catechismo a milano
2006.5.13聖霊とは?聖霊の七つの賜物(たまもの)I sette doni dello spirito santo
最終更新:
匿名ユーザー
20.5.2006
聖霊の七つの賜物(たまもの)
I sette doni dello spirito santo
山上の説教(マタイによる福音書
/ 5章 1節 -12)
ホレブに向かったエリヤ(列王記上19章9節-14)
聖霊の七つの賜物(たまもの)
I sette doni dello spirito santo
以下が聖霊の7つの賜物です。
1)la sapienza
2)l'intelletto
3)il consiglio
4)la fortezza
5)la temperanza
6)la pieta'
7)il teimore di dio
1)la sapienza(知恵)
=capiregustando わかるだけではなく、神の言葉を味わうように知る
2)l'intelletto(理解)
intus=中に
intusleggere=中に入って読む
深~く入り込んで理解する
表面的ではなく、内側にぐっと入り込んで重要な部分を引き出せる力
3)il consiglio(判断、思慮)
consiglioはintellettoから生じる。つまり、しっかりと中に入って理解することで、
自分が歩む道が正しい道であるかを選ぶことが出来る。
4)la fortezza(勇気)
正しいことがわかったなら、それを行うための力が必要になります。
血を流しても、進むべき道を進んだ、imartiri殉教者たちはこの賜物を
しっかりと受け止めていった人々。
5)la temperanza(節制、自制)*
lascenza知識、4までの賜物で神を知り、人間関係においてもっとも大切ともいえる節制、欲望を理解して、正しい制限を設けることができる。
6)la pieta'(神を愛する恵、敬虔)
lo
spiritodellapreghiera祈りの精神=祈り(神) 神との一致
ピエタというと、ミケランジェロの彫刻を思い浮かべる方も多いかと。

聖母マリアは十字架から下ろされたイエスを見、静かなまなざしと沈黙の中、その痛み、苦しみ、それらすべてを自分に重ね、その姿と完全に調和し一致します。
自分を主の姿に重ねる=主に心をひらきその言葉をきくと言う事。
どんなに喧しい場にいても、それにのって沈黙を守り、心を空っぽにすることができれば、神が入る場所が心に用意される。
7)il teimore di dio(神を敬う心。主の恐れ)
恐れるというと、そのまま恐ろしいイメージですが、聖なる恐れという受け止めかたで、謙遜のこころと取ってよいかと思われます。
「主の祈りpadrenostro」の中にも天におられる 私達の父というフレーズがありますが、父と親しく呼ぶ事ができても、その存在は天にある。この短いフレーズの中にも神の存在の大きさ、神への尊敬が表れています。モーゼが聖なる地に入るときにサンダルを脱いだように、聖ピエトロが復活した主を敬い、裸同然の自分をあわてて隠し、上着をまとい、湖に飛び込んだように、その偉大な存在を敬う心が7番目の賜物にあります。
これら7つの賜物を受けて、わたしたちは満ちた人生viveinpienezzaをおくれる。といいます。この聖霊が与えてくれる光に従って、神の掟を人生の中に受け入れることで、その恩恵はしだいにしだいに強くなってゆくと。逆に従うことを忘れると、その恩恵を受ける力は、しだいに弱くなっていくと言うことです。
ここから、有名なあのイエス様の説教心の貧しい~の
山上の説教の中に、聖霊の賜物を受けて、そしてわたしたちは
どんな幸いを~どういう人として~受け止めて行けばいいのか~
といった事をみていきましょう。
>山上の説教(マタイによる福音書 / 5章 1節 -12)
ホレブに向かったエリヤ(列王記上19章9節-14)