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ROCK!!29 - (2010/12/02 (木) 23:23:51) のソース
流れる川を、河川敷に下りる階段の中ほどに座って眺めていた。 約束の時間よりちょっとだけ早く来ていて、静かな時間が流れていた。 セミの声も先週ほど五月蠅くもなく落ち着いていて、もう一週間ほどで八月は終わるんだとなんとなく感じた。 涙は枯れていた。 今は、なぜ律先輩が私と会おうと言ってくれたかという疑問に頭が向いていた。 律先輩に酷い事を言った私。皆と一緒にいる資格もないくらい最低な事をした。 だから、律先輩も誰にも会いたくないんじゃないかって……そして、一番律先輩が会いたくないのは私だと思っていたのに。 なんで。 どうしてなんだろう。 私なんかに。 また胸が疼いて。 俯きかけた。 その時だ。 「梓」 ――優しい声で、名前を呼ばれた。 私は後ろを振り返った。 階段の一番上で、私を見下す瞳。 「……律先輩」 律先輩だった。 「久しぶりだな。いきなり会おうなんて言って悪かったよ」 「――」 「どうした?」 違う。 五日前に会った律先輩じゃない。 悲しい目で廊下を歩いていた、あの時の律先輩じゃない。 何かが決定的に変わったような、強い眼差しをしているのだ。 そして物腰も柔らかだけど、何処か軽やかの口調。 あの日廊下で、目を細めて逃げ去った律先輩とは別人のような。 何かが、変わっていたんだ。 「……なんでもないです」 「そっか」 私は律先輩から目を逸らして、川に目を向けた。 律先輩は階段を降りてきて、私の隣に座る。 そして声を掛けてきた。 「この河川敷は?」 律先輩は私に言いたいことがいっぱいあるはずのに、他愛もない話から吹っ掛けてきた。 私は川を見つめたまま、答えを返す。 「去年、唯先輩と地域の演芸大会に出るってなった時……ここで練習したんです」 「そんなこともあったなー」 「あんまり人通らないし、ここならって……」 律先輩が会おうとメールしてきて、場所の指定を頼まれたのだった。 屋内は嫌だったし、適当な場所が見つからなかった。 だから、朝の人通りも少なく両方からも比較的近くなこの河川敷にしたのだ。 膝を掛けて座る私。 律先輩は尋ねた。 「梓、部活出てないんだってな」 「……誰から聞いたんですか」 「唯だよ。昨日会ったんだ」 私はゆっくり顔を上げた。 ……律先輩、唯先輩に会ったんだ。 十六日に皆で会うって約束をずっと渋っていたのは律先輩で、 律先輩は軽音部のメンバーとあまり会いたくないと思っていたはずだ。 それなのに、『唯先輩と会った』なんて。 さっきから律先輩は、この前までの律先輩と違う。 私に会おうと言いだしたり、唯先輩にも会っただとか。 私は川を見つめているので、横にいる律先輩の顔は見えない。 だけど口調は――去年の、律先輩を思い出すようなものだった。 思い出すじゃない。 律先輩は……。 「いろいろ話、聞いたよ。梓が私に言った事を後悔してるとか、今と昔の軽音部を比べてるとかさ」 「……」 「ごめん」 「……なんで律先輩が、謝るんですか」 悪いのは、私だ。 私があんな事を言わなければ、律先輩は澪先輩と……。 今と昔の軽音部を比べてるのも、私が勝手にそうしてしまっただけで。 誰も悪くない。悪いのは私なんだ。 だから、律先輩が謝ったのに、私は腹が立った。 律先輩は、責任を取ろうとし過ぎだと思った。 「そもそも私が受験に失敗しなけりゃよかったんだしな。私が悪いんだよ」 「……」 「ざまあねえって感じだよなー。あんなに高校生の時、ふざけまくって勉強もせずにいてさ。 で、結局落ちちゃうとか……かっこわりーよな私」 笑い声を交えながら、先輩はそう語った。 確かにそうだったかもしれない。 律先輩は受験に頑張るべき冬、していないわけじゃなかっただろうけど、澪先輩やムギ先輩ほど根詰めてやってなかったと思う。 だけどそれは表面上で、実際は十分に努力したと思う。だって澪先輩と一緒に勉強していたわけだし、律先輩は……――。 律先輩は、私たちを裏切りたいなんて思ってなかったんだ。 