けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!14

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 軽トラックからドラムの入った箱を地面に下ろした。
 ドラムセットを運んでもらったはいいが、部室まで二人じゃ運べない。
 いくつかに分解されているので、私と澪の二人で運んだとなると二往復はしなきゃならない。
 時刻はすでに一時だから、皆を待たせるもな……そりゃ、運ばなきゃ始まらないけど。
 去年部室が使えなくなった時、私はキャスター付きの荷台を使って運んでいたのを思い出した。
 あれを使えば、少しは楽になるかもしれない。
「澪、私事務室にキャスター荷台取りに行ってくる」
「ああ、あれか。確かにあれがあれば一気に運べるかも」
「うん。だから、ここで待っててくれ」
 澪は頷いた。私はあんまり待たせても悪いから、走って校舎の中に入る。
 ああ、でも私もう生徒じゃないんだよなあ……。
 生徒以外にキャスター荷台貸してくれって頼まれても貸してくれるだろうか。
 切羽詰まった様子とか、卒業生であることを言えば貸してくれるのかもしれないけど、勢いよく飛び出しておいて貸出できないなんてなったら骨折り損だ。
 校舎に入る。生徒玄関から靴を脱いで、靴下のまま廊下を歩いた。




 ――クラス替えの張り紙はここだった。
 ――あの廊下を、皆と歩いた。




 ……自然と歩みはのろくなる。思い出が頭の中に喚起した。

 頭の中の私はいつも笑ってる。
 皆を笑わせてばかりいる。

 今の私はどうだ。
 笑ってばっかの私を悔んで、あの時の自分を殺そうとしてる。
 そして悩んでうじうじして自分を責めまくってるんだ。
 そして、澪に慰めてもらうのを待ってるんだ。
 澪に慰めてもらいたい。誰かこの胸の傷に気付いてって。
 「ほら、可哀想でしょ。慰めてよ」って、思ってるんだ。
 そう思って、いつもいつも自分の心に痛みを溜めていた。
 それを利用して、澪と一緒にいたも同然なんだ。


 私は、唇を噛み締めた。


 ――怖い、皆と会うのが。


 さっき、澪に勇気をもらったのに。
 一ヶ月も考え抜いたのに。

 逃げ出したい、ここから。


 ……澪が待ってる。早く目的の奴を借りてこなきゃ。
 そう思うのに、足は早く動こうとはしない。
 意思に反して、動きはいつまでもゆっくりだ。

 ――だってドラムセットを運ぶことは、皆と演奏するということだ。
 そこに、私という存在が、皆の輪の中にはいるという事なんだ。
 こんなに馬鹿で、価値もない私がだ。
 皆の笑顔の中に、入り込めるのかよ。

 無理だ無理だ。
 澪に勇気をもらったって、澪と手を繋いでいたって。
 怖いんだ。不安なんだ。恐ろしいんだ。

 ムギや梓や唯が、私の事嫌ってるかもしれないんだ。
 そんな可能性が否定できないのに、笑顔で皆と話せるのか?
 そんな奴らじゃないことは、知ってる。
 でも万一だ。

 私が皆だったら、『田井中律』をどう思うんだ?
 嫌いになるか? 一緒に笑ってきた仲間だ。一緒に演奏してきた仲間だ。
 そいつが受験に失敗して、皆の気持ちを裏切ったんだぞ。
 夢を一年遅れにして、恋人を――大事な人に迷惑かけてばっかの奴だ。
 そいつを、『私』は許すことができるのかよ。



 許す――と自信をもって言えねーじゃん。
 そいつのこと……『田井中律』を笑って迎えられないかもしれないじゃないか。
 そんな馬鹿野郎なんだよ私は。


 もう皆といる価値だってない。
 皆が私の事を嫌ってるかもしれないって、仲間も信じれない奴なんだ。
 あんなに笑い合った友達を、嫌いになりかけてる奴なんだ。
 そんな奴が、皆といる事が間違いなんだ。



