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Two of us5 - (2011/06/11 (土) 05:33:30) の1つ前との変更点
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ああ、もう馬鹿だ私。
部屋に戻って、ベッドに倒れて泣いた。悲しいとか、切ないとかそんなんじゃなかった。
それもあったけど、何よりなんであんなこと言ったんだろう私。
律に、酷いこと言った。
後悔が私を呪った。
馬鹿だ絶対馬鹿! もう情けないとか恥ずかしいとか、そういうの通り越して。
もう全部全部私が駄目なんだ。
「澪!」
声がして、バッと起き上がると、律がいつの間にか部屋に戻ってきていた。
私はベッド。律は部屋の中央。
「り、律……」
私はまた逃げたくなるぐらい恥ずかしかったし、律に申し訳なくて目を逸らしてしまった。
だけど、律はびっくりするほど優しい声で、顔を上げてと言った。
私が律に視線を戻すと、律はまた笑ってた。でも、からかうようでも意地悪な瞳でもなくて、悲しい目だった。
「ごめん。その……澪は真剣に悩んでるのに、私、なんか、澪の気持ち考えてあげられなくて」
私は近くの布団を掴んで、それを抱きしめるようにしながら口元を隠した。
「その……えっと、上手く言えないけど。私も、すっごく悲しいよ」
「……」
「別に、本心で笑ってなんかない。ホントはもっと」
「じゃあ、なんで、そんなに元気あるんだよ」
「そうでもしなきゃ、やってらんないって言っただろ!」
律が叫んだ。私はビクッとした。
何よりも、こんなにも声を張って律が何かを言うことがとても久しぶりだったし。
それに、悔しいような切ないような、律にしてはとても不安定な表情をしていて。私は何も言えなかった。息を呑むだけで。
「私だって大好きだよ澪のこと! だけど、こんなのになっちゃったら、そりゃ悲しいに決まってるだろ! 澪の分からず屋!」
「っ……――」
律は、泣き始めた。だけど、それでも私に叫びまくった。私は何か言おうとして口を開くけど、やっぱり言葉が出てこなかった。
それは別に、本当に出てこないわけじゃなくて。
言いたいこと想うことたくさんありすぎて、詰まっちゃっていたんだ。
分からず屋って言われたのに、腹が立ったわけでもない。
だって、私、分からず屋だったんだから。
「悲しい時に悲しんでなきゃいけないわけじゃないだろ! 私もすげー悲しいよそりゃ。もういろいろありすぎてわけわかんないよ。
だから笑ってなきゃ辛いんだよ! そうでもしなきゃ本当に、怖いんだ……めちゃくちゃ怖いんだよ」
律は私に近寄って、私を見下ろした。
私、自分で言ってたじゃないか。
律はこう言う時、悲しい時寂しい時、笑う奴なんだって。
私が知ってるのに。私昨日からそう考えてたのに。きっと律は無理に笑ってるんだろうなって、私は知ってたのに。
なんでそれを忘れてたんだろう。いらいらしてたのかもしれないし、律が私に対して、私ほどの怯えを見せなかったから、そっちでも怖くなったのかもしれない。
私、やっぱり馬鹿だ。
幼馴染で恋人とか言っても、何にも律のことわかってなかった。
一番辛いのは、律なんだ。
それ、自分で言ってたじゃないか。
馬鹿澪。
「ご、ごめん……律……ごめん」
「謝るなよっ……でも、わかってて欲しいんだ。私、澪のことずっと好きでいるから。私が怖いのは、澪に触れないことなんだよ」
「……私も、律に触れないの辛いよ」
「だから、笑わなきゃ、駄目なんだ。別に、澪のこと好きじゃないわけないし、どうでもいいとか、まったく現実見てないわけじゃないんだ」
言葉が、私を刺していく。
痛くはあったけど、それは後悔の痛みだった。
自分に対する情けなさから来る痛みだった。馬鹿澪馬鹿澪。
