SCP-8209

登録日:2025/04/26 Sat 05:37:54
更新日:2025/04/27 Sun 13:42:24NEW!
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SCP-8209はシェアード・ワールド『SCP Foundation』に登場するオブジェクトである。

収容クラス/副次クラスはEsoteric/Ticonderoga
オブジェクトクラスの項目も参照してほしいが、「収容はできないが、そもそも収容する必要はない」オブジェクトに与えられる分類である。
それを示すように、一般大衆への影響力を示す攪乱リスクと、危険性を示すリスククラスは、共に最低レベルのDarkとNotice。

項目名は「Repairing the World(世界の修繕)」。

概要

SCP-8209は、2021年1月16日以降、転生能力を保有する人物が復活に際し、必ず深い至福感を経験する異常現象である。

こんな現象が起きようがいまいが、転生能力なんてものを持つ人物は、財団の原則である確保・収容・保護の対象であるのは言うまでもない。
それに、現象が転生能力を持つ当人にしか影響を及ぼさないのなら、彼らの存在を世間から隠せば、そのままこのオブジェクトも隠蔽できる。Ticonderogaなのはそのためだ。

よって、特別収容プロトコルはこの一文だけである。
「SCP-8209は既にヴェールの内側にいる人物にのみ影響を及ぼすため、更なる収容プロトコルは不要です。」




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5/8209クリアランス保持者は追加の情報を閲覧可能です。





















上記の内容はダミーであり、本物の情報は最高機密に指定されている。
本当のSCP-8209は、アメリカ合衆国ノースダコタ州の町・ハバククの町条例に関連する異常現象である。

オブジェクトクラスはNeutralized
2021年1月16日の「事件01.16」で無力化したと見做されている。


真の概要

ハバククの町条例*1に違反すると、違反者はその最大の刑罰を瞬時かつ主観的に経験する
完了後にはその記憶は忘却されるが、心理的な影響はそのまま残る。
期間こそ短いが、精神的なダメージだけは残る5億年ボタンと言えばわかりやすいか。

たとえば「スピード違反」をすると、罰金を支払わなければならない。
また、一時的な拘留を認めることも条例に明記されていたとしよう。

町の警察官たちが実際に違反者を拘留していたのか、それとも書面上だけの話で、長らく実行されていないのかは関係ない。
このオブジェクトの異常性は「最大の刑罰を瞬時かつ主観的に経験」なので、違反者は即座に「短期間収監され、罰金を支払う」感覚に陥る。
実際には罰金を支払う手続きも、留置所への移動もない。時間の経過も主観的なものであり、数時間拘留されているように感じても、刑罰が終わってみれば、時間は1秒も経っていない。

罰を受け終わると、その感覚も記憶も綺麗さっぱり忘れてしまうが、喪失感などの心理的な影響だけは残る。


効果範囲は不明だが、町そのものに影響を及ぼすオブジェクトなら、その自治体を解散してしまえばいい。
しかし、その煩雑な手続きを回避すべく、財団は2020年12月に町憲章の不備に起因する問題をでっち上げ、その解決のため、ほぼ同じ土地に新たな町「ニュー・ハバクク」を設立し、法的にオブジェクトを制御する体制を整えた。

  • 旧ハバククを「ハバクク_2」、その条例を「ハバクク_2町条例」に改称
  • ハバクク_2の居住者は実験担当者の3名のみと定義
  • 町議会の議席定数を12席から3席に減
  • 前町議会議席の解散総選挙を実施
  • 実験担当者を町議会議員に選出
  • ハバクク_2境界は、町外れの森林地帯に放棄された開発用地(100平方ヤード)のみ包括と再定義

これにより、異常現象の影響範囲は法的に大きく制限され、それまでの住人たちにその存在を知られる恐れもほぼなくなった。
財団は早速、SCP-8209の有効性や限界、他アノマリーの収容支援における実用性を検証する試験を実施した。
その最終的な目標は、ヒト型アノマリーに対する懲罰措置への活用である。


12月12日・13日: 試験

ハバクク_2町議会の議長を務めるオデッド・シモニ博士は、上司であるアヘ・カヘレ管理官の指示で試験を行っていた。

行われたのは、入金額が異なるデビットカードをDクラスに盗ませる試験。
ノースダコタ州法においては盗んだ金額によって罪の等級が変わり、A~C級重罪に相当する金額が入った3枚のカードが用意された。
なお、その中で最も軽いC級重罪でも、最高刑は懲役5年と罰金1万ドル。B級ではどちらも倍になり、最も重いA級重罪は懲役が最長20年に延びる。

