前置き
まず、格変化ってなんぞやというお話をしよう。
言語学的に正しい説明ということは保証しないが、イメージを掴むことだけを目的とする。
これには日本語との比較がわかりやすいと考えるので、まず日本語の名詞(体言)と動詞(用言)を比較するところから始める。
まず、日本語の名詞(体言)は、基本的に変化しない。
その名詞が主語なのか目的語なのかなど(格)を明確にするには、「を」「に」「が」などの格助詞を付加する。
格助詞 |
意味 |
例(「本」の場合) |
が |
主語など |
本が |
の |
所有など |
本の |
へ |
方向など |
本へ |
を |
対象など |
本を |
で |
場所や手段など |
本で |
に |
場所や方向など |
本に |
と |
並立など |
本と |
から |
起点など |
本から |
より |
比較など |
本より |
「本」のような体言は当然それ自体で独立している。格助詞はそれ単体では意味を成さないものの、独立した1つの部品という意識はあるだろう。
一方、日本語の動詞(用言)の変化は必ずしもそうではない。
例えば、「書く」は以下のように活用する。
活用の名称 |
例(「書く」の場合) |
未然 |
書か- |
kak-a- |
書こ- |
kak-o(a)- |
連用 |
書き- |
kak-i- |
書い- |
ka(k)-i- |
終止 |
書く |
kak-u |
連体 |
書く- |
kak-u- |
仮定 |
書け- |
kak-e- |
命令 |
書け |
kak-e |
音を分析すると、これらは kak という共通部分(語幹)と、-a や -i など残りの部分(接尾辞)に分解できる。ただし、連用形「書い」は音韻変化で語幹が kak ではなくなってしまっている。
しかし、我々が「『書く』は kak に u をくっつけたものだ」という意識があるかというと、そうでもない。つまり、語幹と接尾辞は独立した部品ではなく、不可分である。
そして特に、「書く(終止)」「書け(命令)」辺りは
- 意味的に異なる
- 独立している(それ単体で文法的に意味を成す)
ということに注目したい。
このように、何らかの不可分な操作によって文法的に意味を成す最小単位(形態素)を作ることを屈折という。
特に、名詞や形容詞の屈折は格変化や曲用(declension)、動詞の屈折は活用(conjugation)という。
最初に確認したように、日本語は名詞(体言)についてはこういう変化がない。「本が」などは文法的に最小単位だが、「本」と「が」に分割可能である。
しかし、リトアニア語などの言語は、名詞の屈折(格変化)が存在する言葉である。つまり、日本語と異なり、「書く」「書け」のような感じの変化が名詞にも存在するのである。
例えば、リトアニア語のvyras(男、夫)という名詞は、単数(1人)の場合、以下のように格変化する。
格名 |
意味 |
例( vyras 単数の場合) |
日本語の意味(あくまでも大体) |
主格 |
主語など。基本形 |
vyras |
vyr-as |
男が |
属格 |
所有など |
vyro |
vyr-o |
男の |
与格 |
方向など |
vyrui |
vyr-ui |
男へ/男に |
対格 |
対象など |
vyrą |
vyr-ą |
男を |
具格 |
手段など |
vyru |
vyr-u |
男で |
位格 |
場所など |
vyre |
vyr-e |
男で/男に |
呼格 |
呼びかけ |
vyre |
vyr-e |
男よ! |
この例の場合、日本語の「書く」のように、語幹(vyr-) + 接尾辞(-as、-oなど)のように分析することは可能であるが、それぞれは独立しておらず、あくまでも vyras や vyro といった語幹と接尾辞が合体した形で初めて文法的に意味を成す。
そして厄介なことに、日本語の動詞(用言)に「五段活用」やら「上一段活用」やら「下一段活用」と複数の活用種類が存在するように、リトアニア語も上記のように単数主格が -as のものばかりではなく -is や -us など複数の格変化種類があり、それぞれ主格以外も全く違う変化をする。
例えば、リトアニア語のbrolis(兄弟)という名詞は、単数(1人)の場合、以下のように格変化する。
格名 |
意味 |
例( brolis 単数の場合) |
日本語の意味(あくまでも大体) |
主格 |
主語など。基本形 |
brolis |
brol-is |
兄弟(が) |
属格 |
所有など |
brolio |
brol-io |
兄弟の |
与格 |
方向など |
broliui |
brol-iui |
兄弟へ/兄弟に |
対格 |
対象など |
brolį |
brol-į |
兄弟を |
具格 |
手段など |
broliu |
brol-iu |
兄弟で |
位格 |
場所など |
brolyje |
brol-yje |
兄弟で/兄弟に |
呼格 |
呼びかけ |
broli |
brol-i |
兄弟よ! |
ちなみに今まで見てきたのは単数の場合のみで、複数の場合はまた別の活用をするが、ここでは説明を省略する。
人物名の変化について
以上、リトアニア語の名詞の格変化についての導入を話した。
本題は、リトアニア語では日本語を含む外来語も、あまつさえ固有名詞まで格変化をさせる場合があるということである。
例えば、リトアニア語版の剣心はKenšisという名前になっており、次のように格変化する。
格名 |
意味 |
Kenšisの場合 |
日本語の意味(あくまでも大体) |
主格 |
主語など。基本形 |
Kenšis |
剣心(が) |
属格 |
所有など |
Kenšio |
剣心の |
与格 |
方向など |
Kenšiui |
剣心へ/剣心に |
対格 |
対象など |
Kenšį |
剣心を |
具格 |
手段など |
Kenšiu |
剣心で |
位格 |
