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2006.5.6聖母月とロザリオ

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2006.5.6


5月~聖母月とロザリオについて

5月は聖母マリアに捧げられた聖母月です。
そこで今回は、
ロザリオの祈り、聖書中のマリア様の登場場面を主にみてまいりました。

ちなみにこれは、フランスの画家
バルビゾン派のミレーの作品「晩鐘(バンショウ)」1857~59です。

タイトルはTheangels(フランス語はわかりません!ので英語)
夕刻の鐘を聞いてお祈りをしている場面です。

シスターがこの絵のタイトルとともに、朝昼晩(昔はいつも)の鐘の意味も教えてくださいましたので、ちょっと詳しく調べてました。
ミレーが貧乏だった&田舎物だった&それについて大変コンプレックス
を抱えていたというのは、よく知られたお話。
画家を目指しパリに上京したはいいけれど、泣かず飛ばずの貧乏暮らし。
お金のために、女性のヌードばかりを心ならずも描いていた所、
ある日ギャラリーの前で自分の作品を罵倒する声を聞いてしまいます。
そこから、貧乏でもいいから自分のスタイルを貫く決意をするのです。
この作品はそのガラッと生活が変わってからの作品のひとつ。
幼少の頃、厳しい祖母に言われ、夕刻の鐘にあわせて死者のために祈る事を日課にしていたことがあった(大人になってからは生活がみだれたようなので、続けてはいなかったという説もありますが)。その思い出と、じゃが芋畑で今日の仕事を終えて祈る農民達の生活をあわせて(背景には教会が見えます。出荷用のポテトと、手前のカゴに盛ったポテトを区別して描いたことで、農民の今晩の食卓が(ポテトだけという事も大いにあった時代)伺われます)描いたという、「落穂拾い」とともに有名な、美しい絵です。パリのオルセー美術館所蔵。いつか行ったら観て見たいものです。



rosario 【ロザリオの祈り】

ロザリオの祈りでは、「聖母マリアへの祈り(天使祝詞)」(AveMaria)を唱えながら、イエス・キリストの主な出来事を黙想していきます。
それぞれの出来事は、4つの神秘(玄義というようです)にまとめられ、それぞれの神秘の中には5つの神秘が属しています。この5つの神秘について唱えるときは、主題にそぐう内容で色々な祈りを追加する場合があるようです。
4つの神秘(玄義)は曜日によって、唱える神秘が決まっています。
導入は:O Dio,vieni a salvarmi!
や Signore vieni presuto in mio aiuto.
といった呼びかけ。(色々パターンがあるようです。その後GloriaalPadre(栄唱)、SalveRegina、padrenosro(主の祈り)と続けていう場合もあるようです。本をみてみたら、本当にいろいろあるのでここでは、導入と終わりをくわしく書くことを控えますね。)

そしてその日の神秘を唱えて(1から)
1回のpadre nosro(主の祈り)
10回のAve Maria(聖母マリアへの祈り)
1回のGloria al Padre(栄唱)
次の神秘を唱えて1回のpadrenosro10回のAveMariaと第5の神秘まで続いていきます。

このように聖母への祈りを連ねて唱えながら、マリア様を通してひとつひとつの出来事を思い出してゆく祈りがロザリオです。

ところでどうしてマリア様なんだろう?

ロザリオで唱えられる4つの神秘と聖書の中の記載マリア様の登場箇所を通して、
シスターが説明してくださったマリア様の重要さ素晴らしさを
以下に書いてゆきます。(頂いた解説のプリントを元にしております。)



IL
ROSARIOELA SACRA SCRITTURA
● 喜びの神秘(月曜・土曜)
  Misteri Gaudiosi-Misteri della Gioia(lunedi e sabato)

1.L'annunciazione dell'AngeloaMaria(Lc1,30-31)
第1の神秘:マリア、神のお告げを受ける。


「おことばどおり、この身になりますように」天使ガブリエルのお告げを受けて、マリア様は(色々質問をされたのかもしれません。しかし最終的に大変明らかに)こう答えられます。これをFIATdiMariaと言うそうです。フィアット=その通り 心から信じ、「はい」と言える、素直で強い神の母たる女性の姿がここにあります。

