タイタンの遭難または愚行

登録日:2024/09/01 (日) 20:56:38
更新日:2024/09/15 Sun 13:31:36
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『タイタンの遭難または愚行』は、1898年に『Futility(愚行)*1』の名でモーガン・ロバートソンによって執筆された小説。

不沈と考えられていた英国の架空の豪華客船「タイタン号」が北大西洋の航路で氷山に衝突して沈没し、主人公の水夫が幼女とともに氷山に取り残される様子を描いている。
後に1912年に客船タイタニック号が遭難すると、その類似性が話題になり、小説の内容を一部改変して同年『THE WRECK OF THE TITAN Or, Futility (タイタンの遭難 または 愚行)』というタイトルで再版。
一大センセーションを巻き起こし、「最高にショッキングな予言書」とまで言われたという。

あらすじ

タイタン号には三千人の乗客が乗っており、甲板は混雑している。
ローランドという三十歳くらいのアル中気味の船員が、甲板長の命令で清掃やマストの登り下りをして働いている。
ローランドは雑踏の中で一人の婦人(セルフリッジ)を見かけるが、二人はお互いに知っている素振りを見せつつも通り過ぎる。
セルフリッジはローランドの元恋人で、後に夫と「彼は変わった。私たちの娘マイラに復讐しないといいけど」と話し、夫は「お前の罪じゃない」と妻をかばい、ローランドをあざける。
タイタンはアメリカとアイルランドの間を航行中、濃霧の中で小さな船と衝突。ジョン・ローランドはこの衝突を目撃し、船長から黙秘のための賄賂を持ち掛けられるが拒否。
その後、タイタンは氷山に衝突し、13人だけが生き残る。ローランドは元恋人の娘を氷山に助け、彼らは救助されてイギリスに戻る。

登場人物・乗物

ジョン・ローランド
元海軍士官で、現在はタイタン号の見張り役。
適者生存説に傾倒した故に恋人に振られウイスキーで失敗した過去を持つ
タイタン号が氷山に衝突する前、小さな船と衝突して沈める事故に気がつき、船長を告発しようとする。
証言を無効化するために盛られた幻覚剤で思索を深め、たとえ聖典が想像上の物でこの世に創造主が必要なくとも理性を与えてくれたのは神ではないかと思う。
見張りを交代して夜の甲板をさまよっていて、元恋人の娘マイラが甲板に迷い出ていることに気付き保護しようとしたその時
氷山への衝突によって船が横転したため、マイラとともに氷山の上に投げ出され、難破したボートのひとつから帆布のカバーを取り外して寒さをしのぐ。
マイラが氷山の上に棲むホッキョクグマに襲われ、彼も左腕と肋骨を折られながらも、右腕のナイフ1本で巨大なクマ*2の左目からを貫く。
マイラが右肩から背中にかけてクマの爪で負傷し氷で頭を打ちながらも命に別状ないのを確認すると右腕と歯で帆布を裂いて三角巾を作ったり、クマの毛皮を剥ぎ、マイラの防寒着や食事を作ってやったりする。2人して急に頑丈になる
氷山は濃霧を抜け出し、彼が焚いた煙によって救助された後、船長らの陰謀によりマイラ誘拐の濡れ衣を着せられるも、原告の主張に対してマイラやバリーの証言が一貫している事、そもそもニューヨークの事件でない事から閉廷。
新しい職場で仕事を始めたある日、マイラが会いたがっているという手紙を受け取る。

ブライス船長
タイタン号の指揮を執る。
タイタン号が氷山に衝突する前、小さな船と衝突して沈める事故に気がつくが、隠蔽しようとする。
ローランドら乗組員に口止め料を支払い、事故の報告を避けさせようとした。
救出されたローランドに罪をなすりつけようと企む。