律先輩だって、先輩たち四人が一緒の大学に行けるように頑張ったはずだ。 だから、私は律先輩の言葉を否定した。 「……律先輩は、ふざけてなんかいませんでした」 「ふざけてたよ。梓も見てただろ? 部室で澪を弄ってばっかの私を」 「でも……でも律先輩は、大事な場面でふざける人じゃないと思います」 最後の学園祭のステージに立つ前。 律先輩は、澪先輩の手に『人』という字を書きまくった。 でもあれは、澪先輩をからかいたいだけの行動じゃなかった。 『澪先輩が律先輩に突っ込む』という普段通りのことを行うことで、澪先輩の緊張をほぐそうとしていたんだ。 澪先輩が律先輩を殴ったり突っ込むのは、澪先輩が律先輩を拒んでるわけでも、 その弄る行為が嫌いだからでもなんでもないのは誰もが知ってることだった。 それからステージの脇で控えている時も、掛け声を掛けたり、部長らしい一面を何度も見せてくれた。 普段とのギャップが一番大きいのは、律先輩だった。 いつだって律先輩は、私たちの事を考えていた。 やるべき時には、ちゃんとやっていた。 だから、受験に落ちたのも、律先輩の気持ちが足りなかったとは思わない。 律先輩は頑張っていた。 受験に失敗したのは、勉強不足が原因かもしれないけど。 でも律先輩が頑張ったのは、変わりない事実なんだ。 だから。 「……律先輩は、悪くないんです」 「梓……」 ポンと、律先輩は私の頭に手を乗せた。 驚いて私は顔を上げるなり、隣の律先輩を見た。 優しそうに笑っていた。 そして律先輩は立ち上がり、空を仰いだ。 頭の上の手は、ゆっくり離れた。 「ありがとな。でも、落ちたのは事実だし。私には何かが足りなかったんだよ」 「……」 「受験に失敗して、落ち込んで。皆にも嫌われただろうなって思って。心細くて」 律先輩の気持ちはよくわかる。 特に最近、『皆に嫌われた』って怖がってた私には。 「澪にも迷惑を掛けまくって、余計に自分が嫌いになってた」 律先輩は階段を降りて行って、川の方に近づいた。 歩きながら律先輩は、語る。 「二年の時もさ、似たような事があっただろ。 昼休みに、昼練習しようって言ったくせに勝手に帰っちゃった奴。 あの時見たいな気持ちだったなあ。 皆に迷惑かけたことが申し訳なくて、嫌われただろうなって思ったりしてさ」 そんな事もあった。 私はあの時、律先輩の苦しみを知らずに、こんな事を思ってた。 澪先輩を悲しませることができるのは律先輩だけ。 律先輩には敵わないって。 「そういや梓もさ、練習の最中逃げたんだって? 私と同じじゃん!」 振り返ってこっちを笑った律先輩。 私がどんな気持ちで練習を逃げたと思って――……。 と怒鳴りたい気持ちも一瞬だけ湧き上がった。 でも。そうはできなかった。 それよりも、律先輩がその行動を笑ってくれたこと。 それがまるで『私の行動が許された』ような気がしたのだ。 無邪気に茶化す笑顔が、異常に胸に染みたから。 染みたけど、何も言えなくて。 律先輩はそんな私に、笑って言った。 「梓は……澪を楽にしてやりたかったんだろ? 私が澪を苦しめてばっかりだから。だから別れてなんて私に言った」 「……はい」 涙は出てこない。あんなに後悔したのに。 でも痛みは覚えてる。 澪先輩は律先輩に苦しめられていて、私はそれが嫌で、律先輩に嘆願した。 別れてって。 でも終わってみれば、それが最低な事だってわかって。 死ぬほど後悔した。 「でも……あの後……すごく後悔しました」 「ん? なんで?」 気付いてる、と思う。 律先輩は、誰かの気持ちを推し量るのが得意だから。 だけどそんな装いに、言葉は簡単に出てきた。 「やっぱり、律先輩は……澪先輩と一緒にいるべきなんじゃないかって」 「梓……」 私は目を逸らした。 実際、二人はそれを望んでいたんだ。 私とムギ先輩が、自分勝手にそれを壊しただけで。 あのまま何も言わなければ、前みたいに戻れていたかもしれないのに。 「気付くの遅いだろ?」 「……はい」 「まあ、ショックだったけどな。それに図星でもあったから余計に」 やっぱり傷つけてた。 律先輩を傷つけてたんだ。 それがまた、自責の念を助長する。 