イザヤの預言35.4-7
マルコによる福音7.31-37
9月8日は聖母マリアの誕生日。
シスターの修道会では一日ミサがおこなわれていました。
9日も引き続きミサがありましたので
そちらに参加させていただきました。
Maria Bambinaの奇跡についてもいろいろ伺って
マリア様の恵みはずっとずっと続いているのだなぁ
と、感動を覚えました。
今月はこの9月8日聖母マリアの誕生日Nascita di Maria Bambinaを筆頭に
9月14日十字架称賛 Devozione di Maria
9月15日悲しみの聖母 Maria addolorata
と、マリア様を想う機会の多い月ですね。
そのうちこのページにも、カレンダーをつけたほうが
いいのかも?しれません…。
「恐れるな」という言葉は、
イエスさまの口から
何度発せられたことでしょう。
~湖の上を歩いて弟子たちの船に乗り込まれたとき
幽霊だ!とおびえる弟子たちに
「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない。」
~弟子を宣教に派遣する場面、そして復活後も「恐れるな」がみられます。
受胎告知のシーンでは、天使ガブリエルが乙女マリアに
~「マリア、恐れることはない&」と告げます。
何を恐れるのか。どうして心おののくのか?
恐れないとは、どういうことなのか??
この章を読んでみましょう。
イザヤの預言 35.4-7a
心おののく人々に言え。
「雄々しくあれ、恐れるな。
見よ、あなたたちの神を。
敵を打ち、悪に報いる神が来られる。
神は来て、あなたたちを救われる。」
そのとき、見えない人の目が開き 聞こえない人の耳が開く。
そのとき 歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。
口の利けなかった人が喜び歌う。
荒れ野に水が湧きいで
荒れ地に川が流れる。
熱した砂地は湖となり
乾いた地は水の湧くところとなる。
~敵を打ち、悪に報いる
というフレーズがあります。これは悪への怨念のこもった
復讐ではないのです。
この章の後半のイメージ ~
●見えない - 目が開く ●聞こえない-耳が開く
●歩けない-踊り上がる ●口の利けない
-喜び歌う
●荒れ野-水 ●荒地-川
●砂地-湖 ●乾いた地- 水の湧く
大げさな程のコントラストは まさに
「死と復活」のイメージにつながります。悪に報いるということは
悪を暴力か何かで組み伏せるのではなくて
イエスの復活、復活による勝利 勝利=報いという感じなのですね。

Pierodellafrancescaの復活のキリスト。勝利を感じます。
カラッカラに乾いた荒地に川がながれる。
乾燥していた大地が潤いを取り戻すとそこには!
植物が芽生える。生き物が集う。生命の喜び、楽園のイメージが
膨らんでいきます。
ちなみに、Googleで「イエス 恐れるな」で検索をかけたら、
たくさんヒットしました。
私も要所要所でよく痛感するのですが、人間はまったく臆病で
必要以上に用心深くなってしまう事が多々あります。それで後悔することもしばしば。
「恐れるな!」という言葉。ドキッとします。大切に受け止めて
目をカッと開かなければ。
~マルコの福音7.31-37へ