あんなこというなんて馬鹿だ。
律はこんなにも苦しんでたのに。
「……泣けよ」
「泣いてなんか、ない」
「泣いてるよ、律」
「……っ……でも、澪は私を、抱きしめられないんだろ……」
――澪の胸の中でしか、涙は流したくないのに。
律は続けて、そう言った。
でも、私は抱き締めることができなかった。
こんなにも愛しい律が、泣いてる律が、苦しんでる律が、こんなにも近くにいるのに。
泣いているから、私はそれを抱きしめてあげたいのに。
それができない。
できないんだ。それがどんなに辛いことか身に沁みた。心に沁みた。
触れないって、もう最悪だ。
律に触れたい。
涙を受け入れてあげたいよ。
抱きしめてあげて、泣く律を穏やかに受け入れたいのに。
持っていた布団にしずくが垂れていたのに気付いた。
私も、泣いた。
律も、泣いた。
でも、抱きしめられなかった。
悲しかった。
■
泣き疲れたので、私と律はベッドで天井を見つめたまま倒れていた。
「どうなっちゃうんだろ、私たち」
私はぽつりとそう言った。
「元に戻るよ、絶対」
律は細いけど、でもはっきりと言った。
「そんで、また澪といろんなことするよ」
「例えば?」
「たくさんチューする」
「うん」
「突っ込まないの?」
「いいよ。やりたいもん」
「ああ、やろうな」
「エッチなこともしていいよ」
「澪がそんなこと自分から言うなんて」
「いいだろ別に。したいものはしたいんだ」
「そーだな。このままいくと、随分ご無沙汰になっちゃいそうだもんな」
「あと、いっぱい抱き締めて欲しい」
「うん」
「あと、髪、撫でて欲しいよ」
「言われなくてもやる」
「もう、やりたいこといっぱいだな」
「触れなくなっただけで、やれないことたくさんあるんだなー」
「うん」
「それだけ普段、触れ合ってるってことだよな」
「……うん」
「ごめんなー澪」
「別に、お互い悪くなんかないよ」
「そーだけど……」
「だから、早く戻りなよ。待ってるからさ」
■
次の日は、ちょっとだけ恐れながら学校へ行くことにした。
■
次の日。
学校に行くと、梓が後ろから話しかけてきた。
「澪先輩!」
梓は私に追いつくと、私に並んで、嬉しいような、だけど穏やかな言葉を繋いだ。
「もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫って?」
「だって律先輩があんなだから、澪先輩、もう学校にも来れないぐらいにいろいろと大変なんじゃないかと思ってたんです」
まあすっごく大変だし、結構無理して学校に来てる節があるからなあ。
結局律と話し合った結果、とりあえず学校には行ってみようということになったけど。こうして登校してると、やっぱり日常を取り戻した気分にはなる。
でも、私の近くにいる律の存在を、誰も気づいてはいない。
同じ軽音部の梓も気付いてない。
それはまた、私に気持ちの上でダメージを与えた。
肝心の律は、私の少し後ろで空を仰いでいた。きっと、私と梓の会話に入って私を動揺させまいとしているのだろう。
律の声は私にしか聞こえないけど、梓には聞こえない。だからこそ、聞こえない梓は私の行動に違和感を覚えるはずなのだから。
「まあ大変だけど、でもあまり休みすぎてもあれだから」
「そうですか。でも無理はしないでくださいよ」
昨日は部活をいつも通りしたようだけど、ドラムとベースがいないので演奏の練習はそれほどやらなかったそうだ。
別に学園祭が近いわけでもないし、発表の機会が近いわけでもない。
いつも通りお菓子でも食べてのんびりしてればいい。
私はそう思ったのだけど、どうやら何か事件のようなものや、いざ誰かが欠けたり練習に支障が出そうになると、やる気が出るようだった。
別にそれは悪いことじゃなくて、多分皆の性格上落ち着けなくていてもたってもいられなくなっただけだろう。
唯は梓とムギ相手に、楽譜を見ながらコード進行の特訓をしたようだった。
