原文
Quand lampe1 ardente de feu2 inextinguible3
Sera trouué4 au temple5 des6 Vestales7,
Enfant trouué8 feu, eau passant par trible9:
Perir eau Nymes10, Tholose11 cheoir les halles12.
異文
(1) lampe : Lampe 1672Ga, la lampe 1716PRb
(2) feu : son feu 1667Wi
(3) inextinguible : inextinquible 1653AB 1665Ba
(4) Sera trouué : Sera trouuée 1594JF 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1650Le 1668 1712Guy, Sera treuué 1627Ma 1627Di
(5) temple : Temple 1611B 1672Ga 1712Guy
(6) des : de 1716PR(b c)
(7) Vestales : vestales 1650Mo
(8) Enfant trouué : Enfant trouue 1568X, Enfant treuué 1627Ma 1627Di, Enfant trouuè 1650Mo, Enfant trouvée 1672Ga 1840
(9) trible 1568X 1568A 1568C 1590Ro 1653AB 1665Ba 1720To : crible 1568B 1591BR & T.A.Eds.
(10) Perir eau Nymes : Nisme eau perir 1594JF, Nismes eau perir 1605sn 1628dR 1649Xa 1649Ca 1672Ga, Perir eaù, Nismes 1650Le, Perir ean Nismes 1716PRb
(11) Tholose : Tolose 1590Ro 1611B 1627Ma 1627Di 1981EB 1665Ba, Tholouse 1594JF, Tholouse 1672Ga, Toulouse 1712Guy
(12) halles / hales : alles 1644Hu 1650Ri, Halles 1672Ga
校訂
3行目の最後の trible は、古語では「網の一種」や「農業用フォークの一種」を意味するtrubleの綴りの揺れである。DLFSにも「網の一種」とあるが、DMFには載っていない(trubleは載っているが、綴りの揺れとしてのtribleはない)。
しかし、これを
ジャン=ポール・クレベールや
ピーター・ラメジャラーがcrible (篩)の誤植と指摘しているのは、文脈から考えても妥当なものだろう。実際、上の異文欄から明らかなように、初出である
1568年版の中でも、1568Bでは crible と綴られている。
日本語訳
消えない火の灯るランプが
ウェスタリスの神殿で発見されるであろう時、
水が網目状に流れ、幼子が死体で発見される。
ニームは水で破壊され、トゥールーズでは市場が崩れる。
訳について
3行目は、普通「火」と訳す feu をラテン語 fatutus から「死んだ」と訳し、crible を格子状(grille)の意味にとらえた
ジャン=ポール・クレベールの読み方に従った。
tribleをcribleとする校訂に従った形だが、上述の通り、tribleには「網(の一種)」の意味があるので、そちらを採用しても「網目状」といった意味合いを想像することは可能だろう。
feu を「死んだ」と訳すのはやや強引だが、故人を表すときにつける feu に近い意味と解釈したものと思われる。
passer au crible は「ふるいにかける」ということなので、その類似表現と考えれば、3行目は「発見された幼子が火と水をふるいにかけ」といった訳も可能かもしれない。
大乗訳は3行目「子供は細かい目のふるいを通って 走っている水をみつける」が若干不適切。feu が訳に反映されていない。また、trouvé は過去分詞なので「~される」とするのが一般的。実際に、元になった
ヘンリー・C・ロバーツの英訳でも A child shall be found, water running through a sieveと受動態で訳されている(ただし、この点は
ピーター・ラメジャラーのように、aura trouvé の意味にとって能動的に訳す者もいる)。feu が訳されていないのはロバーツの英訳でも、その元になったガランシエールの英訳でも同じ。
山根訳の3行目「幼児が火の中に発見され 水がふるいにかけられる」は、若干言葉を補っているが、許容される意訳の一つといえるのではないだろうか。
信奉者側の見解
テオフィル・ド・ガランシエールは、古代ローマの
ウェスタリスたちが名誉を汚す行為に及んだときに、わずかなパンと水、燃えている松明を持たされて穴倉に追いやられたというエピソードを引き合いに出し、そのランプが発見されることと後半の災害を関連付けた。
同時代的な視点
なお、「消えないランプ」のモチーフは異常なようだが、古代からよく知られたモチーフだった。
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最終更新:2020年02月03日 17:53