ルーリア祭、ヴァルガナ月の二週間を祝うその祭りは人々に特別な時を与える。
内戦後も灰色の空気をまとっているファルトクノアの町並みもこの二週間だけは七色に色付く。
人々は祭りの日々に心躍らせ、恋人はお互いを意識し、家族は団欒を楽しみ、独り身は孤高のときを愉しむ。それは宙軍の中でも違いは無かった。
「ウォルツァスカをくれるって?」
ケモミミの付いた赤髪の少女は怪訝そうにそう言った。
その風貌は軍人には似合わない小柄で未熟な体つきだが、双眸が見えず片目が眼帯で隠されている辺り、普通の少女とは言えないような風貌をしていた。
そう、彼女は緑隻眼の狂犬として名高い宙軍中佐――レシェール・フミーヤ・ファイユである。
「うん、今日はルーリア祭だから、それで作り方を調べてきたんだよ。いつもお世話になってるファイユちゃんにお返しだよ」
ニコッと笑みを浮かべる少年――こちらもとてもではないが軍人とは言い難い体格だ――は、クラウン・リン・レヴァーニ宙尉だった。
二人の階級は大きく開けているが、過去の事情で何かと親しい関係になっていた。
ファイユはそんな違和感を引きずり出されたように思い出す。
「上官への貢物ってわけ?」
「いや、えーっと、そういうわけじゃ……」
もじもじしながら、言葉に詰まるクラウンを前にファイユは腕を組んでから、何故かいたたまれない気持ちになって、片手を崩して、ラッテンメ人の特徴である自分のケモノ耳を撫でた。
「貰っといたげるわよ、手作りなんだからすぐダメになっちゃうでしょ」
「わあっ、やったあ、ありがとう!」
素直に喜ぶクラウン、ファイユはなんだかしてやられたような気分になっていた。
ニコニコしたクラウンはウォルツァスカが入っているのだろう箱を手渡しながら、先を続けた。
「ファイユちゃんがウォルツァスカが好きってのはレイヴァーさんから聞いてて知ってたんだよ、えへへ~」
「あのユフィア崩れが、余計なことを……」
忌々しげに歯ぎしりをする。ファイユは、クラウンに得意げに自身の好物を教えているレイヴァー・ド・スキュリオーティエ――宇宙戦艦イェスカの艦長だ――を思い浮かべていた。しかし、なんで二人の間でそんな話になったのだろうか。
「ファイユちゃんが受け取ってくれて、僕嬉しいよ!!」
「あんたホント、子供っぽいわね」
「子供っぽいってそれ、ファイユちゃんが言う?」
「どういう意味よ、それ」
ファイユはぷいっと顔を背けた。
「オトナの女の人はウォルツァスカより、カスクとかのほうが好きなイメージがあるなあ」
「じゃあ、あたし、オトナじゃなくて良いわ」
「あれ、じゃあやっぱり子供なの?」
「あのねえ……」
クラウンは不思議そうな顔で首を傾げていた。その表情は至極純粋なものだった。
ややあって、クラウンは指を立てて何かを思い出した顔になる。
「そういえば、町にウォルツァスカ専門店が出来たんだって!」
「ウォルツァスカ専門店?」
「そうそう、珍しいよねえ。ウォルツァスカを専門に売ってるお店で、いろんな味があるんだって!」
ファイユは首を傾げた。良くある流行の店というやつだ。流行が去れば、そういう店は廃業になる。だが、ファイユは大のウォルツァスカ好きだ。中毒者といっても良い。今すぐにでも、その専門店に強襲を掛けて、専門たる所以を確かめたいほどだった。
しかし、クラウンを前に顔を緩めてウォルツァスカ専門店に突っ込むのは、流石に気がひける。
ゆえに、ファイユは一計を案じた。
「別に、あんたが行きたいってんだったらついて行ってやっても良いけど」
「本当に? 僕、嬉しいよ!」
クラウンは素直に満面の笑みを見せる。それを見たファイユは調子が狂ったように後頭部を掻くことしか出来なかった。
平和の風は長らくこの町に流れることはなかった。前政権の圧政は市民を抑圧し、町は死んだようであった。しかし、内戦後の今になっては春に深雪から芽吹く若葉のように町は少しづつ色を取り戻していた。
都市間鉄道を降りたファイユは表示板に書かれた見慣れぬ駅の名前にしばらく目を引き寄せられていた。
「こんな地名聞いたことないわよ? 本当に流行の店なの?」
「えっと……多分、ほら、隠れ家的なやつだよ!」
「リサーチ適当じゃない。本当にあんた士官?」
ファイユの言葉にクラウンはむっとして、ポケットを弄り始める。ファイユが「冗談よ」というと、クラウンはすんとして先を歩き始めた。
市井で将校証明を取り出そうものなら、面倒になりかねない。敗戦後というのはそういうセンシティブな時代なのだと気付かされる。
「で、その専門店ってのはどこにあるわけ?」
「駅のすぐ近くらしいよ。混んでるかもね」
そう言いながら、二人はエスカレーターに足をすすめる。聞いたことのない田舎だけあって、エスカレーターには誰も乗っていなかった。
自動音声が寂しく「……お子様連れの方は、手を繋いでお乗り下さい……」というふうに繰り返していた。
ステップに足を載せた瞬間、ファイユは左手に温もりを感じて背後を見る。そこではクラウンが手を伸ばして繋いでいたのであった。
「ど、どうしたのよ?」
「ん? いや、だってお子様連れの方は手を繋いで、って……」
「……」
逡巡、否。結構な間考えていたかもしれない。葛藤と言うべきかもしれない。
ファイユはそう思うほどに混乱していた。手を繋ぐっていうのは大切に思ってくれているっていう意味で、だけれどもこいつは私のことを子供扱いしてるから、でも手を振りほどくのもなんだか違う気がして……考えが巡るうちにエスカレーターは降り口にまで上がっていた。
「ほ、ほら、行くわよ!!」
結局、ファイユはクラウンの手を引っ張って駆け出したのであった。クラウンは転けそうになりながら、彼女の背中を追いかけた。
二人はウォルツァスカ専門店で仲良くウォルツァスカを食べて、宙軍宿舎に帰ったとさ。めでたしめでたし。