「だからって、梓を責めやしないよ」 律先輩は、言い放った。 私は――その言葉に、色んなものが含まれてる気がした。 逸らしていた目を律先輩へ戻す。 律先輩は落ちていた小石を拾って、川に投げた。 そして振り返って、白い歯を見せた。 「さっきも言ったけど、私も二年生の時、梓と似たようなことしたんだ。 だから梓の気持ちは、痛いほどわかるよ」 律先輩は、昔に想いを馳せる優しい瞳で言った。 でも、私みたいに『過去』を引きずっている様子ではなかった。 それを『思い出』として、心に残しているような。 そんな自身と力強さ、そして説得力が確かにあった。 「だけど澪がさ、傍にいてくれたんだ。 責めないでいいって、私の事好きでいるって言ってくれたから……ここにいる」 そして。 「今回の事は、誰が悪いとか無いと思うんだ。もちろん発端は私だ。それは一番悪い事をしたと思うよ。 でも、受験に失敗して、いろんな事を思い出したし、改めて実感したこともあるんだよ」 受験に失敗して、得たものなんかあるわけない。 だから律先輩は苦しんでいるんじゃなかったの? でも、今の律先輩に『苦しみ』という陰りは見られない。 前ほどではないけど、元気を取り戻したような風貌だ。 ……それは、受験に失敗して得たものがあるからなのかな。 「……なんですか、それって」 律先輩が嫌というほど苦しんだ現実。 その中で、実感したこと――掴んだものって。 律先輩と、目があって。 座っている私。立っている先輩。 向かいあって。 律先輩は言った。 「澪の大切さ」 ――『澪』。 それは律先輩にとって、一番大切な人の名前だった。 「もちろん昔から大切だった。ずっと大事に想ってた。 だけど梓に別れろって言われて。そして私自身も澪を苦しめるのは嫌だったから、澪と会わないことにした。 タイミングよくムギも同じことを澪に言って、澪も私に会わないと決めた」 律先輩がどれだけ澪先輩を好きか、私は知っている。 高校時代の二人を思い出せば、そこにいつでも『愛』があった。 『絆』があった。『想い』があった。 多分私の澪先輩に対する気持ちの、何千何万という倍数ほど律先輩は澪先輩を想ってる。 そんなの知ってる。 だから、別れると決めた時は辛かったはずなんだ。 その辛さがわかるから、今私はこんなにも自分を責めてるんだから。 「でも、会わないって決めてからいろいろ考えたんだ。 受験に失敗して皆に嫌われたかもしれないという痛み。 澪と別れて会わないと決めてから悩んだ時の痛み。 どっちが痛かったかって……澪に会えない痛みなんだよ」 大好きな誰かに会えない痛みは、計り知れないと思う。 優しい瞳のまま、律先輩は続けた。 「それから色んな事を思い出した。 梓に言われたことや、ムギに告白されたこと。 澪と過ごした生活を。 まさに葛藤だ。 自分の選んだ道が誰かを苦しめる。 だからその選択をしなかった。 でもそうすることに、自分が満足していたかって悩んで。 怖がったり臆病になったり、痛かったり辛かったりしたさ」 自分の選んだ道。 私は私の想いのままに行動して、失敗した。 しなければよかったと後悔をした。 先輩二人の想いをぶち壊した事に。 律先輩も、後悔したのだろうか。 一緒にいることで澪先輩を苦しめる。 だから一緒にいるのをやめて、距離を置いた。 そう選択したことに、後悔したのだろうか。 「でも――気付いたこともある。 受験に失敗した痛みも、皆を信じれない辛さも。 澪と分かち合えていたんじゃないかって。 だから澪と離れて、その時以上に苦しいんじゃないかって。 それに、会えない四日間。ずっと澪の事を考えてたんだ。 布団に包まったり寝たり起きたり、ご飯食べてる時もさ。 それぐらい、澪のこと好きなんだなって……」 「……」 さっきから感じるこの妙な感じは何なんだろう。 律先輩は、澪先輩と別れたんじゃないの? だから私は、こんなにも悩んでるのに。 だとしたら、どうしてこんなに律先輩は笑っていられるの? 私は、はっとして言った。 「律先輩」 「なんだ?」 「……もしかして、澪先輩とよりを戻したんですか?」 「そうだけど、言ってなかった?」 