catechismo a milano
2006.6.3聖霊降臨祭、使徒言行録(2.1-11)
最終更新:
匿名ユーザー
2006.6.3
聖霊降臨の祝日~せいれいこうりんのしゅくじつ(PENTECOSTE)
前回まで、聖霊について学んでまいりました。
明日4日は復活祭(パスクワ)から50日目の祝日
聖霊降臨の祝日(PENTECOSTE)。
※ギリシャ語で50の意。
日程は毎年ことなるそうです。
今年は6月4日日曜日でした。この日私達は
RHOのsan vittore教会で行われたLa festa delle
gentiに参加しました。
聖霊は教会誕生のときに、ことばの違いを超えて
全世界の民にまことの神を知らせ
人々を一つの信仰のうちにお集めになった。(共同体の理念)
この日は
教会の誕生、教会活動のはじまりの日なのです。
聖霊が降る
使徒言行録 / 2章 1節 ~ 11節
1:五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、
一同はマリア様を中心にして集まっていたとされます。
教会の母Madre della Chiesaと呼ばれるのも、
この重要な場面の中心人物であることも関係しているのでしょう。

この絵はエル・グレコ(1541-1614)の「聖霊降臨」です。
マリア様を中心に、使徒をはじめ多くの人が聖霊を
目撃している場面です。
2:突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。
3:そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。
列王記上19.9-14 でもみましたが、聖霊の登場場面には
激しい風vento、や炎・火fuoco を伴います。
ここでは「激しい風」とありますが、エリアの前に神が現れる前にも
「非常に強い風が起こり、山を裂き、岩を砕いた」とあり、そのあと
風、地震、火がやってくるのですが、それらの中に主はおられません。
火によって神は、悪の力を滅ぼすと言われています。
しかしそれと同時に火は、光をもたらす。明るく、暖かいもの
火のあるところには喜びがもたらされるとも言えます。
(キャンプファイヤーの例もでました!火を囲んで楽しむ典型的な例ですね)
火の後に、静かにささやく声が。これが神の霊の声でしたね。エリアに
話しかけた神の霊は、まるでそよ風のような
心の中に甘く、やさしく(Dolcezza)ささやきかけるものでした。
この後をみてみてください。
4:すると、一同は聖霊に満たされ、霊が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。
5:さて、エルサレムには天下のあらゆる国から帰って来た、信心深いユダヤ人が住んでいたが、
6:この物音に大勢の人が集まって来た。そして、だれもかれも、自分の故郷の言葉が話されているのを聞いて、あっけにとられてしまった。
バベルの塔のエピソードで、コミュニケーションを断たれた人間が
聖霊の力によって一致をみる瞬間です。
聖霊の言葉の賜物。国や言葉が違っても、
聖霊の働きによって共同体となり
そしてキリストの弟子達もそれぞれが、このときに
教えを伝える力を与えられたのです。
7:人々は驚き怪しんで言った。「話をしているこの人たちは、皆ガリラヤの人ではないか。
8:どうしてわたしたちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか。
9:わたしたちの中には、パルティア、メディア、エラムからの者がおり、また、メソポタミア、ユダヤ、カパドキア、ポントス、アジア
10:フリギア、パンフィリア、エジプト、キレネに接するリビア地方などに住む者もいる。また、ローマから来て滞在中の者、
11:ユダヤ人もいれば、ユダヤ教への改宗者もおり、クレタ、アラビアから来た者もいるのに、彼らがわたしたちの言葉で神の偉大な業を語っているのを聞こうとは。」
シスターは29年前の復活祭の頃、日本からイタリアに戻ってらしたそうです。
15年間ずっと暮らしてきた国を後にするのは大変辛く、後ろ髪ひかれる思いだったのだと。もちろん帰国後もなかなか心は第二の故郷から戻らず、気持ちが少し沈んだままだったそうです。しかし。
復活祭から50日目のこの日、聖霊降臨の祝日を境に重かった心がすっと開かれたのだそうです。
これも聖霊の恵がシスターに働きかけたからなのでしょう。
たとえ離れたとしても、ここイタリアで日本語を自由に操り、私達を導いてくださるシスターは、言葉の恵を十分に受けて発揮している人。聖霊の恵を受けて、毎日の生活の中に活かしている方であるのだな~と考えると、非常に納得してしまいます。
続いて~
祈るときには
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