リリアーナは私の顔を見て、優しげに微笑みながら続けてきた。
「ああ、ご安心を。『皇帝陛下』。見返りなどいりませんので。今回の会談にご用意したものよりは些か価値は落ちますが、練習用でも実用でも問題ないカップですよ。私が保証いたします」
「……はあ」
「おや、ご不満でも?それとも――ああ、武器や資金がご入り用でしたっけ。エルフは大変ですね。金貨を扱うにも苦労をするのでしたね」
「……はあ」
「おや、ご不満でも?それとも――ああ、武器や資金がご入り用でしたっけ。エルフは大変ですね。金貨を扱うにも苦労をするのでしたね」
畳み掛けるように格付けをしてくるリリアーナ。
それはあまりに残酷で、互いの立場を知らしめてくるものであった。
それはあまりに残酷で、互いの立場を知らしめてくるものであった。
「……まあ、それはいいのです。問題は『エルニア帝国』へ投資をしたところで、それが正しく回収できるかでしょう」
「投資?」
「投資?」
投資という、先程までとはえらく空気感の異なるもの。それを出されたシルフィーヌは困惑する。
「ええ。私はガスペリ銀行の頭取として、顧客から金を受け取り、貸し出す義務がありますが。それと同時に「金を返せないくらい損害を出してはならない」という、信用を守るためのルールに沿っています」
「はあ」
「ですから。もし『エルニア帝国』に戦費調達のための債権受け入れをして。エルニア帝国が完済できるなら結構です。次はもっと貸せるだけの信用を得たとこちらも判断するだけですから」
「それは、資金を出してくれると」
「早計ですよ、シルフィーヌ陛下。私ならそんな不用意な発言はしません。「貸したければ貸せ」くらいの気持ちでどっしり構えていないと、我が国の銀行家や商人は誰も貸してくれませんよ」
「はあ」
「ですから。もし『エルニア帝国』に戦費調達のための債権受け入れをして。エルニア帝国が完済できるなら結構です。次はもっと貸せるだけの信用を得たとこちらも判断するだけですから」
「それは、資金を出してくれると」
「早計ですよ、シルフィーヌ陛下。私ならそんな不用意な発言はしません。「貸したければ貸せ」くらいの気持ちでどっしり構えていないと、我が国の銀行家や商人は誰も貸してくれませんよ」
そう、勉強を教える教師のように振るうリリアーナ。
残酷なまでの格付けは既に済んでいた。
残酷なまでの格付けは既に済んでいた。
「そして、融資額。これも肝心です。『皇帝陛下』、どれだけをお望みですか?『エルニア帝国』に新たな産業を興せるくらい?宮廷の食事を貴女の治世が終わるまで立派にするくらい?それとも、周辺国との戦争によって領土を多少回復出来るくらい?」
「そ、それは……」
「ああ、悪魔の契約ではないのでご安心ください。
ただ、融資額によって担保を求めるくらいですから。
そうですね……今回の場合、事業融資でもどれだけの具体性と利益が見込めるかで貸せるかは変わりますし、貴女の個人的なことのために借りる場合は確実に担保を貰います。戦争ならそれ以上」
「っ、書面もなしに並べることではないと思いますが」
「そ、それは……」
「ああ、悪魔の契約ではないのでご安心ください。
ただ、融資額によって担保を求めるくらいですから。
そうですね……今回の場合、事業融資でもどれだけの具体性と利益が見込めるかで貸せるかは変わりますし、貴女の個人的なことのために借りる場合は確実に担保を貰います。戦争ならそれ以上」
「っ、書面もなしに並べることではないと思いますが」
辛うじての抵抗。しかし、それすらもリリアーナは読んでいたとばかりに。
「ああ、失敬。今のエルニアの規模では銀行融資の例もないでしょうしね。普段の取引相手と勝手が違うのを失念していました。失敬」
「……そ、それで、リリアーナ頭取。担保とは如何なるものを求めるのですか」
「そうですね。少々お待ちを」
「……そ、それで、リリアーナ頭取。担保とは如何なるものを求めるのですか」
「そうですね。少々お待ちを」
そう言うと、先程とは変わって紙の資料を部屋の棚から引っ張り出すリリアーナ。どの棚にどの資料が入っているのか明確に覚えているとしか思えない動きであった。
「徴税権やなんかは安定した利益になるのですが、嫌がる領主も結構います。
一族伝来の品なんてものはこちらで鑑定して担保にするか決めますが。時折「騙している、我が一族の家宝はもっと価値がある」と喚かれたりします。
もっと直接的に土地や農奴なんかを担保にした例もありますね。この場合、土地や農奴を『元の持ち主に貸す』形を取ることもあります」