心で何かを考える前に、声を上げながら立ち上がってしまった。 「さ、先に言ってくださいよ!」 「ごめんごめん」 くすくす笑う律先輩。 私は怒鳴りたいぐらいだったけど、そうはできなかった。 だって、だって……! 私の悩みの一つは、すでに解決されていただなんて。 うじうじ悩んでた私が、馬鹿みたいだ。 「ほ、ホントに……ホントに後悔したんですからねっ……。 私の所為で、好き合ってる先輩二人が……別れちゃったんだって、思うと……本当に……」 心にあった黒っぽいモヤモヤは、今までずっとあと引いてたくせに。 澪先輩と律先輩がまた一緒になったと聞くと、それは簡単に姿を消した気がした。 完全に消えたとまではいけないけど、縛りつける感覚はなくなった。 それほど、私はあの二人が別れたことが嫌だった。 自分でそうしたけど。 でもやっぱり、澪先輩と律先輩は一緒じゃなきゃ駄目なんだなって。 「だから、梓はもう悩まなくてもいいんだぜ。私と澪の事で。 もちろん……梓は澪が好きで、そう簡単に諦めれるもんじゃ、ないと思うけど……」 唯先輩が言ったこと。 『告白すれば気持ちに示しがつく』……。 確かにそうだったかもしれない。 いかに澪先輩が遠い存在か気付いた。 そして、律先輩がとても澪先輩の近くにいることも。 思い知らされたというよりも、納得したんだ。 現に私は、澪先輩と恋人になれなかったことを悔んでいない。 そうならなかった事を、悲しんでいない。 そうならなくてよかった。 私の恋が叶わなくて、よかったんだ。 澪先輩の事は好きだっ『た』。 過去形。 もう私は、澪先輩に恋していなかった。 「……いいんです。澪先輩にも言いました。 私は……私は、澪先輩と律先輩が一緒にいて、笑ってくれてればそれでいいんです」 好きな人が幸せなら、それでいいんだ。 大好きな人が大好きな人と一緒にいる。 それだけで、私も嬉しいんだ。 「ありがとな……梓」 「律先輩……絶対、澪先輩を幸せにしてください」 「わかってるよ。ぜってーしてやるから」 ピースして宣言した律先輩。 もう十分、二人は幸せだった。 だから、幸せにしてと言わなくても、すでに幸せだ。 私は、以前まで澪先輩を独占する律先輩が嫌いだった。 だけど、今はそんな気持ちは微塵もなかったんだ。 満たされたような幸福感。 それは、嫉妬や嫌悪に塗れた醜い感情でもなんでもない。 私も律先輩を好きになったんだ。 恋愛感情ではなかった。そんな高揚感はなく、[[もっと]]穏やかだった。 澪先輩が律先輩に対する気持ちとは別の。 信頼と尊敬のような。そんな思いだった。 やっぱり律先輩と澪先輩は一緒にいなきゃ駄目なんだって確信。 一緒にいるのが一番だよあの二人は。 そんな気持ちが、確かに私の中に生まれていたから。 別れ際、律先輩は私に言った。 「梓、練習しとけよ」 「……何をですか?」 「『放課後ティータイム』の曲をさ」 それは、再会を意味していた。 自転車で帰宅していると、家の玄関の前に何人か人がいるのが遠くから見えた。 近づくにつれて、その数人が誰かがわかってきた。 「……皆?」 私は少し距離を置いた位置で自転車から降りる。 ブレーキの音に気付いた数人――今の軽音部のメンバーが駆け寄ってきた。 「梓ちゃーん!」 「梓!」 「せんぱーい!」 そして一斉に私を取り囲む。純にいたっては私に抱きついてきた。 「ちょっと純、自転車倒れるって」 「あずさー……馬鹿!」 抱きついた純が眼前で顔を上げる。その目は微妙に潤んでいた。 どうしたんだろう皆そろって。 私は自転車をそこに止めて、純の手を掴んだ。 「ど、どうしたの皆」 言いながら見渡す。 全員申し訳なさそうにしゅんとしていて、私は訳がわからない。 純が馬鹿と私を罵ったのも、よくわからない。 憂が言った。 「ごめんね梓ちゃん……」 「えっ?」 「色々悩んでたんだって、お姉ちゃんから」 純が今度は思い切り抱きついてきた。格好自体は澪先輩と律先輩のロミジュリのようだ。 そんな抱擁を引き剥がせなかった。 「梓の馬鹿! なんで言わないんだよ! メールも電話も無視して!」 純の頭は私の肩に乗っていて、表情は見えなかった。 