一等航海士
船の運航に関わる重要な役割を担う。
轢き逃げの隠蔽に関与し、ローランドの証言を無意味にするため酒瓶に幻覚剤を盛るが、
ローランドがその晩の食堂で起きた喧嘩に巻き込まれて瓶を落とされ、その後の航海術論議にしっかりと受け答えしたため失敗。
ニューヨークでマイラの祖父のゴーントにローランドがマイラを海に投げ込んだと吹き込む。

セルフリッジ
タイタンの乗客でローランドの元恋人。
ローランドが娘のマイラに危害を加えるためにタイタンに乗り込んだのではないかと警戒し、
法廷でローランドに不利な証言をすることをブライス船長と約束する。
事故の時には船体に残っていたためにローランドやマイラより先に救助され、マイラの怪我とトラウマの件でローランドを訴える。

船の沈没後の生存者
ローランド、ブライス船長、一等航海士、甲板長、その他船員7人、セルフリッジ、マイラの13人。

バリー船長
ローランドやマイラを救助したピアレスの船長。
ローランドがクマを倒したことを証言する。

タイタン
世界最長かつ最速の船で、沈没しないと考えられている。
科学、職業、貿易のすべてが関与しており、船の運航には、海の風、潮、海流、地理に関する厳格な試験を通過した科学者でもある熟練した王立海軍の精鋭が関わっていた。船は完全に鋼鉄製で、客船専用。
事故の際は世界最大の自船乗客を守ることが最優先されており、他の船との衝突時にダメージを最小限に抑え、また、氷山との正面衝突時にも船が浮かび続けると信じられていたため、霧や嵐の中でも全速力で航行するという航海規則を採用していた。
沈没しないと考えられていた理由は、19の防水区画があり、9区画が浸水しても浮く設計だったため。
不要と思われていたが法律で定められた最小限の救命ボートを搭載し、それらは上甲板にしっかりと固定されていた。
全速力の秒速50フィートで自重7万5000トンが垂直の壁に衝突する衝撃を受けても、船殻曲がり外板とフレームの弾力によって、船は後退し、乗客には激しい揺れ以上の被害はなく船は頭を少し下げて航海を終えられる設計だったが、
想定と異なり、右舷が氷山の海面下の浅瀬に乗り上げて横転し、固定ボルトの折れたボイラーとエンジンが船体を破壊して沈没し、尖った氷山がボートを破壊した。

作者について

モーガン・ロバートソン(1861~1915)はアメリカ人の小説家。
父親は五大湖を運行する船の船長で、モーガンも16歳からの10年間を船乗りとして暮らした。
タイタン号の描写には彼の専門知識が反映されており、船は非常に大きく、多くの安全機能を備えているにもかかわらず、最終的には自然の力には勝てないという流れから、「船の安全性に対する過信が最終的な悲劇につながる」という認識が窺える(同時に当時の船舶に対する人々の信頼を反映しているとも言える)。

ロバートソンは船乗りを退職後に宝石加工師に転職。小説を書きはじめたのは36歳の時だが、作家としては成功しなかった。
他にも多くの小説を書いているが、本作のように現実の事件を予言していたと言われるものはないようだ。
例えば1914年に執筆した(当時の流行だった)仮想戦記小説「Beyond the Spectrum(スペクトルのむこうに)」は、日本軍が人間を失明させる紫外線兵器でアメリカ軍の艦船を攻撃してくるというストーリーでその後の太平洋戦争とはまったく一致しておらず、彼に予知能力があったという説は否定的な見解が強い。
『タイタンの遭難または愚行』で名を上げたものの、経済的な窮乏と妻の病気に追い詰められて精神病院に入退院を繰り返したと言われている。