結論から言えば、試験に参加したDクラスは累計約75年の服役生活と主観的な死を経験し、意思疎通が全くできなくなった。
Dクラスは目の前に置かれたカードを持ち上げた直後に刑罰を受けたのだが、C級とB級相当のカードだけで15年分の懲役を経験し、その心の傷から、言葉を発することもできなくなった。
シモニ博士は「必要なデータは得られたのではないか」と管理官に問いかけるも、管理官は試験の続行を命令。
Dクラスは首を振ってA級のカードに近づくことを拒否したが、管理官の提案で、町の境界の外に立つ博士から「カードを取らなければ終了処分する」と脅されることに。
結果、最高額のカードを持ち上げたDクラスは虚ろな顔で倒れ込み、歩き始めると、博士から拳銃を奪おうと飛び掛かった……が、博士に触れた直後、激しくすすり泣き始める。
ノースダコタ州において計画的殺人未遂は終身刑に処される可能性があり、博士に殺意を抱いて飛び掛かったのがそれに該当したと結論付けられた。

翌日も試験が行われたが、参加したDクラスは同様に精神が崩壊した模様。博士は「敢えて記載する意義が薄い」として、記録の書き起こしを割愛した。

この頃に2週間弱かけて、上記の「ニュー・ハバクク」の町憲章の制定、「ハバクク_2」への改称、町域の縮小、町議会議員選挙などが行われている。
同時に、連邦法と州法が町条例に及ぼす影響を排除するため、それらの明示的適用を認める条例が除外された。
この法的にゴタゴタしている期間中、試験は全て中断された。

12月16日~28日: シモニ博士の苦悩

その間、シモニ博士はサイト-19に所属するユダヤ教の祭司(ラビ)であるイッサカル・レヴィにメッセージを送り、精神的な援助を求めた。

博士はユダヤ人であり、敬虔なユダヤ教徒でもあった。しかし、自分が善良な人間だとは考えていない。
財団にいる以上、手を汚さずにいるのは不可能であり、何より博士は、直近で2人のDクラスを生き地獄に落としてしまった。
Dクラスといえど人間である。同じ人間が苦しみ、弱り果てていく様を目の当たりにした博士は、強い罪悪感を抱えていた。

祭司はユダヤ教の教えを引用して諭したり、宗教的行事に参加するサポートを提案したりするも、自罰的になりつつある博士が求めているものとは少しずれていた。
終わり際、祭司は自罰的になることを頭ごなしには否定はせずとも、苦行では贖罪は得られないと伝える。
しかし、贖罪は苦行で得るものではない。悔い改めを通して得るのだ。
世界を修繕することによって得るものなのだよ。

この後、博士は管理官に異動を要請した。

SCP-8209は主観的な拷問以外の何物でもなく、我々が既に理解したと自信を持って言える効果の試験を更に繰り返すという見通しに、私は強い不安を覚えています。

実のところ、私はSCP-8209がいずれヒト型アノマリーの“懲罰”に使用される見込みにも心を痛めています。懲罰手段としてのSCP-8209の運用は、刑罰キャンプや電流首輪がそうであるように、甚だしく非倫理的です。苦痛をもたらすメカニズムが不可視であるならば、それを用いるのがいかに非道であるかは誰の目にも明らかです。

結論として、SCP-8209プロジェクトチームでの業務は、私の道徳的・精神的な信条と全く以て相容れないものである故、できる限り早急な転任を求めます。

この要請は一蹴され、博士は1月1日の第1回町議会会議に赴くこととなる。

1月1日: 第1回町議会会議と試験

議員の一人であるコートニー・スパングラー博士の提案で、SCP-8209がもたらす「主観的な死」の詳細を探る実験が実施されることに。それを実現させるための、致命的な刑罰を伴う条例が可決される。
内容は「町内でジェリービーンズ1粒を消費したら、120秒の全身水没の刑」「2分以内に5粒以上消費したら24時間の全身水没」というもの。
どちらも実際に経験すれば死に至ることは予測できるが、主観的な死を迎えることで知覚力が失われるなら、両者の結果に差異は見られないはずという考えである。

次いで、もう一人の議員であるグラーム・ハズラット博士が、13日の正午に臨時町議会会議を開催することを要望。
「マジでおかしな試験のアイデア」があるものの、まだ未完成だという。かといって、翌月1日の定例会議まで待ちたくないとのこと。
これも決定された後、会議は休会となった。

