イエヒメアリ

登録日:2024/06/29 Sat 18:38:27
更新日:2024/07/01 Mon 08:20:07
所要時間:約 10 分で読めます



今日のおやつは、大きなイチゴが乗っかった美味しいショートケーキ
すぐ食べたい気持ちを我慢しつつ、洗面台でしっかり手を洗い、ケーキの味を楽しみに戻って来た時、目に入ったのはおぞましい惨劇。
ショートケーキが、びっしりと無数のアリにたかられ、見るも無残な状態になってしまっていたのだ……。


……ここまで短時間でアリにやられるのは大げさな表現かもしれないが、似たような悲劇を経験したwiki籠りの皆様はもしかしたらいるかもしれない。

美味しい食べ物の上をびっしりと覆い、我が物顔で次々に喰い尽くしてしまう恐ろしい害虫アリたち。
このような憎たらしいアリの仲間にはヒメアリ(Monomorium intrudens)ルリアリ(Ochetellus glaber)などが挙げられるが、
その中でも特に全国規模で被害が甚大なのがイエヒメアリ(Monomorium pharaonis)
第二次世界大戦前から日本中に勢力を広げ、裁判沙汰になるほどにまで人間たちを苦しめ続けているのだ。

この項目では、古くから人々を悩ませる厄介な屋内害虫の秘密を解説する。

【目次】


【概要】

イエヒメアリは、アリの仲間(アリ科)の中でも最大勢力を誇るフタフシアリ亜科(Myrmicinae)に属する種類。
アリの中でも小型の種類で、働きアリの大きさは1.5~2.0mmしかなく、大きめの女王アリでも最大5mm程である。
淡い黄色赤褐色の体が特徴で、「家の中に現れる赤い小さなアリ」を目撃した場合、それはイエヒメアリである可能性が高い。
お尻には針があるが、これは様々なフェロモンを放出するために用いており、刺される心配はない。
ただ、後述の通り噛む力はあるので噛まれると若干痛くて鬱陶しい。

和名は「家に現れるヒメアリの仲間」という意味の「イエヒメアリ」である一方、
英名の「ファラオアント(Pharaoh ant)」や学名の「Monomorium pharaonis」は、学会に新種として報告する際に用いられたサンプルがエジプトで発見された事に由来する。
そのため、原産地はアフリカという説が主流だが、南米やインドの可能性も指摘されており、未だにはっきりしていない。

何故不明なままなのかというと、学名が付けられた18世紀前半の時点で、既にイエヒメアリはイギリスやドイツなどヨーロッパ諸国に害虫、そして外来種として侵入していたからである。
大航海時代を経て、世界を股にかけた人や物の移動が盛んになり始める中、どさくさに紛れてイエヒメアリもどこかにある原産地からより広い世界へ進出を始めてしまったのだ。
そして、イエヒメアリの分布の拡大は止まる事無く続き、21世紀初頭の時点でイエヒメアリが確認されていないのは極寒の南極大陸だけになっている。

勿論日本も例外ではなく、既に20世紀初頭の時点で沖縄で確認されており、1930年代以降次々に日本各地の都市に進出。
大都市を中心に勢力を広げ、極寒の地・北海道でも暖房が効いている建物の中で確認されている。
ただし、これらの地域の確認例の多くは空調がよく効いている建物の中であり、屋外で繁殖しているのは九州以南に限られている。
イエヒメアリの原産地は熱帯の暖かい地域と考えられており、寒さが大の苦手なのである。

【驚異の生態】

低温が苦手、という弱点を抱えているにもかかわらず、人間や物資の移動に紛れ込む形で全世界に勢力を広げた厄介な害虫・イエヒメアリ。
どうしてここまで繁栄する事が出来たのか、それはイエヒメアリの生態が大きく関係している。

①多女王制

アリの群れと聞くと、多数の働きアリと少数の働かないオスアリ、そして卵を産み続ける1匹の女王アリ、という組み合わせをイメージする人が多いだろう。
ところが、イエヒメアリを含む一部のアリの種類では、女王アリが1つの巣の中に複数存在する事が確認されており、多い時には1つの巣に200匹もの女王アリが確認されている。
これを専門用語で「多女王制(たじょおうせい)」と呼ぶ。

