K2

K2(2014年8月)


何もしないままBC出発の2日後に撤退決定…






概要

凍傷からの復帰後第一線であるブロードピークには登頂成功。 その後にBCで行った生中継人生相談で突如としてK2への継続登山を発表した。 のちにブログやFBで「出発前から考えていて栗城隊や一部の人には伝えてあった」と釈明したが、頻繁に対談などをして山岳関係者としては数少ない理解者として振る舞っている野口健が珍しく「やりすぎだ」「ついでに登れる山ではない」と批判するなど、周囲からしても唐突の感が否めない挑戦となった。結局、氷河トレッキングをしただけで終了となり、ノーマルルートの南東稜に取り付きもせずに撤退となった。

栗城Facebook 8月2日 20:25
日本を出発する前に、栗城隊と一部の人のみにK2について伝えていましたが、一番の目標はヒマラヤへの復帰でありブロードピークを登ることなので、他に伝える事はありませんでした。
なぜ今K2かと言うと、ブロードピークを登ることで高所順応ができていて、8000m仕様の身体になっているからです。
またブロードピークのすぐ隣がK2で、ベースキャンプの位置もほとんど変わりません。
体力的には厳しいですが、2つの山を登る事は可能です。


野口健‏@kennoguchi0821 2014年8月3日-5:37
栗城さんのいきなりのK2挑戦に驚き。いくらなんでもそれはやりすぎだ。K2はついでに登る次元の山ではない。RT @shikaminho:明後日から7400mのキャンプ3を目指し、天候の条件が整えば、7-8アタックの可能性ありと言ってました。

なお、K2はその標高とルート自体の困難さから8000m峰としては屈指の難峰と言われているが、他のカラコルム8000m峰との継続登山自体は以前から行われており、古くは1985年にはエリック・エスコフィエ(フランス)がガッシャーブルムⅠ・Ⅱ峰との三連続登頂に成功している。今季もブロードピークに一番乗りを果たしたボヤン・ペトロフ(ブルガリア)がブロードピーク登頂のわずかの1週間後に登頂に成功しているほか、クリス・バーク(ニュージーランド)も元々ブロードピークとK2の連続登頂狙いで入山している(ブロードピークを7月中旬で打ち切りK2のみ登頂成功)。日本でも2000年に労山40周年事業としてブロードピークとK2の連続登山が計画されていた(悪天候によりブロードピークの日程が遅延したことでK2は断念)。

ルート

特に言及していないが、ノーマルルートである南東稜の基部まで行って撤退した(南東稜には取り付いていない)。
南東稜ルートの一般的な中間キャンプ地は以下の通り

BC 4900~5000m(ブロードピークと共通)
ABC 5200~5300m(南東稜基部)
C1 6050m
C2 6700m
C3 7200m
C4 7600m

K2取りつき部分へのアプローチルート上には巨大セラックやクレバス、氷河の融解による川、渡渉不可能の氷上湖などが入り組んでいるため、キャラバンやキッチンスタッフが入れるのはブロードピークBCと同じ高度までで、その後少人数の荷揚げによって5300m付近にABCを設営する。
7600~7900mに「ショルダー」、8200mに「ボトルネック」という危険地帯があるためエベレストのような最終キャンプを作るのが難しく、16~22時間の長時間連続行動による登頂を強いられる。

今季はバリエーションである南南東稜(ショルダーから上のルートは共通)も含め15隊が入山しており、その一覧は以下のリンクの通り。

http://altitudepakistan.blogspot.jp/2014/06/summer-2014-list-of-expeditions.html#k2
クレオを除くすべての隊が7月中に登頂している。この年はアタック時に天候が安定したこともあり、登頂者が48人と過去2番目に多い「当たり年」となった。(過去最多は51人登頂の2004年)

スケジュール

スケジュールは特に発表されていない


実際の行程表

ブロードピークで順応が済んでいるため、最初からアタック体制を取っている。

8月1日 BC 生中継で「K2に行く」と宣言
8月4日 BC→ABC(5280m) 「5500mのアタックベースキャンプに到着した」と報告
8月5日 ABC ステイ 「7000mより上にジェットストリームが来て風が強くなってる」
「強風と雲の中で行ったことのない所を登るのは非常に危険」という理由で停滞
8月6日 ABC ステイ 『悪天候のため、K2登山は中止します』と撤退宣言
最終更新:2015年07月24日 23:28