呪われた町(スティーヴン・キングの小説)

登録日:2024/07/13 Sat 18:54:04
更新日:2025/04/17 Thu 16:23:27
所要時間:約 14 分で読めます







物語を語るのはいいものだ。
聞きたがってくれる相手がいる場合はなおさらだ。
呪われた町(‘SALEM’S LOT)』は、いろいろと欠点はあるにしろ、悪くない物語だと思う。
怖い物語でもある。
もしまだ聴いたことがないなら、いまから話してさしあげよう。
もし聞いたことがあるのなら、もういちど聞いてみてほしい。
だから、テレビを消して。
ついでに、お気に入りの椅子を照らす明かりだけを残して、それ以外の照明もぜんぶ消してしまったらどうかな。
そうして、薄暗がりの中で、吸血鬼の話をしようじゃないか。
ほんとに吸血鬼がいると信じてもらえる自信はある。
この本を書いていたとき、ぼくは自分でも吸血鬼を信じていたんだから。
━━スティーヴン・キング




呪われた町(セイラムズ・ロット)(原題:‘Salem’s Lot)』は、1975年に出版されたスティーヴン・キングのホラー小説作品。
初期にして、数あるキング作品の内でも最高傑作に挙げられることもある。*1
キング作品としては勿論、吸血鬼小説としても間違いなく歴代でも最高峰と呼べる名作である。
日本では1983年に集英社から出版された(2011年に改訂新版)。訳者は永井淳。


【概要】

欧米諸国を代表する古典的モンスターであり、出版当時(70年代)には、既に『吸血鬼ドラキュラ』もハマー・フィルム製作の映画も旧時代の遺物として扱われ、欧米諸国でも余りにもベタベタでテンプレ的なお笑いの要素すら持つ昔話の妖怪という扱いとなっていた吸血鬼を、
後にモダンホラーの旗手と持て囃されることになる若き日のキングが、伝統のルールに従わせているにもかかわらず、尚も新鮮な驚きとリアルな恐怖を与える極めて恐ろしい存在として描ききり、世間に大きな衝撃を与えた。

更には、吸血鬼そのものばかりでなく呪われているのは館であり、もっと言えば土地なのだという、もし自分がその土地の住民だったのなら……という絶望的な真実すらまでも描ききっている。

本作の大ヒット以降は、本作にてキングが示した吸血鬼像こそが、長らく吸血鬼のイメージを支配してきたブラム・ストーカーの『ドラキュラ』に代わる、現代に於ける新たなる吸血鬼伝説の偉大なる祖となった。

このため、以降の吸血鬼というジャンルに於いては、正統派ではもうこれ以上の作品(●●●●●●●●●●●●●●)が描けないことから、いわゆる耽美系と呼ばれる、吸血鬼の構成要素の一つを極端に抜き出したり、コメディ化するといった手法に走らざるを得なかったと分析される程。

日本では、小野不由美が1998年に出版した小説『屍鬼』のオマージュ元となった作品としても知られている。
実際、米国の田舎町の情景を日本の田舎町の因習に置き換え、吸血鬼の姿を原典とはかけ離れた“か弱い”存在にアレンジしたのが『屍鬼』である……と言い切っても過言ではない程。
それ位に、同一のテーマでクソ真面目に吸血鬼を描こうとすれば、どうしたって『呪われた町』になってしまうのである。

過去に4度(実質的には3度)の実写映像化がされている。
特に『悪魔のいけにえ(原題::The Texas Chainsaw Massacre)』で知られるトビー・フーパーが手掛けた、初の映像化作品となった1979年製作のTVドラマ(邦題:『死霊伝説』)は、VFXやクリーチャーの造形こそ当時の基準で見ても特別に優れている訳ではないものの、チープさに目を瞑れば極めて優れた映像化作品として有名で、当該作自体がホラー映画としてもマニア層にとっては当時を代表するタイトルとして記憶されるに至っている。
ちなみに、元々がTVドラマとあってか一本の映像化作品としては長尺の3時間越え(184分)の作品である。
因みに、3時間の尺があっても原作通りの設定にするのは無理があったようで、登場人物が原作から複数人の設定を混ぜ合わせることで減らされていたり、演者やロケ場所の都合で設定や描写が変更されている。
日本では劇場出公開されるにあたり110分に短縮されて公開されていた。
後には、全米放映時の完全版も『死霊伝説:完全版』として流通している。