「唯先輩、こういうときだけやる気が出るんですから」
校門に向かって歩きながら、梓が呆れたように言った。それでも面倒を見たのだから、やっぱり梓も思うところがあるんだろう。
梓とムギは音楽の素養がある。その二人相手に唯も特訓したということは、それなりに演奏も上達したのかな。
「まあ、唯も何か頑張ろうって思ったんだよ」
「そうですよね。多分澪先輩たちのことを考えると、何かしなきゃって気になったんだと思います。私もムギ先輩もそうですし」
「えっ?」
「あ、いえ、なんでもないです。それじゃ、私はお先に失礼します!」
梓は逃げるように、ひゅーっと生徒玄関の方へ先に走って行ってしまった。私は立ち止まってその後ろ姿を見つめていた。
しばらくして、律が追いついて私に並んだ。どうやら話だけは聞いていたようで、梓が逃げたのを見て、なんなんだと声を漏らした。
■
「とにかく、やっぱり一日経っても、私は澪にしか見えないんだな」
一時限目が始まるまでの時間、トイレで律がそんなことを言った。
「まあ、澪だけで十分なんだけど」
私は昨日から悩んでた。
律の姿を目視できるのは、私だけだった。それは、嬉しいことなんだろうかって。
私は律を一人占めしたかったし、たまに律が私以外の誰かと仲良くしてるのを見ると胸が痛かった。
酷い時は、世界が二人っきりになっちゃえばいいのにって思ったこともあった。
今はそんな風に思わないし、恋人同士なんだから落ち着けてるけど。
でも、私の独占欲と嫉妬は、ちょっとあんまりだと自分でも思う。
今、世界には私と律しかいない。
律は今、一人ぼっちだった。だって、その姿を認めてくれる人が私以外に一人もいないんだから。
言うなれば、二人ぼっちだ。
私はいつも通り人間で、律とは別の誰かと話せるし姿を認めてもらえる。
でも、私にとって世界は律を中心に回ってる。
その律が一人なら、私も悲しむしかなくて。やっぱりそれは、一人ぼっちに値するのだった。
「本当に、私だけが見えてれば十分なのか」
私は手を洗いながら問うた。トイレには私たち以外誰もいない。
だけど遠慮なく話せるかと言ったらそうでもなくて、誰かがいきなり入ってくるんじゃないかとビクビクしていた。
「澪がいれば何もいらないってわけじゃないけどさ」
「私からすれば、律の姿が皆に見えないの、やっぱり悔しいよ」
律のこと独占したいとは思ってたけど、いざそうなると、やっぱり皆に律の姿を見て欲しい気もした。
私の恋人はこんなに可愛くてすごいんだって、皆に知ってほしいんだ。でも知られ過ぎるとまた私は嫉妬しちゃうだろうし。その辺りの線引きが良くわかんない。
「ま、しばらくすれば元に戻るんだ。そういうの、ちょっと我慢しようぜ、お互いに」
「うん……」
しばらくの我慢か。
律はまだ笑ってる。でもこれは、昨日の涙を受け止めたうえでの笑顔だと私にはわかってた。
それよりも、幽霊の律と一緒にいて、いつも通りの生活を私が遅れるのか気になる。
元に戻るまでの間、私は『皆には見えない律』と共同生活だ。
もしかしたら、とんでもない失敗をしでかす可能性もある。皆の前で律に話しかけちゃう可能性もなくはないのだ。
トイレから出て、私は律に言った。少し騒がしいので、ひとり言だとは思われないはず。
「律、皆の前では極力話しかけないでくれよな」
「なんで? あ、そっか」
「そうだよ」
話しかけられたら反応したくなる。反応したら皆に変な目で見られる。このまま負のスパイラルにでも突入したら、ちょっと困る。
こんな時まで他人の視線を気にしてる自分が情けない。
律のことだけ考えてればいいのに、やっぱり他人から変な目で見られるのが怖いんだ私。
「わかってるよ。あ、でも話しかけちゃうかも」
「はあ……まあできれば誰もいないところでな」
「はーいはいっと」
私たちは教室に向かった。
誰もいなかった。
