の特徴は「レミングシステム」によるマインドコントロール。
周囲に攻撃衝動を拡散し、MS乗りおよびコロニー住人問わず全体を殺戮状態に変える。
過去にセイが搭乗した際は研究チームが全滅。アディが再度起動し、更なる悲劇を招いた。
ご存知AC宇宙のザク的やられMS。
ガンダムパイロットの中では、五飛が唯一搭乗。
レミングを止めるため奮闘し、レミングシステムとの直接対峙が展開される。
補足
文章ならではのゼロシステム描写は、悪意に満ちた内面の声が読者にも迫る恐怖として伝わると評される。
また、レミングシステムによる人間の精神操作は極めて危険で、味方をも巻き込みかねない「集団自決誘導兵器」ともいえる。
読後感は決して爽快ではないが、陰鬱な美しさを携えた「ガンダムWの何かが引っかかった人」には強く刺さる隠れた名作である。
コロニーの惨事はガンダムによるテロと報道され、
ヒロイン・アディは救われず、マダムLも罪と狂気を抱えたまま彷徨うバッドエンド。誰もが完全には報われない結末が読者の胸を打つ。
ある意味、「ガンダムを見たものは生きては帰れない」という呪いが形となったといえよう。
「右手に拳銃を持つなら、左手にはなにを持つ?」への答えはガンダムパイロット全員分用意されており、
ヒイロ→「
銃だ」
トロワ→「照準が狂わないように添えるだろうが、状況次第だ」
カトル→「銃も持ちたくはないんだ」
五飛→「銃は嫌いだ 俺は素手で倒す」
となっている。
この質問は「戦いの場でほんの少しだけ余裕(左手)があったら、その余裕をどう使う?」という意味なのだが
ヒイロ・トロワ・五飛は「戦うことは当然で自分の好ましい戦い方の補助にする」と答え、
カトルは「理想論なのは承知しているが戦い自体を避けたい」と答えており、
デュオは「右手で戦いながらも、左手で君を守りたい」と回答している。
戦意と優しさの両方を持つデュオならではの選択なのだが、それだからこその終盤の皮肉な結末につながっている。
公式設定かどうかは微妙な本作だが、黒歴史でもないらしい。
現に、「SDガンダムGジェネレーションクロスレイズ」では、デュオの特殊戦闘台詞に「アディのような結末は、二度と御免だぜ………!」というアディの名前を呼ぶというものがある。
「オレは《死に神》と呼ばれている。だから、右手には鎌がある。項目を荒らす得物だ。じゃあ、左手にはなにを持てばいいんだ?」
「こういう答えはどうだろう?左手は、追記・修正のためにあるってのは。ちょっとすかしすぎかね?」
- 刊行されたのが96年3月だから放送中に(あるいはその前から)執筆して完成させてることになるんだよな… -- 名無しさん (2025-08-25 00:22:36)
- デュオが主役なのにデスサイズの出番が一切ない(それどころかゼロ以外のガンダムも出ない)というファン泣かせな作品。いやゼロが最強なのはわかるけど、デュオ主役ならデスサイズを主役機として活躍させるべきじゃないのか!?と声を大にして言いたい -- 名無しさん (2025-08-25 03:44:39)
- ↑まあ作者自身があとがきで「私はガンダムが好きなんじゃない。キャラが好き」と言ってるくらいなので -- 名無しさん (2025-08-25 03:55:40)
- 新装版は挿絵がないからレミングのデザインにいまいちピンと来ないんだよな。ガンダムタイプの顔をした下半身蛇というデビルガンダムみたいなやつってのは後年まで知らなかったわ -- 名無しさん (2025-08-25 09:14:34)
- ↑2 そこなんだよな。キャラが好きと言ってる割には、そのキャラとガンダムが揃ってこその魅力というのを理解してないとしか思えなくてさ。作者は初代からのファンを公言してるし、色々ガンダムシリーズの書籍に関わってるんだけど、どうもこの作品だけ浮いてるように感じる -- 名無しさん (2025-08-25 18:46:16)
- 「右手に拳銃を持つなら、左手にはなにを持つ?」という質問にマトモに答えているのはヒイロだけ(一応トロワも?)という 五飛のは前提が崩れてるし、カトルのも同じ… -- 名無しさん (2025-08-25 18:58:25)
- デュオはGチーム5人の中では屈指の人気ゆえに相方の女性であるヒルデは非難の声多かったが本作のアディを踏まえるとヒルデは生存して良かったと思う。 -- 名無しさん (2025-08-25 19:17:14)
- カトルの返答に対し、デュオは「お嬢様学校なら正解だろうな」と評したな。 -- 名無しさん (2025-08-25 19:18:10)
- ↑2 そういえば冒頭でデュオが口を付けたコーヒーを飲もうとしたホモガキがいたな -- 名無しさん (2025-08-25 19:20:45)
- あ、「銃だ」etc.って結構真面目な意味がある返答だったのか ギャグってわけじゃなかったのね… -- 名無しさん (2025-08-25 21:01:43)
- 90年代のジャンプ小説とかでもよくあったオリジナル設定マシマシのノベライズ本って感じ。当時は違和感しかなかったが今読み返すと味がある -- 名無しさん (2025-08-25 22:47:25)
- この話の流れでデスサイズで暴れられても微妙だし、レミングに対抗するためにゼロに乗るのは特に違和感なかったけどな -- 名無しさん (2025-08-26 01:20:19)
- テレビ放映版からつなげられない、差し込めないエピソードだから、↑2のころでいうとジャンプアニメの劇場版みたいなものだって、あとがきか何かで見た気がする。 -- 名無しさん (2025-08-26 01:42:24)
- そもそもガンダムWがしっちゃかめっちゃかな放送体制だったか -- 名無しさん (2025-08-26 13:15:53)
- ミス。放送体制がしっちゃかめっちゃかな状態でまともにアニメが作れてなかった中で描かれたものなのでそりゃ齟齬が出るよっていう。 -- 名無しさん (2025-08-26 13:16:58)
- レミングシステムに対抗できるゼロシステム、蛇体のサタンのようなガンダムに対する天使の翼のガンダム、という構図が個人的にしっくりきすぎてて、なんとなくデスサイズでないことに何の違和感もなかったな -- 名無しさん (2025-08-26 18:16:59)
- 第二次スパロボZのゼロシステム+トランザムバーストはある意味レミングの再来になりかねなかったのか -- 名無しさん (2025-08-26 21:05:27)
- ヒイロとトロワはまともに回答してる方なのなんか笑う。というか五飛とカトルは質問全否定に近いというか -- 名無しさん (2025-08-26 23:14:10)
- 普段の戦い方的にヒイロとトロワの回答は逆っぽいじゃないかと思ってたが、今回ヒイロ一人だけガンダム持ち込んできてる=武器は持てるだけ持つって意味なのか -- 名無しさん (2025-08-27 21:28:39)
- ↑ トロワは乗機がヘビーアームズなだけでヴァイエイト搭乗時は実際に添えてるからそのネタかもね -- 名無しさん (2025-08-27 21:50:36)
最終更新:2025年09月13日 22:42