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SCP-798-JP

登録日:2025/12/14 Sun 15:36:41
更新日:2026/04/07 Tue 20:15:20
所要時間:約 13 分で読めます




哺乳類が殻を破り、恐竜が翼を手にしたとき、歩むべき道は定められた。

嗚呼、そして今。1匹の霊長は艶やかな硝子を拾い上げた。

Qのコンテスト 決選投票記事紹介 S部門より


CC BY-SA 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0>, ウィキメディア・コモンズ経由で


SCP-798-JPは、怪異創作コミュニティサイト『SCP Foundation』に登場するオブジェクトの一つである。
オブジェクトクラスはKeter。JPのコードが示す通り日本支部の管轄にあり、項目名は『Knock Knock』。

SCP財団日本支部の夏の重賞コンテスト「Qのコンテスト2022」の参加作品である。

基本情報

珪藻類としての特徴

SCP-798-JPは単細胞生物である、アキチノキクルス属(genus Actinocyclus )の未定種。
アクチノキクルス属とはヒトツメケイソウ属という和名も持ち、和名が示すように珪藻綱に属する。
全体的な形状は円筒形で、その直径は約10μmという、小型微生物である。
この分類群に属する以上、SCP-798-JPも同様の概形を持つ。

そもそも珪藻とは何であろうか?
小学校の理科の授業でプランクトンの一例として登場しているため聞き覚えがある者も居るかもしれないが、
彼らは不等毛植物門という高次分類群に属する「藻類」のグループである。
「植物」という名を冠しているものの、地上に生える植物ではなく、水中を漂って生活している。

珪藻の最大の特徴は二酸化ケイ素の水和物からなる、ケイ酸質の被殻を持つことである。
この被殻は結晶構造を欠いており(非晶質/アモルファス)、生物が生み出したガラスとなっている。
中学理科で登場する堆積岩のチャートは非常に硬質であるが、その成因の1つにこうしたガラスの蓄積がある。

さて、このガラス質の構造はSCP-798-JPにももれなく存在するが、このガラスが異常性の鍵となる。
SCP-798-JPは細胞内に非常に大きい化学エネルギーを貯蔵しており、
このエネルギーを使うことでケイ酸被殻を構成する二酸化ケイ素の結合パターンを制御し、
外部環境に存在する他のガラスに溶け込むことができる。
ガラス製造に用いられる珪砂の堆積場に混入すれば、適切な製造過程を経たガラス製品にも侵入できる。

いうなれば、漫画『ジョジョの奇妙な冒険』のナルシソ・アナスイのような物質透過能力をガラス限定で行使する特性ということになる。

藻類としての特徴

そして異常性に関わるもう1つの特性が、付近の哺乳動物に対して強制的な細胞内共生を引き起こす点である。
この共生はもちろんヒトも対象に含んでおり、窓ガラスに囲まれて生活する人間にとって死活問題である。

そもそも藻類という分類群は地球生命史において桁外れの影響力を持つ存在であり、
この地球が酸素に満ちた大気を持つのは藍藻類と呼ばれる藻類が酸素発生型光合成を開始したためである。

この藍藻類は一次生産者であり、生態ピラミッドの底辺に位置する。当然、他の細胞の餌食になっていた。
細胞はエンドサイトーシスと呼ばれる過程で外部の物質や物体を取り込むのであるが、
このとき取り込まれた藍藻類が捕食した細胞との共生を開始してしまう事件が起きた。
これを細胞内共生という。*1


Fabio Facchinelli, Andreas P. M. Weber, CC BY 3.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/3.0>, ウィキメディア・コモンズ経由で

この細胞内共生は生物史上で何度も独立に起きている。
藍藻類の一次共生により誕生した藻類のグループが灰色藻類、紅藻類、緑藻類である。
特にこのうち緑藻類は我々の知る植物に近縁な藻類であり、見慣れた緑色を呈している。
緑藻類の具体例としては理科の授業で顕微鏡観察を行うミカヅキモや、一時期ブームになったマリモがある。