肝心の試験の結果だが、そこには大きな差異があった。
2分間水没させられたDクラスは過度のストレスで声が掠れてしまったものの、意識を取り戻した。
対して24時間水没させられた方は昏睡状態に陥り、回復しなかった。言語能力や意思疎通能力も失われたと推測されている。

これが意味するのは、町条例で刑罰として設定すれば、人体や脳の限界を超えてあらゆる刺激を柔軟に与えられるということ。
これは単に懲罰のためだけでなく、未知のオブジェクトや異空間に接触・進入した際の影響を事前に検証する予測ツールとしても活用できる可能性があるのだ。
SCP-8209の可能性を大きく広げる結果となったが、シモニ博士は随分と静かにしていた。

その日、シモニ博士はまた管理官にメールを送った。今度の件名は「退職願」だ。
ここに規定通り、退職に向けた2週間前通知を提出させていただきます。最後の出勤日は1月15日です。SCP財団での私の業務は倫理的に擁護不可能だと明白になりました。

2回目の町議会会議が1月13日に開かれるのは承知しています。私はその会議を以て町議会議員の席を辞し、その辞職は数日以内に効力を持ちます。そうすれば、あなたが後任者を選び、“補欠選挙”の期日に間に合うようにハバクク_2の“住民”にするための数日の猶予ができます。

メールを見た管理官は何者かにメッセージを送った。
[記録削除済]とあって、我々読者にさえその名はわからないが、管理官のメッセージで、どんな人間かは察しがつく。
オリエンテーションで、自分の仕事が道徳的ないし宗教的な信条に反すると考え、退職する意向を示した従業員がいる場合に限り、君に連絡するようにとの指導を受けている。

財団において、退職希望者が現れると必要となる人物。
自殺や辞職で財団から去ろうとする優秀な人間を、あの手この手で引き留め、あるいは追い詰め、一度は去ろうとした暗闇の中へ再び引きずり込む存在火急鎮静部門の人間である。

おはようございます、カヘレ管理官。
我々は既に必要な情報を全て有しています。

その後、管理官は博士に「15日に人事担当者との退職時面談を受けてもらう」と告げた。

1月13日: 第2回町議会会議と試験

ハズラット博士が要望した臨時町議会会議。彼はDクラスを1人徴発し、なぜか別の町で待機させていた。

前回の会議の頃からやたらと自信満々なハズラット博士。
他2人が多忙のあまり、たった2ページの条例案すら読んでおらず、その場で説明することになるハプニングもあったが、条例案は概ね肯定的に受け止められた。

続けて話は町議会議長であるシモニ博士の辞職に移る。
シモニ博士はスパングラー博士を後任に指名し、協議の末、1月20日での辞任を表明した。

ハズラット博士の条例案の可決後、会議は休会となった。
以下はその条例案である。

全世界共通で、ディズニーアニメ "蒸気船ウィリー" の任意の50フレームの視聴、1頭のヒツジの頭部の肉2オンス以上の消費、意図的なニワトリの物真似、及びホラ貝の内部への直接的排尿を60秒以内に行った者は、それまで聞いたことがないほど面白いジョークを聞かされる刑に処す。

試験の結果だが──成功した。
ハズラット博士が待機させていたDクラスは一連の行動をやり終えると、11秒間にわたって大笑いした。
この結果が示すことは1つ。範囲を町内に限定しなければ、条例は全世界に影響を及ぼせる。

シモニ: 私はもう、この特定の条例が正常性への脅威を及ぼし得るとは考えていません。

ハズラット: 俺たちは殺人を終わらせられるよな? 微調整の必要はあるだろうが、これはつまり、この世から殺人を一瞬でなくすことができるって意味だろ?

スパングラー: オデッド、文句を言うつもりはないけど、あなたがこのプロジェクトを手放すなんて狂気の沙汰よ。

シモニ: 全く新しい世界が生まれる。

1月15日: 退職時面談


火急鎮静部門 - 機密指定

とうとう訪れた、シモニ博士の最後の出勤日。そして火急鎮静部門の人間との接触。
博士は管理官からの連絡を受けたのと同一人物であろう誰かと話し合っていた。

少し砕けた口調のその相手は、ユダヤ教の話から転じて、自身がかつて戦術神学部門で来世の研究をしていたと明かす。
面談時間がかなり余っていたことと、個人的な興味から、博士はその話に食いつく。
相手は何かと理由をつけたり脅しをかけたりしてはぐらかそうとするも、博士は興味津々で、教えてほしいと食い下がる。
とうとう根負けしたその人物は、SCP-6130の書き起こしを博士に見せた。


