今年度、天空学園都市カエルムの西マジョリア出身新入生の回収地点に指定されたのは、アルキミア王国最高峰ルミア山。その頂に吹く風は、頬を刺すほど冷たい。だがそれを受ける9歳になったばかりの幼い王女──
フォルトゥナ・グロリア・トルペ・アルキミアは、身震い一つもしない。
フォルトゥナ・グロリア・トルペ・アルキミアは、身震い一つもしない。
「トナ。お父さんが作ってくれたお帽子、暖かいでしょう?」
母──アルキミア王国王妃、フェルキタ・マーシル・ニメス・アルキミアの柔らかく暖かな声に、王女は長い赤毛をすっぽりと覆った大きな毛皮の帽子を両手で持ち上げるように母を見上げ、元気よく答えた。
「うん、お母さん!でも、ボクにはちょっと大きいかも……」
母は微笑んだ。父──現王イェーターソン二世が夜な夜なガランゴートの毛皮と格闘して作り上げた防寒具は、確かに小さな王女の体には少し大袈裟だった。だがカエルムへと飛ぶ間、高高度の寒さを弾き返すには必要なものだ。
「お空はとてもとても寒いのよ。その大きさはお父さんの愛と同じ、といったところかしら」
そう言って、母は澄み渡る空に目をやった。父はこの場にいない。王女が天空学園都市カエルムで過ごす(順当に行けば)六年間、その始まりとなる出発の場であるにも関わらず、である。
原因は、のどかなアルキミア王国には殆ど無縁だったはずの概念、国家的緊急事態。他ならぬルミア山にて金鉱脈が発見されたという報告を受けた彼は、欲望を引き寄せるこの劇物に対処するため箝口令を敷き、陣頭指揮を取るべく山の奥に向かったのだった。
王女には「お父さんは政務が忙しい」としか告げられていない。
原因は、のどかなアルキミア王国には殆ど無縁だったはずの概念、国家的緊急事態。他ならぬルミア山にて金鉱脈が発見されたという報告を受けた彼は、欲望を引き寄せるこの劇物に対処するため箝口令を敷き、陣頭指揮を取るべく山の奥に向かったのだった。
王女には「お父さんは政務が忙しい」としか告げられていない。
(可愛いトナ。寂しい思いをさせてしまうわね。けれど、貴女には沢山のことを学んで貰わなければ……愚か者にもわかりやすい金鉱脈という価値を得たアルキミアは、そして王位継承者である貴女は、強くなるしかないの)
物思いしつつ、母は周囲に目を向けた。アルキミアが「強くなる」には付き合いを避けられない相手──神聖イルニクス帝国と、アルカナ教団の者たちが、この回収地点にひしめいていた。
要所要所を固め万が一の襲撃に備えるのは、若き俊英ハインツ・ダニエル・フォン・ゼルトマルクが率いるという帝国騎士団《ハルシュタット》の一隊だ。風に紫のサーコートを翻し、大楯を構えて岩肌を踏みしめる騎士たちの威容は、それぞれが要塞の防御塔を思わせる。
その間を足早に行き来する教団の司祭と民兵たちも、派手さはないが実直な仕事をしていることが見て取れる。彼らに耳打ちされた騎士がまた一人、馬に跨り駆け出した。9歳前後の子供たちがこうしてのんびりと迎えを待てるのは、彼らが予防的に魔物を発見し叩いているからだ。
要所要所を固め万が一の襲撃に備えるのは、若き俊英ハインツ・ダニエル・フォン・ゼルトマルクが率いるという帝国騎士団《ハルシュタット》の一隊だ。風に紫のサーコートを翻し、大楯を構えて岩肌を踏みしめる騎士たちの威容は、それぞれが要塞の防御塔を思わせる。
その間を足早に行き来する教団の司祭と民兵たちも、派手さはないが実直な仕事をしていることが見て取れる。彼らに耳打ちされた騎士がまた一人、馬に跨り駆け出した。9歳前後の子供たちがこうしてのんびりと迎えを待てるのは、彼らが予防的に魔物を発見し叩いているからだ。
「騎士さんたち、おっきいよねぇ」
二つの強大な力の共働を目にしても、9歳の少女にその重みを感じ取れというのは酷なものである。
いつぞや旅芸人が王宮チルテ城で披露した恋の絵物語に見たよりも、随分と重厚で非人間的とすら言える騎士たちを、王女はのんびりと眺める。
いつぞや旅芸人が王宮チルテ城で披露した恋の絵物語に見たよりも、随分と重厚で非人間的とすら言える騎士たちを、王女はのんびりと眺める。
「ねぇねぇお母さん。あの子のまわりにはどうしてたくさんの騎士さんがいるの?」
母の上着の裾を引っ張り、王女が尋ねた。その視線の先には、銀糸のような髪を持つ子供がいた。年はフォルトゥナとそう変わらない。それでも寒冷地用の騎士服がよく似合うその姿は、近寄りがたい気品を感じさせた。傍らには、白金の髪を結い上げた年配の女性──年齢を重ねながらも美貌を湛える皇太后の姿がある。
「あれはね、神聖イルニクス帝国の皇帝陛下の、帝位継承順位第三位の……ええとつまり、ここにいる騎士さんたちのご主人様のお子さんなの。だから、騎士さんたちはあの子をしっかり守っているのよ」
母は穏やかな声音で答えたが、視線には硬さが宿っている。アルキミアの外交を担う母にとってすら、二人は雲の上の人物だ。直接言葉を交わしたことも無い。
「ふーん……かっこいいね、カエルムについたら、お話したいな!」
だが王女は迷いなく笑顔を弾けさせた。その屈託のなさに、母は改めて娘の明るさを知る。冷たい高山の風の中、王女の笑顔がコハクソウの花のように暖かく輝いていた。
(続くかも)