けいおん!澪×律スレ @ ウィキ

ROCK!!26

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mioritsu

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 涙が溢れてた。
 律の言葉が、聞きたくて。まだもうちょっとだけ我慢したかったのに。
 でも、堪え切れなかった。


「……っ……りつぅ……」


 私は服の袖で目元を拭った。
 律が駆け寄ってきて私の肩に手を置いた。


「ど、どうしたんだよ澪? 感動して泣いちまったのか?」


 滲んだ瞳でうっすら見える律の顔。
 笑ってて、茶化すような意地悪な顔だった。

 ――感動して泣いちまったのか?

 だってさ。



 律だ。

 私をからかった。
 律が私を、意地悪な顔で……。


「りつ……りつぅ……」


 私は律に抱きついた。

 私よりも身長が少しだけ低いけど。

 でも、思いっきり抱きしめた。


「なんだよー、泣くなよ」


 笑いながら私の頭を撫でる律。
 優しい声で、私を慰めた。

 それだ。

 それが泣かせるんだよ。

 私の涙の原因は。

 律にまた会えたこと。
 一緒にいたいと言ってくれたこと。
 好きだと言ってくれたこと。

 全部全部律の所為だ。


 こんなに泣いちゃうのも。
 律の事思うと胸が痛いのも。
 嬉しいのも。
 全部律が悪いんだからな……。


 抱かれたまま、私はゆっくり口を開いた。
 開いただけで、声が出なかった。
 涙は止まらない。溢れ出てくる一方で。
 でも、伝えたくて。


 私もだって。


 だけど、嗚咽が止まらない。
 声を出せるほど、喉が安定してなかった。
 涙が律の肩を濡らしていくばっかりで。
 喉が震えて。
 声が漏れないように堪えるぐらいしかできなくて。

 それもちょっとだけ悔しくて。

 でも私の背中にまわしてくれた律の手が、あったかくて。
 どうしようもない嬉しさで、胸がいっぱいで。

 言いたいこといっぱいあるのに。
 それが、涙の所為で言えない。





「っ……りつぅ……ひっく……」



「澪……ありがとな」




 今日の律は――今の律は、以前の律だ。
 私をからかって、皆を笑わせてばかりだった律だ。
 笑ってばっかのくせに、いつも誰かの事ばかり考えてた律だ。

 私が大好きな律だ。


 もし前までなら、律は謝っていた。
 律は受験に失敗して以来、何度も私に謝っていた。
 それは自分を責めることだったから。

 だけど律は、今、私にありがとうと言った。
 それだけで、確信できた。


 律が戻ってきたんだって。
 この前までの律は、律自身が苦しんでいた。
 そんなの私も嫌だった。

 律が笑ってて、他の誰かも笑ってる。
 私も笑ってる。
 そんな律が、戻ってきたんだって。

 いつも律は傍にいたけど、そこにはいつも陰りがあったんだ。
 お互いがお互いを苦しめているという、そんな気持ちがついていて。
 だから私も律も、相手のために距離を置く決断をした。