一方で、赤っぽい色を呈する藻類が紅藻類である。
食材である海苔は紅藻類のスサビノリが利用されているし、寒天はテングサ類から採取される。
これは緑藻類から全くかけ離れたグループの藻類であり、当然植物とも遠縁である。

さて、緑藻類も紅藻類も一次生産者であり、生態ピラミッドのより上位の生物に摂食されていた。
この過程でもう一度捕食者の細胞との共生を開始することがあり、これを二次共生という。

紅藻類の二次共生を経験した藻類にはハプト藻、クリプト藻、渦鞭毛藻などが存在するが、
SCP-798-JPの属する珪藻類もこの二次共生藻類である(上図では不等毛植物/Heterokontophytaとしてまとめられている*2)。

さて、SCP-798-JPは人間の細胞に侵入して共生を開始する。
すなわち、ヒトとSCP-798-JPとの間で次なる共生の段階、三次共生を始めようとしているのだ。

……ただし、ヒトとの相性があまりよくないのか、寄生された人間はグズグズに溶かされて即死してしまう。
また体内に侵入してからの増殖速度も異常であり、全身の細胞がパンパンに膨れ上がっていく。
珪藻は陸上植物と同様のクロロフィルを光合成色素として持つが、
カロテノイド色素やβカロテンも併せ持つため、被害者の体は黄褐色に変色しながらブヨブヨになっていく。
そして体内での好気呼吸により全身の酸素も奪われていくという、死因のフルコースのような病変を起こす。

人類との攻防史

SCP-798-JPは古くは新第三紀中新世までその起源を遡ることができる。
これは人類やSCP-1000が出現するよりも遥か以前であり、
オランウータンやゴリラといったヒト科霊長類もまだ分岐していなかった。
当時はガラスを製造するどころか利用する技術も無かったので、比較的無害な生物であったかもしれない。

SCP-798-JPが牙を剥き始めたのは、人類が石器を使い始めたころである。
日本史の授業などで登場する黒曜石は、マグマが急冷されて形成された天然のガラスである。
地層中に堆積していたSCP-798-JPがマグマの貫入を受けて地表に噴出することがあれば、
異常性の発動条件をクリアーして黒曜石の中に侵入することができた。
マグマの莫大な熱エネルギーは細胞内の異常な熱ショックタンパク質により緩和し、
さらにそれを物質透過に利用する化学エネルギーに変換していたらしい。

人類はやがてガラスの利便性に気が付き、これを工業的に利用するようになる。
SCP-798-JPにとっては寄生経路が爆発的に増えたことになり、非常に好都合。
これまでの種族の歴史の中でも類を見ない速度で増殖していき、
財団や世界オカルト連合(GOC)が黙っていないほどの被害を叩き出し始めた。

財団やGOCの調査では、SCP-798-JPによる被害では窓ガラスに異音が発生することが確認されている。
直近1年間に集積された情報では、

「ガラスを引っ掻くような音がした」と証言された。

乗客からは「カリカリという音がしていた」と証言された。

交友関係のある女児より「ガラスがキリキリ言ってた」と証言された。

崔氏のボイスレコーダーにはショーウィンドウの軋む音が録音されていた。

佐桑 彩乃 氏(5歳・女性)の誕生日パーティにて、遮光カーテン越しに連続したノック音が発生。

のように記録されている。
いずれも窓ガラスをSCP-798-JPが透過する際、分子構造の組み替えにより発生しているものと推測される。

窓から奇妙な音が聞こえ始めたら、そこには近づかない方が良いのかもしれない。


追記・修正は周囲の物音に気を付けながらお願いします。
































……ちょっと待ってほしい。

先に掲載した異音の中で、明らかに他と異なる様式の音が存在したことに気が付いただろうか。

摩擦音や擦過音であれば、その音は連続的である。徐々にガラスへ浸透していく藻類の動きと辻褄が合う。

しかしノック音はどうだろうか。ノックの音は離散的であり、これまでの音と明らかに異質である。

この記録が回収されて間もなく、財団はSCP-798-JPに関する議事を開いた。
突発であったため1名の遅刻者がいたものの、藻類や植物や菌類に関する専門家が集っての会議となった。
議論で提出された映像記録は以下の通りである。