シモニ博士の反応は典型的なもので、勇気ある人間も為政者も、幼くして死んだ弟も地獄に堕ちたことに絶望する。
面談相手は言葉巧みに、絶望した博士の心を解きほぐす。
そして最終的に、博士は無理に微笑みを浮かべながらも、辞意を撤回するに至る。

[記録消去済]: いいのか? 復帰してくれるのは嬉しいが、しかし…

シモニ: ええ。私にもここで善を行うことができると思います。どんなことであろうと。

[記録消去済]: 了解した。おかえり、博士。

その後、博士は以前連絡した祭司に、再びメッセージを送った。

どうも。金曜日の夜ですから、あなたがこれを読むまでしばらくかかるでしょう。

私はヨム・キプルを迎えられそうにありません。しかし、良いニュースと悪いニュースがあります。

悪いニュースはお伝えできません。

良いニュースは、私がこれから世界を修繕するということです。


1月16日: 第3回町議会会議、事件01.16

15日の午後11時59分、シモニ博士は一人で暫定町議会会議場に来ていた。

私はハバクク_2町議会の3分の1以上の信任を得てハバクク_2町議会議長を務めているため、町条例に基づき、1日以上の予告期間を設けたうえで臨時町議会会議を開催する権限を行使します。1月16日 12:01 AM に町議会会議の開催を予定します。

第1回と同様、臨時町議会の開催を宣言する。実際の時刻にしてわずか2分だが、日付の上では「1日以上の予告期間」という規定は満たしている。

この場にいるのはシモニ博士だけだが、臨時町議会の定足数要件は「議員の欠席が2名を超えないこと」。
つまり、1人だけでも定足数は達成できてしまう。
そして同じように、どんなに無茶苦茶な条例も、1人しかいないれば必ず可決される。

これより、シモニ議員の条例案を採決します。賛成の方は“賛成”と、反対の方は“反対”と述べてください。賛成。可決と認めます。

博士は自らの条例案を可決させると、それまでと同じように会議の休会を宣言。
休会が決定されたと同時に、ベルトから引き抜いた拳銃で自らの顎を撃ち抜いた。

以下が、博士が死の間際に可決した条令である。

  • 2021年1月15日またはそれ以前に可決された、ハバクク_2町条例における、あらゆる行為及び状態に対する刑罰に関する条項は、今後全て無効とする。
  • 2021年1月16日 12:05 AM を以て、ハバクク_2町議会、ハバクク_2町民、及びその他のいかなる機関も、ハバクク_2町条例に一切の変更を加えることを認められない。
  • 死亡という行為は普遍的に犯罪であり、行為者を1万年の楽園送りの刑に処すと共に、任意で刑期を更新可能とする。

ここまで来てようやく、今までの町条例の話と、最初の「転生能力と至福感」の関係が明らかとなる。
死んだ人間はSCP-8209により、刑罰として楽園へ送られる。だが転生能力の持ち主なら、1万年の楽園生活という経験が終わると、再び蘇るのだ。
しかし楽園で過ごした記憶は失われ、ただ、そこでの至福感だけが胸に残る。



良心の呵責に苦しんでいたシモニ博士に、火急鎮静部門は嘘を吹き込み、励ました。
善良な人間も、そうでない人間も、死ねば誰もが地獄へ堕ちる。幸福でいられるのは今だけだ。だから、今この世でできることを精一杯やろうじゃないか、と。

大抵の場合、それで上手くいっていた。
だがシモニ博士は、自分が担当しているアノマリーが、世界の法則さえ書き換えられるものだと知ってしまっていた。
誰もが地獄へ堕ちると知った絶望は、彼をとんでもない方向に奮い立たせた。
彼は死のシステムを書き換え、天国への片道切符を手にして死んだ。


SCP-8209

世界の修繕(Repairing the World)


残酷な仕打ちが待つ世界に、望む限り永遠に続く確かな救いを用意した博士は、もう二度とこの世には戻らないだろう。
あまりにも大きなものを歪めたその「修繕」は、もう決して、誰の手にも直せはしない。




追記・修正は、楽園から帰ってきてからお願いします。


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最終更新:2025年04月27日 13:42

*1 ノースダコタ州法および連邦法も、町条例によって明示的に適用されているため、これらに違反した場合も発生する