このトビー・フーパー版以降の映像化作品としては、2度目の映像化作品としてカウントされる当該作の“続編”の名目で作られた1987年の『新・死霊伝説(原題:A Return to Salem's Lot)』があるが、これは当時によくあった全く無関係or適当にでっち上げられた原作とは無関係の続編であるので、この作品のみは原作とは一部の用語以外は関係がない。

2004年には『死霊伝説 セーラムズ・ロット』の題名で、ロブ・ロウが主演を務める形でTNTにてドラマ作品がリメイク。
トビー・フーパー版をそのまま現代風に改めたような内容なのだが、丁寧な作りの割にインパクトが薄かったのか特に目立たない作品。
……ストレイカー役のドナルド・サザーランドとかはハマり役だと思うのだが。

2022年には同作者の映画化作品『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』の脚本家であり『アナベル死霊博物館』で監督デビューしたゲイリー・ドーベルマン監督、ルイス・プルマン*2主演による更なるリメイク版が公開予定だったが、制作遅延で延期、後に配信サービスMaxで2024年に配信されることが発表。なお、イギリスとアイルランドでは2024年10月に劇場公開予定であり、日本での公開は未定。

本項目では、主に原作小説版の解説を行う。

【物語】

━━ある、小説家を生業とする男と少年が二人旅をしていた。

彼らは肉親では無かったが、お互いに“秘密”を共有し、それを怖れていた。
二人はメイン州のある地区のニュースを気にしながら南に移動し続け、やがては国境を越えてメキシコへ。

メキシコにて漸く気の休まる、長く留まれる場所を得た少年は教会に通うようになった。

そして、神父が少年の保護書である男を訪ねてきた。
少年が覚えたてのたどたどしい言葉でした“告白”が真実なのかと問うために。

男━━ベン・ミアーズは答えた。
少年━━マーク・ペトリーの告白は真実であり、自分達はそこから逃げ、そして決着を付けることを望んでいると。

これは、アメリカの何処にでもある……しかし、呪われていた町━━セイラムズ・ロット(ジェルーサレムズ・ロット、ザ・ロット)の物語。


【主な登場人物】


  • ベンジャミン(ベン)・ミアーズ
作家。本作の主人公。
年齢は30代前半。
書き物を生業とはしているが神経質な本の虫ではなく、ハンサムで肉体的魅力に溢れ活動的な性格。
しかし、数年前に妻を自分と乗っていたバイク事故で亡くしており、そのトラウマからバイクに乗るのを避けるようになっている。
幼い頃にセイラムズ・ロットに住む叔母さんの下で暮らしていた時期があるが、そこで町を見下ろすように建つ不気味なマーステン館にて薄暗い逸話の付きまとった家主のヒューバート(ヒュービー)・マーステンの“幽霊”を見るという恐怖体験をしている。
妻を失った心の傷もあったのか、新作として己の内にある恐怖を見据えることを考えた時に、郷愁を抱くと同時に源的な恐怖を植え付けられたセイラムズ・ロットを思い出し、移り住むことを決意する。
いっその事、マーステン館を住居として借りようとも思っていた程だったが、既に売約済みと聞いてイヤな予感を抱く。
マーステン館の賃貸が叶わなかったことからエヴァ・ミラーの下宿屋に身を落ち着けて執筆に挑む。
町に来たタイミングで怪しい事件が立て続けに起こった為に保安官に睨まれる等はしていたものの、直に会った人間からは一部の偏見を持った相手を除いては誠実な性格から好かれたり信頼される傾向が高く、特にマーステン館の潜在的な危険性と恐怖を知っていた老教師のマットとの出会いからベンは町で起こっていた異変の正体を知り、更には“彼等”と戦うことに……。


  • スーザン(スージー)・ノートン
セイラムズ・ロットから都会へ出ていくことを夢見る美しい娘。年齢は20代前半。
美術を専攻しており、画家(イラストレーター)志望。
美術や文学に造詣が深く、ベンの著作も読んでいたのが縁で、スージーから声を掛けたことをきっかけに急速に親しくなっていく。
ベンとの愛情は本物であったが、それ故に町で起きていく異変に深く関わることになってしまう。
最初は愛するベンや恩師であるマットから“彼等”の話を聞いても心の何処かでは頑なに信じまいとしていたが……。