「律先輩」


 ふと、視界が廊下に戻った。
 目の前に、梓が立っていた。
 私は恐れおののいたが、なんとか立っていられた。
 梓は、無表情だった。

「お久しぶりです」

 この前のは会った事にカウントされない。
 でも一応は会ったことになる。

 背中が汗かいているのがわかった。
 まだ梓にも、こんなに怖がってるんだ。
 先月から、何も進歩してねえじゃん。

「あ、ああ……」
「こんなところで何をしてるんです?」

 他愛もない話の方が、私も話しやすい。
 無理に過去を懐かしむ話題を出さないでくれ。
 そう願って言葉を紡ぐ。喉が渇いて微かに掠れた。

「……ドラム運ぶためにさ、キャスターついた荷台借りて来ようって思って」
「ああ、あれですね。卒業生の律先輩が借りれるんですか?」
「……わかんねえ」
「でしょう」

 梓は呆れた顔で言った。
 いつもの梓――いや、いつものってほど最近は一緒にいない。
 去年の梓は、私たちが何かに失敗したり笑わせたりするのに、度々呆れていた。
 それでも、梓も確かに楽しかったのだろう。
 いろんな事をしてもらったし、笑顔だって時たま漏れていた。
 だからこそ、今の状況を作り出した自分が嫌いだっていうのに。


「――律先輩」

 梓は、一瞬俯いて、私を呼んだ。
 そして。



「澪先輩を……」

 苦悶の表情と、懇願が一気に梓から溢れだした。




「もう澪先輩を――これ以上苦しめないでください」











「私、澪先輩の事が好きなんです」





 私と律先輩しかいない廊下に、声はよく響いた。

 言ってしまった。


 ずっと悩んでいた。私が心に留めていた気持ちを。
 私が入部してすぐに実ったこの想い。
 澪先輩が大好きだということ。

 その気持ちだけならなんとかなった。
 だけどその気持ちは、いつしか律先輩への嫉妬に変わってしまっていた。
 律先輩が――。

 こんな事を思うのは悪いことだ。
 そうすることが二人にとって幸福だとしても。
 私はそれを邪魔したい。

 律先輩、澪先輩から離れてください、と。
 私は言わずにいられない。

 書店で会った澪先輩は、悲しそうだった。
 その悲しみの原因は律先輩だ。
 澪先輩は、そんな律先輩に悲しまされているんだ。

 それを知って、私はどうしようもない怒りに苛まれた。
 律先輩じゃ、澪先輩を幸せにできない。
 そう断言できるほど、今の二人の関係はあまりにも脆いと思う。

 だから言ってやるんだ。


「もう澪先輩を、苦しめないでください」


 そして。



「澪先輩を、解放してください」


 もう止まらない。
 今まで溜めこんできた私の――律先輩に対する怒りや嫉妬。
 全部言葉に込めた。




「もう、澪先輩と別れてください!」




 力任せに叫んだ。

 最低な子だ、私は。嫌な子だ、私。
 律先輩だって澪先輩の事好きなの、知ってるのに。
 それを、無理やり引き剥がそうとしてる。


 何様だ、澪先輩に近づくなだなんて。
 澪先輩は私のものじゃないのに。
 でも、でもそう言いたかった。

 澪先輩が辛いのも苦しいのも、律先輩といるからなんだ。
 絶対そうなんだ。澪先輩は無理してるんだ。

 だからあの二人は、一緒にいるべきじゃない。



「律先輩は、ずるいです。澪先輩を、いつも一人占めして……。
 結果澪先輩も嫌な思いたくさんしているんです」




 律先輩は、無表情だった。
 何も言わなかった。泣き出すことも、愛想笑いもしなかった。
 ただ唖然と、茫然と――表情をただ見せなかった。
 私の言葉に言い返しもしない。口は一文字に結ばれたまま。
 その目は虚ろで、私の顔など見えていないのかもしれない。