 でも、今、律にそんな暗がりは感じない。
 律自身が心から笑ってる。

 そんな気がする。

 いや、絶対そうだ。



 そこに確信を持てるのは、私がずっと律を見てきたから。
 一緒にいたから、律がどんな風に思っているかもわかる。
 今の律の気持ちも、それとなくわかる。

 それが私だから。



 だから嬉しいんだ。
 『律が戻ってきた』という事を気付ける私がまだここにいること。
 それが嬉しい。

 まだ私が、律の事を大好きだということだから。
 それがわかることは、私にとって一番大事なことだから。


「……澪、顔上げて」


 優しくて、穏やかな声が聞こえて。
 私はゆっくりと、律の肩から顔を離した。
 そして、律の顔を見た瞬間。



 唇が重なった。


 最初は驚いた。
 涙もまだ止まってなかった。
 キスしてるってわかった時、また体が熱くなって、顔も熱くなって。

 だけど、律のキスは優しかった。


 私は目を閉じて。
 お互いに抱きしめ合って。

 ずっと、律を感じていた。








 買い物から帰ってきて、携帯電話が机の上に転がっているのを見つけた。
 側面についてる小さな液晶に、アイコンが一つだけ浮かんでいる。
 このアイコンは、不在着信のボイスレコードだ。
 多分私が買い物に出掛けている間に誰かが電話してきて、私が不在だったから、その誰かは用件を残したんだろう。
 どうせ私に電話してくるのなんて限られているけれど。
 もし私の知り合い――軽音部の誰かだったら、無視しよう。
 そう決めた。
 そう決めたのに。


 唯先輩だった。
 私は何も言えず、なんとなく複雑な気持ちになった。
 ベッドの上に転がって、仰向けになりながら携帯の画面を見つめる。
 時刻は五時半。もう部活は終わっている。
 でも、電話をしてきた時間は三時半頃。部活も終わっていない時間だ。
 後輩たちや憂や純と部活を一緒にしているはずの時間に、なぜ私に電話をしてきたんだろう。
 私なんかに電話せずに、楽しくやってればいいのに……。
 何言ってんだ私は。
 また文句みたいなこと言って。
 それでいいのに。
 私以外が楽しくやってればそれでいいのに。
 でも、それがなんとなく悔しいのは。
 やっぱりまだ、自分を嫌いになり切れていないのかな。
 周りに――軽音部や皆への想いを、捨て切れていないのかな。

 私は、ゆっくりと録音されている唯先輩の言葉を再生した。


 ――。




『あずにゃん。
 本当は直接会って話したかったんだけど、家にいないみたいだったから電話することにしました。
 でも、電話にも出なくて……だから、私の声だけ残しておくね。



 あずにゃん。
 私、わかったんだ。
 何がわかったのって言われたら、ちょっと困るんだけど……。
 でも、でもね。

 部室で、去年の学園祭のDVDを見たんだ。
 私たち三年生の最後のライブで、皆でおそろいのTシャツ着て。
 すっごい楽しかったよね。
 本当に、本当に楽しかったよね。

 DVDを見てる時、その時の感情を……ちょっとずつ思い出してきて。
 ギー太を一生懸命弾きながら歌を歌った時の、嬉しさとか。
 ちょっと横を見れば。


 りっちゃんがいて。
 澪ちゃんがいて。
 あずにゃんがいて。
 ムギちゃんがいる。
 目が合うだけで、気持ちが通じるみたいに笑顔が溢れてたんだ。
 それぐらい、私たちはあの場所で『重なってた』んだよ。

 私、それを忘れてたんだ。

 もちろんライブの事を忘れたわけじゃないよ。
 楽しかった事も、またやりたいってことも、全部覚えてた。
 だけど。

 何かが決定的に欠けてたと思う。
 その時の事を簡単に思い出すことはできるけど、でも、私はその時の『私』を喚起させることができてなかった。

 それを『過去』だと、決めつけていたんだ。

 もちろん、去年の学園祭も――その前の新歓も、全部過去の事だよ。

 でも、だからそれは『過去でしかありえなかったもの』じゃない。
 これからも、そんな嬉しさを生み出していけるはずだった。
 だけど、私たちは『この先』……

 『未来』を考えてなかったんだよ。


 私は……私たちが悩んでいた事は。

 全部『過去』のことだ。

 りっちゃんが受験に失敗してしまった事も。
 それを原因に始まったりっちゃんと澪ちゃんの悩みも。
 あずにゃんが、二人の仲に嫉妬して、その関係を壊したことも。
 ムギちゃんも、自分の想いのために行動したことも。