「最後の場合、どんな利益がガスペリ銀行にあるのでしょうか」
「使用料が取れます。要するに、借金と土地の使用料で相手をガチガチに縛る口実になるわけですね」
「な、成程」
一族伝来の品なんてものはこちらで鑑定して担保にするか決めますが。時折「騙している、我が一族の家宝はもっと価値がある」と喚かれたりします。
もっと直接的に土地や農奴なんかを担保にした例もありますね。この場合、土地や農奴を『元の持ち主に貸す』形を取ることもあります」
「最後の場合、どんな利益がガスペリ銀行にあるのでしょうか」
「使用料が取れます。要するに、借金と土地の使用料で相手をガチガチに縛る口実になるわけですね」
「な、成程」
怯えるシルフィーヌ、それを見て少し哀れんだ顔になるリリアーナ。
その哀れみが、更にシルフィーヌを傷付ける。こんな才媛の前ではあの族長も子供扱いなのではないか?ふとそう思ってしまうくらいに。
その哀れみが、更にシルフィーヌを傷付ける。こんな才媛の前ではあの族長も子供扱いなのではないか?ふとそう思ってしまうくらいに。
「……面白い例だと、呪術的な縛りによって領主の妻や娘の身体を担保にした例もあります。
この場合、最終的にその妻子はオークションで売られたりします。
ですが、私は『皇帝陛下』にこれを薦めません」
「はあ……何故でしょうか」
「だって。貴女をオークションで売り飛ばした結果、『ダークエルフ風情』が貴女の身柄を抑えて『正統なエルニアの後継者』を次の魔王にしたら大変ではないですか」
この場合、最終的にその妻子はオークションで売られたりします。
ですが、私は『皇帝陛下』にこれを薦めません」
「はあ……何故でしょうか」
「だって。貴女をオークションで売り飛ばした結果、『ダークエルフ風情』が貴女の身柄を抑えて『正統なエルニアの後継者』を次の魔王にしたら大変ではないですか」
この人は何処までも利益を考えるのだなと。そうシルフィーヌはリリアーナを見る。
それに気がついたリリアーナは、優しく微笑みながら話す。
それに気がついたリリアーナは、優しく微笑みながら話す。
「ああ。エルニアに産業を興す資金を借りるのなら、私個人の財産も投資しますよ」
「はい?」
「投資をするのなら、資金は多い方がいいでしょう?そして、資金が多いなら成功しやすくなる。
成功したら、新たな投資を求める。そうしたら、前に借りたところから借りるのがベストとなる……
そうなれば、私は損をしませんし、貴女も損をしません」
「私が投資に失敗したら?」
「『リリアーナ個人』の投資分はなくなるでしょうね。そして、『ガスペリ銀行の貸した分の借金』は残る。これも私は完全な損をしません」
「はい?」
「投資をするのなら、資金は多い方がいいでしょう?そして、資金が多いなら成功しやすくなる。
成功したら、新たな投資を求める。そうしたら、前に借りたところから借りるのがベストとなる……
そうなれば、私は損をしませんし、貴女も損をしません」
「私が投資に失敗したら?」
「『リリアーナ個人』の投資分はなくなるでしょうね。そして、『ガスペリ銀行の貸した分の借金』は残る。これも私は完全な損をしません」
ポジショントークにしてもなかなか凄いが、それでも、個人の小遣いの感覚で投資を行える財力の誇示ではないか。そうシルフィーヌは考えてしまう。
「……まあ、レガリアにしろ貴女本人にしろ、徴税権にしろ。担保を出せるなら、『今のエルニア帝国』には勿体ないくらいの大金をお貸しします。
勿論、何を担保にするにしてもどれだけ借りるにしても貴女の自由です。貴女とエルニアの未来は、貴女が持っているんです」
私とリリアーナは権力の度合いで随分違う。そう言い返したかったが、野暮に思えてしまった。
それくらい二人の間には格差がある。それがわかっただけの会話にも思えた。
それくらい二人の間には格差がある。それがわかっただけの会話にも思えた。
おまけ
「ここからは『リリアーナ個人として』話しますけど。色々不用意過ぎますよ」
そう、会談も晩餐会(これもエルニアではあり得ないくらい豪華で、共和国同盟の加盟国全ての代表者と挨拶することになってシルフィーヌはとても疲れた)も終わり、二人で迎賓館のバルコニーで話すことになったリリアーナは開口一番こう言った。
「……そうは言われても、本来この立場は姉様が継ぐ筈のものですから」
「そこですよ、そこ。「巡ってきたのだからこれは天の恵み!これを活かして国と一族を栄えさせよう!」くらいの気概を持って、全力で頭を使ってくださいよ。私より貴女の方が血統も肉体も恵まれているんですから」
