概要
当記事ではヴァルエルクの歴史に関する記録を纏める。
歴史
ラヴェルト時代
時期:1400年頃 - 1525年
帝国時代
時期:1525年 - 1555年
革命時代
時期:1555年 - 1623年
連合会議時代
時期:1623年 - 1641年
ゴルギアの時代
時期:1641年 - 1660年
シンテーア暦1641年、旧ボルガード連合領土にてゴルギア国が成立。しかし、ヴァルエルクを含む
大宇宙連合会議国家承認委員会はゴルギア国の成立を認めず、反社会的勢力とした。ゴルギアはこの対応に対して激怒、「情け容赦のない報復行動」を宣言した。
国際テロ組織としてのゴルギアは大宇宙各国でテロ行為を繰り返し、莫大な経済的損失のみならず深刻な社会不安を大宇宙銀河全体に与えた。
この事態を重く見た大宇宙連合会議はヴェオンレイオネンデンクト支部にゴルギア対策本部を設立。それだけに留まらず、各国の直接介入の結果、ゲルデン条約機構軍並びにヴァルエルクが主導するレーウス条約機構軍を結成し、各国軍事力を以てゴルギアを掃討した。
すぐ近くに潜伏しているかもしれない殺人者の恐怖に解放された各国は目覚しい経済復興を遂げ、好景気の時代に突入することとなる。
経済戦争時代
時期:1660年 - 1693年
ゴルギアのテロ活動の衰退を決定づけたコンクーナ掃討戦からすぐに、ツーンカとヴァルエルクで好景気が訪れる。国際的に好況となった。両国の好景気はたちまちバブル化し、大宇宙銀河全体の経済規模の飛躍的進歩が見られた。
しかし、1679年のダーケフオス危機でバブルが崩壊。
レーウス連合加盟国を中心に食糧危機問題が発生した。翌1680年にはその食糧の取り合いを巡ってレーウス経済戦争という貿易上の対立が芽生える。発端は
ヴァルエルク共和国が軍事力を背景にサーヴァリア王国連邦を食糧品を低価格で輸出させるよう仕向けたことに始まる。
これに対し、ジエールと
エルトリア王国が公然と非難。ジエールがヴァルエルク及びサーヴァリア両国の国債、企業の株式を大量に売却すると発表。これに対しヴァルエルクはレーウス連合の集団的安全保障の根幹を揺るがしかねないとジエールを非難した。これに関して、エルトリアは中立を保った。
ジエールがリュイン安誘導の大規模な為替介入を始めると、ヴァルエルクがジエール製品に対する関税引き上げを表明。ヴァルエルクとサーヴァリアが連携しジエールのレーウス連合追放を警告した。
1671年に国際規模の反重力マシンレース「
NEA大宇宙選手権」の第一回選手権が惑星レーウスのヴァルエルク領ルスタにあるルスタ・アルゼオン・サーキットで行われる。
ジエール・サーヴァリア戦争
時期:1663年 - 1694年
詳細は
ジエール・サーヴァリア戦争を参照
ジエール領ヒューヴルの領有権をサーヴァリアが主張したことによってさらに国際情勢は緊張を増し、シンテーア暦1683年にサーヴァリア王国連邦は
ジエール帝国連邦に宣戦布告した。これが大宇宙連合会議が設立されてから初めての星系間国家による対外戦争である。
結果は戦争中にジエール領内エルナー・ゲリテーン星で蔓延したカジャラベール・ウイルスによって各国終戦を余儀なくされ、痛み分けに終わった。この戦争で失った経済的損失は大きかった。ヴァルエルク政府は、
ロフィルナ連邦共同体がジエール側を支援していることを指摘。同国が参戦の事実を否定し、平和条約に調印していないことを理由として
事実上の戦争状態が続いているとの認識を示した。
グロスクロイツ・ベリオン戦争
時期:1684年 - 1689年
詳細は
グロスクロイツ・ベリオン戦争を参照
ヴァルエルクは対ジエールにおいてグロスクロイツと軍事同盟を締結。ゲルデン宙圏は長らくベリオン、グロスクロイツなどといった一等国による領土紛争の火種があちこちに転がっている一触即発の危険な状況下にあった。ダクラーシュ問題が一段落ついたゴルギア時代の後でさえも彼ら一等国の領土的野心は衰えを見せなかった。1682年、ジエール・サーヴァリア戦争勃発前年であるこの年に
ジエール帝国連邦と
ベリオン共和国が同盟を締結すると、銀河中に緊張が走った。