<再生開始>

[00:00] 画面中央に 佐桑 彩乃 氏(5歳・女性)が座り、チョコレートホールケーキがテーブル上に置かれる。背景には家具が並び、その後方に臙脂色の遮光カーテンが閉められている。

[手拍子を伴う「ハッピー・バースデイ・トゥー・ユー」の歌唱]

[00:20] 彩乃氏がカラーキャンドルの火を吹き消す。歓声と拍手が上がり、祝福の言葉が口々に述べられる。

[00:34] 佐桑 愛佳 氏(29歳・女性)がケーキナイフによるケーキの切り分けを開始する。佐桑 将樹 氏(8歳・男性)がミルクティーに口をつけ、佐桑 愛佳 氏に窘められる。

[01:17] 4枚目の小皿にケーキを乗せると同時に、画面奥から1回のノック音が発生。子ども2人が察知。

[01:22] 再び1回のノック音。大人も音に気付くが、警戒する反応は示さず会話を継続する。

[01:27] 2回のノック音。

[一家全員が音に注意を向ける。会話の中断]

[01:32] 3回のノック音。

[大人の間で、異音の発生を不審に思う会話]

[01:37] 連続した5回のノック音。

[01:42] 連続した8回のノック音。愛佳氏のものと思われる小さな悲鳴が上がる。

[将樹氏が立ち上がり、音の発生源に向かう。制止の声を黙殺し画面外へ消える]

[01:45] 将樹氏がカーテンを捲り、窓の様子を観察する。

[01:47] 連続した多数回のノック音。将樹氏による驚嘆の声。

[カメラが落下。これ以降画面は床を映し続け、助けを乞う将樹氏と動揺する一家の音声が続く]

[01:56] 何かが崩れ落ちる音。119番通報を指示する声。

[02:08] 愛佳氏のものと思われる苦痛の声。混乱が拡大する。

[これ以降、将樹氏から順に確認可能な声量が減衰。SCP-798-JPがヒト同士で伝播したと推測される]

[04:02] 最後の声が沈黙。以降、救急隊の到着まで静かな状態で床が映し出される。

<再生終了>

誕生日パーティ中に非業の死を遂げた一家であるが、彼らに死をもたらしたその異音にはある法則性が見出された。

ノック音の回数はフィボナッチ数列に従って単調増加している。

そして、遮光カーテンで内部が視認できないにもかかわらず音が発生し、人間をおびき寄せている。

ここから財団職員は、何らかの知性が働いたのではないか?
SCP-798-JPの動物宿主が生き延び、その肉体が音を発生させたのではないか? と推論を立てていく。

藤原研究員: まず、ノック音の回数は報告書の記載通り単調増加していますが、1回、1回、2回、3回、5回、8回と増えています。このノック回数は1つ前と2つ前の回数の和をなす関係にあり、フィボナッチ数列の初項から第6項までと一致します。この法則性から、音の主は基礎的な算術の知識を有し、そして対象を試している可能性があると指摘します。

藤原研究員: 確かに、音を受容する生物はいます。一部の高等植物は花弁を音響装置として用い、昆虫に対する応答を示すことがあります。しかし、音波による相互的なコミュニケーションはそうではありません。それは現状、地球上で脊椎動物と昆虫のみに認められる独自の行動様式の1つです。聴覚を介した相互作用は、鼓膜と有毛細胞を持つ彼らの介在を示唆します。

SCP-798-JP自体に知性は存在しえない。このような挙動を示すならば、背後に何者かがいるはずだ。

しかし財団が関知する限り、検体はいずれも音を発生させるまでもなく即死してしまっている。
果たして好適宿主たりうる動物が存在するのだろうか?