「あ」
「どした澪」
「一限、体育」
始業まで、あと五分を切っていた。
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ああ、もう馬鹿だ私。
部屋に戻って、ベッドに倒れて泣いた。悲しいとか、切ないとかそんなんじゃなかった。
それもあったけど、何よりなんであんなこと言ったんだろう私。
律に、酷いこと言った。
後悔が私を呪った。
馬鹿だ絶対馬鹿! もう情けないとか恥ずかしいとか、そういうの通り越して。
もう全部全部私が駄目なんだ。
「澪!」
声がして、バッと起き上がると、律がいつの間にか部屋に戻ってきていた。
私はベッド。律は部屋の中央。
「り、律……」
私はまた逃げたくなるぐらい恥ずかしかったし、律に申し訳なくて目を逸らしてしまった。
だけど、律はびっくりするほど優しい声で、顔を上げてと言った。
私が律に視線を戻すと、律はまた笑ってた。でも、からかうようでも意地悪な瞳でもなくて、悲しい目だった。
「ごめん。その……澪は真剣に悩んでるのに、私、なんか、澪の気持ち考えてあげられなくて」
私は近くの布団を掴んで、それを抱きしめるようにしながら口元を隠した。
「その……えっと、上手く言えないけど。私も、すっごく悲しいよ」
「……」
「別に、本心で笑ってなんかない。ホントは[[もっと]]」
「じゃあ、なんで、そんなに元気あるんだよ」
「そうでもしなきゃ、やってらんないって言っただろ!」
律が叫んだ。私はビクッとした。
何よりも、こんなにも声を張って律が何かを言うことがとても久しぶりだったし。
それに、悔しいような切ないような、律にしてはとても不安定な表情をしていて。私は何も言えなかった。息を呑むだけで。
「私だって大好きだよ澪のこと! だけど、こんなのになっちゃったら、そりゃ悲しいに決まってるだろ! 澪の分からず屋!」
「っ……――」
律は、泣き始めた。だけど、それでも私に叫びまくった。私は何か言おうとして口を開くけど、やっぱり言葉が出てこなかった。
それは別に、本当に出てこないわけじゃなくて。
言いたいこと想うことたくさんありすぎて、詰まっちゃっていたんだ。
分からず屋って言われたのに、腹が立ったわけでもない。
だって、私、分からず屋だったんだから。
「悲しい時に悲しんでなきゃいけないわけじゃないだろ! 私もすげー悲しいよそりゃ。もういろいろありすぎてわけわかんないよ。
だから笑ってなきゃ辛いんだよ! そうでもしなきゃ本当に、怖いんだ……めちゃくちゃ怖いんだよ」
律は私に近寄って、私を見下ろした。
私、自分で言ってたじゃないか。
律はこう言う時、悲しい時寂しい時、笑う奴なんだって。
私が知ってるのに。私昨日からそう考えてたのに。きっと律は無理に笑ってるんだろうなって、私は知ってたのに。
なんでそれを忘れてたんだろう。いらいらしてたのかもしれないし、律が私に対して、私ほどの怯えを見せなかったから、そっちでも怖くなったのかもしれない。
私、やっぱり馬鹿だ。
幼馴染で恋人とか言っても、何にも律のことわかってなかった。
一番辛いのは、律なんだ。
それ、自分で言ってたじゃないか。
馬鹿澪。
「ご、ごめん……律……ごめん」
「謝るなよっ……でも、わかってて欲しいんだ。私、澪のことずっと好きでいるから。私が怖いのは、澪に触れないことなんだよ」
「……私も、律に触れないの辛いよ」
「だから、笑わなきゃ、駄目なんだ。別に、澪のこと好きじゃないわけないし、どうでもいいとか、まったく現実見てないわけじゃないんだ」
言葉が、私を刺していく。
痛くはあったけど、それは後悔の痛みだった。
自分に対する情けなさから来る痛みだった。馬鹿澪馬鹿澪。
あんなこというなんて馬鹿だ。
律はこんなにも苦しんでたのに。
「……泣けよ」
「泣いてなんか、ない」
「泣いてるよ、律」