  • アン・ノートン
スージーの母親。
保守的というよりは旧態的で差別的な性格で、余所者であるベンを警戒する余り、もう関係が終わっているフロイド・ティビッツを無理に推そうとしたことから娘との仲が拗れてしまう。
その後、終盤にかかる頃に“彼”の訪問を受けたようで仲間になり切る前にマットの抹殺を命令されるが、全くの予想の埓外だった病院の用務員達に阻止され、警察に引き渡される前にひっそりと、しかし自業自得とも言える死を迎える。


  • ビル・ノートン
スージーの父親。
町の首席行政委員。
保守的ではあるが物事を中立に、また娘の自主性も重んじることが出来る快活な性格のパパさん。
妻とは対照的にベンを一目で気に入る。


  • マーク・ペトリー
外部からの転校生。12歳。
ヒョロガリ眼鏡の都会から来た他所者だが、それ故に見た目に反して都会の子供なりの処世術を心得ており、自らの知識と勇気でいじめっ子のリッチーをやり込めた。
非常に聡明だが、怪奇や伝説の類の話を好む。
死んだはずのダニー・クリッグの訪問を受けたことからマーステン館が怪しいことに自力で気づき、やがては屋敷に突入しようと思っていた所でスージーと出会い、ベン達の存在を知ることになる。


  • ジューン・ペトリー
マークの母親。
夫に付き従うだけの子供の心配をすること以外には個人としての感情を表に出さないステレオタイプだが、それ故に愛すべきママだった。


  • ヘンリー・ペトリー
マークの父親。
非常に優秀で理知的な人物。
保険会社の管理部門担当で学位も持つ。
その性質故に成功者となるが、この物語に於ける末路は……。


  • ダニー・グリック
グリック家の長男。
物語に於ける“彼”の最初の犠牲者であり“彼等”の最初の一人として多くの仲間達の誕生に一役を買った。
あの晩に弟と共にマークの家に行く途中で襲われ、あくる朝に心神耗弱状態で発見。
病院にて不可解な血液成分の欠乏症で死亡……したはずだった。


  • ラルフィ・グリック
グリック家の次男。
生意気盛りで、兄が大人には不健全と捉えられるであろう好奇心によりマークのコレクションを見に行くという約束に兄を脅す形で同行しようとしていた。
しかし、森の中で“彼”に遭遇。
小さすぎたためか何かしらの意図があってか、仲間になることもなく誰も知らない遺体となってマーステン館で処分された。


  • マージョリー・グリック
ダニーとラルフィの母親。
息子達の立て続けの災禍に我をなくし、ダニーの葬儀にて完全に壊れてしまうが、ある時を境に落ち着きを取り戻すが昼に起きれなくなる。
……蘇った愛しいダニーの訪問を受けており、死後に“彼等”の一人となって蘇る場面をベンとジミーに確認されることになり、そのまま退治される。


  • トニー・グリック
ダニーとラルフィの父親。
威厳と怖さを持つ父親だったが、息子達の身に降りかかった災禍の連続により目に見えて落ち込んでゆき、ダニーの葬儀の際には妻と同様に我を無くして泣き叫んだ。
……その後は、近所の人々の助けもあり何とか暮らしていたもののマージョリーの異変に気づき……。


  • ダッド・ロジャース
町営ごみ捨て場の管理人を務める、大柄で怪力だが生まれつきに背中に大きな瘤のある男。
ごみを焼却処分する際に大量に燻し出されてくる鼠を銃殺するのを趣味としている。
“彼”の訪問を受ける。


  • マイク・ライアースン
カール・フォアマンの葬儀屋で働きながら金を貯めては、カレッジに戻って学ぶ生活を続けているハンサムな若者。
墓所で“彼”の侵入を阻む“天使の目”を持つウィンの黒犬の死体を見つける。
ダニー・グリックの埋葬の際に“彼等”の仲間となっていたダニーに噛まれてしまう。
高校時代の恩師であるマットに保護されるが、マットの家でもダニーを迎え入れてしまったことで、マイクもまた“彼等”の仲間となる。