 少し後ろめたくなって、私は口調を緩めた。
 さっきまでの怒鳴るような声を抑えて、言葉を続ける。
 私が律先輩に望むことは――。



「……澪先輩と、付き合うのはやめてください。そうすれば……」

 どうもならないけど、苦しむ澪先輩はもう見たくない。


 静かになってしまった律先輩に、声をかけた。
「……すいません。ドラム運びましょう」


 律先輩は、少し口元を釣り上げた。
 そして。




「――そうだよな、笑っちまうよな」


 私は、硬直した。
 律先輩の声は、諦めを感じる弱弱しさを孕んでいた。
 そしてぞくっとするように悲しい目が、私の心を打撃する。



「私みたいな奴が澪を幸せにできるわけない……わかってるんだ」



 声が震えていた。



「ごめんな、梓……」


 笑顔で。
 律先輩は、笑顔でそう言った。
 そして、向こうに走り去ってしまったのだ。



 廊下に一人残された私を包むのは、切なさ。


 どうして……?
 ずっと願ってたことなのに。
 律先輩から澪先輩を奪いたい。二人を引き裂きたい。
 そう思ってた。そうなればいいと、私はずっと思ってたのに。
 なんでこんなに……。

 こんなに私も苦しいの?
 後悔しているの? 
 ただ言えるのは。

 私は、最低な子だ。
 律先輩に、散々心の中で文句を言ったのに。律先輩が悪いんだって。
 それと同じくらい、私も最低だ。

 律先輩の澪先輩に対する気持ちを、私は否定したのだ。
 それがどんなに律先輩にとって、辛いことか想像に難くない。
 私はそれを、事前に気付けなかっただけなのか?

 いや気付いていた。私のさっきのような発言が律先輩を傷つけることを。
 じゃあなんであんなこと言ったんだ。別れろだなんて、近づくだなんて。

 ……簡単だ。

 澪先輩を苦しめる人なんて、邪魔だったからだ。
 いなくなればいいと、思ってたんだ。
 私と澪先輩の二人だけでいいって、思っちゃってたんだ。
 こんな気持ちを抱くことが、悪いことだと私は十分理解している。
 誰かの存在に対して、邪魔だと思う事は悪いことだ。
 それが軽音部のメンバーに対してなら、なおさらだ。
 あんなに一緒にいた仲間である先輩の存在が、煩わしいだなんて。

 でもその気持ちは嘘じゃない。

 私は澪先輩が欲しかった。
 律先輩から奪いたかったんだ……。
 奪いはできなくても、二人が別れてくれればって。
 澪先輩が誰かの物になるのが、怖かった。



「ごめんなさい……律先輩」







 律の奴、遅いな。
 事務室まで行ってキャスター荷台を持ってくるだけなのに、もう十五分になる。
 約束の一時をとっくに過ぎているのに。梓や唯、ムギも部室で私たちを待っているはず。
あんまり皆を待たせるのも忍びないのに。
「すいません、そろそろ私も仕事がありまして」
 斎藤さんが私に言った。
「そうなんですか……じゃあ」
 二人で協力して、ドラムセットが分解されて入っている幾つかの箱を地面に下ろした。
 斎藤さんの軽トラックの荷台は空になる。
 斎藤さんはお嬢様をよろしくお願いしますとお辞儀をして、軽トラックで走り去って行った。
 エンジン音が嫌に耳に残った。
 その場には、私とドラムセットだけが残った。
「……」
 律、早く戻ってこないかな。
 私は、靴で地面をコンコンと叩いた。


 少しして、後ろから誰かの足音が聞こえた。
「律? 遅か――」
 キャスター荷台の音がしないから、律じゃないと気付いたのと同時に、足音の正体に気付いた。
 ムギだった。
「ムギ!」
 私は、久しぶりの再会に彼女へ駆け寄った。
 会ったのは卒業式以来だから実に五か月ぶり。
 その間あまり変化があるとは考えなかったけど、やはり違う土地で生活した結果か彼女の顔は少し大人びて見えた。
 元々お淑やかで大人っぽさはあったものの、女の子から女性へと変わったという印象だ。
 近寄ると、ムギは部室でお茶を汲んだ時のような笑顔を見せてくれた。
 見せてくれたけど。
「澪ちゃん、久しぶり」
「――」
 この違和感は、なんなんだ。
 ムギが何か変わったというわけでもないし、あの時のぽわぽわした雰囲気は今も健在している。
 でも、でも――。笑顔の前に一瞬だけ、無表情な顔が現れた気がしたのだ。
 その顔は、まるで私の事を快くは思わない陰りを含んでいるようにも感じれて。
 私はムギの久しぶり、という言葉に何も返せなくなった。
 それでも、会話は生まれていく。
「澪ちゃん、どう? 予備校とか」
「え……ああ、うん。なんとかやれてるよ」
「そう。よかった」
 よかった、と言う顔に快活さは微塵もない。
 どうしたのだろう。
「ム――」
「澪ちゃん」
 私が声を掛けようとすると同時に、ムギは強い眼差しを私に向けた。
 太めのまゆ毛を少し内に寄せている。
 怒っているような――さっきから、ムギの表情の一瞬一瞬に、私に対する遠まわしな嫌悪を感じていたけれど、本当に何かに怒っているのだろうか。
 ムギの、私の名前を呼ぶ声に少したじろいだ。
 何に怯えてるわけでもないのに、この居心地の悪さはなんなんだ。
 ここには二人しかいない。
 微妙な空気と風が、私たちの間に流れていく。
 そして。
 ムギは、冷たく口を開いた。




