10.6.2006
三位一体
(6月11日日曜日は、三位一体の主日)
三位一体(さんみいったい)とは
3つの位格persone(父、子、精霊)が一体である。言葉どおりだとこういったことですがちょっとわかりにくい。
「神は愛」これ以上の説明はありません。
という話から、本日のカテキズモは始まりました。
神は愛 Dio e' amore.
愛することは一人ではできません。
最低でも2人3人から誰かを愛すること
愛を注ぐことができます。
つまり神が愛ならば
それは一つ(人)ではない。
そしてその神に生きるということ、神の元に生きるということ
(前回のPentecosta, )
は、一致のもとで生きること。
社会人として他の人との関係を保ちながら生きることが大切なように
そこで、父(父なる神)と子(神の子主イエス)
聖霊(神の精霊。私達に恵を与えてくださる)の三つが愛を注ぎ
愛を受けるような強いつながりをもち一つとなっている
これを念頭において、マタイの28を読んでいきます。
マタイによる福音書/28章16~20節
弟子たちを派遣する
さて、十一人の弟子たちはガリラヤに行き、イエスが指示しておかれた山に登った。
そして、イエスに会い、ひれ伏した。しかし、疑う者もいた。
11人。ユダをのぞいて11人。
イエスは、近寄って来て言われた。「わたしは天と地の一切の権能を授かっている。
だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によって洗礼を授け、
あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる。」
いつもあなたがたと共にいる。Io sono convoi.Tuttiigiorni.
イタリア語だと、わたしは貴方達と共にいる。毎日毎日共にいる。
前回見た「主の祈り」でも、毎日私達は日々の糧を与えてくださいと
祈ります。毎日毎日共にいてくださるのですから、
勿論毎日聞いていてくださいます!
父と子と聖霊の名によって洗礼を授け
教会に入るとき、そして出るときも、十字をきりますね。
お祈りのはじまりにも終わりにも、
おでこ、胸あたり、左肩、右肩の順番に
「父 と 子 と 聖 霊」
と意識しながら十字架のしるしを刻みます。
おでこ から 胸あたり & 父から降りてくる子
精霊は神の愛、私達を抱くように右肩から左肩に。
三位一体の神。神が共同体(Dio e'comunione)
神はご自分の姿ににたものとして人間を造られた。
だから、ついつい慣れてくると大変素早く十字を切ってしまうけれど
この時に神を意識して、三位一体の神を自分に刻むように
似た物として造られた人間の私達が、本当に神に似てくるように
ぜひともゆっくりやってみましょう。
つぎは祈りについてみて行きます。
>祈りについて 聖母マリアへの祈り 詩編 / 34,23