 全部が全部とは、言いきれないよ。
 でも。

 でも私たちは『過去』に……終わったことに縛られすぎてたんじゃないかなって、思ったんだ。

 もちろん、りっちゃんと澪ちゃんの悩みは『過去』じゃない。
 あずにゃんの悩みも、ムギちゃんの悩みも。
 私の悩みも……『今』の事だよ。

 だけど、その悩みも痛みも。



 私はさっき、忘れることができたんだ。
 ライブで一生懸命歌う『私』の姿を見て。
 楽しそうに演奏する『放課後ティータイム』を見て。



 自分で言うのもなんだけど……感動したんだ。
 泣いちゃいそうなくらい、心を動かされたんだ。
 今すぐにでも演奏したいって、身震いしたんだ。


 悩みなんて、楽しい事で忘れられるんだって。
 確証はないのに、確信したよ。






 あずにゃん、演奏しよう?


 あずにゃんが、今の軽音部と私たちを比べてること。
 りっちゃんと澪ちゃんの仲を裂いちゃったこと。
 いろんな事に悩んでるの、私は教えてもらったから。

 だから、だからね。

 一緒にギター弾こうよ。

 演奏しよう。

 一緒にいよう。

 あずにゃんが笑ってなくても、私が笑うから。
 あずにゃんがいつまでも傷を引きずってても。
 私はそれが、あずにゃんだったらなんとかできると思うんだ。
 そんなの、あずにゃんにしか分からないことだとは思うけど……。

 もう言ってること、意味わかんないけど!
 めちゃくちゃだし、何言ってるのかわかんないって、あずにゃんは思ってるかもしれないけど。
 でも。


 私は――皆に笑ってて欲しいんだ。


 そんな簡単にいくわけないけど。
 私だけが思ってることじゃないと思うけど。


 笑ってて欲しいんだ。
 りっちゃんと澪ちゃんは、一緒にいればいいと思うんだ。
 嫉妬しちゃうのは、想いを告げてないからだよあずにゃん。

 あずにゃんが、澪ちゃんに告白したら――好きだと言えば。
 多分だけど、あずにゃんの気持ちに少しだけ示しがつくと思う。
 ムギちゃんに、恋を知らないって言われちゃった私だけど……。
 だけど澪ちゃんは、絶対にりっちゃん以外を好きにならないから。
 りっちゃんも、きっと澪ちゃん以外を好きになりはしないから。

 だからあずにゃんは、澪ちゃんとちゃんと話をした方がいいよ。
 そして、りっちゃんとも話をした方がいいと思う。


 それでね、皆の気持ちに整理がついて。
 また一緒に集まる勇気が出たら。

 絶対、皆で演奏しよう!


 この前は、まだ中途半端だったから。
 皆の気持ちが、まだ楽しさに向いてなかったから、きっと会えなかったんだ。


 だって、高校生の時ってね。

 放課後がすっごく楽しみだった。
 授業中もね、音楽の事や部活の事ばっかり考えてて。
 休憩時間も部室に行きたくなっちゃったりしてたんだ。

 それは多分、私だけじゃなかった。

 だって集まることは『楽しいこと』だったんだから。


 だけど、十六日に集まる時は、まだ皆無理をしてたと思うんだ。


 集まることに、楽しさを感じていなかったんじゃないかって。


 それじゃあ、まだ『放課後ティータイム』になれないんじゃないかって。


 私は思うんだ。


 だから、皆で――それぞれできちんと気持ちを整理しようよ。
 それですっきりして。


 ホントのホントに、『会いたい』って。
 皆と一緒に演奏したい、おしゃべりしたいって思えたら。

 その時、やっと会う事にしよう?


 それがきっと、私たちが笑えるための第一歩だから。


 だからあずにゃん。


 私……私たち、待ってるから。


 ずっとずっと、待ってる。


 あずにゃんが部室に笑顔で飛び込んでくるの、皆待ってるからね。


 それじゃあね』









 待ってる。

 昼にも言われた、唯先輩の言葉。


 ――待ってる。







 私なんか、待たないで。


 私は……人の気持ちもわからず律先輩と澪先輩を別れさせちゃった最低な子なんだ。
 今の軽音部を、以前の軽音部と比べて文句を言う駄目な部長なんだ。
 そんな私が、皆と一緒にいるのは間違いなんだ。


 そう思うのに!