「りっちゃんと、別れて」




 吐き捨てるような、そして私を蔑むような声色。
 ムギの言葉は、まるで鈍器で殴ったかのように私の心を強く揺らした。


「もう、りっちゃんを苦しませるのはやめて」


 その言葉の意味を理解するのに、数秒を要した。
 りっちゃんを苦しませるのはやめて。
 律――律を苦しませるのは、やめて。



 言葉が刃物のように突き立って、頭が回らない。
 そんな私に容赦なく、ムギは辛辣な言葉を告げていく。



「澪ちゃんがいるから、りっちゃんは苦しいのよ」


 私が……いるから。
 私がいるから律は苦しい。
 律が苦しいんだ。



「澪ちゃんじゃ、澪ちゃんじゃりっちゃんと続かないよ!」


 ムギの目には、涙が浮かんでいた。
 なんでムギがそんなこと言うのだろう。
 私と律じゃ続かない。
 私と律。
 律――。



 『ごめんな、澪――』


 悲しそうに目を伏せる律。
 息苦しそうに謝る律。
 律の顔が、頭の中で転がった。


 私は――。





 私じゃ律を苦しめるばかり。


 そうだった。いつもそうだった。
 律は優し過ぎる。
 そして私のために自分を犠牲にして何でもしてくれた。
 私が泣いていれば、律だって苦しい時も私の傍にいてくれた。
 涙を拭いてくれた。優しく宥めてくれた。




 それが律にとって、負担になってるんじゃないかって。





 それをいざ人に指摘されると、自分の馬鹿さに気付かされる。
 一番大好きな人を、苦しめてる奴なんだ私は。
 そんな奴が、律といること自体おかしいんだ。





 なんで私、律といるんだ。

 いる理由があるのか? 相手を苦しめているのに。
 相手に辛い思いをさせて、結局得たのはなんなんだ?

 律を苦しめてるだけじゃないのかよ。
 一方的に律と一緒にいたいって、大学を辞めて。
 それでずっと一緒にいる。
 でもそんな私のわがままが、律の苦しみに繋がってるんだぞ。


 そんなの、そんなのって。
 気付いてたのに、わかってたのに。
 見て見ぬふりして。
 律が苦しんでるのに。
 辛いのに。
 私の所為で。
 私なんかの所為で――!






 私は、走り出していた。
 ムギに目もくれず、地面に置いたままの律のドラムセットも置き去りにして。
 背負ったままのベースだけを担いで、一心に駆けた。


 信じたくはない。
 私が律といることが間違いであることを。
 だけど間違ってるんだ。それは。


 私たちが一緒にいると、相手に迷惑をかける。
 他の誰かを、困らせてしまうんだ。

 私は。


 私は、律を苦しめたくないよ!








 気付いたら、家に帰ってた。律の家じゃなくて、私の家。
 家に入ると、ママが出迎えた。
「あら、桜高に行くんじゃなかったの?」
「……もう、いいや」
 桜高なんて、今はどうでもいい。
 軽音部の事も、忘れたい。
 律とも、もう会う理由なんてないんだ。
 私が律と会うことは、律を苦しめることだから。

 律には苦しんでほしくない……。
 私が律から離れて律が苦しくなくなるのなら――。

 もう、私は律に会わなくたっていい。


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