「そ、そんなこと言われても……」
「いいですか?私は本来、ガスペリ家当主の地位も得ていた筈なんです。ガスペリ家が男系相続で、ガスペリ銀行の頭取は男女問わなかった結果こうなりましたが」
「……はあ」
「そこですよ、そこ。「巡ってきたのだからこれは天の恵み!これを活かして国と一族を栄えさせよう!」くらいの気概を持って、全力で頭を使ってくださいよ。私より貴女の方が血統も肉体も恵まれているんですから」
「そ、そんなこと言われても……」
「いいですか?私は本来、ガスペリ家当主の地位も得ていた筈なんです。ガスペリ家が男系相続で、ガスペリ銀行の頭取は男女問わなかった結果こうなりましたが」
「……はあ」
リリアーナがガスペリ家の主であったなら。そう考えると身震いがしてくる。今頃人類帝国の南方は内乱状態だったのでは?とも考えてしまう。
「ですが、私は残ったものを全て活用しました。公的な地位がないことを良いことに手紙は検閲をすり抜け。執政官である叔父との分業を可能にし、ガスペリ家の皆から「リリアーナが銀行を支配するうちは安泰だ」と思わせるくらいに」
「それは、リリアーナがそれだけの才能があるからですよね?」
「人の才能なんて向き不向きですよ、シルフィーヌ。
部下に全て任せるくらいの気概の君主なら、はいはい受け流して、適当にダメそうな奴を追放して、適当にサインしとけばいいんです。
逆に専制をするなら様々な政策のことだけでなく、常に部下を見張って利害を調整し、気にくわない部下をあの手この手で失脚させる努力も必要です」
「それは、リリアーナがそれだけの才能があるからですよね?」
「人の才能なんて向き不向きですよ、シルフィーヌ。
部下に全て任せるくらいの気概の君主なら、はいはい受け流して、適当にダメそうな奴を追放して、適当にサインしとけばいいんです。
逆に専制をするなら様々な政策のことだけでなく、常に部下を見張って利害を調整し、気にくわない部下をあの手この手で失脚させる努力も必要です」
リリアーナは共和国の人間なのに貴族のこともここまでわかるのか。世界を見る目が違いすぎるのではないかと思ったが、あえてスルーする。
「シルフィーヌがどのような君主の形を目指すかは私は知りませんが。その肉体美を利用してやればいいんです。『玉座の上の娼婦』なんてのも面白いでしょう?」
「そんな不名誉結構です!」
「でも、それで国が富むなら貞操一つ安いでしょう」
「銀行の頭取である貴女と、エルニア皇帝を一緒にしないでください!」
「はは、それもそうかもしれませんね。
ただ、個人的な悩みなら何時でも手紙にしてくださいよ?それで『海蛇が喰らいに来る』可能性はありますが」
「そんな不名誉結構です!」
「でも、それで国が富むなら貞操一つ安いでしょう」
「銀行の頭取である貴女と、エルニア皇帝を一緒にしないでください!」
「はは、それもそうかもしれませんね。
ただ、個人的な悩みなら何時でも手紙にしてくださいよ?それで『海蛇が喰らいに来る』可能性はありますが」
リリアーナという女は何処まで冗談で何処まで本気かわからないが、賢く狡猾で。ただ多少の信頼は出来るかもしれない。そう思った一晩であった。
因みにお土産は馬車に収まりきらないくらい貰った。
丁寧なことに、金属製のものは廃されており、どれも木や陶磁器や布、金属を使わない鞣し革だったのは特筆すべきことだろう。
また、エルニア帝国崩壊直前のワインという何処から仕入れたかわからない代物まで土産に混じっていた。
丁寧なことに、金属製のものは廃されており、どれも木や陶磁器や布、金属を使わない鞣し革だったのは特筆すべきことだろう。
また、エルニア帝国崩壊直前のワインという何処から仕入れたかわからない代物まで土産に混じっていた。
結局、リリアーナをどう扱えばいいのかわからなくなったシルフィーヌなのであった。
『海蛇が喰らいに来る』
南方の有名な言い回し。
共和国同盟を海蛇に例え、共和国同盟に弱みを見せたものは飲み込まれてしまうという意味の言葉。
リリアーナの場合「シルフィーヌが不甲斐ないなら国を乗っ取ってしまうのも良いかもしれない」という意味が混じっていると推測される。
南方の有名な言い回し。
共和国同盟を海蛇に例え、共和国同盟に弱みを見せたものは飲み込まれてしまうという意味の言葉。
リリアーナの場合「シルフィーヌが不甲斐ないなら国を乗っ取ってしまうのも良いかもしれない」という意味が混じっていると推測される。