場所など |
Kenšyje |
剣心で/剣心に |
呼格 |
呼びかけ |
Kenši |
剣心よ! |
なお、リトアニア語版の元になったSony英語版時点で剣心はKenshiという名前になっている。
また、リトアニア語の"š"という文字は英語の"sh"に対応する文字と考えていい。
一方、リトアニア語版で抜刀斎はBatusajusとなっており、次のように格変化する。
格名 |
意味 |
Batusajusの場合 |
日本語の意味(あくまでも大体) |
主格 |
主語など。基本形 |
Batusajus |
抜刀斎(が) |
属格 |
所有など |
Batusajaus |
抜刀斎の |
与格 |
方向など |
Batusajui |
抜刀斎へ/抜刀斎に |
対格 |
対象など |
Batusajų |
抜刀斎を |
具格 |
手段など |
Batusajumi |
抜刀斎で |
位格 |
場所など |
Batusajuje |
抜刀斎で/抜刀斎に |
呼格 |
呼びかけ |
Batusajau |
抜刀斎よ! |
なお、リトアニア語版の元になったSony英語版時点で抜刀斎はBattusaiになっている(らしい)。
日本語の人物名に関係あるところだけ抜き出して書くと、以下のような感じ。
- 1. 子音(j以外)で終わる場合(「ん」で終わる場合)
- 1-1. 男性であれば語尾に -as をつける。格変化は前置きで例に出した vyras と同じ。
- 例:Sony英語で剣心が Kenshin のままであれば、リトアニア語版では *Kenšinas になっていたと思われる。
- 1-2. 女性であれば、語尾に何もつけない。(-a や -ė をつけることもあるらしい)
- 2. 子音(j)で終わる場合(「い」で終わる場合)
※リトアニア語の場合、母音 + アクセント(強勢)の無い"i"もしくは"y" の場合、その"i"は子音 j とみなされるらしい。- 2-1. 男性であれば語尾が -jus となる。
- 例:前述のとおり、Sony英語では抜刀斎が Battusai となっており、それがリトアニア語版ではBatusajus に変化した。
ちなみに、タイトルにある"Samurajai"(サムライェイ)は、Batusajusと同様にして侍をリトアニア語化した"Samurajus"(サムラユス)の複数主格形もしくは呼格形である。
- 2-2. 女性であれば、語尾に何もつけない(?)
- 3. アクセント(強勢)の無い単独の母音"i"もしくは"y"で終わる場合
- 3-1. 男性であれば語尾が -is となる。格変化は前置きで例に出した brolis と同じ。
- 例:前述のとおり、Sony英語では剣心がKenshiとなっており、それがリトアニア語版ではKenšisに変化した。
- 3-2. 女性であれば、語尾が -i となる。つまり元々"i"の場合は何も変化せず、"y"の場合はそれが"i"に置き換わる。そして格による変化が存在しない。
- 例:Sony英語では薫がKoriとなっており、リトアニア語版でもKoriのままである。
- 4. アクセント(強勢)の無い単独の母音"e"で終わる場合、語尾が -ė となる。リトアニア語の -ė 名詞と同じように格変化する。
- 5. アクセント(強勢)の無い単独の母音"a"で終わる場合、語尾はそのまま。リトアニア語の -a 名詞と同じように格変化する。
- 例:相楽(Sagara)はリトアニア語版でも主格ではSagaraのままだが、「相楽の」はSagaro、「相楽を」はSagarąなどに変化する。
- 6. アクセント(強勢)の無い単独の母音"o"で終わる場合、語尾は -as となる。格変化は前置きで例に出した vyras と同じ。
- 例:式尉(Shikijo)はリトアニア語版ではŠikijasに変化した。
- 7. アクセント(強勢)の無い単独の母音"u"で終わる場合、語尾はそのままで、格による変化が存在しない。
※ただし、ドラゴンボールの悟空は例外的にGokasとなっているらしい。
- 8. アクセント(強勢)のある母音で終わる場合、母音が何であれ語尾はそのままで、格による変化が存在しない。
- 9. 単独ではなく複数の母音の連続で終わる場合も、語尾はそのままで、格による変化が存在しない。
- 例:志々雄(Shishio)は io という二連続の母音で終わるため、リトアニア語版でもそのままŠišioである。
いくつか格による変化が存在しないと記載したパターンが存在するが、つまりこういうことである。
格名 |
意味 |
Šišio(志々雄)の場合 |
日本語の意味(あくまでも大体) |
主格 |
主語など。基本形 |
Šišio |
志々雄(が) |
属格 |
所有など |
Šišio |
志々雄の |
与格 |
方向など |
Šišio |
志々雄へ/志々雄に |
対格 |
対象など |
Šišio |
志々雄を |
具格 |
手段など |
Šišio |
志々雄で |
位格 |
場所など |
Šišio |
志々雄で/志々雄に |
呼格 |
呼びかけ |
Šišio |
志々雄よ! |
全部同じ(Šišio)じゃないですか!
…という具合に、どういう意味であれ一切変化しない。
リトアニア語に存在しない音韻パターンはリトアニア語話者自身もどう格変化させればいいかよくわからないのかもしれない。
とはいえ、リトアニア語にも格変化だけではなく"iš"などの前置詞を用いて格を示す方法があるので、格が全く示せないわけではない。
ちなみに、人物名以外の技名などは上記の限りではないかもしれない。
例えば、飛天御剣流は"Hitenas Mitsurugis"などとはならず"Hiten Mitsuragi"となっている模様(ruじゃなくてraになっているのは理由不明)。
しかし火産霊神は属格 Gagazučio < 主格 Gagazučis の形で出ているようなので更に謎。
|