  • マシュー(マット)・バーク
数十年に渡り高校で教鞭を執る老教師。
年齢を重ねたが独身を貫いており、また英語(国語)教師で学校の伝統として行われている古典的な舞台劇の監督を務めているにもかかわらず、ロックを好むなど意外な一面がある。
スーザンやジミー、マイクなど町の若者達は殆どがマットの元教え子である。
そこからも解るように、堅物に見えて実際には好奇心も旺盛な性格。
酒場にて知己を得たベンを特別講師として招いたのを機に交流を持つが、そこでマーステン舘に関する情報の交換をしてから間もなくの頃に、バーにてかつての自分の教え子であるマイクが薬物による中毒症状としか思えない状態でいるのを発見。
事情を聞いた後に監視するつもりで家に招いたのだが、そこで自分がマイクが主張通りに薬物をやっていないのならば、最近の町の様子から“有り得ない”ながらも心に抱いてしまった疑念を裏付けるような恐怖の出来事を体験することに。
マイクの死後に彼の訪問を受けるが、強い意志で退けた直後に余りのストレスからか心臓発作を起こして入院してしまうが、回復後はベン達に指示をあたえて事態の収束に尽力しようとするが……。


  • ジミー・コディ
町の若い医師。
非常に優秀な上に柔軟な思考の持ち主。
マットの元教え子でもあり、相次いだ不審な貧血症状による死人の増加を密かに不審に思っていた所で、マットとベンから“彼等”の話を聞いて“有り得ない”と前置きしつつも科学的な興味もあり“伝説”を確かめることを快諾。
……そして、ベンと共にマージョリー・グリックの遺体が起き上がるのを目撃する。


  • ドナルド・キャラハン
町のカトリックの神父。
近隣のキリスト教系の各宗派の司祭達の中では特に評判がいい。
アイルランド系で、対外的にはともかく個人としては飲酒の悪癖を抱えつつも強い信仰への葛藤と其れに対する自己批判を繰り返している複雑な人物。
吸血鬼の存在を確信したベン達に協力を依頼されるが……。


  • ローレンス(ラリー)・クロケット
町の不動産屋。
再開発される土地の所有権を巡る誘惑を受けてストレイカーの口車に乗り、マーステン館を“彼”に売却してしまう。
ルーシーという、美しくも野心的な娘がいる。
“彼”を町に招いた貢献者なのだが、望んだ見返りを受ける前に“彼等”の仲間とされてしまう。


  • パーキンズ(パーク)・ギレスピー
町の保安官。
余所者のベンやストレイカーを警戒する。
劇中では殆どの場面で的外れな捜査を行っていたものの、部下のノリーも姿を消してもうどうしようもない(●●●●●●●●●●)程にまで“町が死んだ”時にベン達と顔を合わせた時には、これが“彼等”の仕業なのだということを悟っていた。……しかし、全てから目を背けて逃げ出すことを告げ、実際に去っていってしまった臆病者。


  • リチャード・スロケット・ストレイカー
禿頭で長身の“彼”のパートナー。
人間ではあるが“彼”を崇拝し、昼の世界での業務をこなしている。
ラリー・クロケットの野心を利用して、かつての“彼”の崇拝者が住んでいたマーステン館と閉鎖されたクリーニング屋の店舗を買い入れ、骨董家具店を開いて町に入り込む。
一見すると慇懃で物腰も柔らかいが内心では人間を見下している。


  • カート・バーロー
本名は不明。
ストレイカーのパートナーだが、実際には主の摂理に背いた暗黒の主従の関係。
当人の言葉を信じれば西暦が始まる遥か以前より存在し、数多の眷属を生み出してきた夜の魔物である。
余談だが、原作ではキングの筆致により実体が無い悪霊にして、同時に恐るべき力を持つ実体のある魔物という両方の属性を併せ持つ吸血鬼の姿が見事に描写されているバーローなのだが、実写化作品『死霊伝説』ではハゲ頭で白目を剥いた怪物として描かれてしまっている。
……またインパクトが強い姿のせいでイヤに記憶に残ってしまっているのが。
原作終盤の彼の行方を探すまでの紆余曲折と実際に居場所が解ってからも尚も困難が立ち塞がる展開の凄まじさは正にクライマックスにして語り種となっている。

【余談】

本作の時点では明らかに破滅的な最期を遂げたと思われていたキャラハン神父は、何と後に『ダークタワー』世界の住人となる。
そちらでは、敗れてしまった本作とは違い吸血鬼ハンターとなった彼の姿が見られる。



追記修正は乾燥した日に火を付けてお願い致します。

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  • 伝説の始まり
最終更新:2025年04月17日 16:23

*1 デビュー作である『キャリー』に続く長編二作目。

*2 ID4の大統領役で知られるビル・プルマンの息子