このように女王が複数存在するという事は、それだけ働きアリが生まれる卵の数も多くなるという事。
イエヒメアリの場合は1匹の女王アリが毎日30個前後の卵を産むので、場合によっては1日につき数百、数千個もの卵が産み落とされるという事態も起きてしまうのだ。
しかもそれが毎日のように繰り広げられるとしたら、働きアリはどれだけ増えてしまうのだろうか……考えるだけで悪寒が走る人も多いだろう。

一方、数が多い分イエヒメアリの女王アリの寿命は他のアリの種類と比べてかなり短く、僅か数ヶ月で命尽きてしまう事が知られている。
だが、すぐに新たな女王アリが後を受け継ぐため、巣の存続への影響は少ないようである。

とはいえ、卵を産む役割はあれどそれ以外の労働をしない女王アリが増えすぎるというのは働きアリにとって不都合なようで、
女王アリが一定数以上に増えると働きアリは女王アリに成長する幼虫を食べてしまうという。

なお、イエヒメアリの交尾は巣の中で行われる事が知られており、外部からやってきたオスアリと新女王アリが働きアリに守られながらギシギシアンアンする。
その事もあってか、オスアリも女王アリも翅をもっているが飛ぶことが出来ない。

②幅広い食性

イエヒメアリは何でも食べる雑食性。肉やチーズ、バター、砂糖、スイーツといった食べ物は勿論、昆虫の死骸まで美味しく栄養にしてしまう。
加えて、食べ物を求める過程で服やゴム製品、ビニール袋に穴を開けてしまう事もあるため、イエヒメアリが現れた場合は密閉性の高い箱の中に食べ物を補完しないといけない。

また、これらの外部から手に入れた食料に加え、イエヒメアリの女王アリは幼虫の分泌物を食べ、より多くの卵を産めるよう栄養補給をする。
更に、幼虫の数が増えて分泌物が過剰になった場合も無駄にする事無く、一部の働きアリがこれらの分泌物を自身の胃袋に貯め込み、食糧不足時に吐き戻す形で仲間に分け与える、いわば「生きた食料貯蔵庫」の役割を果たす。
成虫だけではなく、生まれたばかりの赤ん坊までもが、イエヒメアリの旺盛な増殖力の支えになっているのである。

③分巣・多巣性

「①」で述べた通り、イエヒメアリは複数の女王が同じ群れ(コロニー)の中にいるため、あっという間にその数を増やしてしまう。
だが、あまりに群れのメンバーが増えすぎると色々と都合が悪い事も多い他、大量の個体が同じ場所に集まり過ぎると緊急事態に対応しきれない可能性もある。
そこで、一定の数以上に群れの中の個体数が増えたり、殺虫剤が撒かれるなどの緊急事態が起きたりすると、一部の女王アリが多数の働きアリを引き連れ、別の場所に新たな巣を構える行動、専門用語でいう「分巣(ぶんそう)」が行われる。

この「分巣」によって分かれた群れは、実質元のイエヒメアリの群れの「子会社」や「分家」のようなもの。
そのため、イエヒメアリは大半のアリとは異なり、別の群れの個体と出会っても戦闘状態に陥る事はなく、互いに仲良く共存し、双方の巣や群れを自由に行き来する。
こういった暮らし方は専門用語で「多巣性(たそうせい)」と呼ばれており、イエヒメアリを含む多くの外来種のアリで確認されている厄介な生態である。
これを活かし、家などの建物の中に居座ったイエヒメアリは次々に家の中に巣を作りまくり、あっという間に建物全体を自分たちのテリトリーにしてしまうのだ。

なお、イエヒメアリは元々このような生態を持っておらず、外来種として繁栄する中で身に着けた新たな生き方かもしれない、という説が存在する。

④どんな場所でも巣をつくる

アリの仲間であるイエヒメアリは一応「巣」のようなものを作るのだが、その構造は大半のアリと比べて非常に簡素であり、「狭い隙間」を見つけてはその中に寄り集まって勝手に「巣」にしてしまう。
巣と言うより単なる集まりといった感じだが、これが外来種、そして害虫として非常に厄介な事を引き起こしている。
ありとあらゆる「狭い隙間」が、イエヒメアリにとって格好の新居候補になってしまうのである。