森山座長: 実際の疫学的な観点に立てば、十分な期間の中で、神経系の支配はおろか、数百匹のマウスに対して細胞内共生が確立されなかったことは1つのエビデンスになるかと思います。仰るように論理的には可能性があるけれども、現実に起こらなかった。これをどう評価するかによると思うのですが、いかがですか。

楠研究員: ただ単に100匹、200匹のレベルでは検出できない可能性があります。家畜も含め、哺乳動物の個体数は、少なくとも我々が実験室で管理する個体群よりも遥かに多いわけです。300匹のマウスでは共生が成立しないかもしれませんが、1万匹、10万匹を考えてみると、非常に低い確率でも起こり得ます。研究に十分な時間をかけられていないと判断します。

藤原研究員: 加えて、モデル生物2種とヒトのみでは霊長類と齧歯類でしか検証が行えておらず、系統ブラケッティングにも心もとないものがあります。哺乳類の種数は鳥類に及びませんが、約6,000の種が地球上に生息します。例えば主要な家畜であるブタやウシにアダプトした際には急速な拡大を見せるかもしれません。BSEを思い出してください。そういう可能性を鑑み、種の壁を超えて他の哺乳類種も検討に加える必要があるかと思われます。

議事が白熱する最中、遅刻者から緊急連絡が入る。

森山座長: 本当に。福井で。

森山座長: えー、ただいま桜田研究員から連絡がありまして、こちらに向かう車両内でSCP-798-JPとの関連が疑われる事象と遭遇したとのことであります。既に報道陣が詰め掛けているとのことであり、緊急性の高い案件と判断、事態急変のため議事を一時中止します。申し訳ありませんが、各自、関連情報の収集にご協力を。

何が起きたのか?
列車内の様相は凄惨を極め、肥え太りながら液状化した乗客が犇めいていた。
そしてそのSCP-798-JPのクラスターが発生する直前に、車窓という車窓からノック音がこだましたという。

鉄道会社の記録映像には、SCP-798-JPがどのように感染したか、その好適宿主たる存在が可視化されていた。







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Judy Gallagher, CC BY 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by/2.0>, ウィキメディア・コモンズ経由で

SCP-798-JPが適合した相手は、哺乳類でなく鳥類だった。

鳥類の種数は1万種を超え、哺乳類をゆうに上回る。
そして彼らは約3億年前の時点で双弓類と単弓類とに分かれ、全く別の進化の道を歩んできた。
免疫機構を含む体のメカニズムの乖離が、SCP-798-JPの適合を可能としたのだ。

カメラは何百羽というカラスの集団が高速走行する車両に沿って襲い掛かる様子を撮影していた。
カラスは光り物を好む性質上、SCP-798-JPと触れる機会が多かったのだろう。
やがてそのうちの1羽が適性を示し、人類に牙を、否、嘴を向けた。

報告書がSK-クラス:支配シフトシナリオの発生可能性に言及して物語は幕を下ろす。
高度な知性を持つ鳥類が、哺乳類に対して致死的な特性を獲得したとすれば、
その時は、約6600万年ぶりに鳥類の系統が地上を席巻する時代が到来するのかもしれない。



余談

本作は先に述べた通りQのコンテスト2022の参加作品であるが、翌年に開催されたXのコンテスト2023では
本作とSCP-1150-JPとのクロスTale「暗黒の此岸、翠緑の彼岸」が投稿されている。
SCP-1150-JPは致死的な性質を持つイネ科草本のオブジェクトであり、
植物体内にプラントオパールとしてケイ酸を蓄積している点でSCP-798-JP、そして珪藻と共通している。

実際の地球生命史において、イネ科草本の繁栄は珪藻の繁栄をもたらしたことが考えられている。
蓄えられたイネ科草本のケイ酸結晶が、やがて海に流入して珪藻のケイ酸被殻の原料になったというのだ。

SCP-798-JPとSCP-1150-JPとの戦いは因縁を持つ凶悪光合成生物同士の決戦であり、
またその背後に潜む2種類の獣脚類同士の代理戦争を兼ねてもいる格好になっている。

追記・修正はガラスに十分注意してからお願いします。


CC BY-SA 3.0に基づく表示

SCP-798-JP - Knock Knock
by Tutu-sh
http://scp-jp.wikidot.com/scp-798-jp

この項目の内容は『 クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承3.0ライセンス 』に従います。

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最終更新:2026年04月07日 20:15

*1 この細胞内共生によって、共生した細胞が変化して生まれた細胞小器官が葉緑体である。

*2 不等毛植物にはこの他コンブやワカメなどの仲間である褐藻類などが含まれる。