さらに国際緊張を高めていたのはベリオンの不断の領土拡張であった。ベリオン共和国は1679年のダーケフオス危機において経済に打撃を受け、1680年頃から景気回復を大義名分に掲げて不当な経済開発を行うなどして惑星ゾラックに介入した。
これに反感を抱いたグロスクロイツ側は惑星ゾラックへと働きかけ、8月クーデターを成功させると、とうとうベリオンとグロスクロイツとの衝突は避けられない形となった。さらに追い打ちをかけるように
グロスクロイツ社会主義共和国連邦セント・カディーン・イェッジカワード書記長はベリオンに対し「14月禁輸」を発表。これが直接的な引き金となって戦争が始まった。
緒戦はグロスクロイツ軍の戦力の大量投入でベリオン軍に対して優勢だったが、消耗が激しくなるにつれ、ベリオン軍の精強な軍隊に押し負ける形となった。最終的には、グロスクロイツ・ベリオン戦争はベリオン共和国の勝利として終わった。講和内容では、グロスクロイツ領2星系と、グロスクロイツが保有していた銀河路線「ゲルデン航宙公社」の経営権を移譲することとなった。なお、惑星ゾラックは大宇宙連合会議及びドルムント・ダクラーシュ民族評議会の介入により、手放さざるを得ない形となった。
通信時代
時期:1693年 - 1740年
詳細は
ディガイナのラジオ放送を参照
星系間を結ぶ本格的な通信技術が発達し、大宇宙銀河における大宇宙連合会議加盟国の結びつきはより一層影響を及ぼし合うようになった。
そのような通信技術の黎明期に、ツーンカ人と思われる人物により発信元不明の星系間ラジオ放送局が開設された。その放送局では匿名リスナーによる投稿が可能になっており、そこでは完全に身元が特定できないために多くのリスナーが身の回りの些細なことから大宇宙のパワーバランスを大きく揺るがしかねない重大機密まで様々なお便りが寄せられた。大宇宙連合総会でジエール帝国連邦代表が情報危機管理の観点からこのラジオ放送局が新しい大宇宙の時代における懸念であると注意喚起した上で、
エミュンス語で「謎、アンノウン」を意味するdigainaという語を用いて「ディガイナのラジオ放送」と名付けた。以降、そのラジオ放送局はそう呼ばれるようになった。
ギゼヴトラ・ZHL条約
詳細は
ギゼヴトラ・ZHL条約を参照
ジエール・サーヴァリア戦争の甚大な被害への教訓から反戦運動が高まりつつあった1690年代後半から1700年代にかけて、ZHL兵器についての規制が叫ばれるようになった。1710年、ヴァルエルクやドルムントなどの国家の主導の下、ついにそれはギゼヴトラ・ZHL条約として実を結ぶことになる。
しかし、主権国家にとっては国益を守る「手軽な抑止力」として、これらの兵器は利用しやすいものであったがゆえに、調印を拒絶する国家や、交渉段階でZHL兵器の製造が発覚する国家などこれらの風潮に反する国家は強いバッシングを受けることとなった。
サーヴァリア革命
詳細は
サーヴァリア革命を参照
サーヴァリア王国連邦にとって
ジエール・サーヴァリア戦争によって被った傷跡は大きく、経済的損失のみならず人的資源の損失までもをもたらした。サーヴァリアは戦中から無産階級市民への不満は募りに募っていた。
さらに拍車をかけるように戦後、復興景気の最中でありながらもサーヴァリア人無産階級の生活水準は向上することはなかったため、暴動やストライキがこの時期最高潮に達した。
1710年に「サーヴァリア共産党」と名乗るがジェヴヨボ地方で決起したことをきっかけに「サーヴァリア人民共和国」として独立。この事件を皮切りに、サーヴァリア資本家連合「小康派」、「社会派同盟」などいくつかの武装組織が誕生し、主にレーウス諸国などの軍事介入が行われた。
サーヴァリア革命では特に共に介入した
ジエール帝国連邦と
グロスクロイツ社会主義共和国連邦の著しい関係悪化が起こった一連の出来事として国際的には知られている。結果的には、サーヴァリア王国連邦は解体され
サーヴァリア企業連合が誕生した。
スモラク宙軍軍縮条約
アクース内戦
アンドロイド時代
時期:1740年 - 1780年
反動時代
時期:1780年 - 1809年
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最終更新:2022年05月23日 21:34