 待ってるって言葉が、こんなにも響くのはなんで……。
 その言葉が、心の中で嬉しいのはなんでなんだろう……。



 私は……。


 皆で集まる事に、楽しみを感じていなかった。
 十六日に全員で集まることが、『怖かった』んだ。


 去年はどうだった?


 唯先輩の言った通り、毎日放課後が待ち遠しかったんだ。
 澪先輩と律先輩が一緒にいるのを見るのは、ちょっとだけ胸が痛かったけど。

 でもそんなの関係ないと思うぐらい楽しくて。
 澪先輩とおしゃべりしたりするのも。
 律先輩といるのも確かに楽しかった。


 私の嫉妬とか、そんなの忘れられる時間でもあった。
 たまに胸が疼いちゃっても、それでも。


 それでも楽しかったんだ!
 嬉しかったんだ。愛おしかったんだ。


 そんな時間が……。
 もう戻ってこないなんて嫌だ!
 私は、私はそんなの嫌!


 あの時間が大好きなんだ!
 澪先輩と律先輩が笑ってくれてたあの時間が。
 確かにちょっとだけ胸は痛んでたけど。
 でも楽しかったんだ。


 確かに毎日が楽しかった。
 それを、過去形のままにしたいなんて思ってない。

 だから取り戻したい。
 だけど取り戻せないことをやってしまった。
 澪先輩と律先輩を別れさせてしまった。
 それはもう変わらない。




 変わらないから、何もしない。
 変わってほしいと思うのに、何もしない。
 私は、結局逃げてるだけなんだ。



 それじゃ駄目なのはわかってるよ。
 唯先輩の言ってることもわかるよ。


 だけど、そんなに私は綺麗じゃない。
 過去に縛られるとか、未来に生きるとか。
 そんな事わかってる。
 わかってるけど!


 終わったことに縛られてしまう。
 怖い。
 律先輩の気持ちがよくわかるんだ。

 受験に失敗して、落ち込んじゃった律先輩の気持ちが。
 今になってわかるんだ。


 澪先輩から離れた律先輩を、内心笑っていた私。
 苦しみも分からず、澪先輩が悲しいのは全部律先輩の所為にしていた。




 最低だった私。

 律先輩は……本当の本当に苦しんでいたのに!
 澪先輩のこと一番に――それこそ私なんかよりも考えていたのに。

 それを私は……。



 ――待ってる。



 唯先輩の声がこだまする。




 嫌だ。


 待たないで。
 私みたいなのを待たないで。


 ――あずにゃん。



 まだ聞こえる。
 私を呼ぶ声が。
 頭の中に残ってる。


 葛藤なんて、もういらないのに。
 嬉しいのに、悲しいなんて。


 もう苦しいのなんか、嫌だよ……。




 私……。


 私は……。




 その時だった。
 携帯電話がバイブした。
 ……今は、あまり誰かと話したくないのに。
 そう思って、側面の画面を見た。
 メールだった。


「律、先輩……?」


 間違いなかった。


 律先輩からメールだった。


 手が震えた。
 最後に見た律先輩の悲しく笑った顔を思い出したのだ。
 澪先輩の事が大好きなのに、『そうだよな』と笑ったんだ。
 それがどんなに律先輩にとって辛いことか、私はわからず。
 酷いこと、言っちゃったんだ。

 だからそれが思い出されて、一層辛い。
 心の傷は、ちょっとずつ深みを増していく。

 でも。
 律先輩だって同じはずだった。
 私につけられた傷が、痛まないわけないのに。
 どうして私にメールなんかするんだ。
 どうして。

 私は、ゆっくりとメールを開いた。




『梓、明日、話がしたいんだ。二人だけで。

 何処かで会えない?』


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