タイタニックとの類似点

この物語は、実際のタイタニック号との類似性により注目されている。タイタニックの側が遭難を題材とした14年前の小説に因んで命名された可能性はほぼ無視して良く、
日本ではMMR マガジンミステリー調査班にて初めてミシェル・ノストラダムスが初めて取り上げられる回の補強材料として扱われたこともある。
タイタニック号の沈没後、小説はタイタン号とタイタニック号の類似点を強調するために改訂された。
たとえば1898年版では、タイタン号の排水量は「4万5000トン」になっていたが、1912年版では、現実のタイタニック号の排水量(5万2310トン)に比べて小さすぎると思われたのか、「7万トン」に変えられている。


船名 タイタン号 タイタニック号
船籍 イギリス イギリス
全長 244メートル 269メートル
乗員乗客数 約3,000人 2,216人
排水量 70,000トン((1898年版では45,000トン)) 66,000トン
馬力 75,000((1898年版では40,000)) 46,000
スクリューの数 3 3
防水区画 19 16
事故があった月 4月 4月
事故原因 氷山との衝突 氷山との衝突
衝突時のスピード 時速46キロ 時速42.6キロ
救命ボートの数 24 20

それでもこう挙げていくと偶然とは思えないようだが、相違点もだいぶ多い。

船名 タイタン号 タイタニック号
死者数 約3000人 1514人
生存者数 13人 710人
浸水可能な区画 9 4
水密扉 92 12
事故時の天候 月光有り、濃霧 月光無し、晴朗
事故時の状況 氷山に正面から乗り上げて横転 右舷に氷山が衝突して浸水
沈没までの時間 短時間 2時間40分
事故時の航海数 3回目 初回
事故時の航路 アメリカのニューヨークからイギリスへ向かう帰りの航路 イギリスのサウサンプトンからアメリカのニューヨークへ向かう行きの航路

本当に予言書だったのか?

執筆当時の1898年は客船の大型化が進んでおり、その6年前の1892年の時点で後のタイタニックと同程度の規模の「ジャイガンティック」なる客船が構想されていた*3
長さ213m、幅20m、時速約41㎞とスペックが近い上、発注元はタイタニック号と同じホワイトスターライン社である。
なお「ジャイガンティック」という名はギリシャ神話のギガス神族に由来する(対する「タイタン」という名はギリシャ神話のティターン十二神に由来し、Titanicと形容詞にすると、「タイタンのような」「巨大な」という意味になる)。
作者のロバートソンがこの情報を知っていれば、将来建造されるであろう大型船を予想するのは容易だったはずだ。
大型船であれば巨大さを意味する名前が付けられるのは当然であり、「タイタン」と「タイタニック」で被ったとしても何の不思議もない。
その大型船を沈没させる物と言えば当時は氷山ぐらいであり、春に溶け始めて南下してくる性質を考えれば、事故の発生時期が4月に設定されるのは妥当と言える。
更に言えば本作においてタイタン号の事故が描かれるのは僅か2ページ程度
ロバートソンがさほど事故に重きを置いていなかった証拠だろう。
これらを踏まえる限り、『タイタンの遭難または愚行』が予言書である可能性は低いと言って良さそうである。



余談

2023年には、水深約3,810mに沈んだタイタニック号の残骸の観覧を目的とするオーシャンゲート社の潜水艇 タイタン号 が遭難してしまった。
あたかもこの事故への当てつけのような項目名になってしまったが、通常球形にすべき耐圧殻をNASAのコンセプト潜水艦「Titan Submarine Phase I Conceptual Design」を意識したとも言われる円筒形にしたことと
素材のカーボンは引っ張りには強いが圧縮には弱いため水圧によって圧壊したという技術的な原因で、本作との関連はない。

2017年、Studio120というサークルが本作の日本語版を出版した。確認できる限りでは最初の邦訳となる。
残念ながら同人誌なので一般書店での入手はできず、通販でも2024年現在品切れ状態。
一般書籍での出版が待たれるところである。





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最終更新:2024年09月15日 13:31

*1 「空虚」「無益」「むなしさ」という訳もある

*2 成長したホッキョクグマは400kg以上

*3 1892年9月17日付けの「ニューヨーク・タイムズ」より