ルーリアSS 第二話:エミーユとレイヴァーの場合

 ルーリア祭、ヴァルガナ月の二週間を祝うその祭りは人々に特別な時を与える。
 内戦後も灰色の空気をまとっているファルトクノアの町並みもこの二週間だけは七色に色付く。
 人々は祭りの日々に心躍らせ、恋人はお互いを意識し、家族は団欒を楽しみ、独り身は孤高のときを愉しむ。しかし、過去の感傷を残した大人の二人の間でも、果たして同じようにいくだろうか。

(どうしてこんなことになったんだか……)

 銀髪蒼眼、銀髪のセミロングの色男――レイヴァー・ド・スキュリオーティエは口元を歪めて苦々しい状況に意味のない自問を始めていた。
 彼の目の前にいるのは、スカースナ・ファルザー・エミーユ――ファルトクノア共和国の宙軍司令官だ。レイヴァーは宙軍上級大佐という肩書にふさわしくないと思いつつも、冷や汗が背中を流れていくのを止められなかった。

 二人は宙軍地上基地のロッカーに閉じ込められ、密着していたのであった。

 ……

 ことは数分前に遡る。エミーユとレイヴァーは軍事高官として宙軍基地の視察に向かっていた。訓練や基地の説明を受けているうちに担当者が催してお手洗いに行っていた最中、レイヴァーはロッカーに興味を持って興味本位で開いてみた。エミーユが背後に近づいていたのに気づかなかった彼は彼女に声を掛けられ、驚いた拍子にロッカーへと倒れ込んでしまった。エミーユは倒れるレイヴァーを掴もうとして、そのままロッカーに入る形になってしまった。フレームが歪んだのか力を掛けても開く様子もなく、くたびれてしまって今に至る。

「ルーリア祭だし、こういうハプニングがあっても面白いわよね」

 エミーユはレイヴァーの胸を人差し指でなぞりつつ、そう呟く。レイヴァーは彼女のことをよく知っている。それが何らかの性的アピールではなく、ただの戯れであるのをよく理解していた。だからこそ、彼は何も焦ることは無かった。

「長官と大佐がこんな密着して、週刊誌にでも書かれたら大事だぞ」
「あら、いいじゃない。そのときはいっそ結婚しましょ」
「私の告白を蹴っておいて、よくもそんなことが言えるな」

 レイヴァーの言葉にエミーユは少しばかり寂しそうに眉を下げた。
 彼女に告白したのは海軍時代のことだ。あの頃は若かった。フラれた相手がここまで密接に関わってくることになるとは一切思ってもみなかったのだ。ぎくしゃく、とまでは言わないがレイヴァーとエミーユの間には微妙な関係性が続いていた。
 エミーユは一息つくように「ふう」とため息を付く。首元をその吐息が流れていくのに耐えられず、レイヴァーは少し身じろぎした。

「私は拘束されるのが嫌なの。付き合うだとか、結婚だとか。いやよ、そんなの。自由に生きたいの」
「……」

 レイヴァーは初めて聞く彼女の本心と思わしき言葉にどう答えるべきか、困惑していた。

「あのときは……すまなかったな」
「別に謝らなくていいわよ。私の意思を尊重してくれたんだから、それで十分」

 エミーユは昔を懐かしむように寂しそうで、でも満足したような笑みを浮かべる。

「それに私、別にあなたのこと嫌いじゃないもの」
「そ、そうだったのか?」
「じゃなきゃ、軍法会議で助けようとしないでしょ」

 レイヴァーは脳裏にそんなこともあったなと思い出した。デュイン・アレス独立戦争で戦而不死(たたかえどしなず)を自らのテーゼとしていた彼はフアーラエイン作戦で艦隊を全滅させた。この敗北で軍法会議にその責任を問われたとき、唯一無罪を主張したのがエミーユだったのだ。

「ねえ、もうちょっとこのままで居させてよ」

 そういって、エミーユはレイヴァーの胸に顔を埋める。彼女の人生、そして司令官、宙軍省長官というストレスフルな職を考えると、人肌が恋しくなるのも理解できないことではなかった。
 レイヴァーもまた彼女を抱擁しようとした。しかし、その瞬間自分たちを探す声が聞こえてきた。

「レイヴァー大佐ぁ! エミーユ長官! どちらに行かれたんだ……」

 エミーユはその声を聞いて、レイヴァーの胸から顔を起こす。

「あらら、タイムリミットみたいね」
「どういうことだい?」

 レイヴァーの疑問に彼女は後ろ手で何やらカチャカチャとロッカーの金属部分をいじり始めた。数秒後、ロッカーの戸は簡単に開いてしまったのだった。
 レイヴァーはエミーユに続いてロッカーの外に出つつ、怪訝そうな視線を彼女に向けた。

「もしかして、開けられるのに開けなかったのか」
「あら、分からなかったかしら」

 しれっとそんなことを言いつつ、エミーユはレイヴァーに背を見せる。半分仕事モード。でも何か言いたげだった。

「私、拘束されるのは嫌だけど、他人を拘束するのは大好物なのよ」

 レイヴァーは案内担当者のほうに踵を向けて歩みだすエミーユの背中を見つつ、彼女の戯れに付き合うのは大変だと体の芯から感じていた。

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最終更新:2022年02月03日 03:18