壁の割れ目、家具の継ぎ目、カーペットのめくれた箇所、引き出しの中、本、段ボール、鞄の中、木箱、ティッシュ箱、家電製品、パソコン、ゲーム機、コンセントの中……。
思い当たるであろう家の中の「隙間」は、全てイエヒメアリの巣になってしまう可能性があるのだ。
しかも、殺虫剤の散布などの緊急事態が起こるとすぐに巣の場所を移動してしまう。

なお、特に高温多湿、水が近くにある場所がお気に入りのようで、台所の流し台、冷蔵庫の裏などによく巣を構える傾向が確認されている。

【被害】

イエヒメアリが引き起こす被害と言えば、やはり「気持ち悪さ」と「食害」だろう。

家の隙間と言う隙間に巣を構え、旺盛な繁殖力で無尽蔵に増殖し、毎日のように我が物顔で大量の働きアリが家の中をうろつき回り、服の中にまで堂々と入り込む……。考えただけでもぞっとする光景だろう。
食べ物も少し放置しただけであっという間にイエヒメアリの集団に覆い尽くされ、捨てるしか道はなくなってしまう。
これらの被害は精神的なものに留まらず、イエヒメアリが潜んでいたという家電を売ったメーカーと消費者の間でトラブルが生じたり、退治を諦め建物自体を放棄したりと、金銭や生活にまで大きな影響を与えている。
マンションの中に大量のイエヒメアリが潜み甚大な被害を受けた事に対して、その部屋を購入した住民が契約解除を求めて部屋を売った家主を訴えるという裁判まで起きているのである。

一方、それ以外にもイエヒメアリの無視できない被害として「病原菌の媒介」が挙げられる。
あのゴキブリと同様、イエヒメアリもあらゆる場所を平気でうろつき回るので、その身体にはばっちい病原菌がびっしり付着してしまっている。
特に清潔を保つ必要がある病院などでは、衛生害虫としても非常に厄介な存在になっている。

他にも、小さいとはいえイエヒメアリも立派な顎を持つアリの仲間であり、時に人を噛む事もある。
しかもそこから毒液を注入するため、皮膚に若干の痛みや赤い斑点が生じてしまう場合もある。
幸い命への影響はないようだが、どちらにしろ厄介なのは間違いないだろう。

【対策】

裁判所からも駆除の難しさを指摘されてしまっているイエヒメアリだが、対処法が無い訳ではない。
市販のアリ対策の殺虫剤を用いるというのも手段の1つだが、顆粒タイプを使う場合、イエヒメアリは小型のアリなので細かく砕き毒餌を巣に持ち帰りやすくするなどの工夫が必要になる。
また、殺虫剤を直接巣に噴射するという手もあるが、あらゆる隙間を見つけては巣をつくるイエヒメアリの生態上、噴射が難しい場所があるのが難点かもしれない。
それに、もし退治に失敗するとイエヒメアリは「分巣」を行ってしまい、「消すと増える」という言葉通り、更に被害を拡大させてしまう可能性もあるので、注意して欲しい。

他にも、巣がある場所をコーディング剤で塞ぐ、忌避剤でアリの進行を防ぐ、食品を隠すなどアリの好き勝手にさせない防御法を試す事もお勧めする。

とはいえ、やはり一番の効果的な手段は専門の業者に相談し、プロの手で一網打尽にしてもらう事だろう。
素人が何とか対処しようとして手段を誤ってしまうと、家の中があっという間にイエヒメアリだらけになる可能性があるのだから。

【余談】

  • 古くから日本各地で被害をもたらしているイエヒメアリだが、実はその被害が一時期激減した事がある。
    それは、第二次世界大戦(太平洋戦争)真っ只中、厳しい統制により暖房に用いる燃料が全国各地で不足していた時期。
    皮肉にも、戦争のため人々が苦しい生活を強いられた事で、寒さに弱いイエヒメアリも「戦争の犠牲者」として深刻な打撃を受けてしまったのである。
    イエヒメアリの被害に悩まされるというのは、ある意味では日本が平和である証なのかもしれない……。


 追記・修正する前に、赤褐色の小さなアリが家の中をうろついていないか、皆様もよくご確認を。
この項目が面白かったなら……\アリッと/

+ タグ編集
  • タグ:
  • アニヲタ昆虫図鑑
  • アニヲタ動物図鑑
  • アリ
  • 外来種
  • 昆虫
  • 隙間
  • \アリだー!/
  • 数の暴力
  • 害虫
最終更新:2024年07月01日 08:20