「……っ……でも、澪は私を、抱きしめられないんだろ……」
――澪の胸の中でしか、涙は流したくないのに。
律は続けて、そう言った。
でも、私は抱き締めることができなかった。
こんなにも愛しい律が、泣いてる律が、苦しんでる律が、こんなにも近くにいるのに。
泣いているから、私はそれを抱きしめてあげたいのに。
それができない。
できないんだ。それがどんなに辛いことか身に沁みた。心に沁みた。
触れないって、もう最悪だ。
律に触れたい。
涙を受け入れてあげたいよ。
抱きしめてあげて、泣く律を穏やかに受け入れたいのに。
持っていた布団にしずくが垂れていたのに気付いた。
私も、泣いた。
律も、泣いた。
でも、抱きしめられなかった。
悲しかった。
■
泣き疲れたので、私と律はベッドで天井を見つめたまま倒れていた。
「どうなっちゃうんだろ、私たち」
私はぽつりとそう言った。
「元に戻るよ、絶対」
律は細いけど、でもはっきりと言った。
「そんで、また澪といろんなことするよ」
「例えば?」
「たくさんチューする」
「うん」
「突っ込まないの?」
「いいよ。やりたいもん」
「ああ、やろうな」
「エッチなこともしていいよ」
「澪がそんなこと自分から言うなんて」
「いいだろ別に。したいものはしたいんだ」
「そーだな。このままいくと、随分ご無沙汰になっちゃいそうだもんな」
「あと、いっぱい抱き締めて欲しい」
「うん」
「あと、髪、撫でて欲しいよ」
「言われなくてもやる」
「もう、やりたいこといっぱいだな」
「触れなくなっただけで、やれないことたくさんあるんだなー」
「うん」
「それだけ普段、触れ合ってるってことだよな」
「……うん」
「ごめんなー澪」
「別に、お互い悪くなんかないよ」
「そーだけど……」
「だから、早く戻りなよ。待ってるからさ」
■
次の日は、ちょっとだけ恐れながら学校へ行くことにした。
■
次の日。
学校に行くと、梓が後ろから話しかけてきた。
「澪[[先輩!]]」
梓は私に追いつくと、私に並んで、嬉しいような、だけど穏やかな言葉を繋いだ。
「もう大丈夫なんですか?」
「大丈夫って?」
「だって律先輩があんなだから、澪先輩、もう学校にも来れないぐらいにいろいろと大変なんじゃないかと思ってたんです」
まあすっごく大変だし、結構無理して学校に来てる節があるからなあ。
結局律と話し合った結果、とりあえず学校には行ってみようということになったけど。こうして登校してると、やっぱり日常を取り戻した気分にはなる。
でも、私の近くにいる律の存在を、誰も気づいてはいない。
同じ軽音部の梓も気付いてない。
それはまた、私に気持ちの上でダメージを与えた。
肝心の律は、私の少し後ろで空を仰いでいた。きっと、私と梓の会話に入って私を動揺させまいとしているのだろう。
律の声は私にしか聞こえないけど、梓には聞こえない。だからこそ、聞こえない梓は私の行動に違和感を覚えるはずなのだから。
「まあ大変だけど、でもあまり休みすぎてもあれだから」
「そうですか。でも無理はしないでくださいよ」
昨日は部活をいつも通りしたようだけど、ドラムとベースがいないので演奏の練習はそれほどやらなかったそうだ。
別に学園祭が近いわけでもないし、発表の機会が近いわけでもない。
いつも通りお菓子でも食べてのんびりしてればいい。
私はそう思ったのだけど、どうやら何か事件のようなものや、いざ誰かが欠けたり練習に支障が出そうになると、やる気が出るようだった。
別にそれは悪いことじゃなくて、多分皆の性格上落ち着けなくていてもたってもいられなくなっただけだろう。
唯は梓とムギ相手に、楽譜を見ながらコード進行の特訓をしたようだった。
「唯先輩、こういうときだけやる気が出るんですから」
校門に向かって歩きながら、梓が呆れたように言った。それでも面倒を見たのだから、やっぱり梓も思うところがあるんだろう。