2.La visita di Maria allacusinaElsabetta(Lc1,39-40)
第2の神秘:マリア、エリザベトを訪問する。


マリア様のいとこにあたるエリザベト(エリザベツ)は、年をとっていました。しかし天使ガブリエルは彼女が身ごもる事をマリアに告げ、マリアはその言葉を受けてエリザベツの世話をするためにエンカレンに行きます。マリアに祝福の言葉(Benedettatufra le donne, e benedetto il frutto deltuogrembo!)をかけるエリザベツに「わたしの魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主である神を喜びたたえ、おどります。...(L'animamiamagnifica il Signore e il mio spirito esulta in Dio,mio Salvatore, perche' haguardatolumilta della sua serva..)」とこたえます。Magnificare=ほめたたえる 喜びに満ち溢れた素晴らしい場面です。


3.La nascita di Gesu(Lc2,6-7)
第3の神秘:マリア、イエスを生む。

飼い葉おけ(Mangiatoia)に幼子イエスを寝かせた。飼い葉おけから、牛や馬は干草を食べます。(mangiare食べる)これが、食べられるものになる?聖体の秘跡を意図しているとも取れる(!)そうです。

4.La presentazione di GesualTempio(Lc2,22.25.27)
第4の神秘:マリア、イエスをささげる。

当時は産まれたばかりの子を、神殿にささげ、母親は清めの祝福を受けることになっていたそうです。このときシメオン(聖霊から主が遣わすメシアに会うまでは死なないというお告げを受けていた)は幼子を抱き「お言葉どおりこの僕(しもべ)を安らかに去らせてくださいます。この目であなたの救いを見たからです」ヌンク・ディミトゥス=今さらせて下さい。といいます。大変印象深い場面です。

5.IL ritrovamento di Gesu nel Tempio(Lc2,46.48-49)
第5の神秘:マリア、イエスを見いだす。


12歳になったイエスを連れてマリアとヨセフはエルサレムへ。しかし、いつのまにか、わが子を見失ってしまいます。(当時は男女が2人一緒にくっついて行動することはなかったと。男グループ女グループにわかれて行動していたため、お互いが相手方が子供を連れていると思い込んでいたのでは。と。)3日間さがし、神殿の中で見つけたときの「どうして捜したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前」という息子の言葉を理解できなかった両親。しかし、母はこれらのことをすべて心に納めていたとあります。3日の間、いなくなった子を捜す寂しさ切なさ=主を失う辛さ(罪を犯すこと)を、十分に知った母は、罪人のよりどころとしての自分の役割を心に留めています。

● 光の神秘(木曜)
  Misteri Luminosi-Gesu' si rivela(Giovedi)

1.Il Battesimo nel Giordano(Mc1,9-11)
第1の神秘:イエス、ヨルダン川で洗礼を受ける。


2.La nozze di Cana(Gv2,11)
第2の神秘:イエス、カナの婚礼で最初のしるしを行う。

神殿でイエスを見出してから、しばらく月日が流れます。当時の結婚式の祝宴は3日ほど続く大祝宴。招待客もそうでない人も出入り自由の大盤振る舞いでした。マリア様は女性ですから、実際は招待客ではなくて、接待の手伝いなどをこまごまとされていたのでは&。とシスターはおっしゃいました。だからワインが切れたことにすぐに気付き大変困った。「ぶどう酒がなくなりました。」というマリア様に、ここで「婦人よ、わたしとどんなかかわりがあるのです。わたしの時はまだきていません(=まだ出発するときではない)」と、少々きつい言葉でこたえます。このことに関して、シスターの見解は、大変興味深いものでした。イエスは(勿論すでにこの後起こることは、すべてご承知だったのでしょうが)奇跡を起こしてしまえば、それは母との別れを意味するということをご存知であった。そしていましばらく、母と子という関係を絶ちたくはなかったのではないか。奇跡を起こすことで、母は自分を子としてみる立場ではなく、神としてみる人間になってしまう。そう考えた所で、再度なぜ、マリアがわざわざぶどう酒がなくなったことを自分の息子に告げたのか...ということについても考えると、この言葉でマリア様は主を進ませた、旅立つための後押しをした。とも考えられるのです。


3.L'annuncio del Regno di Dio(Mc1,14-15)
第3の神秘:イエス、神の国の到来を告げ、人々を回心に招く。


4.LaTrasfigrazione(Lc9,28-31)
第4の神秘:イエス、タボル山で栄光の姿を現す。

5.ListituzionedellEucaristia(1Corコリントの信徒への手紙一11,23-25)
第5の神秘:イエス、最後の晩餐で聖体の秘跡を制定する。



● 苦しみの神秘(火曜・金曜)
  Misteri Dolorosi-Sofferenza redentrice(martedi e venerdi)

