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2006.11.25~王であるキリスト

最終更新:

milano

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2006年11月26日
「王であるキリスト」の主日

教会の暦の最後の週にあたる主日です。
次の日曜は待降節。はやいもので
クリスマスがやってきますね。

ところで王であるとはどういうことでしょう?
自分は王であるが、この世の王ではないと
総督ピラトに答えたこの言葉の意味は?

この世の王は、国を支配するもの
しかしこの世の王ではない王の支配とは?

キリストの元の支配は愛の支配。
キリストは王でありながら僕らの僕。


この日の第一朗読、
ダニエル書の7.13~14を読みながら
シスターの解説を聞きました。

ダニエル書は、新約聖書の前のものです。
なのでこの章で語られることはダニエルの預言ですね。
まだイエスが現れていない時のこと。

「人の子」のような者が天の雲に乗り
「日の老いたる者」の前に来て
権威・威光・王権を受け
諸国・諸族・諸言語の民は、彼に仕え...

 >諸言語というところで、バベルの塔のエピソードを
  思い浮かべますね。とシスター。
  塔の建設の途中に言葉が通じなくなり、
  塔の完成は達成されません。
  しかし、ここで「人の子」の支配の元に、
  ばらばらになってぶつかっていた人々、国、言葉が
  ひとつにつながるのですね。

彼の支配はとこしえに続き
その統治は滅びることがない。

 >2006年11月26日、今現在まで、
  多くの障害を乗り越えて、この統治は
  ダニエル書に書かれている通り
  続いています。2006年もの間!
  そしてこれからも。

26日の詩編も同時に見ていきました。
詩編93 1,2、3,4、5,栄唱を組み合わせた
大変美しいもので、今日カテキズモに参加していた
二人で交互に読みました。
王である神、永遠に続く神の国を賛美する、大変美しいものでした。

 神は王。栄光に満ち、
 偉大な力を身に帯びておられる。
 神は世界をゆるぎなく建て、
 とこしえに王座をすえ、
 永遠に座しておられる。

 潮の流れは声をあげる。
 潮の流れはどよめきの声をあげる。。
 とどろく海、さかまく波にまさり、
 すべてを越える神は力強い。

 神よ、あなたのことばは変わることなく、
 あなたの家はとこしえにとうとい。
 栄光は父と子と聖霊に、
 初めのように今もいつも世々に。アーメン。


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