梓とムギは音楽の素養がある。その二人相手に唯も特訓したということは、それなりに演奏も上達したのかな。
「まあ、唯も何か頑張ろうって思ったんだよ」
「そうですよね。多分澪先輩たちのことを考えると、何かしなきゃって気になったんだと思います。私もムギ先輩もそうですし」
「えっ?」
「あ、いえ、なんでもないです。それじゃ、私はお先に失礼します!」
梓は逃げるように、ひゅーっと生徒玄関の方へ先に走って行ってしまった。私は立ち止まってその後ろ姿を見つめていた。
しばらくして、律が追いついて私に並んだ。どうやら話だけは聞いていたようで、梓が逃げたのを見て、なんなんだと声を漏らした。
■
「とにかく、やっぱり一日経っても、私は澪にしか見えないんだな」
一時限目が始まるまでの時間、トイレで律がそんなことを言った。
「まあ、澪だけで十分なんだけど」
私は昨日から悩んでた。
律の姿を目視できるのは、私だけだった。それは、嬉しいことなんだろうかって。
私は律を一人占めしたかったし、たまに律が私以外の誰かと仲良くしてるのを見ると胸が痛かった。
酷い時は、世界が二人っきりになっちゃえばいいのにって思ったこともあった。
今はそんな風に思わないし、恋人同士なんだから落ち着けてるけど。
でも、私の独占欲と嫉妬は、ちょっとあんまりだと自分でも思う。
今、世界には私と律しかいない。
律は今、一人ぼっちだった。だって、その姿を認めてくれる人が私以外に一人もいないんだから。
言うなれば、二人ぼっちだ。
私はいつも通り人間で、律とは別の誰かと話せるし姿を認めてもらえる。
でも、私にとって世界は律を中心に回ってる。
その律が一人なら、私も悲しむしかなくて。やっぱりそれは、一人ぼっちに値するのだった。
「本当に、私だけが見えてれば十分なのか」
私は手を洗いながら問うた。トイレには私たち以外誰もいない。
だけど遠慮なく話せるかと言ったらそうでもなくて、誰かがいきなり入ってくるんじゃないかとビクビクしていた。
「澪がいれば何もいらないってわけじゃないけどさ」
「私からすれば、律の姿が皆に見えないの、やっぱり悔しいよ」
律のこと独占したいとは思ってたけど、いざそうなると、やっぱり皆に律の姿を見て欲しい気もした。
私の恋人はこんなに可愛くてすごいんだって、皆に知ってほしいんだ。でも知られ過ぎるとまた私は嫉妬しちゃうだろうし。その辺りの線引きが良くわかんない。
「ま、しばらくすれば元に戻るんだ。そういうの、ちょっと我慢しようぜ、お互いに」
「うん……」
しばらくの我慢か。
律はまだ笑ってる。でもこれは、昨日の涙を受け止めたうえでの笑顔だと私にはわかってた。
それよりも、幽霊の律と一緒にいて、いつも通りの生活を私が遅れるのか気になる。
元に戻るまでの間、私は『皆には見えない律』と共同生活だ。
もしかしたら、とんでもない失敗をしでかす可能性もある。皆の前で律に話しかけちゃう可能性もなくはないのだ。
トイレから出て、私は律に言った。少し騒がしいので、ひとり言だとは思われないはず。
「律、皆の前では極力話しかけないでくれよな」
「なんで? あ、そっか」
「そうだよ」
話しかけられたら反応したくなる。反応したら皆に変な目で見られる。このまま負のスパイラルにでも突入したら、ちょっと困る。
こんな時まで他人の視線を気にしてる自分が情けない。
律のことだけ考えてればいいのに、やっぱり他人から変な目で見られるのが怖いんだ私。
「わかってるよ。あ、でも話しかけちゃうかも」
「はあ……まあできれば誰もいないところでな」
「はーいはいっと」
私たちは教室に向かった。
誰もいなかった。
「あ」
「どした澪」
「一限、体育」
始業まで、あと五分を切っていた。
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