1.L'agonia di Gesu' nel Getsemani(Lc22,39-42)
第1の神秘:イエス、苦しみもだえる。


ところで、聖書では、カナの婚礼のシーンからしばらくマリア様の姿がみられませんでしたが、どこにいらしたのか&
しかし、イエス様が息を引き取られる場面では、
十字架の真下に立っておられました。つまり、イエス様の道中を、耐えながらじっと見守ってらしたと取れるのです。

2.La flagellazione diGesu(Gv19,1-3)
第2の神秘:イエス、むち打たれる。


3.Lincoronazione di Gesu(Mt27,27-29)
第3の神秘:イエス、いばらの冠をかぶせられる。


4.Il viaggio di Gesu' al Calvario(Gv19,16-17)
第4の神秘:イエス、十字架を担う。

5.La morte di Gesu in Croce(Mc15,33-34)
第5の神秘:イエス、息をひきとる。

この場面で十字架の下に見守るマリアと弟子の一人ヨハネの姿をご覧になったイエスはマリアに「これはあなたの子です」ヨハネに「この方はあなたのお母さんです」とおっしゃいます。ここで2回目のマリアのFIAT=その通り 「はい」が見られます。
イエス様はこのとき、ヨハネを通してマリア様を全人類の母として、お与えになったのです。この「はい」という返事から、私達は本当の意味でマリア様をお母様と呼ぶ事ができるのです。と、シスターはおっしゃいました。


● 栄えの神秘(日曜・水曜)
  Misteri Gloriosi-Gloria(Mercoledi e Domenica)

1.La Risurrezione di Gesu(Lc24,5-6)
第1の神秘:イエス、復活する。


2.L'Ascensione di Gesu' al Cielo(Mc16,19-20)
第2の神秘:イエス、天に上げられる(ご昇天)。


3.La discesa dello Spirito Santo(Atti使徒言行録2,1-4)
第3の神秘:聖霊、使徒たちにくだる。

聖霊が使徒たちに下ったとき、マリア様はその中心におられました。父と子と聖霊の名によって聖なる教会が誕生するシーンの中心にいたことにより、Madredellachiesa(初教会の母)とも呼ばれるのはここからだそうです。

4.L'Assunzione di MariainCielo(1Cor15,20.22.26.58)
第4の神秘:マリア、天の栄光に上げられる。

聖母マリアの被昇天の祭日(8月15日※日本の終戦記念日にあたります)として、カトリックの国ではおなじみのイメージですね。
ところでシスターがおっしゃった、日本の戦争に関連する日は聖母マリアに関わる日が多いというのは本当です。すぐに言われて開戦の日をはずかしながら思い出せなかった私ですが、見てみますと以下のようなつながりが。

12月8日無原罪の聖マリアの祝日Assunzione
   ・・・1941年12月8日真珠湾攻撃、太平洋戦争はじまる
8月15日聖母マリアの被昇天の祭日Immacolata Concezione
   ・・・1945年8月15日終戦(以降終戦記念日)
9月8日聖母マリアの誕生日Nascita di Maria
   ・・・1951年サンフランシスコ講和条約

ついでに
2月11日ルルドの聖母の祝日Festa della Madonna di Lourds
   ・・・建国記念日
8月15日聖母マリアの被昇天の祭日
   ・・・1549年8月15日フランシスコ・ザビエル来日

5.L'incoronazionediMaria(Apocalisseヨハネの黙示録12,1)
第5の神秘:マリア、すべての人の母となる。

黙示録の中のマリア像は、大変印象的です。「一人の女が身に太陽をまとい、月を足の下にし、頭には12の星の冠をかぶっていた。」身ごもった女、宇宙全体のシンボルとしてのイメージ。



最後の黙示録のイメージをうけて、いろいろな聖母マリアの出現(!)奇跡

(!!)のお話も聞きました。とてもこのページだけでは収まりそうにありません。また詳しくまた聞きまして、いずれしっかりメモをしてかければいいなと思っております。

5月聖母月。シスターの育ったレッコLeccoには、以前は蛍lucciolaがいたとのこと。この季節、夜9時、昼間の暖かい空気と夜風が混ざって心地よい頃、ロザリオを唱え祝福を受けた教会からの帰り道。わざとゆっくりあるいて蛍を追いかけ捕まえて、ガラスのコップにそっと入れる。優しく青白く光るいくつかの蛍。美しく光る蛍のビンは、まるでマリア様からもたらされた光のようにも思えた...。

...という、またきれいなお話を一つ聞いてしまいました。今は水が変わったのか、Leccoで蛍を見ることもなくなったそうです。残念。

 


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