でも、そんな叫びは悲痛だった。 ――なんで言わないんだ。 ……私は。 私は悩んでいて、それを誰にも言わなくて。 皆に迷惑かけたくないし、嫌われたと思って。 「先輩は、前の軽音部と今の軽音部……比べてたんですよね」 ドラムの後輩が、細い声で言った。 唯先輩は喋りすぎだと思った。 「ご、ごめん……本当に、私……馬鹿だよね」 なんで比べるなんてしてたんだ。 澪先輩と律先輩の事と重なってイライラしてたからって練習逃げ出したり、怒鳴ったり。 本当に迷惑にも、自分勝手にもほどがある部長だと自分でも思う。 皆が怒るのも無理はない。 「馬鹿だよ梓。でも馬鹿なのは、言ってくれなかったことだよ」 純は抱きつくのをやめて、私の両肩にそれぞれ手をのせる。 そして真っ直ぐな眼差しで見つめながらそう言った。 「そんなに、信用ないかな私たち」 ……信用あるよ。 大好きだよ。 皆好きだ。 だけど言わなかったのは、私が私を嫌いだったから。 言いたくなかったんだ。 「……ごめん。部長失格だよね。今と昔の軽音部比べるなんて――」 「失格じゃないです!」 私の言葉を遮って、叫んだのはギターの後輩だった。 拳を握りしめている彼女は、そのまま続けた。 「梓先輩は……いろんな事を私たちにしてくれて……かっこいいなあって普段から私……。 だから、そんなこと言わないでください! ギター下手なのは頑張って直しますから!」 「わ、私も……田井中先輩みたいに絶対上手くなります! だから、元気出してください!」 ドラムの子も続く。 あったかい気持ちが、湧き上がった。 「梓ちゃん。私も、紬先輩ほど上手くなれないし、曲も作るの得意じゃないけど。 でも、楽しいから……梓ちゃんともっと部活続けてたいよ」 「憂……」 笑顔が胸に刺さる。 それは痛みじゃない。 さっきの律先輩の言葉と同じだ。 決定的な何かが、心の壁を壊すような。 「梓」 私の肩に手を置いたままの純が、名前を呼んだ。 目と目があう。 「……梓が一番文句言いたいのは、私だと思う。梓は澪先輩の事好きだったらしいし、 澪先輩に比べて下手だから、比べるのも無理はないよ」 「純……」 「でも、私梓と部活するの楽しいし! えーと……澪先輩ほど上手くなれないけど、 たくさん練習して、もっともっとライブとか楽しみたいし!」 ライブ。 ライブ――。 懐かしい響きだった。 思い出に残るステージでの光景。 あの興奮と感動を、もう一度味わってみたいな。 私は皆の顔を見渡した。 涙目だけど、強い瞳で私を見ていた。 「っ……」 「梓?」 「ごめんっ……ん……ありがとうっ……」 私は手の甲で目を拭った。 びしょびしょに濡れていた。 皆の心が、嬉しくて。 私はしゃっくり混じりに叫んだ。 「ありがとう……っ!」 同時に、皆が抱きついてきた。 道端で何やってんだって、感じかもしれないけど。 でも、皆が目の端を光らせて抱き合ってる。 私は……皆を信じれそうだって思った。 「でも、私のための軽音部じゃないんだ」 私は純の手を掴んだ。 「私のために、部活をしないでよ」 そうなんだ。 私が悩んでるとか、苦しんでるとか、どうでもいいんだ。 私のために、皆が頑張るのは違うと思う。 私が満足するために、皆が演奏するんじゃない。 「……皆が楽しめれば、笑えれば、私はそれでいい」 私の軽音部じゃない。 皆の軽音部だから。 皆が、楽しめれば。 私はいいんだ。 それで幸せなんだ。 「だから――」 皆が、励ましてくれるのを聞くまいとしてた。 メールも電話も、全部全部無視してた。 でも。 でも……。 皆の声が、こんなにも心を満たしてくれるなんて。 皆と一緒にここにいるの、とっても嬉しいんだって。 気付くのが遅すぎた。 遅かったけど、それで十分だった。 「学園祭のライブ、頑張ろ!」 私は、もう『過去』に縛られたりしない。 そこに懐かしむことや、振り返ることがあっても。 皆がいるから。 澪先輩や律先輩が、一歩踏み出したように。 私も、笑って皆と演奏するんだ。 『今』を楽しむんだ。 [[戻>ROCK!!28]]|[[TOP>ROCK!!]]|[[次>ROCK!!30]]